小さな街の、中と外
「ディアナ…悪いな。今日もお前だけに行かせて」
ライデンはベッドから、輝羽を見上げた。彼はミルキーとの戦闘で受けた傷がまだ治り切らなくて、起き上がれないのだった。
「いいのよ。むしろごめんなさい。私たちここのところ、大した成果をあげられていなくて」
博士の尻尾は、相変わらずつかめない。いくら家を見張っていても、その姿が現れる事はない。おそらく博士は、彼女の根城は、きっと他にある。ここ数日、輝羽はしらみつぶしに街を探していた。何の手がかりもない、無駄に終わるかもしれない調査だった。だけど輝羽は諦める気はなかった。
「ライデンはここにいて。体を治すのが先決でしょ。あとのことは私にまかせて」
きっぱりと言い切ったディアナに、ライデンは少し笑った。
「ディアナお前…変わったな」
「そう、かしら」
「前は台詞を言うみたいにしゃべってた。でも今は―…自分の気持ちを話してるって、気がする」
「そうね。そうかも。私、自分のやりたいことが、はっきりわかるようになったから」
「それは?」
「戦うんじゃなくて―知りたいの。私たちが何なのか。ここは、どこなのか」
するとライデンは首をかしげた。
「俺たちは、魔法少女を倒して街に戻るために戦ってるんじゃないのか」
ライデンがアンゲストに来た理由は、恋人が魔法少女に攻撃されて、消滅したからだった。以来彼はアンゲストに加わり、魔法少女の『甦り』のアイテムを手にする事を目標としている。
「…ライデンは、疑問に思わないの?」
「なにを」
「あなたの大事な人が消滅した原因は――この街を出ようとしたから、なんでしょう? ライデンは、この街の外の事が、気にならないの?」
「ああ、それはもちろん、気になるさ。でも俺はずっと怒ってんだ。魔法少女に対して。あいつらは俺たちを攻撃して簡単に消すくせに、自分たちは甦る――。だから俺は、あいつらを倒して甦りを奪ってやりたい。それが第一だ」
「その気持ちは、わけるけれど……ねぇ、魔法少女たちも操られているかもしれないとは、思わない?」
「ボスが言ってた、黒幕、ってやつか――」
ライデンはふぅ、とため息をついた。
「ごめんなディアナ。俺は……この街の外とか、黒幕とか、どうでもいいんだ。俺、頭悪いからさ。あいつを生き返らせたいって、それだけで」
「ライデンは……ここを出たいと思わないの?」
そう聞く輝羽を見て、ライデンは諦めたように目を細めて笑った。
「はは…ラミアもそんな事、言ってたっけ。でも俺は…ラミアが居ない『外』になんて、どうでもいいんだ。俺はまたこの街に、彼女が戻ってきてほしいんだ。でもどこを探してもいない」
笑っていたが、その目はどこかうつろだった。それはまぎれもなく、ライデンの本心のようだった。その言葉を受けて、輝羽は考えを巡らせた。
「ねぇ―…『外』にラミアがいるかもしれないって、考えられない?」
「え?」
「もしボスのいう通りに、この街は魔法少女とその黒幕によって支配されているのなら――。この街の外には、私たちにとって何か都合の悪いものがあるはずよ。それって、今まで消滅してきた人の手がかりも、なにもかも外にあるような、そんな気がしない?」
「手がかり?」
「そうよ。私たちは何も知らない。ただわかるのは、外に出れないっていうことと、魔法少女のアイテムを作っているのが、例の『博士』らしいってこと。博士はたぶん、魔法少女が私たちを消滅させる理由も、そして、消滅した人がどうなっているかも……きっと知っているはず」
「でもその博士、ってやつ、あれ以来どこにもいないんだろ」
「そうよ。だから『外』にいるんじゃないかって、いま気がついたの。私たちが探せないのは、もうそこだけだもの」
「そうか…」
そこまで言って、やっとライデンの目にいつものやる気が戻ってきた。彼は起き上がって、ベッドの脇の小机に紙を広げた。
「ここがこのアジトで、そんでこっちが街、そして駅に、バス停だろ……」
適当なペンをつかんで、書きなぐっていく。子どもが描くような雑な線だったが、それはこの街の地図だった。中央に街。学校。商店街。そして街のはずれにはこの廃墟。
「俺たちが認識しているこの場所の外が、黒幕が隠したがっている『外』ってことか?」
輝羽はそれを眺めて首を振った。
「そうね。私たちはこの街と廃墟以外、知らない……バスは行ったり来たりするだけだし、駅に行こうとすると、魔法少女たちに攻撃される」
「だからさ、駅から出ようとするからバレて攻撃されるんじゃね?駅じゃなくて、別んとこから外に出ればいい」
「どうやって?」
「街を出て、ずーっと歩くんだよ。その先にたどりつくまで」
ライデンは、手書きの地図の外を指さして言った。
「な……るほど」
自分の足で、この街の端まで行って、外へ出れるか確かめる。
シンプルすぎて、逆に今まで誰もやっていなかったのか。一理あるかもしれない。輝羽はうなずいた。
「たしかに…いままで街中ばかり探していて、歩いて外をたしかめる、って事を考えていなかったわ」
輝羽はライデンを見て言った。
「私、今日はこの街の端まで言ってみるわ。魔法少女に、また襲われるかもしれないけど――いけるところまで、歩いてみる」
ライデンはやっといつものように歯を見せて笑った。
「わかった。気を付けてな。いつもラミアの事ばっかだけど…俺、あんたが消えるのも御免だって思ってるんだぜ」
「ええ」
輝羽は思わず苦笑した。ライデンが初めて「ディアナ」自身に向かって話しかけてくれたような気がしたからだ。




