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博士という人(4)

2901年 1月1日

 新年の今日、私は自分の家に彼女(・・)を迎え入れた。彼女が使う素体データは、他のキャラクターとは違って私がすべてが作り上げた。現実の絵瑠に似せたアバター、そして経験値も体力も、最大値をやや低めに設定。ゲームにおけるアイテムや、彼女のための部屋も用意し、準備万端にしたところで、彼女はこの仮想世界に受肉を果たした。

 だだっ広いこの世界に突然産み落とされた彼女は、当然右も左もわからない。不安に身をすくませる彼女を、私が拾い上げて保護する。

 「私」は正義の科学者で、この街を守ってくれる魔法少女を探している―このゲームの筋書きに従って、私と彼女は公私ともにバディを組むのだ。深く考えずに選んだゲームだったが、これは彼女を私の手の中におさめておくためにとても都合のいい口実だ。私は自分の運に感謝した。

現実の絵瑠と同じように、彼女は眠らなければ疲れがたまり、食事をしなければ体力が回復しないように設定してある。彼女は私の言葉を一つも疑うことなくついてきて、感謝をしながら今は眠りについている。名前には迷った。けれど彼女は、絵瑠ではない―だから私は彼女を「いつき」と本名で呼ぶことにする。彼女が起きたら、魔法少女の件について話を切り出そうと思う。


2991年 2月14日

 私が病院で見抜いたとおりに、いつきは天使のようにいい子だった。私が本当に困った様子で頼むと、二つ返事で魔法少女を引き受けてくれた。私が作った魔法少女の衣装は、本当に彼女に似合っていた。彼女が隣に、同じ屋根の下に居るのが嬉しくて、私は何でもした。彼女のために食事を用意し、お菓子や服…好きそうなものを手に入れ、毎日プレゼントする。そのたびに彼女は喜んでお礼を言ってくれる。私がもう久しく見ていなかった、彼女の純粋な笑顔だ。

 いや、彼女は絵瑠とは違う。いつきはいつきなのだ。新しい絵瑠なのだ。だから彼女の好きそうな可愛らしい部屋に住まわせ、可愛らしい洋服を着せ、地下世界では許されなかった贅沢三昧をさせてあげている。きっと、いつきにとってここは居心地のいい場所のはずだ。

 今日もいつきは、学校が終わったあと戦闘に出ている。最近ではけっこう上達してきて、徐々に力をつけてきていた。モニターで毎回欠かさず観察しているが、ノンプレイヤーキャラの敵を相手に、なかなかいい動きをする。きっと疲れて帰ってくるだろうから、私は温かいお風呂と飲み物を用意して、彼女の帰りを待っている。

私と彼女の関係は、今のところは保護者と少女だ。ゆくゆくはもっと別の関係をつくっていきたいが、今は甘やかなこの役目を楽しんでいたい。

なにしろせっかくやり直せるのだし、いつきは目の中に入れても痛くないほど、かわいいのだから。


2993年 4月3日

 すべてが私の手の平の上で、思い通りと思っていたはずのこの世界だが――最近、不可解な出来事が起こり始めている。あくまで私の駒でしかなかった『敵』のキャラクターたちが、私の指示を無視して行動しているのだ。私がコマンドを下した覚えのない敵や、作っていないはずの敵たちが現れて、好き勝手にこの街を破壊しようと行動しはじめている。私は致し方なく、中身のない魔法少女のアバターを送って彼らを消滅させた。おそらく、彼らは私がこの世界に移植した人々中でも人一倍敏感な感性の持ち主だった人々なのだろう。この平和な世界をただ享受していればよかったものを、違和感に気が付いて、この世界の謎をあばこうと活動しはじめた。そんな事をされれば、こちらとしてはたまったものじゃない。だから『気が付いた』人々はこのゲームから消えてもらって、睡眠装置の身体へと戻ってもらった。ログアウトすれば、この世界と関わることはないし、破壊される事もない。彼らはただ、眠りに戻るだけの話だ。

 ただ、最近その数が多くなってきたので、アバターだけでなくいつきにも『消滅』させる任務にあたってもらう事にした。私がお願いすれば、彼女は喜んで敵を屠って帰ってくる。いつきは絵瑠よりも素直で、優しい。


2993年7月5日

 最近いつきが少しよそよそしい。私にだまって出かける事が増えたので、何かと聞いたら友達と会っているという。友達―…調べてみたら、それはクラスメイトの女子だった。しかし彼女の本体のほうは、いつきと同じ年頃の女の子だった。嫌な予感がした私は、すぐさま彼女を消した。そしていつきの電子記憶からそもそもの姿を消した。性別など関係なく、いつきの心を占める存在は危険だ。でも、これで一件落着だ。これで彼女は、ゲームとはもう関わりなく、冷凍装置内で寝続けるだけの存在となった。もう私のいつきと深くかかわることもないだろう。とはいえ念のため、私は現実世界の彼女の顔を見に行った。その顔は見覚えがあった。たしかごく最初の方に電極を埋め込んだ一人だ。念には念を入れて、彼女の電極を無効にすることも考えたが―…せっかく手術したのだ。私はそのまま静観することにした。それにしても、なぜいつきは女同士である彼女に特別な感情を抱いてしまったのだろうか。もしかして―…本来の「いつき」が、そうだったのだろうか。私は複雑な気持ちになった。絵瑠にとって、女の私は友人でしかなかったのに、いつきは同じような友人の女子を、特別に思っているのか……。この、もやもやとした気持ちは何なのだろう。理不尽?

不可解? それとももしかして――羨ましいのだろうか?

