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(…一限、さぼってしまった)

 輝羽は店内の奥まった席にすわりながら、ぼんやりと通りを眺めた。遅い朝なので人通りはそう多くない。店内には薄くクラシックが流れている。

 運ばれてきたティーポットから紅茶をつぐと、赤金色のかぐわしい液体が一本線となって白いカップに注がれる。

(あぁ…いい匂い)

 ほんのり温められたそのカップに唇を寄せる。暖かい紅茶を飲み込むと、お腹の中がじんわりと温かくなったような気がして、なんとなく元気が出た。こんな慰めが存在すると言う事を、輝羽はいつきに会うまで知らなかった。

(私…美味しい飲みものや甘いお菓子が、好きだったんだ…)

 ショーケースに飾り付けられた色とりどりのケーキを眺めていると、わくわくする。いくらでも眺めていられる。しかし、先ほどまで考えていたことが、輝羽の楽しみにうっすらと水を差す。

(でもここは…架空の街、って可能性もあるのね。ならここのケーキも、誰かの見ている夢なのかもしれない)

 夢にふさわしく、ここのケーキたちは綺麗で儚い。それは―魔法少女スイートミルキーも同じなのかもしれない。

(美しく可憐な存在であることを、義務付けられているものたち…)

しかしもし、夢から覚めれば?その義務も、ケーキもなにもかもすべて、消えてしまうのだろうか。

綺麗なケーキたちをながめながら、輝羽はぐっと拳を握った。

(私…可愛いものが、好き。美味しいものも、好き。だから―ずっと、覚えておこう)

 このケーキを。ミルキーの姿を。昨日のキスを。思い出そうとしなくても、昨日涙をこぼした青い瞳の色が、よみがえる。その色は鮮烈に、輝羽の脳内に焼き付いてしまった。

 この世界は、夢の中にある不安定な存在。いつか目覚める儚いもの。昨日あった出来事も、今心の中にある感情も、次の瞬間には消去されてしまうかもしれない。

(そんなの―嫌。私、忘れたくなんてない)

手放したくない。そう思った輝羽は初めて、自分の気持ちを知った。一夜開けてもまだみっともなく動揺してしまうくらいに、輝羽は、いつきの事が―…。

(いつきを最初嫌いだったのは、可愛いものが、好きだから。私がああなりたかったから。でも今は―)

 彼女に抱く気持ちは、違う。

(私…あの子が、好きなんだわ)

ひとりカフェの席に座りながら、輝羽はケーキではなくその感情を味わった。


「私たちのこと、博士にばれてない?」

「うん、大丈夫だよ。別に何も言われてない」

 図書室で棚をはさんで、輝羽といつきは会話をしていた。本の向こうで、輝羽がかすかに首をかしげたのがわかった。輝羽はどんな動作も、大げさにはしない。最低限の所作には無駄がなく、それゆえかえって洗練されていていつきの目を引き付ける。

「本当?妙ね。彼女はあなたを逐一監視してそうなものだけど」

「住宅街で会った日もね、多分バレてないと思うよ。何も言われなかったもん」

「やっぱりエルのおかげ、なのかしら…」

 この貴重な機会を無駄にするわけにはいかないと考え込む彼女の顔を、いつきはじいっとながめて、ほっと溜息をもらした。

(やっぱり綺麗だな―…輝羽ちゃんは)

 彼女に比べると、自分はまがい物だという気がする。輝羽の方こそ本当に魔法少女で、いつきは嘘の衣装で飾り上げられた偽物の存在、というような。

「私、数日学校休むわ。調べたいことがあるの。だからいつきにもお願いがある」

「なに?」

「…私とのことがばれていないなら、博士を調べてほしいの」

「…わかった。どんな事を調べればいいかな」

「なんでも。研究でもいいし、ささいな事でもいい。だけど一番知りたいのは弱点」

 おそらく、彼が素直に口を割ってくれることはないだろう。ならば力づくで聞き出すしかない。それまでに調べられることはすべて調べて、こちらの有利な情報を知っておきたい。

「わかった…」

 いつきがうなずくやすぐに、輝羽はさっと本棚の前から去ろうと歩を踏み出した。

「ま、まって…!」

 後ろ髪を引かれるように、輝羽が振り向いてちらといつきを見た。もうこれ以上は危ないわ、と目が言っていた。いつきは彼女から目をそらし、独り言のように言った。

「わかった…もう話さない…だけどちょっとでいいから、ここにいてほしいな…私、もうすこし輝羽ちゃんを眺めていたいの…だめ?」

「っ…わかった、」

 いつきがこの手の駄々をこねると、輝羽の頬はきまって少し赤くなる。彼女ともっと一緒にいたいのは本心だが、いつも冷静な彼女のそんな顔が見たいためにわがままを言ってしまう、という動機もあった。

(私って…わるいやつ、なのかな。意地悪したいわけじゃ、ないんだけど…)

 椅子に座って適当な本をめくりだした輝羽を眺めながら、いつきは少し反省した。輝羽が確認するように、ちらりといつきを見る。いつきの熱視線とまともに目があった輝羽は、さらに頬を紅くして慌てて本に目を落とした。

 その所作に、息が苦しくなるほどにいつきの胸が高鳴る。

(あ…かわ、いい…輝羽…)

 いつきは無意識に、ぎゅっと制服の胸元を握りしめていた。

 今すぐ彼女の隣に行きたい。両手で彼女を抱きしめたい。

(こんなに好きだよって、伝えたい―――…。)

 輝羽への「好き」が、どんどん大きくなっていく。いつきの小さな体をすべて満たしてしまいそうなほどに。まるで溺れて窒息してしまいそうな人みたいに、苦しいくらい。

 くらくらする頭を抱えながら、いつきは輝羽が去るまで、彼女をじっと眺めていた。


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