こんなの可愛い子しか食べないやつじゃない
(ど…どういうことなの)
隙を見て家探ししようと思ったのに、いつきはじいっと輝羽をみつめたあと、ベッドに顔をつっぷして、動かなくなってしまった。彼女が持ってきたミルクはとっくに冷めていそうだった。輝羽の背中にも冷たい汗が流れる。いつきの目つきはなんというかこう、真に迫っていた。
(もしかして…私の正体も魂胆も、ばれてたってこと?)
ちらりと輝羽は思った。その可能性がないわけではない。泳がせて、証拠をつかんでから戦闘に持ち込むつもりかもしれない。
(だ、だめよそんなの。正体がばれたら、せっかく潜入した意味がないじゃない。今回は隠密行動なんだから)
闇雲に魔法少女たちをつぶしていってもキリがない。魔法少女の力は強大だからだ。アイテムによって戦闘力も体力も補われているから、何度攻撃しても完全に倒れる事はない。攻撃を限界まで食らってしまうと消滅してしまうアンゲンストのメンバーの方は圧倒的に不利だった。そしてメンバーが求めるのは、魔法少女を倒すことではない。もっと別の目的があると、ウォルターは言う。
だから手始めとして魔法少女のアイテムを盗み、それをこちらのメンバーにも利用できるか調べたい。魔法少女と同じ不死身の身体を手に入れて、戦闘におけるロスを減らしたい。というのがリーダーの計画だった。その計画は、輝羽も賛成だった。消滅の恐怖に怯えなくて済むのなら、そんないいことはない。輝羽は薄目をあけて、横のいつきをチラ見した。
(もし彼女が眠っているのなら…今のうちに、彼女の身体を調べてみる?)
1階を家探しするのは難しそうだが、目の前のいつきの身体をさぐれば、魔法少女アイテムのひとつやふたつ、見つかるかもしれない…。
輝羽はそうっと起き上がって、彼女の頭部に手をかざした。
「あっ…輝羽ちゃん、具合はどう?」
その瞬間にいつきがものすごい勢いでガバリと頭を上げたので、輝羽は思わずびくっと体を震わせた。
「だっ…大丈夫、よ」
いつきは机の上に置いてあったお盆を、輝羽の前に差し出した。
「ホットミルクとおやつ、いる?」
真っ白なお皿に載っているお菓子を見て、輝羽の目は丸くなった。
(マカロンだ…!)
ピンクとうぐいす色の丸い菓子が、それぞれ2つ載っていた。見るからに可愛いくて、おしゃれだ。ディアナは無言でそれをじーっと見つめた。もちろん、食べた事なんてない。
(どんな味なんだろう…!)
もちろん、食べてみたい。けれどプライドと気後れが邪魔して、輝羽は指一本動かせなかった。
「一緒に食べない?あっ、きらいだった?」
いつきはそんな輝羽を見て、首をかしげた。
「あなた…いつもこんなもの、食べてるの」
「いつもじゃないよ。今日はこれが冷蔵庫にあったから…博士がたまに、買ってきてくれるんだ」
その言葉に、輝羽の耳はぴくっとなった。博士の用意した菓子。もしかしたら魔法少女の秘密が隠されているかもしれない。
(これで回復するとか?まさか―…)
だが、目の前にあるのに確かめない法はない。大義名分を得た輝羽は、こほんと咳払いをした。
「じゃあ、いただこうかしら」
「どうぞ!おいしいよ」
ピンクは―…気後れが勝つ。変身した時のミルキーの纏う色にそっくりだったからだ。輝羽はうぐいす色のマカロンをつまんでほんの一口、かじった。
「…!」
口の中に、香ばしいナッツの風味と、儚い砂糖衣の砕け散る感触が広がる。たった一口なのに、その味わいは輝羽の心を浮き立たせた。
(美味しい…!)
甘くて、軽くて、もろい。初めて食べたマカロンは、そんな味だった。
「どうかな?気に入った?」
輝羽は軽くうなずいた。いつきはためらいなくピンクの一個をつまみあげ、口の中に放り投げた。もったいない食べ方をする、と輝羽は思った。だけどもぐもぐと彼女がマカロンをほおばる様は、まさに小動物のようで愛らしかった。
(いいわねっ、何をしても絵になる可愛い子は…)
そう胸中でぼやく輝羽の前に、いつきは皿を押しやった。
「なら、輝羽ちゃんに残りぜんぶあげるよ」
「えっ…いいの」
「うん。輝羽ちゃんが食べてくれる方がうれしい」
「なんで?」
無邪気そのものの笑顔に、輝羽は疑問を感じた。こちらに媚びて、警戒心を薄れさせようという魂胆だろうか。
「なんでって…ええっと、それは」
案の定、いつきは下を向いてもじもじしだした。それを見た輝羽は、内心でつぶやいた。
(やっぱり…私の正体、知ってるんだわ!でなけりゃ私みたいな見た目が怖い女に、こんな親切にしてくれる理由がないもの)
するといつきはぱっと顔を上げた。唇を一文字に結んで、その目は真剣に輝羽の目を見ていた。
「あのね、て、輝羽ちゃんと、仲良くなりたいからっ!」
その目の熱意に押されながらも、輝羽は聞き返した。
「だ、だからなんで」
「輝羽ちゃん…かっこいいから!一目見た時に思った、素敵な人だなって。友達になれたらいいなって」
そういわれて、輝羽は動揺した。私が…かっこいい?内心は小心者で、頼まれたことが断れないこの自分が?!
「ダメかな…?私と、友達になってくれませんか…?」
ベッドの上で、いつきは輝羽を見上げておそるおそるそう言った。桃色の唇、澄んだ水色の目の、キラキラとしたまなざし。どれもこれも、輝羽が欲しかったものだ。輝羽の脳内を具現化させたのかと思うほど、いつきは輝羽の思い描く「可愛い女の子」そのものだった。
そんな彼女に、瞳を潤ませて至近距離から見つめられれば、心が動かないはずがない。思わずうなずきそうになる所を、ぐっと踏みとどまって輝羽は返した。
「い、いきなり友達って言われても…」
「いきなりじゃなければ、いいの?それとも私のこと、きらい?」
「そ、そんなことないけどっ…と、友達ってそんなふうになるものじゃ…」
じりじりといつきが近づいてくる。まずい、押されている。少なくとも表面上は、クールな悪の女幹部候補生である、この自分が、いたいけな魔法少女ごときに…!!
「じゃあ、クラスメイトからなら、いい?」
いつきは、なおも迫る。
「一緒にお弁当を食べたり、一緒に帰ったり…してくれないかな?」
もし友達になれないなって思ったら、そのあと断ってくれて、いいから。
そう言ういつきの強いまなざしに押されて、輝羽はつい―…うなずいていたのだった。