起き上がったついでに、もろもろの確認も行う。久々に外のドローンのカメラ映像を見て、私は驚いた。外が――明るいのだ。まさか、ずっと地球を覆っていた死の粉塵が、やっと晴れたと言うのだろうか――?私は色を失った。

けれどすぐに平常心に戻った。長い間、太陽の光を遮られ、地上は様変わりしてしまった。酸素が消滅し、生き物は絶滅し、水は毒で満ち―――。たとえ霧が晴れても、元の状態に戻るまでは、まだ時間がかかるだろう。しかし、その都合のいい安易な考えをすぐに信じ込むには、私の頭には知識が詰まり過ぎていた。衛星が落ちる前の大昔は、人さえいなくなれば1年とたたず地球の環境破壊は回復する―とまで言われていたのだ。今まさに地上には人がいないのだ。危機感を覚えた私はドローンの記録をもとに、その年月を試算した。

 …私に残された時間は、あと1か月もないと言う事がわかった。



2994年 4月7日

 今日が始業式だといって、いつきは学校へと向かった。この世界にいる限り、彼女は永遠に学生だ。だけどうかうかしていられない。もうすぐ現実世界のアラームが鳴り、この世界は終わりを迎えるのだから…。

 そう思うと体中に震えが走った。今更、この世界を、いつきを手放すことは考えられなかった。私は麻痺したような頭でよく考えもせず、起き上がってドローンのアラームのスイッチを切った。これで私にも、誰にも、アラームは聞こえない。誰一人目覚める者はいない。

 ―私は、私たちは、地上復帰の約束の日を寝過ごすだろう。永遠に…。けれどこれはアラームが故障してしまったためだ。知らなかったから、仕方のないことだ。私は自分にそう言い聞かせる事にした。たとえ虚構でも、何度でも念じていれば本当の事になるのだ。


2994年 6月17日

 また、いつきの様子がおかしい。しらべてみたら、あの女子がまた生き返って、いつきと接触していた。一体どういう事なのだろう?彼女はずっと眠り続ける設定にしたはずなのに。

よほど電極を抜いてやろうかと思ったけど、またいつきの記憶を消すにとどめた。…それが、数日前の事。いつきはあの敵の女の事は忘れているはずなのに、またたびたび会って仲を深めていた。私は憤ったが、今度は泳がせた。なぜ私のコマンドに逆らって記憶が復活したのか、見極めたかったからだ。もしかして―いつきにもその女子にも、何か別の者が、干渉しているのだろうか?とはいえこれ以上敵の女と仲を深められても困るので、接触は禁じたが。

 これは彼女のためなのだ。いつきは詰問する私にすら気遣いをし、逆に私に真意を話してほしいとかき口説いた。その真剣な優しさに、私は思わずなにもかもしゃべってしまいそうになった。だが次に放たれた彼女に言葉に、思いとどまる事ができた。何も知らない彼女は無邪気に「博士も一緒に外の世界へ行こう」と訴えた。

 そんな事、できるはずがない。私はすでに、罪を重ねた罪人なのだから。この甘やかな嘘の仮想世界から出れば、その重いツケが一気にのしかかってくる。もはや私は現実世界での清算も、生活ものぞまない。責任などクソくらえだ。だって現実が何を自分にくれたというのだろう?だから私も、現実の世界に対して奉仕する必要がどこにあるだろう?

 いつきはしばらく、ほとぼりが冷めるまで眠らせる。この件を対処したあと起こして、また二人だけの穏やかな生活に戻ればいい。

 いつきと永遠に、この家で過ごす。私にはそれ以上の望みも選択肢も、もうありえないのだ。



(つまり―…つまり、この世界には、やっぱり外があったって事!?)

 日記を読み終えたいつきは、瞬きもせずに猛然と考えだした。

博士のこと、地上の事、そして自分の本当のすがた―…。

 様々な情報が頭の中で渦を巻き、まるで台風が通っているようだった。 

(でも要するに―――もうすぐ地上は元に戻って、私たちは出られるようになるんだ!

けれど博士は、そうしたくない!私たちが目ざめるのを阻止していたわけだ…) 

 なるほど、この世界の秘密を暴こうしていいた「アンゲンスト」をも、彼は手のひらの上であやつっていたわけだ。輝羽といつきとの間で交わされた「一緒に外に出よう」という約束も―…彼はとうに知っていたにちがいない。知っていて、泳がせていたのだ。

(でも、輝羽はさっき、なんで自分にロッドの攻撃を向けて、消えたの…?)

 博士の日記によれば、彼女はこの街に戻ってくることはなく、睡眠装置の中で寝ているはずだった。しかしなぜが、いつきと敵対する存在としてよみがえった。

(そして私たちはまた出会って、この街の『外』を目指した――)

 そんな輝羽が、やすやすとこの世界での『生』を諦めるはずがない。何か理由があるはずだ。なぜわざわざ自分で博士の刃をその身にのめり込ませたのか。「心配しないで、すぐにまたー」という言葉の意味は?

 そのとき、いつきの頭にふと一つの疑問が浮かんだ。この世界で、誰にも殺されずに自分の意思で「自殺」した者はその後どうなるのだろう?博士によって消されたり、魔法少女に寄って消滅すれば、その意識はゲームからログアウトし睡眠装置の中の肉体に無傷で戻る。しかし、その処理から外れる自死は何にカウントされるのだろうか。

(もしかして――このゲームシステムに逆らう事によって、このシステムから「外れ」て、その意識の向かう先は……)

 いつきはごくりと唾を飲んだ。それなら、輝羽が最後に言った言葉も腑に落ちる。

 心配しないで。すぐにまた現実世界で会おう――と、彼女は言いたかったのだ。

「そっか…わかった、輝羽」

 考える間もなく、いつきはその次の瞬間ロッドを自分に向けていた。



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