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同じものが好きな二人

 すると輝羽は顔を上げ、博士を見た。

「いつきを刺した事が、ですか」

「…それも、あるが」

 しどろもどろにそういう博士に対して、輝羽は抑えた声で返した。

「それなら、いつきが目を覚ましたら直接、言ってあげて」

 輝羽はそれきり何も言わない。博士も黙った。物言わぬいつきをはさんで、沈黙が降りる。輝羽はそっと博士の表情をうかがった。彼女は気まずげに爪を噛んでいた。もう30は越そうという女性なのに、ずいぶん子供っぽい仕草だ。その横顔には、かすかに見覚えがあった。たしかこの博士という人は、地下研究室のメンバーだ。地上のドローンや地下の食物生産の管理を一手に担っていて、この地下の住民の方針を決定する力を持っている特権階級。ニュースや壁新聞で、その顔を見た事がある。

(…そんな人が、なんでいつきを…?でも少なくとも――もう、私を殺す気はないみたいだ)

 輝羽を守ろうとして間に入ったいつきを、刺した。許せることではない。だけど、怒りよりも、なぜこんな事になっているのか知りたい気持ちのほうが、もはや大きかった。

(この人の事よく知らないけど、一つだけわかる事がある)

 さきほどいつきが倒れた時、このひとは蒼白な顔をして樹の手当を始めた。彼女の目にはもう、殺意も輝羽も何も映らず、震えるほど必死にいつきの傷を止血していた。

(いつきの事を、本当に大事にしてるってこと。それだけはわかる)

 ゲームの中でも、それは感じられた。いつきのために毎日用意してあるというお菓子。博士は私のお姉さんみたいな人なの、といういつきの口調には、一点の曇りもなかった。いつきも純粋に博士の事を慕っていたはずだ。―執拗に乙女趣味な恰好をさせていたことは、とりあえず脇に置いておいて。

(この人はずっとあの空間に、いつきと二人でいたかったのね。だからいつきと一緒に脱出しようとした私が許せなかったんだ。)

 しかし、それはなぜだろう。この人といつきに、いったいどんなつながりがあるというのだろうか。

輝羽はいつきの寝顔を見ながら、頭の中の情報をゆっくり分析し、ラベルを張り、対処法を探した。

(この人は今―…自分のしたことを少なくとも後悔しているみたい。なら…素直に話してくれるかもしれない)

 なにしろ今目覚めているのはこの博士だけなのだ。輝羽には睡眠装置の事も、外の世界に出るならどうすればいいのかという事もわからない。研究室メンバーの知識があるならば、協力してほしい。輝羽はそこまで考えて、博士の方へ体を向けた。

「あの。どうしてあなたはいつきとあの世界にいたかったのか…教えてくれませんか」

 突然の質問に、博士は面食らったようだった。

「それは…」

 口ごもる彼女に、輝羽は冷静に促した。

「あなたがいつきの事を大事に思っていたのはわかります。でも、なぜあの子なのですか?研究室のメンバーであるあなたと、いつきの間にはどんなつながりがあるのですか」

「…それを聞いてどうするの」

「…あなたが殺人を犯してまで、あの街の空間にこだわった理由が知りたい」

 すると博士の唇が、かすかに歪んだ。笑い損ねたような悲しい表情だった。

「…たしかに、君は私に何度も殺されかけた。それなのに私を少しも責めない―理由くらい教えてやらなないと、バチが当たるね」

「責めてないわけではありません。いつきを刺した事も、私を殺そうとしたことも怒っています。けれど―…」

「けれど?」

「あなたも私も、同じようにいつきが好き、そうでしょう?」

 輝羽は冷静に博士を見据えた。

「その一点においては、お互いわかりあえるかと思ったのです。げんにいつきの手当のため、協力して手術しましたし」

 博士は疲れた笑みを浮かべた。

「へぇ…協力?自分を殺そうとした相手に」

「この地下街の住民は、もう残り少ない。今起きているのは私とあなただけです。今怒ってあなたと争っても、いい事は一つもない。むしろ協力した方がいい。そう思ったので」

 輝羽が淡々と言うと、博士は毒気を抜かれたようにため息をつき、肩を落とした。

「なるほど…君は自分を制御する事に長けているようだね。私とは違って。…羨ましいな」

 そして博士はぽつぽつと語りだした。いつきの母と、幼馴染だったこと。けれど彼女は他の人と結婚し、いつきが産まれたこと。冬眠装置に入ったいつきの母を見て、自分の欲望を抑えきれなかった事。そして―失敗し、代わりに彼女の子どものいつきをゲームの空間に連れて行ったこと。

「私は…犯罪者だ。人を殺した。それも、自分勝手な動機で…。君はさぞ、軽蔑するだろうね」

 まったく予想を超えるその話を、輝羽はなんとかかみ砕こうと必死だった。

(初恋の人に似てるから、その子どもでもいい、って―――か、かなりぶっとんでる、ような)

 それだけ思いこめば一途と言う事だろうか。ある意味純粋な人なのかもしれない。

(ま、まさか……同じ屋根の下でずっとすごして、この人、いつきに手を出したり……し、ししてないでしょうね??―って、何考えてるのよ私はっ!?)


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