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ぎゅってしてて

「いつき、大丈夫?」

 輝羽が彼女を覗き込むと、いつきは突然顔をしかめた。

「っ…あ、いたいっ…!」

 いつきは輝羽にしがみついて、ぶるぶる体を震えさせた。

「いつき!?どうしたの…!」

 とつぜんの急変に、輝羽はおろおろしながら彼女を抱きしめることしかできなかった。そして―…

「て…輝羽、ちゃん…」

 痙攣がやみ、体をすべてぐったりと輝羽にあずけたいつきが、再びその目を開いて輝羽をとらえた。輝羽の顔がうつるほどの、至近距離で。

「おもいだした、輝羽ちゃん」

 その目は確信に満ち、輝羽だけをまっすぐに見ていた。

「輝羽ちゃんに負けたこと。私が雷司くんに攻撃したこと。一緒に―…ケーキを食べたこと」

 そういわれて、輝羽ははっと息をすいこんだ。

「思い出したって―何で、今?」

「わからないの。輝羽ちゃんを探しにいこうとおもって家を出て―…気が付いたら輝羽ちゃんの腕の中にいる。どういうことなのかな?これって、私の夢?」

 そういわれて、輝羽の顔は思わず歪んだ。エルの言っていた言葉が甦ったからだ。

(地球の内側でも実験場でもなんでもいい―ってことはつまり、目覚めないかぎりここはどんな場所にでもなりうる場所ってこと?それってもしかして)

 ―誰かの夢の中、とか?

「輝羽ちゃん、どうしたの?」

 輝羽は今の事をいつきに話した。「エル」という名前と、それがいつきの口から語られた事は伏せて。

 それを聞いたあと、いつきはしばらく難しい顔をしていたが―…すぐに困った顔で輝羽を見上げた。

「目覚める、って、どういう事なのかなぁ。今の私みたいなこと……?私たち、ちゃんと起きて、暮らしてるのに…どういう事なんだろう。」

「どうだろう…」

 輝羽もいつきも考え込んだ。今の自分たちは、ちゃんと意識もあるし、感情もある。けれど『嘘の世界』という言葉が妙にしっくりくるのも事実だった。

「私たちが感じていた違和感も……今の生活が何か場違いに感じるのも……ここが嘘の世界だったから、ってことなのかな……?」

 考えながら、いつきはつづけた。

「もしそうなら、エルのように『目覚めて』外の世界出れば――もう魔法少女もアンゲストもなくなるって事? もう、誰とも戦わなくていいってこと?」

 そうならいいのに……とつぶやくいつきに、輝羽ははっとした。

「そうだわ、いつき――。あなたたち魔法少女は、なぜ私たちを攻撃するの? 誰があなたに、命令をしているの?」

 そう聞かれて、いつきは申し訳なさげにうつむいた。

「他の子のことは知らないけど……私は、博士に言われてしているの。アンゲストは、この街を壊す悪い人たちだからって。私、最初はそれを信じ込んでたけど……輝羽ちゃんを見てからは、そんな風には思えなくて。ねぇ教えて。アンゲストは、何で戦っているの? 何が目的なの?」

 そう聞かれて、輝羽はやるせない気持ちになった。やはり魔法少女は、博士に操られるだけの存在でしかなかったのだ。ある意味、アンゲストと変わりない存在。何も知らないまま、動かされるだけの駒。

 しかし、少しほっとしたのも事実だった。いつきが戦っていたのは、命令のせい。彼女に戦う意思があったわけではなかったのだ。

「アンゲストのメンバーは、魔法少女に居場所を追われた、元、街の人たちよ。だから、魔法少女を消したいと思っている人もいる――でも大元はこの世界の『外』を知りたい、そう思う人たちの集まりよ」

 その言葉に、いつきはショックを受けた顔をした。

「皆……やっぱり、悪い人なんかじゃなかったんだね。……私たち魔法少女のせいで、辛い目に遭ったから……私、何もしらないで、たくさんのアンゲストの人たちを――」

 その悲痛な表情を見て、輝羽はあわてて彼女の肩を掴んだ。

「でも、あなたも洗脳されていたんでしょう? 本当の事を説明されずに、ただ『悪の組織』だからって、博士に説明されて、それを信じていただけでしょう」

 輝羽のフォローの言葉に、いつきは首を振った。

「それは、そうだけど……でも、だからって、私がたくさんの人を傷つけた事が、許されるわけじゃないよ……」

 悲し気にそう言われて、輝羽も唇を噛んだ。たしかに、今だに傷ついている人たちがいる。ラミアの事を語るライデンの顔が頭に浮かぶ。しかし輝羽の頭に、ぱっと希望の火が灯った。

「……この世界は、『嘘の世界』……エルは、そう言っていたわ。」

 それはつまり、ここで消滅した人々は、本当に消えたわけじゃないという事ではないだろうか。外に、なにもかも手がかりがある気がする。ライデンに告げたあの憶測は、当たっていたのだ。

「きっと、魔法少女が消滅させた人も、外にいるのかもしれない。ううん、きっといるんだわ。だってここで起こっていることは、きっと『嘘』なんだから。だから元気を出して、いつき。あなたは悪い事なんてしてない」

 ぎゅっと眉根を寄せて、真剣に励ます輝羽の額の皺に、いつきがそっと指をあてた。

「難しいお顔。でも……嬉しい、輝羽ちゃんが、私の事、心配してくれてるの。それに……輝羽ちゃんの腕の中で目が覚めたのも」

 そういわれて、輝羽はあわてて彼女を抱えていた腕を解いた。ずっと彼女を抱きしめていたのだ。そんなつもりじゃ…。

「わっ、悪かったわ。つい動転してっ」

しかしいつきは、逆に輝羽の首に手をまわして言った。

「離しちゃやだ。もっとぎゅってしてて」

 その声が少し悲しそうだったので―…輝羽は心に残っていた後悔を、つい口に出した。

「ごめんなさい…あなたを、攻撃して」

「そんなのいいよ。輝羽ちゃんに倒されたんなら、嬉しい―…」

 そのうっとりしたまなざしに、輝羽はじゃっかん顎を引いた。このなつきっぷりは、ちょっとコワいくらいだ。だけど―…輝羽はぎゅっと目を閉じた。

(悪い気がしないのも、また事実っ…!)

懊悩する輝羽の耳元で、いつきがささやいた。 

「これからは…私たち協力しよう。エルって人の言う事が本当なら、『目覚め』ないといけないんだよね。私たちで、ここから一緒に脱出する方法を探そう。」

 輝羽の口の端に、思わず笑みが上る。こんな状況だが、わくわくする。空白ばかりのパズルに、最初の1ピースを嵌めたときのような真新しい興奮。

「望むところよ」

「じゃあ約束。指きり―」

 いつきが腕をはずして、小指を差し出した。輝羽は素直にその小指に、自分の小指をからませた。が…。

「わっ」

 いつきはもう片方の手で輝羽を引き寄せ、そのまま二人の唇が重なった。リンゴのようなレモンのような香り。瑞々しい唇の感触―…。

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