松乃井環と暁音百合香
「予定通り、暁音は下の階。俺は上見てくる。見つけたら連絡してくれ。くれぐれも先生に見つかるなよ」
「あいあいさ! って、それ心配なの松乃井の方だからね!?」
暁音の軽口を流し、俺たちは二手に別れた。
まったく、授業抜け出してどこに行ったんだあいつは。
空き教室、トイレ、人の少ない昇降口。
とにかく人気のない場所を重点的に、必死に探しても見つかりやしない。
隠れるのが上手いやつだ。
もしかしたら、今までもそうして生活してきたのかもしれない。
「あー、クソ」
俺は何にイラついてんだ。
栄志朗の過去についてか。それを教えてくれなかったことについてか。
いや、何も知らずに能天気にあいつと仲良くしたいなんて言った俺に対してか。
新名さんの話には驚いた。
──遊佐栄志朗は過去に二度、同級生の少女を襲っている。
その一人が同じ学校で、しかも同じクラス。
そりゃ居心地も悪くなる。逃げ出したくもなる。
でも、本当にそれだけか?
引っかかったんだ。
もしあの話が全て真実なら、なんであいつはこの高校に来たんだ?
第二中この高校となれば学区が同じである都合上、同中のやつがこの学校に進学してくる可能性があるって、少し考えりゃわかることだ。
そんな過去を消したいなら、栄志朗を知っているやつが居ないような学校に進学すりゃいいだけだ。
家庭の事情か? 噂なんて毛ほども気にしてないのか?
だったらどうして逃げ出したんだ。
あの時話しかけてきたのは新名さんの方だ。
しかも彼女は、今日のクラス会に栄志朗を誘っていた。
新名さんは栄志朗に襲われたのなら、どうして栄志朗と仲良くしようとするんだ。
栄志朗はあの噂の真偽はどうあれ、どうしてあの場から逃げ出したんだ。
わからないことだらけだ。
だから俺は決めた。
栄志朗に直接話を聞く。
栄志朗は俺の憧れの男なんだ。
せっかく仲良くなれるチャンス、みすみす逃すわけにはいかないんだよ。
にしても、まさか暁音まで協力してくれるとは思わなかった。
あいつは中学の頃から知ってるが、物凄く良いやつだ。
困ってる人は放っておけない。それで自分が困ることになろうとも。
ただ今回は違う。
栄志朗は悪人かもしれない。それも、女の子を襲うようなやつ。
俺はまだしも、女の子である暁音にとっちゃあの話は恐怖を抱いてもおかしくない。
それでも暁音は、教室を飛び出した俺の後を追いかけてきた。
あいつは善人が過ぎる。
万が一があれば、俺が暁音を護らなきゃ……。
「って何考えてんだ俺は」
その真偽を確認するために栄志朗を探してんだろ。
「えいしろー! どこだー! 返事しろー!」
俺は脳に刷り込まれた余計な事前情報を消し去るために声を上げた。
※※
「んー。どこ行っちゃったんだろ」
松乃井と別れ、階段を下りながら各階をくまなく探しているものの、遊佐君の姿はどこにもない。
「男子トイレ……は後で松乃井に見てもらお」
人がいないとはいえ、さすがにトイレに入るのは憚られる。
体育館に続く通路にも体育館の裏側にも居ない。
体育館は鍵がかかっていて入れるとは思えない。
「遊佐君、大丈夫かな」
不安が込み上げてくる。
教室から出て行く遊佐君の表情は、恐怖が滲み出ていたように見えた。
私自身、遊佐君のことはよく知らない。
今日初めて話して、彼の優しさを知った。
その優しさが彼の本質だったのだと理解した。
「もしかしたら、私が過去のことを聞こうとしたから……」
怖い。遊佐君にもしものことがあったら私のせいだ。
興味本位で聞かなきゃよかった。聞くとしても、遊佐君と二人きりのときにすべきだった。
そうしなかったのは、私の中に少しの恐怖心が残っていたからだろうか。
それとも、彼の過去についてのことが彼を傷つけてしまうと考えきれなかったからだろうか。
どちらにしても、私はまだ浅はかだった。
あの優しい遊佐君がそんなことをするはずないって信じてたのに。信じていたはずなのに。
新名さんに聞いた遊佐君の噂については前から知っていた。
まさかその相手が新名さんだったなんて知らなかったけど。
半年ほど前、第二中の子に遊佐君のことを聞いた。
同級生を二度も襲った男の子が私と家が近いから気をつけろという助言。
わかったー、なんて話を合わせたけど、私は噂なんて信じてなかった。
噂なんて所詮噂でしかない。
真偽なんて崇高なものがそこには介入する余地はない。
その話を聞いた日の帰り道。
家の近くの公園で、キョロキョロと辺りを見渡す怪しい男の子がいた。
その男の子は、すぐ近くのスーパーに入って、袋を提げてすぐに出てきた。
小さなお椀に袋から取り出した牛乳を注ぐ。
お椀を手で温めると、近くにいた猫にそのお椀を差し出した。
おっかなびっくり牛乳を飲む猫の様子を彼は笑って見守っていた。
彼はとても嬉しそうで、猫もどこか喜んでいるように見えた。
優しくて温かい人。
そんな彼は、遊佐と書かれた表札が掛けられた家に入って行った。
やっぱり噂は噂でしかない。
私はその日から、遊佐君のことを探すようになっていた。
それが私の一日の楽しみだった。
でも、帰りの時間が違うのか、それ以来彼を見ることはなかった。
高校に入学して、変な自己紹介をする人が居た。
遊佐栄志朗君。私があの日に見た人と同じ人だ。
嬉しかった。面白い人だった。
それなのに、その本人はぴくりとも表情を動かさない機械みたいな人になっていた。
またあの笑顔が見たかった。もっと遊佐君のことを知りたかった。
だから私は、松乃井と遊佐君が話しているところに意を決して割り込んでみた。
実際に話した遊佐君は、私が思っていた通り優しい人だった。
ぶっきらぼうな態度だし、私の名前も覚えてくれてなかった。
でも、私が会話に入った時、少し椅子をずらして私が会話しやすいようにしてくれた。
私がぐいぐい会話に入るのが少し嫌そうだったのに、私と松乃井の話に相槌を合わせてくれた。
もしかしたら彼自身は気付いていないのかもしれない。
きっとその優しさは彼の本質だ。
そんな彼があんなことをするなんて信じられない。
ううん。信じたくないだけかもしれない。
なんにしたって、彼から本当のことを聞かなければなにも始まらない。
「遊佐君、私は信じてるから」
彼に届くはずのない声は、そよぐ風にかき消された。
※※
「お、暁音」
「あ、松乃井」
屋上に続く昇降口で暁音と合流した。
「奇遇だねー。松乃井も遊佐君がここに居るって推理したのかな?」
「あと探してないのはここくらいかと思ってな。暁音は?」
「私が一人になるなら、絶対に人が来ないここに来ると思って」
暁音はこれでも結構考えてんだな。
ともあれ、二人の意見が一致したなら間違いないだろう。
「てか、途中から先生が人探ししてるように見えたんだけど、松乃井何かした?」
「あー、何でだろうな」
あの時大声を出したせいで先生にバレたことは内緒にしよう。
「ま、まあいいだろなんでも。行こうぜ」
「うん!」
俺はドアノブに手をかけ、ゆっくりと扉を開けた。
伸び方おかしくないですか? バグですか?
たくさんのブックマーク、評価いただきありがとうございます!
初めてのことで困惑していますが、これからもっと面白い展開になると思いますのでこれからもよろしくお願いします。




