くらえ、可愛いお弁当
「昨日の放課後は、上手くいったのか?」
「ええ、まぁね」
朝の通学路で、一緒に出発した雷司が輝羽の隣に並んだ。アンゲンストのアジトは、街はずれの廃墟が広がる一帯だった。ので、当然街の中心にある学校までは遠い。廃墟街を抜けて、2人は町内循環バスに乗った。
「アイテムはいつごろ手に入りそう?」
「そんなすぐには難しいわ。怪しまれて追い出されたら、元も子もないもの。でも、上手く取り入ることができたから、そう遠くないと思うわ」
輝羽は窓の外を眺めながら言った。
「そっちはどうなのよ、昨日帰りが遅かったじゃない」
「他の魔法少女たちを、しらみつぶしに探していたよ。正直、変身前だとまったくわからない。君はよく、見ただけでミルキーだってわかったな?」
「ま、まぁね…」
輝羽はあいまいにうなづいた。まさか見た目があまりにも可愛いから、ずっと顔立ちを覚えていたとは言えない。そんなのストーカーではないか。
「あの子は博士と呼ばれる女と暮らしているんだろ。だから家庭環境の方から魔法少女を特定できないか調べていたが…あの学校の女の子は、皆普通に家族と暮らしている子ばかり。博士とべったりなのは、あのミルキーだけだ」
「ふぅん…何でかしら。あの子特別強いってわけでもないのに」
「わからないな…魔法少女が協力し合わないのも、腑に落ちない。彼女らはいつも単独行動だ。お互いの存在さえ知らないんじゃないか?」
「そうね。私たちですら、最低でも2名で組んで行動しているのに」
彼女らは不死身だから、徒党を組む必要もないという事なのだろうか。実際、いつきはクラスでひとり浮いていたし、戦闘中もいつも一人だった。
(あんなに人なつっこいタイプなのに、なぜか孤立して…いや、させられている?)
輝羽は眉をしかめた。
「魔法少女は、孤立するように仕向けられているのかしら?」
そのつぶやきに、雷司も考え込んだ。
「そうなると得をする誰かがいるということか…?アイテムの秘密を守るため?」
「魔法少女であることが秘密である必要って、どこにあるのかしら」
「戦っていない時の日常を穏やかに送るためでもあるんじゃないのか。ある種の隠れ蓑というか」
「隠れ蓑…ね」
しかし実際、いつきはミルキーであると、一目見た瞬間に輝羽はわかってしまった。ミルキーの容姿を誰よりも目に焼き付けていた輝羽だから、見破れたのだろう。
(ああ、やだわもう)
これでは、まるで自分が彼女にぞっこんみたいじゃないか。輝羽は顔をしかめて、ライデンと二人でバスを降り、校門をくぐった。
「あっ、輝羽ちゃん!」
するとすぐ目の前に、いつきが立っていた。なんというタイミング。輝くような笑顔で、朝日のもといつきは輝羽のもとへ走ってきた。
「おはよう!」
もしかして…待っていたんだろうか?そんな思いが頭に浮かぶ。
「お…はよう」
「輝羽ちゃん、昨日はあのあと大丈夫だった?」
「え、ええ…平気よ」
二人の温度差のあるやりとりを、隣の雷司はじっと見ていた。するといつきがちらりとライデンを見た。ライデンはとりあえず愛想よく挨拶した。
「おはよう」
「おはようございます…」
しかしいつきはライデンからすっと目をそらして、うつむきがちにつぶやいた。その目は死んでいる。
(めちゃくちゃ塩対応…!?)
いつきの態度に面食らう輝羽だったが、いつきは輝羽にはあくまで優しかった。
「…ね、輝羽ちゃん、一緒に教室いこっ」
そして強引に輝羽の手を取って、ライデンから輝羽をもぎとっていってしまった。
残されたライデンは首をかしげつつ、二人のあとをついて教室へと向かった。
(今の、いつき…ミルキーだよな…?なんで輝羽にあんなに懐いてるんだ?)
「輝羽ちゃん、お昼は決まってるの?」
お昼休み、隣に腰かけたいつきにそう聞かれ、輝羽はカバンからお茶のパックを取り出した。
「これがあるわ」
「えぇぇ!それだけ?でも、ならよかった」
いつきはにっこり笑って、ピンクのハンカチに包まれたお弁当箱を取り出した。
「はい、これ輝羽ちゃんのぶん」
「えっ…何で私になんか」
そこへライデンが割って入った。
「いつきちゃん、俺の分は?」
するといつきは笑顔のままきっぱり言った。
「ないよ、ごめんね」
その対応の落差に、ライデンは思わず笑ってしまった。
(ミルキー…もしかして、輝羽が好き、なのか?)
