クローバーに込めた願い
あれから、8年…。
少女は、その思い出と彼との約束を胸に、今も生きていた。
春風が私の髪を撫で、桜並木の横を自転車で横切りながら、新たな物語…高校2年の始まりを実感する。
「今日から新学期か…。ユミは先に行くって言ってたし、これは駐輪場で待ち合わせかな?」
正門を潜り抜け、駐輪場に自転車を停める。不意に後ろから衝撃が襲う。
振り向くと、ユミが笑みをこぼしながら私の背中を叩いた事がわかった。
「おっは、三葉。相変わらずその寝坊助なところ治した方がいいぞ。」
「はいはい。了解ですよ、ユミ教官。」
「誰が教官よ。ったく。あっ!そう言えば、朝方、待っている間に先生たちが話を聞いたんだけど、なんと私たちのクラスに転校生が来るって!」
春先から、新学期とコース分けが始まる中、さらに転校生って…。
まるで春先にある新生セールみたいに一気に起きると、なんだか嫌な予感しかしない。
そう思いながら、ユミと話しながら教室まで進み、各自の席に着く。
席に着く頃には、もう教室中にユミが聞いた話が話題となっていた。
予鈴がなり、ホームルームが始まる。
転校生の紹介があると、担任の望月先生が言うなり、教室に転校生が入ってきた。
転校生は、まるでどこかの映画に出演しているのかと言うくらいのイケメンだった。
転校生を見るなり、不思議な感じを覚える。
それは、あの時の少年の面影はないが、どこか懐かしく思うところがあった。
転校生が2つ前の席に座るなり、教室中がざわついていた。
理系クラスである、私たちのクラスは、なぜか女子率が高い。
イケメンが近くに着けば、それは近くの女子のテンションは高確率で高くなり、心の叫びが出てしまっても仕方ないのかもしれない…。
ホームルームが終わり、授業が始まるが、クラスはもう、彼から目を離れない人が多くいた。
その中に私もいた。
転校生を意識して学校生活を過ごす中、気が付けばお昼休憩になっていた。
「なーに?転校生のイケメンオーラに当てられてるの?」
また不意に真横からユミが話しかけている。
思わず、驚いて席で宙返りをしてしまった。
ガタッン!
「痛いな〜。ったく、毎回毎回唐突に話しかけないでよ、ユミ。」
ひっくり返っている私を覗き込むようにユミが顔の前に両手を揃えながら謝っていた。
はあー。
ため息をつく私をチラッと見るなり、謝り顔から笑顔に変わる。
「にしては、いいリアクションね。図星ってところかしら?」
確かに転校生には、目がなぜか話せない。
けど、イケメンオーラがなんとかっと言った理由ではないのは事実。
そこだけは否定するも、周りもそうだから仕方ないってっと言い返してくるユミには、もう何を言っても無意味なのかもしれない…。
私は体勢を立て直していると、お昼にしようとした転校生のカバンの中身から一枚の栞が私の視線の先に落ちた。
三つ葉のクローバー…!!
三ツ葉のクローバーの栞を見るなり、昔を思い出していた。
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「じゃあ、私からもあげるね。これは、かずはくんしか持ってない。世界で一つだけの三つ葉のクローバーだよ。」
何かを…何かお返しをしなくては…。
そう考えて、身の回りを探す私に、少し不安そうな顔つきで見つめる彼。
そうして、その場で思いついた私は、足元にあった三ツ葉のクローバーを摘み取り、彼に渡した。
彼は笑い、大切そうに両手で、風に飛ばされないようにしっかりと包んだ。
「わかった。これは、大切にするね。壊れてしまわないように、栞にして…。あと、次に会った時に、分かりやすいように、誓いの印にマークを書こう!」
彼のポケットからマジックペンを取り出すなり、2人の三ツ葉のクローバーに各自のマークをつけた。
「これであとは本に閉じれば栞が完成して良しっと!じゃあ、また会ったときに、誓いのマークを刻んだこの三つ葉のクローバーを…。」
私は彼の提案に対して頷いた。
私たちは来た道を帰って行く。
私の家の前では、自動車に荷物の積み込みが終盤に差し掛かっている様子。
「また出会えた時に、ボクはキミに伝えたいことを言うね。じゃあね。」
「えっ!」
自動車の様子を見て、彼はもうここから去らないと行けないと思ったのか、急に彼が立ち去りながら、私に約束をかわした…。
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「なんだよ、コレ?お前、本でも読むの?そうには見えねえけど…。」
今日のうちに仲良くなったであろう男子生徒と話し合う転校生。
「いや、これは…。オレにも分からないな。何であるのか…。」
それを耳にしてしまった私は、机の上に置いた自分のお弁当を勢いよくかっさらい。
急いでその場を去った。
「ちょっと、三葉!どうしたの?」
後ろで私を心配する声を他所に、教室をあとにした。
あの時、栞が落ちたときに目にした真実から、目を背けたくて、必死に階段を駆け降りた。
落ちたクローバーの栞は、間違えなく、私が書いたマークがあった。
誓っておいて、それはあんまりだよ!!
泣きそうになりながら、私は校庭をあとにした。
一人で居られる場所を巡っていると、運動場の片隅へ辿り着いた。
運動場の片隅にある大きな木々の影に隠れて座る。
内ポケットに入ってる三ツ葉のクローバーの栞を眺めながら決意する。
こんなもの、もう…!
しかし、地面に叩きつけて捨てようと思うが、中々栞が握っていた手から離れない…。
ああ、もう!
