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仲良くなれればいいのにな

いつきが自分の家だと連れて行ったのは、個人病院のような大きな建物だった。広い玄関を通り過ぎてすぐに階段を上がると、廊下の奥に「いつき」とハートの札のかけられたドアがあった。

(な、なにこれ…いかにもなプレート…)

 かわいいけど。少し反発を覚えながら輝羽はついて入った。

「どうぞ上がって」

「おじゃまするわ」

 具合のわるいふりをしながらも、輝羽は建物の中を素早く観察し、抜かりなく記録もしていた。

「あなたの家は、病院か何かなの?」

「えっとね、ここは博士の研究所なんだ。博士は私のお姉さんみたいな人で…」

「博士?どんな研究をしているの?」

「いろいろだよ。詳しくは私も知らないけど…」

 見回すいつきの部屋は、白とピンク、そして水色…可愛い色ともので溢れかえっていた。

(ふん…部屋の中まであっまあまの砂糖菓子みたいね!……かわいいけど。)

この部屋のレイアウトにときめいてしまうのを抑えて、輝羽は算段した。魔法少女と同居する博士―…。間違いなく、アンゲンストにとって調べる価値のある相手だ。

2階が生活空間ということは、重要なものは1階にあるにちがいない。

「それより、私のベッドで横になってていいよ。何か温かいもの、もってくるね」

 いつきはそう言い残して、部屋を出ていってしまった。輝羽は制服のまま彼女のベッドにそっと横たわった。白とピンクのクッション、それにくまとうさぎのぬいぐるみの間に。こんな可愛いベッドは憧れるけど、自分にはまったく似合わない。そう思うと苦笑いの表情になってしまう。なにしろ普段の自分はボディコン女幹部なのだ。

(可愛いくまさん…ああ、いいなぁ)

 自分の部屋には、ぬいぐるみなんて一つもない。輝羽はそう思いながら目を閉じた。

寝入った自分を見れば、いつきは部屋から出て行くだろう。そうすれば怪しまれずに1階を嗅ぎまわる事ができる。

 柔らかい白のベッドカバーからは、かすかに洗剤と、もうひとつ何か別の匂いがした。バニラのような、花のような、甘く柔らかな匂い。彼女自身の匂いの移り香だろうか。まったくあの子は、匂いまで可愛いなんて――ムカつく。そう思いながら輝羽は寝たふりに入った。


「輝羽ちゃん…入るね」

 いつきはドキドキしながら、ホットミルクのお盆をもって自分の部屋へと入った。ベッドの上には、あのディアナ―輝羽が、目をつぶって横になっていた。神が刻んだ彫像であるかのように整った美貌。瞼から頬にかけての、なめらかで美しい曲線。彼女が目を閉じて横になっていることによって、白の水色とピンクのこの賑やかな空間が、静謐で神秘的な雰囲気に様変わりしていた。

(自分のベッドに推しが寝てる…夢か幻か?いや、最高か…)

 彼女が目を閉じているのをいいことに、いつきはじっと彼女を見た。こんなに間近にいられる事が信じられなくて、心臓がどきどきする。なにやらイケない気持ちになってしまいそうだ。いつきは無理やり思考をそらした。

(いつもは…戦ってる時に見てるばっかりだからなぁ!)

 忘れもしない、初めて戦った時の事。いつきは一人で、相手はライデンとディアナ、二人だった。女の子の敵は初めてだった。ディアナと相まみえたその時、いつきは彼女の姿に目を奪われた。

 長い黒髪に、きりっとした切れ長の目。その堂々たる体を包むレザーは、玩具の夜みたいにツヤツヤ光って彼女の身体を彩っていた。強調された胸、細い腰、蜘蛛の巣のような網タイツに包まれた長い足。彼女のそのたたずまいはまるで芸術品のようで、見る者を圧倒し魅了する力を持っていた。そしてその手には、身長を超す、武骨で重たい戦斧!

―何て強そうなんだろう!何て綺麗なんだろう!

