消滅
今日、自分は消滅するかもしれない。ライデンのように、他の仲間たちみたいに。そう思うと、輝羽の胸に後悔が波のように打ち寄せた。
あまり自分の気持ちを、他人に伝える方ではなかった。ライデンに、もっと優しくしていればよかった。そしてあんなに自分を慕ってくれたいつきに対しても、温かい言葉ひとつかけてあげられなかった。好きだと自覚していたにもかかわらず、博士の監視の目を恐れてそっけなくふるまっていた。
(こんな事になるなら―…少しくらい、自分の気持ちを伝えておけばよかった)
もし今日、奇跡的にいつきに会えたとしたら…ちゃんと自分の思いを言おう。いつきはそう思いながら仲間と共にアジトを出た。
廃墟の荒野を抜け、街の中心の方へ。住宅街も学校も、不気味なほど静まり返っている。いつきの住む研究所は、いつもどおり人の気配がない。玄関はいつもとざされているので、輝羽がガラスを割って、そこから潜入した。
すぐさま気が付いた博士が魔法少女を差し向けてくる―…と予測していたアンゲストの面々は、皆武器を手に殺気だって建物に足を踏み入れた。が、廊下も部屋もしんとしていて、誰も駆けつけてくる気配がない。
拍子抜けしながらも、一行は警戒しながらいつきの部屋まで向かった。そっとドアを開けた輝羽は、ベッドに横たわったいつきを見て、思わずかけよった。
「いつき…!生きていたのね…!」
ベッドの横にひざまづき、輝羽はその頬に触れた。すると、ふわりとその目が開いた。輝羽のすべてを見通すような、深遠なまなざし―…
(いつきじゃない、エルだ)
輝羽の気持ちが聞こえたかのように、エルは微笑み、指先で輝羽に手招きした。
「なに…?」
近づいた輝羽の耳に、エルはそっと囁いた。
「私、やっと見つけたの…この世界から出る、方法。それはね…」
蝶の羽ばたきのような小さい声を、エルは必死で聞き取ろうと耳を澄ませた。その時バタンと乱暴にドアが開いた。
「っ…!」
入ってきた博士は、目にもとまらぬ速さで輝羽を突き飛ばし、横になったいつきに上から覆いかぶさった。
「そこにいたの……!?君は…!」
博士の目は、狂おしいほどに横たわるエルだけに注がれていた。狂気じみたその声。輝羽も誰も、眼中にない。
「やっと見つけた…!」
しかしいつき―エルは、彼女と目を合わせる事なく、ゆっくりとその瞼を閉じた。
「待て、おねがい待って…ッ!」
博士はその瞼をむりやりこじ開けて、彼女を目覚めさせようとした。すると彼女は驚いたように首を振って、博士の手から逃れた。
「い、痛いよ…博士?どうしたの…?」
驚いた顔でそういう彼女は、もう元のいつきだった。彼女はベッドの上から部屋を見回して、怯えたように言った。
「て、輝羽ちゃん?みんなここで何を―」
いつきの怯えるまなざしと、覚悟を決めた輝羽のまなざしが交差した。
「いつき―…」
輝羽が口を開いた瞬間、博士の手によって輝羽は床にねじ伏せられた。
「お前…ッ彼女はどこへ行った、言いなさいッ…」
床に押し倒されて首元を締め上げられた輝羽は、正直に言った。
「エルのこと?知らないわ…!」
ウォルタ―と仲間が、輝羽を助けようと向かってくる。しかし博士が持つロッドを一振りすると、彼らの姿は掻き消えた。一瞬にして、消されたのだ。そうわかるまで数秒間必要だった。その間にも、輝羽の首はしめあげられていく。
「本当の事を言いなさい、ディアナー…!でないとお前も消す…!」
まずい。博士に消されては、またすべてが無駄になる。その時、ベッドの上がピンクと白の光にあふれた。ミルキーが変身したのだ
「博士、やめて!輝羽ちゃんを放して…ッ!」
博士は片手で白衣からナイフとをりだし、蛇のような冷たい目で彼女を見た。
「いつき、それ以上動くんじゃない。動けば…これをこの子に当てるわ」
博士の持つロッドが輝羽の首筋にあたる。ミルキーが持つものとよく似た可愛らしいそのロッドの先端からは、花火のように弾ける白い光が迸って、勢いよく空中へと散っていた。これを直接浴びてしまえば、輝羽は今までのアンゲストのメンバーと同じように消滅してしまうだろう。
ならば。輝羽は瞬時に考えた。さきほど耳元でささやかれたエルの言葉。
(もらった…!!!)
