壊れた?
青い空。白い雲。
空はこんなにも広いのに、世界はこんなにも狭い。
俺は屋上まで逃げ、白い床に座り込んでいた。
気を抜くと浅くなる呼吸。落ち着け。落ち着け。
誰でもない自分自身にそう言い聞かせながら、深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。そう、それでいい。頭に酸素を回せ。気をしっかり保て。
昇降口のおかげで直接日光が当たることはないものの、空はうざったいくらい青々としている。
ムカつく。俺はこんなにも苦悩しているのに。なぜお前はそんなにも嬉しそうなんだ?
それが被害妄想だとわかっていても、俺の心がそれを認めない。認めてしまうと、俺が正常に戻ってしまいそうだから。
ああ、こんな時に煙草でも吸えば少しは映えるのだろうか。問題児だと認めてしまえば、俺はもっと楽になれるんだ。煙草の一つや二つ。校則の一つや二つ。破ってしまう方が楽になれるかもしれないのに。
この世界から目を背けるように顔を伏せ、俺はそっと瞼を下ろした。
俺は壊れてしまった。そう思い続けた。
誰も信用していない。そう思い続けた。
何も感じていない。そう思い続けた。
過去は全て割り切った。そう思い続けた。
俺は全てを諦めた。そう思い続けた。
俺以外は全員他人。そう思い続けた。
俺は壊れてしまった。そう自分に言い聞かせ続けたんだ。
壊れてしまったから何も感じない。壊れてしまったから俺は諦めた。壊れてしまったなら何も怖くはないはずだ。
そう信じて、俺は一人になることを望んだ。
一人でも怖くない。一人の方が安心だ。
どうせ誰も俺の言葉なんて信じやしない。誰も俺の話なんて聞きやしない。俺以外は全員他人だ。
本当にそうなのか?
俺は本当に壊れているのか?
本当に何も感じていないのか?
だったらどうして逃げたんだ?
あの頃を思い出したからじゃないのか? また裏切られると思ったからじゃないのか? その恐怖に耐え切れなかったからじゃないのか? 孤独になることが怖くてまた逃げ出しただけじゃないのか?
ああ、そうだ。
俺は壊れてなんかいなかった。
信用されないことが怖い。誰も俺の話を聞いてくれないことが怖い。また裏切られるのが怖い。人を信じることが怖い。
俺はそんな臆病を隠そうとしただけだ。
俺はただ逃げたかっただけだ。
怖くないふりをして、壊れた仮面を被っただけだった。
だけど、あの声を聞いた瞬間に思い出してしまった。
壊れた仮面は簡単に剥がれてしまった。
本当は正気だったんだ。本当は全て知っていたんだ。
俺が誰も信用していないんじゃない。誰もが俺を信用していなかっただけ。
俺が何も感じていないんじゃない。何も感じないふりをして全てから逃げただけ。
俺が過去を割り切ったんじゃない。周りが俺を切り捨てただけ。
俺が全てを諦めたんじゃない。皆が俺に見切りをつけただけ。
俺以外は全員他人。そうじゃない。
全員にとって俺が蔑むべき他人だったんだ。
松乃井だって、暁音だって、今頃俺の過去を聞いて俺を軽蔑している頃だろう。
俺が本当はどんなやつなのかを知って落胆しているのだろう。
友達になりたかった。クラスの懇親会へだって行きたかった。
でも、もう遅いんだ。手遅れなんだ。
"皆"の中に俺は含まれていない。俺はいつだって一人なんだ。
俺の過去は消えない。誰も俺の話なんて聞かない。誰も俺の友達になんてならない。俺以外は全員他人なのだから。
肺がいっぱいになるまで酸素を吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。
俺は弱いな。
この学校に入学する前に固めた決意でさえ、たった一日で壊れてしまった。
平穏な生活なんてもうここにはありはしない。
全ては俺の責任。俺が起こした問題の結果だ。
空はうざったいくらいに青い。雲はうんざりするほど白い。陽の光は吐き気がするほど眩い。
美しいはずの世界も俺にとっては灰色に見える。
「もう、終わりにしよう」
これで本当に終わり。
ゆっくりと立ち上がり、ふらつく足取りで進む。
暑苦しい。溶けて消えてしまいそうだ。
もしも本当に溶けて消えてしまっても誰も悲しまないだろう。
だったら、消えてしまおう。
俺の身長よりも少し高いフェンスによじ登る。
これで終わりだ。全て、終わり──。
「お前、そこで何してんだ」




