自己紹介
初対面の相手にとって、第一印象ってのは何よりも大切だ。
ファーストコンタクト。セカンドインパクト。サードインパクト。ん? なんか違えな。
待ちに待った高校生活。薔薇色の人生。その行く末を決めるのが、この自己紹介の時間だ。
こいつは信用に足る人物だろうか。誰と仲良くすべきだろうか。誰の金魚の糞になれば穏便に過ごせるだろうか。いやそんな打算的な考え方持ってんのは俺くらいか。
多分一般的には、仲良くなれそうな人とか面白そうな人とか顔が良い人とかを見つけるんだと思う。知らんけど。
どちらにしても、だ。
この自己紹介の時間に何をアピールするかによって、今後の学校生活が薔薇色か灰色か、あるいは他の色になるのかが決まってくる。
「俺に関わるな」なんて言った日にゃ頭おかしいやつ認定されるし、ジョークがウケりゃそれだけで注目度は上がる。
つまりこの一発目が勝負だ。俺が俺であるために。誰かの金魚の糞であるために。やっぱ金魚の糞はごめんだな。マンタに張り付くコバンザメくらいで頼む。
自己紹介は基本名前順に行われる。それが一番覚えやすいからな。
遊佐ともなればもう最後も最後。俺は他の生徒の話なんてそっちのけで、自分のことばかり考えていた。
聞いたところで名前なんて覚えられないんだからいいんだよ。全員の名前を一回で覚えられる方が凄い。
インパクトのある数人ならその限りではないが、話を聞いていない俺には関係ないことだな、うん。最初のやつなんて男か女かすら忘れた。田中だっけ? 一番目で田中はねえな。
「次、遊佐。おい遊佐! 聞いてるか?」
「え? あ、はい」
余計なことを考えていたせいで、結局何を話すかも決められなかった。なんのための時間だったんですかね。
小さな笑い声を混じえひそひそと話し声が聞こえる教室内を進み、教卓の前に立つ。
視線を集めて一呼吸。人前に立つ経験は少ないので少し緊張する。
羞恥心はない。武士が恥じるのは背中の傷だけよ。それ剣士な。あと俺は武士でもない。ブシドーなんてご立派なもんは持ち合わせちゃいない。
話す内容は決まらなかったが、俺のモットーは変わらない。
穏便に。そして、穏便に、だ。穏便なだけじゃねえか。
そして、俺は言い放つ。
「俺に関わるな」
……。
これはあれだな、空気が凍るってやつだ。
俺今なんて言った? 穏便とはかけ離れたこと言いませんでした?
「遊佐。せめて名前くらい言ってからにしてくれ」
「俺名前言いませんでした?」
「とんでもない爆弾発言はしたな」
俺、またなんかやっちゃいました?
名前を言うつもりが、さっきまで頭で考えていたことをそのまま口にしたらしい。恥ずかしさで俺が爆発しそう。恥、ここにありましたね。
「で、名前は?」
「遊佐栄志朗です」
「中学は?」
「第二中です」
「部活の経験は?」
「え、なんで俺だけ一問一答方式? 面接ですか?」
「最初の一言でお前が頭のおかしいやつだってことはわかったからな。私から教師として最低限のサポートだ」
はい、頭のおかしいやつ認定頂きました。認定書はいつ届きますか?
初対面なのに頭のおかしいやつ呼ばわりするのは教師として如何なものかと思いますよ。俺が悪いんだけどさ。
「他に言いたいことがあれば聞くが」
「俺は穏便に過ごしたいです」
「無理だな。手遅れだ」
「そんな馬鹿な! まだやり直せる! 一旦人生リセットして……」
「お前が言うと冗談に聞こえないからやめろ」
「リセットボタンはどこに」
「ねえよ」
名前はなんだったか。ああ確か、組木先生だったか。
若々しい見た目から、あまり年齢差はないように見える。二十代前半ってところだろうか。美人なのに言葉遣いが悪いのは勿体ない気がしてならない。
彼女はため息をついて、席に戻るように促してくる。ちょっと待ってほしい。このままじゃ俺は本当に頭のおかしいやつだ。
ただまあ、そこまで間違ってない気もするからいいか。
何より、弁解したところで誰も話なんて聞きやしない。
悪い部分だけ抜き取って、噂だけを信じて、誰も俺の叫びなんて聞きやしないんだ。
俺は言われるがまま席に戻る。
「最後、吉田」
吉田君の自己紹介もほとんど耳には入らない。
俺は失敗した。いや、ある意味成功かもしれない。
俺はもう問題児扱いされたくなかった。だが、発言一発目でそれは吹き飛んだ。
ただ、これで俺に近付いてくるやつはいないだろう。そういう意味では穏便な生活が保証された第一声だ。
結果オーライ。システム、オールグリーン。何も問題はない。
「なあって。遊佐、聞いてっか?」
「聞いてないよ」
「いや聞こえてるだろ」
突然話しかけられたもんだから、またしても何も考えずに答えてしまった。
隣の席でひっそりと話しかけてきた男は、必死に笑いを堪えている。人の顔見て笑うとか失礼なやつだな。俺の自己紹介で笑ったのか。どっちでもいいけど。
見た目は……なんだこいつかっこいいな。俳優にそういう顔居そう。いや、俳優じゃない。見たことあるぞこいつ。
確か、義姉さんがいつぞやに見せてきた雑誌に載ってた。若者向けのファッション誌。名前は忘れた。
「ファッション誌に載るイケメンが俺になんか用か?」
「お。あの雑誌見たのか」
「偶然な」
「いやー、ちょっと恥ずかしいな」
なんだこいつ。笑った顔もイケメンかよ。爽やかすぎて毒気が抜かれそう。イケメンの笑顔は解毒作用がありますって論文で発表できるレベル。
「俺、松乃井環。環って呼んでくれよ。俺も栄志朗って呼ぶからさ」
「なんでだよ。初対面の人とは距離感を持ちなさいって習わないのかよ」
「どこの教育なんだ、それ」
松乃井は突き放されても何故か楽しそうに笑う。なに? ドMなの? 残念なイケメンだったか。
「ま、呼び方はなんでもいいや。俺、お前と仲良くしたいんだよ。せっかく隣の席だし、これからよろしくな」
「結局タマも栄志朗って呼んでないじゃないか」
「タマってなんだ、猫かよ!」
「そこうるさい」
やーい怒られてやんのー。あれ? なんか組木先生、俺の方睨んでません? 俺が悪いの?
「遊佐、この後職員室に来い」
「え、なんで俺」
「いいから。来なかったら……わかってるな?」
「告白なら職員室より校舎裏の方が適してますよ」
「私としてはギリありだが告白じゃない」
「ギリありなのかよ……」
告白じゃないとなるとあれですね、怒られるんですね。思い当たる節はないけど、消去法でそれしかない。
組木先生は今日のスケジュールを一通り説明し終えると、俺を一瞥して教室を出て行った。あの目は知ってる。肉食動物が獲物を見つけた時の目だ。もしかして俺食われるの?
「栄志朗、次はクラス交流会だからその時話そうな」
「悪い。俺もしかしたら生きて帰れないかもしれない」
「お前、入学初日に何やらかしたんだ……」
そんなの俺が聞きたい。
松乃井との会話をほどほどで切り上げ、俺は言われた通りに職員室へ赴いた。
さよなら、俺の青春。さよなら、俺の短い人生。
我が生涯……一遍の悔いどころか悔いても悔やみきれなかったよ……。
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