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現実の恋

「そっか―…もうすぐワクチン、完成するんだね。私何も手伝えなくて、ごめん」

「当たりまえだよ!いつきは大けがしてるんだから」

 輝羽はてきぱきと包帯を交換しながら言った。もう手慣れたものだった。

「えへ…嬉しいな。輝羽に看病してもらえるなんて」

 包帯を巻かれながら、いつきが嬉しそうに言った。とたんに輝羽はきゅっと唇を噛んで黙ってしまう。そんな所が、やっぱり好きだ。いつきの口から、水があふれるように言葉が出る。

「輝羽…好き」

 一瞬、輝羽の手が止まる。迷ったあと…彼女は簡潔に答えた。

「うん、私も」

「ここを出たら…私、輝羽と一緒に暮らしたいな」

「えっ」

「外でどんな生活になるかわからないし、最初は大変だと思うけど…小さな家を建ててね、輝羽と一緒に住みたいの。どうかな」

 包帯を巻き終わった輝羽は、少しうつむきがちに言った。

「か…考えとく」

 あまり色よい返事でなかったので、いつきは思わず不安になった。

「…い、嫌だった?輝羽…?」

 輝羽は困ったように扉の方を向いた。

「ちがうの…いきなりで、ちょっと混乱しちゃって」

 輝羽はあまり自分の気持ちを口に出す方ではない。むしろ行動に出すほうだ。輝羽だって、いつきを好いてくれているはずだ。それはわかっているのだが、今ばかりはいつきは聞かずにはいれなかった。

「ねぇ、輝羽…輝羽の好きって、どういう好きなの」

「それは…」

「私…輝羽が冷凍装置に入ったとき、カタコンベまでね、追いかけたんだ…もう会えないって思うと悲しくて、泣いちゃった。私は輝羽がこの世界で一番好き。輝羽は…私のこと、どう思っているの」

 いつきはじっと真剣な目で輝羽を見上げた。しかし彼女は、たじろいで一歩下がった。

「…ご、ごめんいつき…」

 そして、彼女は何も答えずに逃げるよう部屋から出て行ってしまった。

「輝羽…」

 いつきはベッドから出ようとして、おもいとどまった。

 せっかく、この現実でまた会えたのに。いつきがつかもうとすると、輝羽はすっとその身を引いて、この手の中にいてくれない。ゲームの中でもそうだったし、なんなら昔からそうだ。

(内気で恥ずかしがりで。本当は意思の強い子なのに、表に出さないんんだよね…)

 これ以上いつきのほうからガンガンいくと、いつかのようにまた避けられてしまうかもしれない。あの時はまだ子どもだったからよかったが、大人に入り口に差し掛かった今、同じ策をとるのは良くないという気がした。

「どうすればいいのかな…」

 ストレートに伝える事ができないとなると、もう待つくらいしかできる事がない。さすがのいつきの胸中にも、不安が忍び寄る。

(もしかして―輝羽にとって私はただの幼馴染で…「好き」っていうのは、友達的な意味だったりして!?)

 ありうる。ずっと家族のように付き合ってきたのだ。しかも、女の子同士で、幼馴染。腕を組むのも、抱きしめるのも、手をつなぐのも――一方が男の子であれば、特別な意味を持つ行為になるのかもしれないが、女の子同士だと、それは『親愛の仕草』の延長線上にある行為になってしまう。もしかして、キスすらも。

(輝羽ちゃんには……私の本当の気持ち、届いてないかも!?)

いつきは一人、頭をかかえてため息をついた。


 博士が量産しはじめたワクチンの保管庫の温度を記録しながら、輝羽はため息をついた。

(あぁ…またいつきを、傷つけちゃった)

 もともと、甘い言葉を言われると体が固まってしまう性質である。頬が上気して、そんな自分が恥ずかしくて、押し黙ったりわざとはねつけるような事を言ってしまう。それはもう、昔からそうだった。そして今、様々な思いが絡まり合い、さらにいつきに素直な態度を取れないのだった。

(私……言わなきゃって、決心したはずなのに)

 自分の気持ちを言わなかった事を、あんなに後悔したはずなのに、いつきを前にすると輝羽の口はやはり、重く閉ざされてしまうのだった。

(仮想空間でも……キス、したのに。でも、それは……)

