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この世界は、君のために

「ただいまっ、博士!」

 いつきは苦しい気持ちを抑え、いつも通り元気に帰宅した。今の所輝羽と接触している事は博士にばれていない…と思う。けれど、博士が前より研究室から出てくる事が多くなったのはたしかだ。

「いつき…無理して学校に行かなくてもいいんだよ」

「ううん、行きたいの!最近は敵さんもあんまり来ないし…余裕があるから、部活とか、入っちゃおうかな…駄目?」

 すると博士は苦笑いした。いつもより疲れているような笑みだった。

「博士…大丈夫?ちゃんと寝てる」

「ああもちろん。ねぇいつき、明日は学校を休んでくれないかな。…いつきが家にいてくれれば、私は元気が出るんだけどな」

「いいけど…明日だけ?」

 用心深くそう聞くいつきに、博士はいつものように穏やかにこたえた。

「いいや、ずっとだよ」

 その答えに、いつきは思わず押し黙った。そのお願いは、いつきにとって受け入れがたいものだった。だけど博士の穏やかな表情は変わらない。

「博士―…なんで、学校に行っちゃダメなの?」

 いつきは博士の目を見てまっすぐ聞いた。博士の弱点を探るように輝羽には言われている。けれどいつきは、博士の裏をかくような真似には抵抗があった。

「何か理由があるんだよね?私、難しいことはわからないかもしれないけど…ちゃんと聞くから、おしえてほしい」

 だって、この世界でいつきを守って導いてくれた人なのだ。ずっと、いつきに優しくしてくれた。戦闘のあとは労わって、いつきのためにいつもいろんなものを買ってきてくれた。マカロン、ケーキ、洋服…。それらはいつきが欲しいものではなかったが、いつきのために博士が買ってきてくれたという気持ちは嬉しかった。

(博士は―…不器用なところはあるけど、悪い人じゃない。何か知っていて、私たちに隠しているのは、きっと理由があるんだ…。)

 本当は悪い事なんかしてない「アンゲスト」の人たちを攻撃するのは、なぜなのか。ちゃんと聞けば、きっと教えてくれるはず。博士が話してくれれば、彼らが悪い人ではないと、いつきから伝えることだってできる。そう思ういつきは、意を決して聞いた。

「博士――。博士が知ってること、教えてほしいの。博士は何の研究をしているの?博士は何を…隠しているの?」

 いつきの言葉に、博士の顔からすっと表情が消えた。それをみたいつきは唇を噛んだ。

「私には…言えないかな?でも博士、いつも一人で頑張ってるでしょう。私なんかよりもずっと、何か重いものを、背負ってるんだよね。私も―…少しでも、それを肩代わりできればなって」

 そういうと、博士の口から、小さな笑みが漏れた。風船の穴から空気が漏れるような不穏な笑いだった。

「は…はは、心配してくれてるの?ありがとう。でもいつきも…私に隠している事があるんじゃない?」

 その声は静かだけれど、どこかヒヤリとする響きを持っていた。

「そ、それは…」

「正直に言ってごらん。そしたら私もいつきに言おう」

 焦りに、いつきは固まった。もし輝羽とのことがばれたら…博士は輝羽をどうにかしてしまうかもしれない。博士はアンゲンストを嫌っているのだから。

 だが、こんな場面で…いつきは嘘をつける性格ではなかった。

「博士…ごめんなさい、私…敵の人と、お友達になりました。でもね、その子はとってもいい子なの。悪い子じゃないんだ。だから…」

「ちがうでしょ?」

 冷たい声が、いつきの言葉をさえぎった。

「お友達、じゃないよね。いつき、嘘はよくないよ」

 そういわれて、いつきの背に冷たいものが走った。いつきが輝羽とここを脱出する約束を交わしていて、さらにいつきが彼女に「友達」以上の気持ちを抱いている事を、博士は知っているとでもいうのだろうか。

「まさか…そんなこと」

「知ってるよ?君と彼女の企ても、君が彼女をどう思っているのかも。君のことは何でも知っているよ、いつき」

 博士が一歩、いつきに近づいた。いつきは思わず下がった。

「な、なんで、博士」

「それが私の仕事だから。私は『君』を研究しているんだから。君がこの世界にきてからずっとね」

「わ、私の…魔法少女の力を…?」

 藁にもすがるおもいでいつきはそう聞いた。が、博士は簡単にそれを否定した。

「いいや?君そのものをだよ。君を魔法少女にしたのは、私のの観察対象の網に入れるため」

 博士は一歩、一歩といつきに迫る。ついにいつきは壁ぎわに追い詰められた。

「は、博士―…どうしたの、そんな怖いこと、いわないでよ。いつもの博士に、もどってよ」

 半笑いでそう言ういつきに、博士は唇のはしをつりあげた。いつもと同じ笑いのはず、はずなのに、その目は獲物を捕らえる獣のように鋭い。

 いつきは動くことができなかった。

「私はいつも変わらないよ。君のことだけを考えて、動いている。逆に聞くけど、いつきは何が不満なの?」

「ふ、不満、って…」

 博士はいつきの顎に手をかけた。

「何か足りないものがあるなら言って?なんでも用意するから。私に悪いところがあるなら、直すから」

「は、博士に不満なんてない。感謝、してる。ただ私は―…知りたいの、それだけ」

 博士が腰をかがめて、真正面からじっといつきを見た。その目はもう、笑っていなかった。

「知れば君は出て行くんでしょう。この場所から」

 怖かった。いつもの彼女ではなかった。けどいつきは必死に言いつのった。

「うん、行きたい、外を見てみたいの!輝羽ちゃんたちが、戦わなくていい場所に…!博士も一緒に、行こうよ!だめ?」

 彼女はゆっくり首を振った。

「君がこの世界を出ることはね、あってはならないんだよ」

 博士の薄いはしばみ色の目の色が、ゆっくり変わりだしていた。紅茶のような色の中に、ピンク色や水色が混じって、マーブル模様のように回って…

(あ…頭が、くらくら、する…)

 それを見ているうちに目が離せなくなって、いつきの膝の力ががくんと抜けた。意識が遠ざかる。脳内には博士のマーブル模様がものすごい勢いで渦巻いている―…

「だってこの世界は、君のためだけにあるんだから」

 その博士の声は、いつきの耳にはもう届かなかった。


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