カフェのひととき
ぽわぽわぽわ〜ん
と、いうことで現在に至る。回想の回想が全然ギャグパートじゃなかった件について。
結局あの話をした後、号泣しだした松乃井と暁音に抱きつかれ、慰められ、励まされ、唐突にパフェを食べに行こうと言われ、形代と一緒にここまで連行された。
あっという間だった。教室にも戻らずそのまま玄関まで直行。まだホームルームが残っていると言うのに、学校を抜け出して来てしまった。入学初日から学校サボるってどうなのよ。親御さん泣いちゃうわよ?
「マスター! ビッグパフェよっつー!」
「あいよー」
「おい待て暁音! ビッグはダメだろビッグは!」
「えー。それでも遊佐君の友達なのー?」
「ぐっ……。ええい! 全員好きな頼みやがれ!」
俺の友達って肩書き、そういう使われ方するの? 縛りじゃん。最早呪いだろ。
可哀想な松乃井に心の中で祈りを捧げながら、俺はコーヒーのおかわりを注文する。アーメン。
「おい、しれっと注文してんじゃねえ」
「いいじゃないかマイフレンド。あの涙は嘘だったと言うのかい?」
「栄志朗……お前結構神経図太いな」
「形代先輩も好きなの頼んじゃってくださいねー」
「え、わ、私は……」
「そうですよ。半分は暁音が払うんで」
「はー?」
じゃれ合っている松乃井と暁音を他所に、形代は顔を伏せる。
「ヤンキーモードはどこ行ったよ」
「その……私は、ここに居ていいのかな」
ずっと表情が晴れないと思っていたらそんなことを心配していたのか。
「いいんじゃないのか? 松乃井と暁音が誘ってくれたんだ。俺と、お前を。それ以上に何か理由がいるか?」
あいつらは優しい。もしかしたら、近くにいたからという理由で形代を誘っただけかもしれない。
でもきっと、俺の知ってる彼らなら、形代とも仲良くしたい。そう思っているだろう。
俺も同じ気持ちだ。松乃井や暁音は確かに俺を受け入れてくれた。俺の言葉を信じて泣いてくれた。励ましてくれた。だけど、そこに至るには形代の存在が不可欠だったんだ。
「俺はあいつらに感謝してる。だけどそれと同じか、それ以上に形代にも感謝してるんだ」
彼女が背中を押してくれなければ。あの時、もう一度向き合うチャンスを与えてくれなければ。俺はきっと今も恐怖と悲しみに苛まれ、一人で苦しんでいただろう。
何より、あの時俺に声をかけてくれなければ、俺はとっくに死んでいただろう。
「ありがとな、形代……先輩」
形代は目を丸くしてこちらを見る。やめてほしい。なんだか恥ずかしくなってくる。自分でも顔が赤くなるのがわかる。
あとそのニヤって笑うのもやめろ。
「なんだよ可愛いやつめ」
「おい、やめろ形代」
「せ・ん・ぱ・い、な?」
形代は俺の髪をわしゃわしゃと撫でる。ああ、調子に乗せてしまった。調子の無免許運転。逮捕不可避。
松乃井たちがそんな俺たちを微笑ましそうに見てるのも恥ずかしかったが、なんだか悪くない気がした。
ああ、俺はこういう生活を望んでいたんだろうな。
※※
注文したものを一通り平らげた俺たちは、マスターに許可を頂いてもうしばらくこのカフェに居座ることにした。
理由は当然、形代との契約の件だ。
と、その前に事情を知らない松乃井たちに形代との出会いを軽く説明しておく。
えーっと……俺が飛び降りようとして、ヤンキーに絡まれて、なんやかんや復讐を誓う。とかなんかそんな感じ。ふわっとしてんな。
俺の言葉に形代が補足し、なんとか説明を終えると暁音が突然俺の手を握る。
まさか人生で初めて女の子に手を握られたと思ったら同じ日に二回目が訪れるとは。これがモテ期ってやつか……。(童貞並感)
「遊佐君、死ぬのはダメ。もう絶対にそんなことしないで」
「お、おう……」
え、なんで泣いてるの? そんな感動シーンあったか?
「形代先輩……栄志朗を止めてくれて、ありがとう、ございます……」
「えっ。うん……」
ってお前もか松乃井! なんでこいつらそんなにすぐ泣くんだよ!
形代と目を合わせ、どちらからともなく笑う。
俺が居なくなることで悲しんでくれる人がここに居るってことだ。それがただ嬉しかった。
「で、今後についてなんだが……何してんだお前らは」
何故松乃井と暁音は俺の手を握っているのか。
「もう一人にならないように」
「もう死のうとしないように」
「大丈夫だから離してくれないか? 話が進まん」
それでも俺の頼みを断固拒否する二人。諦めて形代に目配せする。話を進めてくれ常識人。
「まずは眼前の敵よね。新名さんをどうやって葬るか……」
「ちょっと待ておい」
ダメだこいつも非常識なやつだった。なんだその物騒な計画。いつから俺たちは暗殺計画を立てる方向にシフトした?
「松乃井君たちの話を聞く限り、新名さんはもう他のクラスメイトにも新名さんを被害者とした嘘の過去を話してる。彼女はもうわざと君を陥れようとしているとしか思えない。更生より殺した方が早いと思うんだけど」
「早くねえよ。それだと噂どころか本物の犯罪者だろうが」
松乃井と暁音は何故か形代の意見に頷いている。え、俺がおかしいの?
「物騒な話は無しだ。それに、俺はあいつらに死んで償ってほしいわけじゃない」
俺は確かに俺を陥れた連中を見返してやりたい。形代が言っていたように、あいつらに俺が味わったような孤独と絶望を味わわせてやりたい。
だけど、形代や松乃井、暁音と向き合ってみて思ったんだ。
俺が向き合わなかっただけで、もしかすると彼女らにも何かただならぬ理由があったのかもしれない。俺を嵌めた彼女は、裏で誰かにそうするよう指示されていたのかもしれない。俺を見捨てた彼女もそうしなければならないほど追い詰められていたのかもしれない。
新名だってそうだ。彼女が俺に恨みを持ってあんな噂を流したのなら、どうして今になって俺をクラス会に誘おうとしたんだ? どうして俺に話しかけようと思ったんだ?
彼女らには彼女らなりの理由があるのかもしれない。
まずはそのことと向き合わなければならない。もっと彼女たちのことを知らなければならない。そうしなければ、俺は前に進めないままだ。
「俺は、一度新名と話をしたい。新名と向き合って、新名がどうしてあんな噂を流したのか、その真相を確かめたい」
俺の意志をそのままに三人に伝える。
こうしてちゃんと伝えられる。もう怖くはない。俺だって自分の意志を言葉をはっきりと伝えられる。
俺の手を握る力が強くなる。
「そうだね。そうしよう!」
「だな。俺たちはちゃんと栄志朗をサポートするぜ」
そうだ。今は仲間がいる。友達がいる。支えてくれる人たちがいる。
だから俺も前に進まなきゃならない。
「ありがとう。もし俺が間違えるようなことがあれば、その時は頼む」
松乃井と暁音はにこりと口角を上げた。
「ぶん殴ってでも!」
「止めてみせるよ!」
そんな彼らを見ていると、俺も自然と笑顔になれた。
俺はこの世界に見捨てられたわけじゃなかった。俺を見捨てないでいてくれる友達がまだここに居たんだ。
「ま、松乃井!」
「お、おう……栄志朗が笑った……」
「うるせえ。笑う時は笑うんだよ」
和気あいあいな俺たち一年生三人を形代は微笑ましそうに見守っていた。