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いつきと輝羽(3)

「そう…?これまでだって何度もワクチンが作られていたじゃない。でも結局、どれも効かなかったし」

「でもさ、いつかきっと出られるよ。出たら輝羽は、何をしたい?」

「うーん…」

 いきなり言われても、何も思い浮かばなかった。

「いつきは? このウイルスの騒ぎが終わったら、したい事とかあるの?」

「私…私はね…」

 いつきはためらうように、輝羽から目をそらした。そんな風に口ごもるなんて、らしくない。輝羽はけしかけた。

「どうしたの?ためらっちゃって」

 いつきが顔を上げて、じっと輝羽を見上げた。

「わ、私の背が…もっと伸びて、輝羽を追い越したら、言おうかな」

「追い越さないかもしれないじゃない」

 するといつきはむうっと頬を膨らませた。

「追い越すのっ。輝羽に教えてもらった、背が伸びる筋トレしてるもん」

「別にいいじゃない?そのままで。小さい方が、可愛くて素敵よ」

「そんなことない。私は輝羽みたいに、すらってなりたい。腹筋も割りたい」

 たしかにいつきは、昔から輝羽の背が高いのを羨ましがっていた。輝羽からしたら、いつきの方が羨ましかったのだが。

 その時、いつきの指が、つうっと輝羽の脇腹を滑った。ぞわっと身体が熱くなる。輝羽は身体をくの字に曲げた。

「ちょっ……と、くすぐったいじゃない」

「えへへ、輝羽ってココ、弱いんだよね? 昔からそう」

 いつきの目がキラリと光る。輝羽はぎょっと身構えたが、もう遅かった。

「ふふふ~!こちょこちょっ!」

「や、やめっ、やめて……っ!」

 純粋にくすぐったい。輝羽は身をよじって逃れようとして、逆にいつきにひきよせられて、彼女のくすぐる手がぴたりと止まった。

「輝羽……私、ね、背が伸びたら……」

 目と目の距離、3センチ。相手の呼吸も、鼓動も感じる距離。輝羽もドキドキしているし、いつきもドキドキしているのがわかった。

「なに、いつき……?」

 そう聞く自分の声がかすれている。その瞬間、3センチの距離がゼロになった。

 ――二人の唇が、そっと触れて重なったのだ。

「……っ!」

 柔らかい、いつきの唇。いざ触れてみると、体は高いところから飛び降りた時のように委縮して、熱くなったあとに冷たくなった。

「やだ……ご、ごめんっ」

 輝羽は思わず体を引いた。何かの間違いかと思ったのだ。しかしいつきは、真剣に輝羽を見ている。

「謝らないで。私が―…したくてしたんだから」

 どういうことだろう。何も言えずに固まる輝羽を見て、いつきは息を詰めるように言った。

「い…嫌だった?私と、こういう事するの」

 輝羽は混乱したまましどろもどろ首を振った。頭には、大量の?マークが浮いている。

「そ、そんな事ないけど……!ちょ、ちょっとびっくり、しただけ」

「輝羽―…今日のこと、覚えていてね」

 いつきはその日、それだけ言って帰っていった。ひとり残された輝羽は、ひとりパンクしそうになりながらベッドに転がっていた。

 今のキスは――一体どういう事なんだろうと。彼女が背が伸びたら伝えたい事は、何なんだろうと。

 その次の日だった。40歳以下の女性が全員―強制的に冬眠させられると発表されたのは。なんの心も準備もなく数年ぶりに部屋から連れ出された輝羽の頭の中に浮かんだのは、パパでもママでもなく…いつきのことだった。

 冬眠したら、目覚めるのはいつになるのかわからない。ワクチンが完成するのも、霧が晴れる日も果たして本当に来るのだろうか。もし、永遠に冷凍装置の中で眠っている事になったら、どうしよう。

 もしそうなれば、自分はもう二度と、いつきと会えないことになる。

(そんなの、いや……。うそでしょう……)

 連れられてきた最地下の冷凍装置を前にして、灼けつくような焦燥が、輝羽の胸を焦がす。なんで昨日、何も言わないで彼女を帰してしまったんだろう。あのキスに――ちゃんと答えられなかったんだろう。

 睡眠装置に入る事となって初めて、輝羽は言い訳を取り払った自分の本当の気持ちを知った。

「ま……待って、待ってください、私、いつきに伝えなきゃ……好きだって」

 今まで、心の中でさえ口にしなかったその言葉を、輝羽は唇から初めて出した。

 なんで、もっと早く言わなかったんだろう。今まで、いくらでもチャンスはあったのに。自分がぐずぐずしていたせいで、彼女に何も言えないまま、もう会えないかもしれないなんて。歯を食いしばる輝羽の目に一筋、涙が伝った。

 かなうことならば、最後に一目あって、その気持ちを伝えたい。今までの事をあやまって、せめてお別れを言いたい。

 いつきのあの底なしの明るい笑顔が、見たい。

 しかし、科学者は輝羽のそんな願い、聞いてもいなかった。事務的に説明をされて、装置の蓋が開く。なすすべもなくそこへ横たわり、注射器で麻酔を入れる、細い針が刺さる感覚の後…輝羽の焦りも不安も恋情も闇へと沈み、あっけなく途切れた。無になった。


 その装置が今、冷凍から冷め、内部はだんだんと温められている。

(そうだ…!ミルキーはいつき、あの子は私の…!!!)

 目ざめようとする今、すべての記憶つながった。どうして気が付かなかったのだろう。早く覚醒したくて、輝羽はもがいた。

 二人は、ゲームの中でも一緒だったのだ。だからあの時、図書館でのキスに既視感があったのだ。懐かしくて、焦がれて、あんなに辛い気持ちになったのだ。

(私たち…ちゃんとキスもできないまま、別れたから)

 ゲームの中のいつきも、現実のいつきと同じで優しかった。そして…魔法少女の服装がよく似合っていた。

(ゲームの中でまで可愛いなんて……最強すぎる)

 彼女に似合いの衣装や役割を振り当てられていたのは、なぜだろう。偶然だろうか。輝羽は疑問に思ったが、今はそんなことより…。

また、いつきに会いたい。そしてちゃんと気持ちを伝えたい。彼女の顔が見たい。あの子を、助けなくてはいけない。たとえ何が起こっても。

 そう心に決めた時、輝羽の瞼がパチリと開いた。麻酔が切れ、完全に覚醒する事ができたのだ。ビイイとモーターの鳴る音がし、装置の蓋が開く。輝羽はそっと身を起こした。きた時と変わらない、この地下で一番深い場所にあるこの「カタコンベ」。しかし一つだけ異常な点があった。このカタコンベ内に、絶え間なくサイレンのようなものが鳴り響いているのである。うわーん、うわーん、と。

「何の音?」

 怪訝に思った輝羽は、あたりを見回した。もし危険信号なんかだったら大変だ。すると、冬眠装置がすべてつながれている中央の機械のパネルが、点滅しているのが見えた。

(何かしら…?)

輝羽は睡眠装置を出て、そのパネルに触れて確認した。

「これは…映像?それに」

 輝羽は目をむいた。青い空と緑の大地が広がる動画のその下にテロップが流れている。「地上環境正常化 最終フェーズ、人間の帰還に移行可能」と。

「うそ…!?これ、本物?私たち…出れるの?」

 誰に言うでもなく、輝羽は思わずそう言っていた。すると次の瞬間、その疑問に答える低い声があった。

「いいや、君がここを出る日はこない」

 その冷たい声に、輝羽はがばっと振り向いた。

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