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不在

『はい』


 数秒、或いは数十秒の沈黙の後、インターホン越しに声が聞こえた。


 だけど、蓮華の声じゃない。もっと低く落ち着いた女性の声。


 呼吸をひとつ置いて、言葉を選ぶ。


「蓮華さんの友人の遊佐と申します。蓮華さんはご在宅でしょうか」


 声が震えないように必死に抑えた。彼女が居るかどうか、それが重要だ。


『……少々お待ちください』


 その返答がさらに不安を募らせる。居るかどうかだけ端的に答えてほしい。居るなら居ると言って安心させてほしい。


 俺の気持ちを他所に玄関の扉が開く。


 そこから現れたのは、若い女性だった。

 大学生くらいだろうか。黒く長い髪はしっとりと纏まっていて清楚な雰囲気を醸し出している。緩いシルエットの服に身を包み、これから出かけるような様相を呈している。


「遊佐さん、ですね」


 先程のインターホン越しに聞こえたものと同じ声。さっきの人に間違いない。蓮華の姉……だろうか。


「はい。蓮華さんはいらっしゃいますか?」

「蓮華は現在こちらにはおりません」

「学校に向かわれたんですか?」

「いえ」


 無機質な淡々とした声から発せられる現実がさらに不安を煽る。感情が分かりにくい抑揚のない声だ。当の女性も無表情なままこちらをじっと見ている。


「では、どちらに?」

「会いたいですか?」

「当然です」


 当たり前だ。蓮華に会うためにここまで来たんだ。せめて蓮華に何も無いと確認出来ればそれでいい。

 それにしてもこの反応はなんだ? 蓮華に会うのが難しいと言いたげだ。それに質問にも一切答えていない。この人は何を考えているんだ。


 女性は上から下へと俺に視線を送る。


「見たところあなたは学生ですね。学業はどうしたんですか?」

「それよりも蓮華さんと会いたいんです。会えたら学校に向かいます」

「蓮華とはどういうご関係ですか?」


 どういう関係。そんなもの決まってる。


「友達です。今朝、蓮華さんと待ち合わせをしていましたが、彼女は現れませんでした。連絡も繋がりません。なのでお願いします。蓮華さんに会わせてください」


 互いのことなんてほとんど知らない。出会ってたったの一日。それでも俺と蓮華は友達だ。俺はそう思ってる。そうありたいと思ってる。


 そんな友達を心配するのは当たり前だ。松乃井たちがそう教えてくれた。


 俺が頭を下げると、女性は「わかりました」と答えた。


「ただし、先に学業に努めてください。学校は何時までですか?」

「え、えっと、十六時……ですね」

「わかりました。その頃にお迎えに行きます」

「え、そこまでは……」

「車でないと多少距離がありますので」


 車で行く? 俺を迎えに来る? 何の話だ?

 蓮華は一体何処にいるんだ?

 この人は車でどこへ向かおうと言うんだ?


「あの、蓮華さんは一体どこに……」


 初めて女性の表情が変わった。


 目を細め、顔を伏せるように。何かを心配しているように。


「蓮華は今、病院に居ます」



 ※※



「栄志朗!」


 女性と別れの挨拶を交わしたところで松乃井たちが合流する。


 俺は状況が飲み込めずにいた。


「遊佐君? 何があったの?」


 俺の顔を覗き込む暁音。不安げに眉根を寄せている。


 説明すべきだろうか。どこまで話せばいいだろうか。病院に居るということは伏せるべきか。そもそも何故蓮華は病院に居るんだ? わからない。わからないことだらけだ。


「な、何があったのか俺にも分からない。俺にも分からない。蓮華に会うのは放課後でいい。一旦学校に行こう」


 話せない。今話すと余計な心配をかける。知っているのは俺だけでいい。


「話せないことがあるのか?」


 二人の前を横切った俺を松乃井が呼び止める。


 どんな状況かわからないのに会わせるべきじゃない。もしも蓮華に何かあったら、こいつらだってきっと悲しむ。俺が先に確認して、それから彼らに伝えればいい。辛い想いをするのは俺だけでいい。


「何もない。行こう」

「友達なのに話せないのか?」


 友達なのに。その言葉は酷く残酷だと思う。以前カフェで暁音が言っていたことと同じだ。友達であることは確かに嬉しい。ただ、それは同時に圧力にもなりうる。


「友達だから話せないんだ」


 松乃井たちは友達だ。だから話せないこともある。

 心配をかけたくない。辛い顔を見たくない。


 彼らは怒るだろうか。友達という概念を押し付けて、それが叶わないとわかった今、俺を見捨てるだろうか。


 あの頃と同じように。彼女と同じように。



「わかった。じゃあ聞かない」

「放課後だねー。今日って十六時までだっけ?」

「だな。先生怒ってるだろうし、急ごうぜ」


 彼らはさも当然のように学校へ向けて歩を進める。


 理由も聞かない。疑いもしない。

 ただ俺が言ったことをそのまま飲み込んだ。どうして。友達だから? 会って一日の相手に対してそこまで出来るのか?


「ほら行くぞ栄志朗」


 松乃井は俺に背中を向け、暁音はこちらに手招きをしている。


「何も聞かないのか」

「話したくないなら聞かないだろ」

「だねー。遊佐君がそうすべきって思うなら、私たちはそれに従うよ」

「従うって言ったら俺ら部下みたいだよな」

「松乃井は部下ってよりペットだけどねー。タマだし」

「暁音までそれで呼ぶのかよ!」


 あの頃とは違う。何もかも。

 薄くモヤがかかった記憶が消えていく。今は思い出さなくていい。過去は過去だ。俺は今より未来を、彼らとの未来を見たい。

 そのためには目先の問題を。蓮華に一体何があったのかを知らなきゃならない。


 あの女性は放課後に迎えに行くと言っていた。彼女の協力がなければ蓮華にも会えないだろう。だったら今やるべきことはひとつ。


「初日にサボって二日目は遅刻。噂とか関係なく問題児だなこりゃ」


 自嘲気味に笑うと松乃井たちもくすくすと笑った。

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― 新着の感想 ―
[一言] 入院。 と言う事はあのゴブリンにでも襲われたか。
[一言] 病院ってことは襲われたのかあ
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