チハルの思い
一樹がオーナーの家に帰り着くやいなや、チハルはGTRがえらく気に入って乗せてくれとか、ドライブしようと一樹に言って来た。嫌がる一樹を無理やり引っ張り出して例のプリマ・ル・ゲーテと言う舌を噛みそうな名前の店でコーヒーを飲もうと言って聞かない。もちろん一樹はそんな所のコーヒーには興味がないのだがオジョウサマは違うらしい。チハルに引っ張り出された挙句の果てに、プリマ・ルゲーテに無理やり連れてこられた。いやいや店の中に入ると、店の中は至る所に若者がいて騒々しい音楽が流れ、目がチカチカするライトがその場と、若者達を照らしていた。この騒々しい雰囲気はどうしても馴染めないと一樹は思った。「あら、チハル久しぶり」とチハルの知人らしい女性がチラッと一樹を見ながら声を掛けて来た。「チハルの彼?」と聞いてきた。「違うよ、こいつは・・・」チハルが言った。(コイツって・・・てめェ~!)と一樹は思った。その瞬間、「ェ!!ッ。・・海原じゃん!」どこからともなく声が上がった。「えッ!マジ!」「うそっ!マジ本物?」とチハルと同席に座る女性3人が一斉に騒ぎ始めた。「確かにコイツ・・いや、この人、海原一樹・・だけど・・?」とチハルが驚いた様子で言った。「きゃあ、サインしてください」とチハルの友達が言って来た。「すみません。オジョウサマの許可がないとサインできないんです。いいですか?サインをしても。オジョウサマ?。」とありったけの嫌味を込めて一樹が言った。「別に・・かまわ・・ない、・・わよ。」と、しどろ、もどろに、なりながらチハルが言った。お店の人にペンを借りてにこやかに、サインをする一樹だった。その傍らで「この人ってそんなに有名な人なの?」とチハルが友人に小声で聞いた。「えッ!なに?知らないの?・・そっかァ。チハルは近すぎて気が付かないのかもしれないね、一樹は今やブランド品だよ。バイクに乗せれば速い、レーサーだし、ルックスもいい。なんと言っても女性を虜にしているのは彼ってナイトじゃん。女性週刊誌なんか一樹の話題で一杯だよ。」と友達が答えた。「えッ!ナイトって?」とチハルが聞いた。「例の件、ほらYouTubeで騒がれた件、ヤクザの人にボコボコにされたでしょ。でも、あれって、あんたを守るためだったんでしょ。それがナイトってなったわけよ。今時いないよね、女の為に身を呈して犠牲になる男って。変にチャラ男でもないしネ。しかし、見てよこのサイン、普通に、海原一樹って書いてるだけだよ。超ウケるんだけど。」とチハルの友達が笑いながら言った。「ちぇッ!!ッ」と舌打ちをした3人組の男がいた。例の仁志、圭介、直人の3人組だった。「くそッ!!面白くネェ!アイツが来てから面白いこと何もねえ~」とケイスケが言った。「だなァ・・・そうだ!三上先輩に電話すっかァ?、チハルとアイツ一緒にいますけどッてヨ。」仁志が言った。「おお。それって、面白そうだ。でも、先輩の電話番号って、分かんのかよ?」と直人が仁志に聞いた。。「この間、名刺もらっていたんだ。」仁志が言った。そして電話を受けた三上がすぐにやってきた。駐車場で待ち伏せをする三上と3人組。そうとは知らない一樹とチハルが出て来て車のある方に歩き始めた時だった。そこに三上と3人組が現れて「おうッ!、おうッ!仲がいいねお二人さん。・・」と言いながら二人の行く手を拒んだ。「なッ!何よ!・・あんたたち!」とビックリしたという表情でチハルが言った。「なにッ、三上さんがな、おめェ~に会いたかったらしいんだ。付き合ってやってくれねェか?」とヒトシが言った。「いやよッ!なにさ、あんなヤクザ崩れ!あんたたちも大っ嫌い!今すぐ消えてッ!」とっチハルがわめき散らした。「ふざけた女だなァ、おめェは。」と言いながらヌッと現れた三上が「ヤクザ崩れじゃなくてヤクザなんじゃ、俺は。」と言った。「ヤクザはもっと、ビシッとしているでしょ。あんたは全然ビシッとしてないわ。ヤクザを語るヤクザ崩れよ!!」とチハルも負けていない。集まった通行人からも「そうだ・・そうだ!」の歓声が上がり始めた。一樹はそんなヒカルがスゴイと思いながら、「もう、許してくれませんか・・」と三上に言った。「うるせェんだよ、おめェは・・またボコボコにすんぞ、こらァ!」と三上が言った。「それは、もう勘弁してください。もう、帰れないと困るんで。」と一樹が言った。「なんだ。てめェ~は!!へらへらしやがって・・・」と言うなり一樹に殴り掛かって行った三上だった。やられた!とチハルは咄嗟に感じ「きゃァ}と悲鳴を上げた。恐る恐る目を開けると平然と立っている一樹の姿がそこにはあった。それでも殴り掛かる三上のパンチをよけながら、あるいはブロックしながら、かわし続ける一樹がいた。が、しかし自分からの攻撃は一切しない一樹だった。防戦一方である。ヒトシ達3人組もボコボコにされる一樹を予想していたが全然違う展開に驚いていた。「もう!やめちょけ!!」と騒ぎで集まった群衆の中から声がかかった。その声の主を一樹と、三上が見ると白髪の老人が立っていた。その老人が三上を指さして「お前さんのパンチは一発も当たらんわい。その、若いのはかなりボクシングを知っておるようじゃ。一発もお前さんに打ち返さないのはボクシング協会の決まりのせいじゃ。