ロッドを握る博士の手をつかみ、輝羽は万力の力をこめてその光のシャワーを頭から浴びた。
「あっ…?!」
博士の顔が、驚愕に歪む。だが彼女は一瞬で輝羽の意図を察し、ロッドを引こうとした。
「こ、この…!!」
だがもう遅い。ミルキーシャワーを大量に浴びた輝羽の身体は、消滅を始めていた。
「輝羽ちゃんっ!!」
またがる博士を押しのけて、いつきが輝羽を抱き起した。
「どうして…!」
あと数秒の命だ。説明している暇はない。輝羽は透き通り始めた手で、いつきの頬に触れた。
「心配しないで…すぐまた…」
会えるから。そういう前に、輝羽の身体は消滅した。
「輝羽ちゃん!なんで…!博士…っ!」
状況などまったくわからないいつきは、ただただ混乱して博士を見上げた。
「なんで輝羽ちゃんを襲ったの?!それにどうして輝羽ちゃんは自分で…!?」
博士はゆらりと立ち上がって、ぶつぶつ呟き始めた。
「くそ…そういう事か…時間がない…あと少しでアラームが…」
その目には、いつきも誰も映っていない。初めて見る博士のそんな顔に、いつきの背筋に悪寒が走った。
「博士…こたえてよ…!私たち、どうなっちゃうの!?」
いつきの金切り声に、やっと博士はいつきの方を見た。
「…私はいったんラボに戻る…いつきはここにいなさい」
そういうが早いが、博士は目にもとまらぬ速さでいつきの部屋を出た。ドアがしまり、ガチャンと無情に施錠の音が聞こえた。
「ま、まって…博士―!」
いつきはドアノブに手をかけたが、ちらりとも動かない。頭の中はぐちゃぐちゃだった。あれから目が覚めたらいきなり輝羽が目の前にいて、博士が輝羽を襲って、輝羽は自分で致命傷の技にかかって――
いつきは茫然と、さきほど彼女が押し倒されていたあたりの床を見た。
(輝羽ちゃん…なんで?なんで…?!)
わからない事だらけだ。焦りと混乱で、いつきの拳に力が入る。握っていたロッドが、みしりと音をたてた。
「あっ…そうだ!」
いつきはまじまじとロッドを見たあと―…ドアに向かって発射した。
「ミルキースパークッ!」
もうドアなんてどうなってもいい。研究室にいった博士を捕まえて、何が起こっているのか聞き出すのだ。そうすれば少しは何かがわかるはずだ。
「博士っ!」
ところが―…研究室に、博士はいなかった。ドアが開けたままのその場所に、いつきは足を踏み入れた。
「なんで…どこに行ったの?」
いつもは鍵がかかっていて入れないその場所に、いつきは初めて入った。
「博士…?隠れているの…?」
壁の中央に据えられたモニターはつけっぱなしで、計器類も作動したままだった。ドアは開け放しだったし、博士は相当あわてていたようだった。
「これ…マップ?」
いつきはモニターに触れた。するとマップは閉じられ、ずらりとファイルの並ぶ画面が現れた。几帳面な博士らしく、一つ一つ名前がついている。その中で、いつきの目を惹くファイルがあった。
「当用日記…?博士の、日記ってこと?」
開いてみると、記録はとても長かった。その最初の一文に、いつきの目はすいよせられた。