 いつきは一瞬で、彼女の姿に惹かれた。そしてその次の瞬間、ライデンの指示に従った彼女の斧が、いつきの喉元に迫っていた。

「っ…!」

 間一髪で逃れたが、首元にビリビリとした空気を感じた。そうとうな重圧だ。しかし背後にライデンのレイピアの気配を感じ、いつきは息をつく間もなくすっと体をひるがえした。パニエをたっぷり含んだ白いスカートの一部に刃が入り、シュッと切り裂かれる音がした。

「きゃっ…!」

 いつきは慌ててスカートを確認した。が、中身は見えていない。ほっとしたその瞬間、上からディアナの斧が迫っていた。

「戦闘中に下着の心配なんて、いいご身分ね!」

 いつきはあわてて防ごうとしたが、遅かった。体に思いっきり、彼女の斧の一撃を喰らう。

「っ…!」

 斧が体に触れるその刹那、二人の視線は交わった。

 先ほど憎まれ口をたたいていたというのに、彼女の目は―…驚きに見開かれて、戦慄していた。

(いや…!やめて!)

 彼女の目はそう言っていた。しかしもう手は止められない。いつきの身体に斧がめりこんでいくのを見る彼女の身体は縮み上がり、口はショックで開き、目はやるせなくぎゅっと閉じられていた。

 いつきはそれを、ただただじっと見ていたのだった。

(あの子…戦うの、初めてだったのかな)

 立ち回りは上手だったし、戦闘のセンスはある。けれど最後、彼女はいつきに致命傷を与える事を嫌がっていた。手が引けて、戦いを怖がっていた。

(初めてだったから、慣れてない、ってだけかな?)

 実際いつきも、最初はもたついてたくさん失敗をした。けれど戦う事自体は嫌いじゃなかった。スポーツみたいなものだ。相手をノックアウトするために、自分の身体と能力を最大限に使いこなす。それに勝てば、博士が喜んでくれた。

(だって、この世界を破壊しようとする「アンゲスト」は倒さなきゃいけないって、そのために魔法少女の力があるんだって…博士は言ってた)

 しかし、次も、その次の戦闘でも、ディアナの恐れは変わらなかった。戦闘の天才、ライデンと組んで上手くサポートしているけど、とどめを刺す段になると、怯えと恐れがその目に浮かぶ。しかし彼女にも役割があるのだろう。そんな気持ちを抑えて、必死に斧を振っているのだろうと言う事が見て取れた。 

今までノックアウトしてきた「アンゲスト」のメンバーには感じなかった感情を、いつきは感じていた。

(戦うだけの力はあるけど――あの子は本当は、戦いたくないんだ。人を傷つけるのが、嫌なんだ)

そう気づいた時、強い衝動がいつきの胸の中に沸き起こった。

(かわいそう…かわいい…ッ!)

 あんなに強くてかっこいい見た目なのに。本当は、優しい人なんだ。

(あの子が戦わなくて、すめばいいのにな…)

 敵ながらに、いつきは思ってしまったのだった。あの子を守ってあげたいと。

 そう、できる事ならば―…笑った顔が見てみたい、と。

 彼女への気持ちに気が付くと同時に、いつきの頭の中には、自分自身に対する違和感も生まれた。

(彼女は、いやいや戦っているのに…なんで私、博士に言われるまま喜んで戦っているんだろう。実はサイコパスとか?こわ…)

 博士に褒められるのは、確かに嬉しい。けど、それだけでいいんだろうか。

(私…ディアナと出会うまで、自分で「こうしたい」って気持ちが、なかったんだ)

戦いだけじゃない。今の自分は、すべての事を「博士が喜ぶため」にしているんじゃないだろうか。博士の用意する可愛い服を身に着け、愛らしい女の子のようにふるまうのは、すべて「自分がしたいから」ではなく、「博士のため」―…。クールでかっこいい衣装に身をつつむディアナを羨ましく思ったいつきは、初めてその事に気が付いた。

(私…私も本当は、ディアナみたいなかっこいい斧を持ってみたい。ミルキーロッドなんかじゃなくて…)

