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私のために争わないで!?

しかし遅かった。女は輝羽を羽交い絞めにし、床に押し付けた。白衣を着た、くせっけで眼鏡をした女性―…まぎれもなく、博士だった。

「ああ、間に合ってよかった」

 博士は鳴り響いている音を切り、輝羽の首に手をかけた。

「本当は起きてしまう前にしてしまいたかったんだけどね。君だって苦しいのは嫌でしょ?」

「ま、待って―!何で私が、殺されなくちゃいけないの?!」

 博士はぞっとするほど静かな声で言った。

「おかしいよね。私は全部アラームは切ったはずなんだけど。それに連動して起こる覚醒薬の注入もね。なのになんで君は起きているんだろう?説明できる?」

 博士はじっと輝羽を見下ろした。その目は冷たく光っている。

「わーわからない!気づいたら覚醒してたわ!」

「絵瑠は何て言ってた?」

 ずいっと博士は顔を近づけ、脅すように言った。

「ゲームの中で自決すれば―…こっちに戻れるって!」

 すると博士の唇がにっと吊り上がった。ぞっとするような笑みだった。

「なるほどやっぱり、君に入れ知恵していたのは絵瑠か。となるといつきの記憶を戻したのも、アラームをオンにしたのも、覚醒装置を起動させたのも彼女だな。ねぇ、彼女は他に何ていってた?自分の正体を明かしたのかな?」

「し、知らない!ほとんど話なんてしてないもの!エルは、何なの?あなたは彼女を知っているの?」

 すると博士の目が、すっと細められた。

「そうかい―じゃ、もう君に聞くことはないね」

「まって!やめて!私が何を―したっていうの!?エルとかかわったから?!」

 博士の眉間に深い皺がよった。

「うるさい―この、泥棒猫めっ」

「は、はぁ!?泥棒猫っ?」

「そうだ。私のいつきを、何度も何度も―」

 その言葉に、輝羽は思わず反論した。

「私のいつき…ってどういうこと?あなたいつきの何なの!?」

 もしかして、そういう趣味の人なのか!?いつきがゲームの中でこの博士と暮らしていたのは、つまり―…。

「や、やめてよね!?いつきはたしかに可愛いけど、あなたのものじゃないわ!!」

「うるさい!いつきは私のものだっ!」

 なんなんだ、この異常なやりとりは!?わけがわからん―…!!輝羽は茫然とした。

 しかし考える間もなく、輝羽の首を占める手が、ぐっと強まった。痛みと息が詰まる苦しさで、輝羽の視界はせばまった。ここは装置の中の世界とはちがう。首をしめられれば痛いし、窒息すれば死ぬのだ。


(ディアナ…輝羽、輝羽…!)

 いつきは記憶の中で、必死に彼女に呼びかけた。彼女は常に、自分の少し先を歩いている。今もそうだ。ぐずぐずしていたらおいて行かれてしまう。早く、急がないと――。

 ゲームの中ディアナと、現実世界の輝羽。その二人が混ざり合って、記憶の中でクリームソーダのようにどろどろ甘くとけあっていく。地下街の記憶が、頭の中に鮮烈に浮かんだ。幼馴染の、女の子。物静かでクールで、だけど内面の熱い意思を感じさせるあの目の光。

そして強い敵の女の子。シャープな衣装に身をつつみ、細腕に大きな斧を持って、蝶のように舞い蜂のように刺す。自分にない強さと脆さを合わせもった彼女。

だけど笑った顔は最高に可愛くて、ふとそれを見せてくれた時、彼女のすべてを自分のものにしたくなるような女の子。それが輝羽だ。

 ――輝羽もディアナもどちらも、いつきの一目惚れだ。

(ああ…私は…記憶を失っていても、また輝羽を好きになったんだ…)

 記憶のないあの世界でも、心のどこかで覚えていたのだろうか?それともまっさらな状態で一からディアナを好きになったのか。それはよくわからない。けれどゲームの中で「輝羽」という名前を聞かされて、胸が弾んだのは確かだった。キスをした時、ずっと求めていたと体が切なく焦がされるように熱くなったのも、確かだった。

(そうだ―――私はずっと、彼女にキスしたかったんだ)

 ふたりきりの隔離房のベッドで、一瞬の隙をついて輝羽の唇を奪ったあの日。この世界が元にもどって、また明るく笑える日が来たら、彼女に自分の気持ちを告げよう。私はそう決心した。きっと近い将来だ。私の身長が、彼女にちゃんと追いつくころ。あと少し我慢すれば、二人の未来へたどりつける。

 だけど次の日、その願望は叶いそうにもないという事をいつきは知った。冬眠装置に入ったら、次、起きられるのはいつなのか。なんの説明も発表もなかった。反抗する人たちも多かった。通気口を通って輝羽の部屋に行くと、すでに彼女は連れ去られた後だった。次は自分の番かもしれない。けれどいつきはいてもたってもいられなくなって、ひとりで飛び出してカタコンベへと忍び込んだ。氷づけにされる前に、一目でも輝羽を見ておきたかった。

 暗い地下空間、ずらりとならぶ大きな棺桶のような鉄の箱の表面に、雑にラベルが貼られていて、彼女の名前が走り書きしてあった。硬い扉に閉ざされて、中の様子はうかがい知れない。この中に輝羽がひとり眠っていて、目覚めるのは1000年先かもしれないと思うと――こらえきれずに、いつきの目から涙がしたたり落ちた。

(どんな形でもいい、また輝羽に会いたい――そうでなきゃ、私)

 顎からぼとぼと落ちるほどに、涙は止まらない。だけど長居はできない。いつきは冷たい鉄の蓋にそっと唇を押し付けたあと、その場を去ったのだった。

 その時の事を思い出し、いつきははっとした。

(そうか…私はもう、あの夢を叶えていたんだ。このゲームの中で私は輝羽とまた一緒に過ごして――キスもした)

二人は、敵として出会い、惹かれあい、そして現実よりもお互いに一歩踏み込む事ができた。 現実の世界では言えなかった事。できなかった事。今までの事をすべて忘れて、仮想の世界で仮想の役割をお互い纏っていたから、逆に素直になる事ができたんだろうか。

(本当に――こんなことって)

 笑いながら、現実世界のいつきは覚醒した。早く輝羽を見つけなければ。そう思いながら身を起こした。彼女に気持ちを伝えるのだ。そしてまた、彼女に聞かなくては。目覚めた今、自分の事を、どう思っているのか―。

「輝羽――っ!!!」

 喉からいっぱいに声を出して、その名を叫ぶ。空気が振動して、カタコンベ中にその声が響く。本物の空間、本物の身体。痛快だった。

 だけど現実の感触を味わう間もなく、いつきは動転して装置を飛び出し、駆け出していた。

―部屋の真ん中で、博士が輝羽に襲い掛かっているのが目に入ったからだ。

 足がもつれて、転びそうになる。それでもいつきはなんとか、博士と輝羽のもとへたどりついた。

「い…つ…き」

 苦しい声で、輝羽が呼ぶ。博士はあっけにとられていつきを振り返りつつも、首にかけた手は緩めていなかった。いつきは博士の腕にとびついた。

「やめて博士!輝羽が死んじゃう…っ!!」


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