あとで捨てようと思いながら、内ポケットへ栞をしまい、弁当を焼け食いした。
はぐ、はぐっぐ。
私が食べていると、横で何かが動いた気配を感じた。
目線をそっちに向けると、そこには首を鳴らして背伸びをする男子生徒がいた。
思わず目線があってしまい、逸らす私に対して近づいてくる男子生徒。
「ねぇ。そのウインナーちょうだい。」
えっ?
男子生徒はそう言うなり、問答無用で私のお弁当にあるタコさんウインナーを奪って行く。
な、なんなの?この人…?
どうしようと戸惑いが表情に出ていたのか、男子生徒はまだ口の中にウインナーを残したまま。
「コホハ(これは)、バジョダイ(場所代)」
食べながら喋っているせいで、何を言っているのか分からない。
ただ、最後に「うまかった。じゃあ。」だけはわかった。
もう、意味が分からない!
気がつけば、悲しみが苛立ちに変わっていた。
その憤りを堪えながら私は教室へ戻る。
その後、授業を受けるが全てうわの空。
約束破りとウインナー泥棒への苛立ちしか、私の頭は巡っておらず、ユミへの謝罪も適当に済ませていた。
ユミは何かを察したのか、放課後には私に一言「気をつけて帰りなよ」っとだけ告げて、部活動へ向かう。
駐輪場へ向かう最中、中庭で遊んでいる転校生の姿が見られるも、もう彼には関わりたくないっと思いがあり、素通りする。
駐輪場に着き、自転車の鍵を回し、帰る準備を整える。
帰宅の途中で前輪がパンクしてしまう。
「もおぉぉおぉ!なんなのよ!」
思わず出てしまう本音。
幸いなことは、周囲には誰もいなかったこと。
叫んだ後は、ため息が出てしまう。
「今日、私は踏んだり蹴ったりな一日のようね…。」
落ち込む私を他所に、夕焼けが辺りを黄昏色に包み込む。
家路に足を進めるも、黄昏色の世界では、時が止まっているような錯覚を感じさせる。
足取りがいつもより重く感じる。
そんな私の脳内では、色々な考えが巡っていた。
もしかしたら、彼もまた、別の人との約束か彼女さんに貰ったものかも知れない…。
そうだ!きっとそうに違いない。
だって彼は、あんなにもキャラい人ではなかったから…。
学校の帰り道。
女性一人で夕暮れ時にいるのは危険だと世間は言うが、それがごもっともだと思ったのは、生まれてこの方、ニ度目である。
「ねえねえ、そこのJKさんよ〜。俺らと一緒に遊んでいかない?軽い寄り道なら、怒られやしないだろう?」
「そんな退屈そうな顔しないで、俺らと一緒に弾けようぜ!」
「そうそう、今のキミにはそれが必要さぁ〜。」
人通りの少ない路地で、3人のこれまたチャラい青年たちに囲まれてしまった。
恐怖で足がすくみ、声が出ない。
瞬間、走馬灯のように、あの頃のことを思い出していた。
それは、黄昏時に彼と初めて会った瞬間であった。
大きな犬に襲われた時、真っ先に駆けつけて私と犬の間に入ってきた小さいけど、とても頼もしい背中が…。
助けて…かずはくん!!!
その時、内ポケットにある三つ葉のクローバーの栞の葉が一枚萎んだ。
辺りは先ほどまで、明るさに打って変わって、暗く肌寒い風が吹き抜ける。
「おいおい、男が寄ってたかって、なに?女の子をイジメてるの?情けねぇーなー。お前ら…。」
えっ!さっきまで校庭で遊んでいた楓くんが、いつの間にか、悪漢たちと私の間に割り込んで、私の手を強く握り、悪漢たちの間から引っ張ってくれた。
「くっ!誰だよ、おめえは!」
「あ”ん?オレのことか?オレは黒崎楓。そういえば、分かるか?社クズ共がぁ!」
※社クズ=社会のゴミクズの略語
!!
悪漢たちの顔つきは先程とは打って変わって驚愕と恐怖が露わになっていくのが分かる。
「楓だと…。逃げろ、コイツはあの孤狼だ。最近引っ越したって聞いたが、まさかコッチに来てたなんて…。ヤバい‼︎撤収… 」
バッコーン‼︎
「長ったらしいな…。まあいい、まずは1人…。」
「ひ!ヒィィィ‼︎‼」
ズコーン‼︎
「はぁ、2人目か…。」
「マジで、勘弁してくれー‼︎」
「社クズが、何言ってんの?お前らが決めた道だろ?こうなることを覚悟して、腹括ってやったんじゃあねぇーのかよ‼︎‼︎」
ズガァァァン‼︎
「もう一度、テメェの人生振り返ってやり直しなぁ。まだ、今からでも間に合っからよ…。」
「あ、ありがとうございます!」
「別に、礼を言われる筋合いはねぇーよ。ただ、気づいたら、そこにいて、お前を守れって言われただけ…。」
「私を守れ…?誰がそういったの?」
「知るかよ!オレが逆に知りてぇーくらいだ。ちくっしょーが‼︎」
…。
どういうことなんだろう?
そう思いながら、家路に向かう2人…。
「はぁー。仕方ねぇ、途中までなら送っててやんよ!なんかの縁だろうしな。」
「えっ!ありがとう…。」
黄昏時のあの日と同じく、私はまた助けてもらった男の子と一緒に道を歩いていく。
だが、私はまだ知らない。
その歩みが、萎れたクローバーの真実へ向かっていることを…。
評価はアドバイスでも、感想でも構いません。
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