ケーキを食べにいこう
輝羽と別れた帰り道、いつきは夢中で携帯を片手に街のお店やカフェを検索しまくっていた。
(輝羽ちゃん、どこなら楽しんでくれるかなぁ)
一見クールだが、昨日マカロンを食べた時も、今日お弁当箱を開いた時も、目が生き生きと輝いていた。嬉しそうに、あの鋭い目じりが下がっていた。甘い物や可愛いものが、きっと好きなのだ。表には、出さないけど。
(頑張って、よかったなぁ)
いつき自身は、ふわふわのぬいぐるみも、フリルのついた乙女チックなベッドも、特に好きでも嫌いでもなかった。博士が与えてくれるから使っているだけだ。博士は「女の子とはかくあるべし」という先入観があるらしく、最初からいつきの部屋を可愛いもので埋め尽くし、時間を見つけてはマカロンやカップケーキなどをテイクアウトしていつきに渡す。もらえるものはありがたく食べるし、服も何の疑問もなくあるものを着ていたが、いつきは本当は塩辛いスナック菓子の方が好きだったし、今となっては服もディアナやライデンが戦闘時に着ているようなシャープなモノトーンのデザインのものを着てみたかった。彼らが担いでいる大きな武器も、かっこいい。そんな二人の出で立ちに目を奪われる時、いつきは自分の中の「本当の願望」をまじまじと感じるのだった。
そして思うのだ。こんな格好をして、こんな部屋に暮らしているのは、本当の自分ではないと。だけど「本当の自分」というものが何なのか?と考えだすと、その像は煙をつかんだ時のようにふっとゆらめいて消えてしまう。
(私は魔法少女、スイートミルキー…だけど…本当は誰なの?)
この街の公園で目覚める前、自分は何だったのだろう。いや―そんなものは、存在しないかもしれない。そう思うと、いつきの背につめたいものが走るのだった。
だけど、この疑問や不安を博士に尋ねることはできなかった。
(だってきっと、悲しそうな顔するから…そんなこと、言えない)
博士は穏やかな人だ。いつきが博士のもってきたものを食べなかったりしても、怒ったりは一切しない。ただ、悲しそうな顔をして、落ち込むのだ。この間、「スカートではなくてズボンを履いてみたい」と少し言っただけで、肩を落として傷ついたような顔になってしまった。博士にひどい事を言ってしまった気持がして、いつきはとたんに自分の言った事を後悔した。博士は恩人なのだ。右も左もわからないいつきを、この世界で導いてくれた。優しい彼が、自分のせいで顔を曇らせているのを見るのは、辛い。
(やっぱり…博士にも、笑っていてほしい…)
身近な人には、幸せでいてほしい。いつきは埋め合わせをするように、わざとらしいくらいに前よりもさらに「女の子」としてふるまった。可愛い食べ方、可愛い服の着こなし方、口の利き方。博士はそんないつきを見るととても嬉しそうな顔をするのだ。こんな幸せな事は他にないというような、満ち足りた目でいつきを見るのだ。そうしてまた次々と、ピンクや白の服がクローゼットに増えていく。
なぜ博士は、いつきが「女の子らしく」いることにこうもこだわるのだろうか。いつきは時々、博士が自分を通して、全く知らない別の女の子を見ているような気がするのだった。すると、どうにも逃れようのない息苦しさを感じてしまう。
(だ、ダメダメ、そんな事考えちゃ。博士はただ、私に魔法少女として戦ってほしいから―女の子らしくいてほしいのは、それだけなんだから)
そんな事より、明日の予定をちゃんと考えよう。候補はたくさんあるのだ。ハートのパンケーキを出すカフェ、色とりどりのチョコレートで飾り付けたお菓子が並ぶケーキ屋さん…。輝羽はいつきとちがって、可愛いものが本当に好きな「女の子」なのだ。きっちりデートプランを立てた方がいいだろう。いつきは帰り道を急いだ。
ピンクと薄紫の、縞模様のパラソル。その下の白い支柱に支えられたガラス張りのテーブルの上には、氷たっぷりの透明のグラスと、ピンドット模様のティーカップが並んでいた。
「輝羽ちゃん紅茶が好きなんだねぇ」
大きなクッションつきの椅子に埋もれるようにちょこんと腰かけたいつきが嬉しそうに言った。
「そうね。ケーキにはお茶がいいかと思って」
「うふふ、紅茶もいいけど、ここのレモンスカッシュも美味しいんだよ」
いつきがグラスを持ち上げると、きゃらきゃらと氷が笑うような音がする。いつきの声と重なって、その音は快く輝羽の耳に響いた。
(なんだろう…私、顔が、柔らかい)
輝羽は自分の頬を触ってみて驚いた。力が、入っていないのだ。いつも輝羽の頬は、筋肉がひきつっていて硬いのに。
―ウォルターが見ている。ライデンの期待に応えなくては。『ディアナ』としてふさわしく振舞わなければ。
いつもそう感じながら行動しているディアナの頬は、笑う事を忘れてしまったかのように冷たく固まっていた。そして口から出る言葉は、仕事の伝達か、皮肉な応酬か、敵を罵倒する言葉。そんなものばかりだ。
だけど今、いつきの前でいるときだけは、どれも言わなくていいのだ。女幹部「ディアナ」ではない。ただ「クラスメイト」を演じていればいいのだから。
それは輝羽にとっては、新鮮な役だった。普通の女の子で居るという事は。
ほとんど、素の自分でもいいような役だ。
「あっ、輝羽ちゃん、ケーキが来たよ」
ガラス戸をくぐって、店員さんが歩いてくる。いつきは待ちきれないというようにそれを見た。
さきほどケーキのショーケースの前で、二人はちょっとしたゲームをした。
『相手に内緒で、相手のケーキを選ぶ』
というゲームだ。ズラリとショーケースに並んだ色とりどりのケーキに、輝羽は悩んだ。デコレーションケーキ専門店らしく、さまざまな飾り付けのケーキが並んでいる。愛らしいパステルカラーの花をあしらったもの、夜空のようなグラデーションのクリームで塗られたのもの、大きなつやつやしたキャンディのリボンが乗ったもの…。
どれも一つ一つが食べれる絵のようで、輝羽はわくわくした。こんなお店が、この街にあったなんて知らなかった。
迷う輝羽の隣で、いつきは即決していた。見かけによらず、決断はすぱっと早いのかもしれない。戦うときと同じだ。その発見に一人合点しながら、輝羽もケーキを注文した。
「…わ、これが輝羽ちゃんが、えらんでくれたやつ!」