私は魔法少女
「今日こそ追い詰めたわよ、魔法少女スイート・ミルキー!」
地面に這いつくばるミルキーの上に、勝ち誇った声が降ってくる。地面にすっくと立つ、黒々と光るブーツのつま先がまぶしい。ヒールは折れそうなほど細く高く、靴底の色は毒々しい真紅。なんて似合っているんだろう。その鮮やかなコントラストに、ミルキーの喉に近いくらいの胸の部分がきゅんきゅんと高鳴る。こんな時だけど、見とれてしまう。もう、涎が垂れてしまいそうに。
「ははっ、いい気味!ここで粉々にしてあげるわ。そのふわふわのお衣装ごとね!前からアンタのこと、目障りだったのよ!」
遥か上から降ってくる声は、女の子にしては深い低音だけど、艶がある。
「でもその前に、教えてもらわないとね――? あんたたちの親玉はどこ? 教えないと――こうよ!」
悪の女幹部ディアナは真っ赤な唇を笑みの形に歪ませて、大きな斧をミルキーに向かって振り下ろした。
「っ…うそっ」
しかし次の瞬間、ディアナは目を剥いて、さきほどまでミルキーがうずくまっていた地面から空中に目を向けた。
「どこ行ったのよっ!?」
「ここだよ」
「えっ」
ディアナが振り向いた時にはもう遅かった。
「無垢なる愛の力!スイートミルキーシャワーッ!!」
至近距離でミルキーのロッドから放たれた攻撃に、ディアナはなすすべもなく崩れ落ちた。
「っ…!な、なんでっ」
意識を失う直前のディアナの耳に、ミルキーの優しい声が響く。
「だってあなたの斧、大きすぎるんだもの。振り下ろしちゃえば、目の前の私の姿なんて見えないでしょ」
その隙を利用して、ミルキーはディアナの背後に高速移動したのだった。ごめんねディアナちゃん。
「だ、だましたのねっ…魔法少女のくせに…ひきょう、だわっ…」
その捨て台詞を吐いて、ディアナの姿は黒い霧の中へ消えた。転移魔法で、アジトまで戻ったのだろう。
一方戦いに勝ったミルキーは、ディアナが去ってしまった空き地の空間を眺めながら、ちょっぴり切ない気持ちだった。
(ディアナに卑怯って、言われちゃったぁ…)
実のところ、ミルキーが地面に倒れたのも、彼女を油断させるための演技だった。
(だって…戦闘が長引くと、それだけディアナを傷つけちゃうから…)
ミルキーボムやミルキーキックは衝撃が強くて、それなりに痛い。だから彼女を倒すには、一番威力が弱いミルキーシャワ―を至近距離で浴びせる必要があったのだ。
いくら魔法少女の攻撃でも、受けた側は痛みや苦しみを感じる。ミルキーはディアナに、できるだけ痛い思いをさせたくなかった。
彼女が消えた空間を眺めながら、ミルキーははぁとアンニュイなため息をついた。
(次はいつ会えるかなぁ、ディアナちゃん…)
今日も彼女はかっこよかったし、可愛かった…。
その時、ミルキーの端末から帰還命令の通信音が響いた。
「はぁい、今帰ります、博士」
自宅へ戻ったミルキーは、自分のベッドの上で元の制服へと戻っていた。待ち構えいてたように、ドアを開けて博士が入ってくる。
「いつき、大丈夫?最近戦闘スコアが下がってきているけど」
銀縁眼鏡の下から、ヘイゼルの瞳が心配そうにいつきを見下ろしていた。
「ごめんなさい博士。」
「変身システムの調子が悪い?武器を再調整しましょうか?それとも…」
永遠に続きそうなので、いつきは笑顔でさえぎった。
「大丈夫だよ博士、ちょっと疲れてただけ!次はもっとしっかり戦うよ!」
ミルキーこと「いつき」が気合いを入れてそういうと、博士は少し心配そうな顔になった。
「いいんだよ、いつきは無理をしないで、そのままで」
「ううん、無理なんてしてないよ。博士の役に立ちたいよ。拾ってもらった恩があるし」
「ありがとう。いつきは本当に、頑張ってくれてるね」
博士は目をやさしく細めて、いつきの頭を軽く撫でた。
ここにくる前の事は何も覚えていない。博士によれば、数か月前、いつきはこの家の近くの公園に倒れていたらしい。そんないつきを拾い、面倒を見てくれているのが博士だ。茶色い猫っ毛に、メガネの下の柔らかな目。きっと誰だって、博士を前にすれば肩の力が抜けるだろう。毛を逆立てた野良猫も、博士の前に出ればおとなしくゴロゴロ喉を鳴らすにちがいない。博士はそんな穏やかな人物だった。
そんな人好きのする博士だというのに、彼女はなぜかこの広い研究所に一人きりで暮らしていた。難しい研究に始終没頭しているせいで、人がよりつかないのだという。たしかに部屋にこもって何日間も出てこないこともしばしばだった。
しかし博士は、いつきのために部屋やベッドを用意してくれた。いつきにこの街や生活の事を教えてくれて、帰る場所と役割を与えてくれた。ちょっと過保護すぎるところがあるが…基本、とってもいい人なのだ。
だから博士の作ってくれた魔法少女のロッドを手に、いつきは「魔法少女ミルキー」としてこの世界にはびこる悪と戦う。
博士はしばらく何か言いたそうにいつきを見ていたが、やがて時計をちらりと見た。
「そろそろ出ないと、遅刻しちゃうよ」
「あっ、ほんとだ!いってきます、博士!」
いつきは机の上の鞄をひっつかんで、家を出た。
「いってらっしゃい、いつき。気を付けるんだよ」
博士って、お母さんみたい。自分にも母がいたのかどうかは思い出せないけど、そう思ったいつきはスカートをひるがえし、笑いながら駆け出した。
「今日は転校生を紹介します」
(えぇぇぇっ!?)
なんとか間に合った朝のホームルームで、いつきは目を剥いた。先生と共に教室に入ってきた転校生は男女ひとりづつ―…男子はどうでもいい。女子の方だ。長い黒髪に、鋭く妖しい紫の目。制服の上からでもわかるほどの、彫刻のように美しいその体のライン。あたりを圧倒する異様な雰囲気を纏うその女子は、見間違えようもない、ディアナだった。
「輝羽です。よろしくおねがいします」
あんぐり口をあけたいつきの上で、彼女の鋭い視線がとどまる。しかしそれは一瞬の事で、彼女はすぐに教師の言われた通りに、空いた席に座った。男子も一緒に紹介されたが、驚き焦るいつきの耳には何も聞こえていなかった。
(どどどうしよう、同じ学校に、敵の人がくるなんて!?自分がもし、魔法少女だってバレたら…!)
即戦いになって、この学校が破壊されてしまうかもしれない。悪の秘密結社「アンゲンスト」は、こんな場所にまで手を伸ばしてきたという事だろうか。
(とにかく、ばれないように、気を付けなきゃ…)
しかし心配しながらも、いつきの胸中は踊るようにわくわくしていた。期待が抑えきれない。
(今まで戦闘中しかお話できなかったディアナが―…こうやってクラスメイトとしてそばに来てくれるなんてッ!)
もし、魔法少女であるという事さえばれなければ、友達になれるかもしれない。そう思うといてもたってもいられない気持になる。
(このホームルームが終わったら、お話したい…でも、私なんかと仲良くしてくれるかな。うぅ…勇気が出ないよ…)