 この流れは、完全に現実と同じだ。あの街で、輝羽はミルキーの事を「守ってあげたい」とひそかに思っていた。可愛らしく笑ったり走ったりするミルキーを見るのは、輝羽の目の喜びだった。「もうキスできないの?」「あと少し輝羽ちゃんを見ていたいの―」と、ミルキーの可愛い睦言に翻弄されるのは、悪い気がしなかったし、我がままを言われるのも、実は困った顔をしつつも嬉しかった。

 しかし現実に戻ると、話は少し違ってくる。輝羽といつきは、魔法少女でも敵の幹部でもなくて、正真正銘、生きた女の子同士なのだ。そう思うと、どうしても博士の過去の事が頭に浮かぶ。

(いつきはとっても魅力的な女の子で。いつ……誰か男の人にとられても、不思議じゃない)

 そう、絵瑠がそうしたように。もしそうなったら、その時輝羽はどうすればいいんだろう。博士みたいに心が砕けてしまうかもしれない。

 それに加えて、博士自身の事もある。博士に気兼ねする必要などないと頭ではわかっているのだが、彼女の目の前でいつきと愛を語らうのは、さすがに気が進まなかった。

(だってあの人は―…絵瑠の代わりにいつきと一緒にくらすほど、あの子に首ったけだったんだし…)

 なんだか目の前で想い人を奪ってしまうような、あくどいことをしている気持ちになってしまうのだった。

「はぁ…」

 再びため息をついたその時。博士が保管室に入ってきた。

「温度はどう?」

 事務的なその質問に、輝羽はほっとして淡々と答えた。

「問題ありません。残りスペースは100少しです」

「そうか…ではそこまで埋まったら、とりあえずワクチンを使ってしまうしかないな」

「300人起こせる、と?」

「いや、いきなり大人数は混乱が起きるだろう。とりあえず日に数人、というところから始めた方がいいな。我々も手が足りない。何しろ看護師も君だけだし」

「では先に、本職の看護師だった方々を起こしますか」

「ラボのメンバーが先だろうな。働いてもらうなら」

「…わかりました」

博士はちらりと輝羽の表情をみて、首をかしげた。

「気落ちしているのか?何かあったか」

 一緒に大事な仕事を行うことによって、輝羽と博士はそこそこ話せる仲になっていた。お互いポーカーフェイスなので、話しやすいといえば話しやすい。

「いいえ、特に…」

「いつきの具合が良くないってことはないだろう」

「はい。順調に回復しています」

「上手くいっていない、ってやつか?」

「えっ…と」

 博士にそんな事を言われると思っていなかった輝羽は、口ごもりながら言った。

「なんだろう、私…自分の思った事、ちゃんといつきに言えなくて。…いろいろ考えちゃって」

 すると博士は肩をすくめた。

「…私にはそうして言えてるじゃないか。」

「あっ…たしかに」

「まぁ、わかるよ。私がどうでもいい人間だから、そうやってちゃんと話せる。推察するが、君は怖いんだろう?いつきに本心を言って、自分の手の内をすべて捧げるのが」

 その気持ちはあった。輝羽は観念してうなずいた。

「私も、そうだった…いや、今でもだ。絵瑠を探しにいきたいが―…いざ会ったら、彼女が私に何て言うか。それを考えると怖くてしかたない」

 博士はふっと息をついて、うつむいた。

「私は自分のしてしまった事を、起きた住民にはすべて話す予定だ。いまさら言い逃れるつもりはない…。少しでも役に立って、責任を果たしたいという気持ちもある。けれど絵瑠にだけは…そんなこと言えない」

「そう…ですよね」

「輝羽」

 博士は真剣な顔で、輝羽に言った。

「皆を起こす前に―…絵瑠を探しに行く時間をもらっても、いいか。誰よりも先に―自分のしてしまった事を、絵瑠に謝りに行きたいんだ」

 こんなに怖いと思っておきながら、一番に行くというその姿勢を、輝羽は純粋に偉いと思った。

「ええ、わかりました。それまで樹とまっています」

「…すまない。わがままを言って」

 出て行こうとした博士は、振り返って言った。

「ついでにもう一つ。怖くても、好きな人には素直に気持ちを伝えた方がいい。日記やどうでもいい人に言うんじゃなくて、本人にね。…私みたいになったら笑えないよ」

 その言葉に、輝羽の表情筋は固まった。なにも返せない。

(この人が言うとッ…説得力がありすぎる…!)

 なにしろ失恋をこじらせて人類を滅亡させかけた女だ。輝羽はやっとの事でうなずいた。

「…肝に銘じておきます」


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