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あなたは一体


 気が付いたら自分のベッドに横になっていて、博士がそばに座っていた。

「いつき、大丈夫?」

 心配そうに沈んでいて、そして目の端には、かすかに怒りが感じられる、博士はそんな顔をしていた。

「博士―…ごめんなさい、負けちゃった」

「いつき、なぜ攻撃しなかったの?」

 いずれ聞かれると思っていたその問いに、いつきは用意していた答えを言った。

「あ、あのね、私と同い年くらいの、女の子だったから…可哀想に、なっちゃって」

 すると博士は眉をひそめた。

「いくら見た目が女の子でも、彼らが悪ということに変わりはないんだよ。この世界の秩序を壊そうとしているんだから」

「…そう…だよね」

 いつきは博士から目をそらしてうなずいた。

 その通りだ。いつきが攻撃をやめても、ディアナは止めなかった。いつきの気持ちなど、この戦闘の中では何の意味もない。彼らは魔法少女を攻撃しつづけ、この世界をこわそうとするだろう。

(でもディアナは―…輝羽だけは―…)

 黙りこんでしまったいつきに、博士は軽くため息をついた。

「いつき、本当の事を言ってほしい。なんで攻撃しなかったの?」

 そのため息には、『本当の事を言ってくれないの?』とでもいうような悲しい響きがあった。これ以上黙っていることはできないと悟ったいつきは、迷った末に言った。

「博士…あのね。たぶんあの子と、学校で会ったの。それで、変身してないあの子とお友達になったの。だから…」

 いつきはおそるおそる博士を見た。しかし彼女は、無表情だった。さぞ怒られるだろうと思っていたいつきは、意外に思った。

 さらに意外な事に、博士はいつきの頭をなでた。

「お友達、ね。…いつきは戦い過ぎだったかもしれないね。しばらく休むといいよ」

 休み…。休み!?いつきは思わず上体を起こした。

「い、いいの?戦わなくても?」

「ああ。学校にも行かなくていい。しばらく誰にも会わないで、家でゆっくりするといい」

 そういって、博士は最後にいつきの頭をひとなでし、部屋を出て行った。急激な眠気に襲われたいつきは、再び布団をかぶりなおし、その睡魔に身を任せた。


 あれからいつきは学校に来ない。会いたいような会いたくなかったような複雑な気持ちを抱えていた輝羽は、肩透かしをくらったような気持ちだった。

 あのときピンクのパラソルの下で、輝羽はいつきを勧誘しようとしていた。自分の事を知りたいのなら、アンゲンストで一緒に探さないか、と。そしてそのあと二人は呼び出され、殺し合うはめになった。

(これはつまり―…私の勧誘が、黒幕によって無理やり回避させられた、ってことかしら)

 いつきと輝羽が協力すると困る、そんな存在がずっと上のほうにいるのかもしれない。輝羽もウォルターもあずかり知らぬ所に。輝羽は悩んでいた。

 再び彼女を勧誘するか、もう完全にいつきとのことは忘れ―敵として、ふるまうか。答えが出るはずもなく、ぐずぐず輝羽は考え続けてきた。

 しかしいつきの欠席が一週間を迎えるあたりで、もう先延ばしできなくなった。輝羽は覚悟を決めて放課後、マカロンの入った紙袋を握りしめ、いつきの家のインターホンを…押さなかった。

(別に、直接会うこともないわ。ただ彼女が居るって確かめられればそれで。マカロンだけ…置いていけばいい)

 いつきのためにももう、彼女にかかわるべきではない。そう決めたのだ。だがさすがに、最後に安否確認だけはしておきたかった。

 魔法少女は甦る。そう知ってはいたが、この目で見るまでは信じられない。ディアナはそっとドアノブに手をかけた。当然開かない。

 建物の裏に回り、輝羽はひとつひとつ窓の鍵が開いてないか確かめた。もちろん裏口もだ。

 しかし開かないばかりか、1階には人の気配すらなかった。

(ということは…「博士」とやらは出かけているか、2階?)

 しかしこのあいだ入った時、2階にはいつきしかいなかった。輝羽は首をかしげたくなった。ライデンは学校で一人一人の名簿を見て、彼女の家庭環境もチェックしたと言っていた。つまり彼も直接「博士」を見たわけではないのだ。ただ書類上、博士はいつきの「保護者」で、同居していると言う事になっている。

(博士って、本当にいるわけ?)

 その時だった。

「あら、どちらさま?」

 ディアナはびくっと振り向いた。そこには、白衣を纏った女の人が立っていた。

(まったく気配がしなかった――!)

 輝羽の身体は固まったが、目のまえの女性は優し気な、少し困ったような笑みをうかべていた。

「ごめんね、いきなり声をかけて驚かせちゃったかな」

 そうだ、不法侵入しているのはこちらの方なのだ。輝羽ははっと気が付いて説明をした。

「いつきさんにお見舞いを―…彼女、ずっと学校を休んでいるから」

「いつきの友達?それはありがたいわ。どうぞ入っていって」

「い、いえ私は…」

「どうか遠慮しないで、いつきも喜ぶから」

 ごく自然な素振りで、博士は家の中に輝羽をいざなった。博士は、存在していたのか―。輝羽は一瞬迷ったが、彼の背中へついていった。

「いつきは上のつきあたりの部屋にいるよ。私は1階で仕事をしているから、何かあったら声をかけてね」

 穏やかに微笑む彼女に、輝羽はただうなずいた。目の前の彼女はどう見ても、物腰柔らかな善人だ。だけど、隣に並ぶとなぜか違和感を感じるのだった。ライデンやウォルター、そして学校の先生たちにはない雰囲気がある。穏やかなその顔の後ろに、得体の知れない、大きいものの切れ端がひっかかっているような…。

(やっぱり―…博士は『黒幕』と関係がある?)

 そう考えながら、輝羽は階段を上って、いつきの部屋へと入った。

「いつき…?」

 彼女は横になっていたが、輝羽が入ってきたのをみてパチッと目を開けた。放射線状の金の睫毛が、太陽の光のようにその目を縁取る。

「具合はどう?」

 内心の緊張を押し隠しながら顔を覗き込む輝羽に、いつきは首をかしげた。その顔は嬉し気だが、今までの親密な笑顔ではなく、どこかよそよそしい表情だった。

「あの…?あなたは、一体…?」


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