ならばその好意を利用して、アイテムを奪えるよう輝羽が立ち回ればいい。ライデンは肩をすくめて立ち上がった。
「つれないなぁいつきちゃん。じゃっ、邪魔者は消えるとしようかな」
教室を出て行った彼をじっと見たあと、いつきは輝羽に聞いた。
「ねぇ、輝羽ちゃん。あの男の子と…つ、付き合ってるの?」
「…なんでそうなるの」
「だって…一緒に学校きてたよね?仲、いいね」
さすがに同じ場所から通っているとは言えず、輝羽は言葉を濁した。
「家が近いだけよ。別に…」
「むぅ。ただの友達ってこと…?」
じっと見上げてくるいつきの目は真剣だ。うっすら赤みがさした頬の横で、結ばれた水色のリボンが揺れる。輝羽は思わずドキッとした。
ここで、否定しても肯定しても、いつきはなんだか納得しなそうだった。輝羽は少し考えたあと、答えるのをあきらめた。話をそらそう。
「い、いつき。お弁当、ありがとう…いただくわ」
するといつきはむくれ顔を引っ込めた。
「えへへ、食べて食べて!」
ピンクのチェック模様のお弁当箱を開けると、中には可愛いものだけが詰まっていた。
ハートの形のハンバーグと卵焼き。タコさんウインナー。クマの形に握られたおにぎりには、目と鼻がついている。おかずは冷凍食品ではなく、全部手作りの気配がした。デザートは真っ赤ないちごと、うさぎのリンゴだ。
その手の込みように、輝羽は思わずかたまった。
「す、すごいのね…」
「どうかなぁ」
いつきは子犬のように輝羽を見上げた。ここは褒める以外の選択肢はないだろう。輝羽は素直に気持ちを言った。
「上手だわ。クマもうさぎもかわいい。ハンバーグも、のっかったチーズまでハートで美味しそう」
「えへへ、うれしい。早起きして作ったの。ハンバーグはハートの形がなかなか難しくてね…一個しか、ちゃんとできなかったんだ」
たしかにいつきのお弁当の方に入っているハンバーグは、ちょっと変な形になっていた。輝羽は悪いと思いつつ、首をかしげたくなった。
(どうしてそんな、よくしてくれるのかしら…)
まったくわからない。やはり演技なのだろうか。仲良くなっておいて…という作戦だろうか。
しかし、目の前のこのお弁当を、いつきが早起きして作ったという事は事実だろう。それにかけられた労力を思うと、輝羽はお弁当をないがしろにはできなかった。…食べ物に罪はない。
「すごいわね。料理、得意なの?」
「得意ってわけじゃ、ないんだけど。家では夕ご飯とか、作ってるから」
まったく料理などしない輝羽は、素直に感心した。
「えらいのね」
「本当は昨日も輝羽ちゃん、夕食を食べていってほしかったんだけど」
輝羽はハートのハンバーグを口に運んだ。ナツメグとこしょうが効いていて、冷めていても美味しい。
「ベッドを貸してもらったうえに夕飯までもらうなんて悪いわ。それに…マカロンもらったし」
そうなのだ。輝羽は少し居心地が悪かった。彼女を欺いて、アイテムを奪わなければならない。けど、ここまでしてもらって、お返し一つもしないというのはさすがに図々しい気がする。そんな相反する気持ちが輝羽の中でせめぎあっていた。しかし輝羽はそれを認めたくなかった。
(冗談じゃない、敵にお返しなんて!あんなお菓子に、こんなお弁当ひとつで…私、ほだされているっていうわけ?!)
しかしこれはいつきの―いや、古くからある手管の一つだ。賄賂、菓子折り、付け届け―…。それらは人間関係を円滑にさせ、時に相手を懐柔し、味方に引き込むことにも使われる。
(ダメ、ダメ、この手に乗っちゃ!そうよ、)
逆に考えるのよ、輝羽―…。貰いっぱなしは借りを作る事になる。きっちり同じ価値のものを返せば、貰ったものは相殺され、賄賂の価値は失われる。輝羽はにっこり笑って言った。
「何か…お礼をするわね。」
そういうと、いつきがぱっと顔を上げて輝羽を見た。輝羽は続けた。
「今度、あなたが好きなお菓子でも渡すわ」
「ううん!お弁当もマカロンも、私が勝手にやった事だから!でもその、えっと…」
いつきは少しためらったあと、言った。
「よかったら、お休みの日、一緒に遊びにいきたいな」
予想外の誘いに、輝羽は一瞬固まった。お休みの日。魔法少女にそんなものあるのだろうか。すくなくとも輝羽には、ない。悪の秘密結社はブラックなのだ。
「ごめんなさい、土日は…家のことで忙しくて」
するといつきは、少し寂しそうに笑った。
「そうだよね、えへへ…無理なこと言っちゃった」
なんだかひどく悪い事をしてしまったようで、輝羽は焦ってしまった。普段誰かに対してこんな気持ちになることなどないが、小動物のようないつきにそう言われると、非常に居心地が悪い。自分は悪の女幹部であるという役割と、輝羽自身の可愛いもの好きな性癖が、またしてもせめぎ合う。そのせめぎ合いに―輝羽は負けた。
「休日は無理だけど…放課後なら、時間、作れるかもしれないわ」
「えっ、本当?い、いつが暇かなっ?」
輝羽は頭の中で算段した。今日はアンゲンストの定期会議があるから無理だ。
「明日なら―…なんとかなるかもしれない」
するといつきの顔がぱあっと明るくなった。
「明日!いいの?嬉しい…。どこに行こうか?」
「いつきの行きたいところでいいわよ」
「ええ~、どうしよう!迷っちゃうなぁ」
いつきの目が、とろんと光る。まさに夢見る乙女といった感じだ。なんだかまともに見ていられなくて、輝羽はそっと目をそらした。
(こんな事で…そんな嬉しそうな顔、しちゃって)
これも演技なのだろうか?信じてはいけない。そう思うのに、輝羽はもう、彼女を疑うことが億劫になってきているのだった。
人は、自分の見たいもの、信じたいものを信じるようにできている。だから可愛らしい女の子にこうして甘えられると、輝羽は罠かもしれないと思いつつも、心弾んでしまうのが抑えきれないのだった。
(でも、一緒に過ごすことで相手を油断させてアイテムを盗みやすくなるかもしれないし…それに…)
誘いを承諾してしまった言い訳を山のように考える輝羽だったが、本心はこれだった。
(だって…私、戦ったりスパイをするよりも…こうして平和に過ごす方が好きだし…)