 今まで、自分の中にそんな願望があることすら気が付いていなかった。だが今や暗い部屋に電気をつけて、部屋の中のものがはっきり見えるようになったかのように、いつきは自分の「気持ち」をまじまじと眺めることができるようになった。いつきの心に電気をつけたのは、輝羽に対する憧れだった。

いったん自分の気持ちに気が付いてしまえば、なかったことにする事はできない。

 自分の願望と、ディアナへの憧れ。ここのところのいつきは、だから彼女の事ばかり考えていた。

(こうやってクラスメイトになれたんだから―…せめて、「友達」になれるといいな)

 いつきは床に座り、ベッドに頬杖をついて彼女を眺めた。「友達」。それが関の山だろう。だって…

(「友達」以上なりたいなんて…)

 自分の思い描く都合のいい想像に、いつきはため息をつきたくなった。いつも彼女の隣にいるライデンが羨ましい。軽口をたたきあい、戦場でも息がぴったりの二人はもしかしたら、恋人同士なのかもしれない…。そう思うと、いつきの胸中に焼け焦げるような嫉妬の気持ちが湧き上がる。自分も本当は、常に彼女の横にいられるような「友達」以上の「仲間」になりたいのに。けれど…

(そんなこと、できっこない…私は魔法少女。アンゲンストの敵、って決まっているんだから)

 目ざめたこの街でいつきの家族といえば、博士だけだ。だけど、学校が普通にあって、公園では子どもが遊んでいて、休日になればショッピングモールは買い物をする人たちで溢れかえる。そんな、平凡だけど皆が幸せに暮らしている場所だといつきは感じていた。いつきも毎日、唯一の家族である博士と食卓を囲んで他愛ない話をし、忙しい戦闘の合間を縫って博士と買い物に出かけたりする。目覚める前の記憶を持たないいつきにとってはもう、ここが故郷だった。

 だから、この世界の破壊を願うアンゲンストは、それだけで許せない存在だった。もしアンゲンストがすべての魔法少女に勝ってしまえば、この町はアンゲンストによって支配され、平和な日常はなくなってしまうというのだ。

「だから…君にはね、魔法少女になってもらったんだ。私の所に来てくれる人なんて、君くらいだったからね」

 と、博士は少し寂し気な笑いを浮かべて言ったのだった。いつきはもちろん、ずっと博士のもとにいるし、魔法少女として生きてる限りは戦い続けると約束した。

(そうなんだよね…ディアナは、輝羽ちゃんは、敵なんだ…)

 アンゲンストのメンバーは、皆強くて冷酷で容赦がなかった。だけど―輝羽だけは、敵だと思えなかったのだ。

(いけないことってわかってるけど…私…)

 輝羽と、仲良くなりたい。いつきはそっとベッドの上に手を乗せて、彼女の手に触れようとした。けれどできなくて、その手前でぎゅっと拳を握った。自分の気持ちを抑え込むように。

(そう…友達でいい。女友達。それ以上は望まないように、頑張るから…博士、許して)

 戦闘に訓練、そしてまた戦闘―…このゲームの世界を守るため、いつきには友達を作る時間も、遊ぶ時間もなかった。博士は家でいつきを待っていてくれていたが、戦闘や学校にまでついてきてくれるわけではない。家の外では、いつきは常にひとりぼっちだった。魔法少女であることは秘密だから、もちろん誰にも言えない。クラスでいじめられることはないが、毛並みの変わった存在であることは確かだった。

 心の内を、話せる相手がほしかった。すべてではなくて、一部でもいい。お互いの心を預け合えるような存在が。

 アンゲンストにいながら、人への攻撃をためらう輝羽の目に―いつきは、同じ種類の孤独を見たような気がしたのだ。

(輝羽ちゃん―…あなたはどんな人?何を考えて、日々戦っているの…?)

 今感じているこの気持ちに、名前を付けることはしない。その気持ちを彼女に告げる事も、しない。ただ―…すぐ隣で日常を、そして少しでも心をわけあえる、そんな仲になりたい。

すぐそばに輝羽の寝息を感じながら、いつきはその思いに唇をかみしめた。

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