なにせ素人にパンチを繰り出せばお前さんの顎の骨、折ってしまうからなァ・・お前さんもその若者がただ者ではないと感じただろう。?だから、やめちょけ。お前さんの勝てる相手ではないわ。こいつが本気でお前さんを殴ったらお前さん今頃泡を吹いてひっくり返っていたぞ。」と老人が言った。」「じじい!てめェ~誰だ?」はァ、はあ、と息を切らしながら三上が聞いた。「俺か、おれは。浜崎龍平っていうんだが・・・お前さんはどこの組のもんだ?ヤクザもんでもワシの名前くらいは知ってるだろう?」と浜崎という名乗る人物がいった。(うッ!・・そう言われれば確かにボクシング協会の浜崎だ。)そう思った三上は「チッ!!」と言って引き上げて行った。「ふむ、いい面構えしとるワイ。お前さんボクシングやっとるのか?」と浜崎と名乗る人物が一樹に聞いた。「いいえ。」と一樹が答えた。「ほう、そうかい。いい、動体視力しとるから、てっきりボクシングしとると思ってしまった。どうかね、わしんところでボクシングやらんか?おめェさん、いいボクサーになるぞ。」と浜崎と名乗る人物が一樹に言った。「すみません。今、別の事に夢中で、・・それと殴り合いは苦手で・・・。」と一樹が答える。「ふおッふおッ・・・惜しいなァ、いや、実におしい・・・殴り合いは嫌か・・ふォ.ふォ、ふォッ・・で、殴らなかったのか?ふォ,ふォッ・・ワシャてっきり喧嘩御法度のボクシング協会の為だと誤解していたわい。いやいや、すごいもの見せてもらったわい。」と浜崎が言った。「いえ、こちらこそありがとうございました。おかげで、助かりました。」と一樹が言った。「いやいや、面白いもん見せてもらったから、いいんじゃ。」と言って人ごみの中に浜崎が消えて行った。それを、追うように「けッ!やってられねェ~」と言いながらヒトシ達3人組も人ごみの中に消えて行った。「なんだか、よくわからないんだけど、あんたってすごい人なのかも。」とチハルが言った。「へェ~ッ、もしかして褒め言葉?」一樹がチハルを覗き込むように言った。「まァね。ボディーガードにはなれなくても、いないよりはマシって感じかな。?」とチハルが言った。「ねェ一樹ってさァ彼女っているの?」とチハルが聞いた。「えェ~いねェよ、そんなもん。なんだァ~ッ、今日のオジョウサマやけに、しおらしいぞ。」車に乗りながら一樹が答えた。「そんな、事ないよ。ただ少し・・・」(一樹ってカッコいいなと、思えて・・・)と、思いながら、答えたチハルだった。「ただ少し・・・なんだ?」と一樹が聞いた。「別に・・・。」とチハルが言った。「チェッ。変な奴・・。どうした?熱でもあんのか?」と、また突き落とされると、たまらんぞと。感じた一樹が言った。「もう!いいッ!」と言ったきりチハルは何も言わなくなった。そうこうしているうちに、やがて車は屋敷に着いた。「ねェ、ママ。」と仕事から帰って来たミチルを捕まえてチハルが言った。「ん?な~に?」とミチルがチハルに聞いた。「一樹ってなんで家に来るようになったの?」とチハルが聞いた。「それはね。」と言ってミチルは一樹との偶然の出会いから、一樹の両親と妹の事故の事とか一人で高2の時から生活していたこと、など知っている限り話して聞かせた。そして、何より人間性を褒め称えた。彼は会った人に対して自分のできる事をしようとする、相手の立場になって考える事が出来る、数少ない人間なの。何事にも全力でね、笑顔でせこくなく、おおらか。それが、彼ね。あなたも分かって来たでしょう?彼の事が。彼の大きさが?とミチルが一樹の事を力説した。「なんかね、今までの男の人と違う・・・うまく言えないけど何度も助けてもらったからかも知れないけど・・・今まで会った男の子と違うの。」と過去の出来事を思い出しながら泣きべそをかく、チハルだった。(やっぱり、私の思った通り一樹君はチハルを正しい方向に向けてくれたわね。これで、チハルも変な男たちから離れてきっと、いい方向に進むはずだわ。)と自分の愛娘を胸に抱きしめながら確信したミチルだった。そして、その日を境にチハルの生活態度がガラリと一変した。父親と、母親も驚く程チハルの生活態度が豹変した。まず、今まで不登校気味だった学校にも行くようになり、夜遊びもしなくなった。目上の者を敬うようになり、自然と言葉遣いも改善されて行った。ただし、一樹に関しては一樹と呼び捨てのまま変わらなかったのだが。「どう?あなた。チハル変わったでしょう?」とミチルが風間に聞いた。「そうだなァ、だらだらした生活が改善された様に見えるね。」風間が相槌を打って答えた。「でしょう。私が思っていた通り一樹君と言う、カンフル剤が効いたのよ。」ミチルが言った。「そうかなァ?」と風間はまだ、半信半疑で答えた。「そうよ。彼にね接触する人間はすべて、いい方向に向かう様になっているのよ。私の第六感がピタリと当たったわ。」と興奮しながら話すミチルがいた。「ほほォ~、えらく、彼を買っているんだね。少々やけるね。」と風間が微笑みを浮かべて言った。「いつか、あなたも彼のすごさを目の当たりにして、驚く日がきっとくるわよ。」とミチルが言った。「ハハハ。わかった、わかった。一樹君は我が家の女性二人とも一瞬にして虜にしてしまったようだね。」と笑いながら風間が言った。