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なくなったモノ

完全に、初対面の人に向ける顔。輝羽は衝撃を受けた。

「わ、私よ。輝羽。いつき、覚えていないの?」

 すると笑顔のまま、いつきの眉が少し下がった。

「そうなんだ…ごめんね。私、一度倒さ…っと、病気しちゃって、前のこと、少し忘れちゃったみたい」

 そうか。やっぱり『甦り』したんだ。それで…輝羽の事を、忘れてしまったのか。

「輝羽…ちゃん?私たち、友達だったのかな?」

 いつきは首をかしげた。無邪気なその様子は、以前と変わらず愛らしい。

「そ…そうよ。私たち、同じクラスで…」

 控えめにそう答えた輝羽に、いつきはぱあっと笑顔になった。

「うれしい!私に、こんな素敵なお友達がいたなんて」

 輝羽の胸は、ぎゅっと誰かに両手でつかまれたかのように苦しくなった。本当に、前と変わらない。

 なのに前の彼女とちがう。いつきはマカロンの事も、お互い選んだケーキのことも…忘れてしまったのだろうか。一緒に自分を探そうと、言ったことも。

 胸がひりっとするような寂しさと、同時に大きな安堵を、輝羽は感じていた。

(いつきは忘れた―…だから、私と戦ったことも、もう知らないんだ…)

「…私もうれしい。またいつきと話せて。でも…」

 もう、私は行くね。輝羽はそう言って立った。

「これ、お見舞い。どうぞ食べて」

 いつきはぽかんとしていたが、引き留められる前に、輝羽は素早く部屋を出た。


 それから輝羽は、学校へ通うのをやめた。もはや学校を通して魔法少女たちを調べる必要もなくなったからだ。

 「博士」と会ったことを輝羽はアンゲンストの定例会議で報告した。アンゲンストのメンバーで、彼を見たことがあるのは輝羽だけだった。この世界で唯一、魔法少女の秘密を知っていそうな男。やっとつかんだ「黒幕」への手がかりだ。満場一致で、彼の捜査に人員を割くことが決まった。

 しかし「博士」は手ごわかった。日中を徹して見張っても、再びメンバーの前に姿を現すことはなかった。そこで輝羽とウォルターは考えた。

 そんなにも用心深い彼が、どうして輝羽にはわざわざ姿を見せたのだろうか?

「…牽制、でしょうか。私の正体を知っているぞという。それとも単に…馬鹿にしているだけとか?」

「彼は、輝羽にミルキーに会うようにと誘った。その意図は何だったのだろう…」

「私は彼女が消滅したあとどうなったのか確認したかったのですが、いつきは、私に倒されしたあと一部の記憶を失ったようです。私とクラスメイトだったことを、忘れていました」

 その言葉に、ウォルターははっとした。

「記憶を消すという事もできるのか。その博士とやらは」

 会議がざわざわする。魔法少女の記憶を操作できるのならば、おそらく我々にも同じ操作ができるのに違いない。

(もしかして私たちも――忘れさせられている事が、あるのかもしれない?)

 しかし、不安にざわめく皆を、ウォルターはいったんは止めた。

「まて、とりあえず今は、博士の目的を考えるのが先だ。なぜ博士は、わざわざディアナに会ったのか?」

「そ、それは…」

「わざわざ博士が無駄な事をするとは考えにくい。我々の前に姿すら現さないのだから。つまりディアナを家に招きいれた行動には理由があるはず」

 輝羽は少し考えたあと言った。

「いつきが記憶を失っていると――私に、見せたかったのでしょうか。私は生徒として彼女を訪ねたので…私と彼女の、クラスメイトとしての関係は終わりだと、言いたかったのかもしれません」

「きっとそうだ。もう学校で彼女には手出し無用、ということか…」

 輝羽は唇を噛んだ。いつきと仲良くなったことも、勧誘しそうになったことも、ウォルターには黙っていた。だから輝羽にだけ、その憶測は重く響いた。

(やっぱり…私がかかわったことが、博士にとっては都合が悪かった―…)

 もしそう仮定すると、いつきが輝羽を忘れていた理由がしっくりくる。博士は、輝羽がかかわっている部分だけ「意図的に」記憶を消したのだ。今まで復活した魔法少女の記憶がなくなったことなど、聞いた事がないからだ。よみがえりは、完璧な技術のはずなのに。

 そう気が付いた瞬間、あの博士の優しい顔が思い出されて、輝羽はぞっと背中が冷たくなった。

 自分の感じたあの違和感は、勘違いじゃなかった。そしていまだ彼女のもとにいる、いつき―…

(もし、私が勧誘したことも、いつきが私たちと同じ疑問を抱いていることも、あの博士はお見通しだとしたら―?)

「どうしたディアナ。そんな難しい顔で」

 ディアナは顔を上げた。ウォルターにすべて話して、言ってしまいたい。

(リーダー。提案があります。ミルキー…いつきを、我が組織に引き込むのです…)と。だって彼女は、知りたがっているのだから。ディアナやウォルターと同じように、自分の事を。違和感の正体を。

 しかし、博士がかなりの強さで彼女をマークしていることはたしかだった。輝羽は一度だけ見たあの優しい顔にこう言われた気がした。「無駄だよ。たとえ君といつきがもう一度友達になったとしても―…またこうやって、いつきに君を忘れさせればいいだけなのだから」と。

 今再びいつきに接触すれば、同じ事が起こる。きっと無駄だ。そう思うと足がすくむ。いつきに忘れ去られた事は、輝羽に思った以上にショックを与えていたのだった。

(私と彼女の間に生まれたものが…なかったことになった…)

 初めて本心を打ち明けた相手が、いつきだった。でも自分と彼女は、敵同士なのだ。少なくともあの博士は、その関係が続く事を望んでいるのだ。

(博士―…。ぜったいに、あの人の正体を暴いてみせるわ)

 彼女を捕まえて、知っていることをすべて吐かせる。輝羽は胸のうちで、そう決めた。

(もし、全てがわかる日がきたら―…その時もう一度、私はいつきに会いにいこう)

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