再会
ある程度話し合いを済ませ、俺たちはカフェを出た。
随分長居してしまった。もう日が傾いていた。
こうなったのは松乃井と暁音が俺の表情に対してやんややんやと反応して話が進まなかったせいだ。それでも、なんだか悪くないように思う。
なにやら楽しそうに話す松乃井たちを見ながら、形代と肩を並べて二人の少し後ろを歩く。
なんだか、形代の言葉数が少ない。カフェに居る時からそうだった。一年生三人に先輩一人というアンバランスさに萎縮しているのだろうか。
「形代、どうした?」
「え?」
驚いたように形代の肩が跳ねる。
「べ、別にどうも……」
「嘘だな」
嘘つきは今までに何度も見てきた。大抵のやつは嘘をつく時目線を合わせない。今の形代のように。
「言いたいことがあるなら言ってくれ。悩みがあるなら教えてくれ。俺にこうして友達ができたのは形代のおかげだ。俺は形代のためなら何だってしたい」
形代は俺の命を救ってくれた恩人で、俺に未来を与えてくれたかけがえのない人だ。出会ってまだ一日も経っていないが、俺にとって形代はそれほどの存在なんだ。
それに、形代の過去についてはまだ何も聞いていない。形代だって誰も信用せず自分以外は全て他人だと思って生きてきた。だから俺は、形代のことも救いたい。
「これは俺たちの復讐だろ。俺だけのものじゃない。だから、形代も今すぐじゃなくていい。少しずつ形代のことを教えてほしい」
何を悩んでいるのか。昔何があったのか。どうして俺を助けてくれたのか。どうして俺を励ましてくれるのか。
知りたいことは沢山ある。そんな彼女のことを少しずつ知りたい。
形代は歩みを止める。俺も立ち止まって形代と向き合う。
「私たちの関係ってなんだろうね」
「……なんだその友達以上恋人未満みたいなセリフ」
「あっ! そ、そうじゃなくて……」
形代は顔を赤らめるが、聞いてるこっちの方が恥ずかしい。彼女になりたい幼馴染みたいなこと言ってんぞ。
「栄志朗には友達が出来た。私はそれが嬉しい。これで栄志朗は前に進める。私はそれを応援したいし、支えたいと思う」
「おう、さらに恥ずかしくなるな」
なんなの? 新手の言葉責め?
そこまで俺を想ってくれる理由はわからないが、それだけでうれしはずかし朝帰りなんですけど。
「栄志朗、私たちは友達になれるのかな」
なんだ、そんなことか。
「もう友達じゃねえの。いつの間にか俺のこと名前で呼んでるし」
「え、あ、そうだね。ごめん」
「謝ることないだろ。一つ上の先輩にこんなこと言うのもなんだが、俺は形代に感謝してるし、形代が居なければ今日という日はなかったと思ってる」
形代は先輩らしさも全くない先輩で、俺を救ってくれた恩人で、ヤンキーを装ってはいるもののそうなりきれない心優しい──。
「友達だろ。もう既に」
形代は猫のように目を丸くする。
日本人離れした金色の髪。薄めのメイク。胸元を開けてスカートを短くした制服。少し潤んだその瞳は夕焼けを投影してキラキラと輝いている。
「多分あいつらもそう思ってるよ」
「遊佐くーん! 形代せんぱーい!」「何話してんですかー。置いてっちゃいますよー」と背後から騒がしい声が聞こえている。
「ほらな。そう思ってないのは形代だけだろ」
「でも私は……」
「いいから。行こう……蓮華」
俺は無理やり蓮華の手を引いた。
体勢を崩しながらも引かれるままついてくる蓮華。
こうして誰かの名前を呼ぶのはいつぶりだろう。少し恥ずかしい。でも嫌な気はしない。
「ありがとう、栄志朗」
後ろから小さな声が聞こえた。
※※
「やっぱゲーセンはいいな」
「学校サボってゲームセンターなんて不良みたいでドキドキしたよー」
俺たちは松乃井の提案で近くのゲームセンターに立ち寄った。きっとあいつなりの気遣いだろう。
「蓮華先輩はどうでした? 初めてのゲーセンっすよね」
「え、た、楽しかった」
「よかったー。蓮華先輩、ずっと同じUFOキャッチャーの前でじっとしてるから何事かと思いましたよー」
うーん。なんかあの二人、やたら蓮華に懐いたな。
俺が蓮華と呼んだことで二人が「栄志朗ずるいぞ!」「私たちも蓮華先輩って呼んでいいですか!」なんて言い出した挙句、今やこうして蓮華を挟む形で二人が交互に話しかけている。なんとも微笑ましい限りだ。
その当人の手には熊のぬいぐるみが握られている。
蓮華が物欲しそうに見つめていたところ、暁音の提案で皆で協力して取ったものだ。総額二千円とサイズに見合わず割高になってしまったものの、蓮華の嬉しそうな顔を見ているとそんな小さなことはどうでもよくなった。
「これ、本当に私が貰っていいの?」
「当然ですよー! 蓮華先輩のために取ったんですから!」
誰かの後ろをついていくのはいつものことだ。
グループ行動ではいつもこうして俺だけ後ろをついて行く。そして時折、邪魔だと言いたげな目でこちらを見てくるのだ。
「そっか……ありがと」
「お、おい! 栄志朗! 蓮華先輩が笑ったぞ!」
「やばい。超可愛い。遊佐君、蓮華先輩超可愛いよ!」
それが今や、お前も早くこっちに来いとその目が語っている。居心地が良い。月並みな言葉だが、幸せだと思う。
「はいはい」
「あー! お前だけ見てるからってその態度はなんだよ!」
「タマうるさい。おすわり」
「俺は犬じゃねえ! つかタマって言ったら猫だろ!」
楽しい。ただ怖いだけだった周囲の視線も最早気にならない。
帰りがけのサラリーマン。ビラ配りのお姉さん。他所の高校の生徒もいる。そしてその中に俺もいる。この世界の中に俺もいる。
敵意ばかりに見えたそれらも、今や全く気にならな──。
「栄志朗君」
すれ違った少女。他校の制服。
忘れはしない。忘れられるはずがない。
──乃々華、その格好どうしたんだよ!
──遊佐君が無理やり……私は嫌だって言ったのに……。
「栄志朗君……だよね?」
振り向けない。間違いない。俺がこうなったきっかけとなった少女がそこにいる。
逢坂乃々華がそこにいる。