生徒指導室
「さて、遊佐よ。何故呼ばれたかはわかるね?」
「初日から生徒指導室に呼び出される所業なんて覚えはありません。捕食ですか?」
「お前は私をなんだと思っている?」
「俺をギリギリ異性として見ている美人な担任ですかね」
「うーん、及第点だな」
「最悪これから食われる覚悟です」
「やはりお前は赤点だ」
何がダメだったのか。何も間違っていないと思うんですけど?
職員室へ向かったらそのまま連行され、連れられたのがこの生徒指導室。
文字通り生徒を指導するための教室。あるのは机と椅子。それに本棚くらいだ。
本棚にはカウンセリングやら心理学やらあれやこれや、不穏な本が所狭しと並んでいる。拷問の類はないのでそこは安心。
時計すらないのは少し不安感を煽ってくる。取調室みたいだ。実際の取調室には入ったことないけど。
組木先生は脚を組んで机に肘をつく。ちょっとエッチだ。机が無ければ、その短いスカートに視線が吸い込まれていた。
「あの自己紹介はなんだ」
「なんなんでしょう。俺もびっくりしました」
「本心じゃないんだな」
「わかりません。もしかしたらあれが俺の本心で、心からの叫びが口から出たのかも……」
「不安になることを言うのはやめろ」
組木先生は深いため息をつく。その姿でさえ少し心を揺さぶられてしまう。美人ってのはこれだからずるいよな。多分俺、組木先生に怒鳴られても喜ぶと思う。先生からの拷問ならご褒美です!
「なにか悩みがあるのか?」
「悩みがあるように見えますか?」
「あの自己紹介で悩みがないと捉える方が難しいと思うが」
「確かに」
言いくるめられてしまった。この人はきっとあれだ、ネットでレスバとか強いタイプ。正論でボッコボコにしてくる理論武装派だ。
「とは言われても、特に悩みなんてないんですよね」
「本当か?」
「はい。この目を見てください。悩みも悪意もない純粋で真っ直ぐな目をしているでしょう?」
「うちの猫が死んだ時と同じ目をしているな」
「そういうことですよ」
「褒めてないからな」
え、違うの?
死人……というか死猫に悩みや悪意なんてないだろうに。
組木先生はパイプ椅子の背もたれに体重を預け、再度深いため息を漏らす。お、見えそう。
「……どこを見ている?」
「スカートの中が見えないかと」
「お前が正直者だってことはわかった。別の意味で心配にはなるが」
「わかってもらえればいいんです」
「だから褒めてないぞ」
違うのか……。
今どきの子は褒めた方が伸びるんですよ? もっと生徒に優しくしてみては?
「本当に悩んではいないようだな」
「そう言ってるじゃないですか」
「中学時代のことは聞き及んでいるのでな。少し気になったんだ」
中学時代。まあ、あんな大事があれば知っていてもおかしくない。区画も同じだし。
それを知った上で呼び出したということは、組木先生も俺の事を疑っていたのだろう。
その真偽の見極めをするために呼び出した。いや、問題児と見て俺を監視するためか。まあどっちでもいいけど。
「それで、審議の結果はいかがでした?」
「その場にいない私にわかるわけがないだろう」
「仰る通りで」
「ただ少なくともお前が正直者で、性に従順なことは理解した」
「それって有罪判決では」
「執行猶予ってところだな」
うーん、限りなく黒に近いグレー! イエローカードってところか。次イエロー貰うと試合に出られなくなっちゃう。
まあいい。いいんだ。
元より期待なんてしていない。
俺以外は全員他人。理解されるとも思っていないし、されたいとも思わない。
同情も救いも必要ない。
ただ、その他人が俺に関わらなければそれでいい。
「もしも性的欲求がお前の理性を壊しかけたら私が相手をしよう。見るだけならいくらでも見せてやる」
「いえ、結構です。また問題児扱いされては面倒なので」
「じゃあその視線をどうにかしないか?」
おっと、いつの間にかスカートの中に目が吸い込まれていたらしい。
でもこれは仕方がない。男子高校生だもの。これは男のサーガなのだ。英雄譚なんだよ。
視線の先で白い指がスカートの裾に触れる。
そのままちらりと捲るように──。
「なんだ、見ないのか」
「これ以上見ていると退場になっちゃうので」
「退場ってなんだ。私が見せようとしたのだから、遊佐に非はないだろうに」
「そうでもないんですよ」
一度経験したことだ。二度と間違えない。
相手が誘っても、その誘惑に負けた時点で俺が加害者だ。
誰もが皆、揃いも揃って被害者の言うことしか聞かない。
俺の声は誰にも届かない。
「痴女先生。話が終わったなら俺は教室に戻ります」
「ちっ……! 私はまだ未経験だ!」
「せっかく美人なんですから、口調だけ直せばモテると思いますよ」
俺は痴女先生にアドバイスだけを残して生徒指導室を出た。
先生はまだ何か言いたげだったが、これ以上付き合っては俺の平穏が乱される。
俺はただ、平穏無事に生きていたい。
誰にも邪魔をされず、誰の邪魔もしない。
誰とも関わらないし、誰にも関わらせない。
人と関わるということは、俺にとって不利益でしかないから。
俺の味方なんてこの世界に誰一人として居ないのだから。
俺は誰とも関わらない。俺以外は全員他人。
それが、この十五年で俺が見いだした答えだ。




