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前に進むために

「こほん。それでは、第一回! 初日から学校サボりアーンド高校初めてのお友達記念パーティーを始めまーす!」

「いえーい!」


 なにやら目の前で盛り上がっている男女を横目に、隣に座る形代に声をかける。


「なあ、どうしてこうなった」

「それは私が一番聞きたい」

「ちょっとお二人さーん! 暗いよ暗いよー!」

「そうだそうだ! 過去も蟠りも一旦全部忘れて、今は盛り上がろうぜ!」


 松乃井と暁音はそれぞれアイスコーヒーとオレンジジュースのグラスを手に乾杯を要求してくる。

 これが乾杯ハラスメント。つまり乾ハラだ。略すといぬいハラスメントなんだよなぁ。全国の乾さんに罪はない。


 何故こんなことになっているのか。

 それは三十分前に遡る。


 ぽわぽわぽわ〜ん


 この擬音で回想に入るのは間違いなくギャグパートだ。



 ※※



「待て、栄志朗」


 それは松乃井の一言から始まった。

 猫みたいなあだ名のくせに人間に待てを命じる松乃井はどこか難しい顔をしていた。


 俺は彼らを信じたいと思った。

 俺を信じてくれる彼らを信じようと思った。


 だが、少し恐怖もあった。

 過去に抱えたトラウマは消えない。松乃井の決意を聞き、暁音の優しさに触れてもそれは変わらない。


 そんな心中を察してか、松乃井は言った。


「今じゃなくていい」


 相変わらず言葉足らずな松乃井に代わり、暁音が補足する。


「そうだね。私たちは待つよ。遊佐君が話したいと思ってくれる時まで。だから、今話す必要は無いんだよ。遊佐君が私たちを信じたいって思ってくれるまで、私たちは待ってるから」


 松乃井も同意するように激しく首を縦に振る。デスメタルバンドかよ。そのまま首飛んでくんじゃないかと心配になる。


 きっとこれは、俺の話なんて聞きたくないと言っているわけじゃない。少し前までの俺ならそう勘違いして、また彼らを突き放したかもしれない。


 でも、今ならわかる。


 彼らは形代と同じ目をしている。

 俺を信じようとする強い意志。俺の言葉を待っているという目。それでも彼らは俺が話したくなるまで待つと言ってくれている。


 だからこそ、その優しさに甘えるわけにはいかない。

 俺も前に進まなきゃならない。


 俺の腹はもう決まった。


「いや、話すよ。せめて、新名のことは俺の口から説明させてほしい」


 きっと彼らは俺の味方になってくれる。

 もしも俺がどこかで道を間違っていたとしても、松乃井はそれを咎めてくれる。暁音はそれを優しく包み込んでくれる。

 そう信じたいから、俺は話す。


「形代」


 彼女の名を呼ぶと、形代の体がぴくりと跳ねる。


「お前にも聞いてほしい。全部は……話せないかもしれない。俺もまだ怖いんだ。だけど、少しずつ、少しずつでいい。俺の話を聞いてほしい。俺に一歩踏み出す勇気を与えてほしいんだ」


 形代は小さく頷くと、俺の声が聞こえる位置に座り込んだ。



 今でも怖い。それでも、俺はもう逃げたくない。

 誰かを信じたい。信じて前に進みたいから。



 俺は中学二年生の頃、新名緋彩との出会いを少しずつ、絞り出すように三人に話した。



 ※※



 俺が新名緋彩を新名緋彩だと認識したのは中学三年生になってからだ。


 それまでは名前も知らない図書委員の女の子という認識しかなかった。


 何より、一連の事件で人からの目を気にしていた俺は、極力女子に話しかけないよう、近寄ることのないように心がけていた。


 その考えが甘かったとも知らずに、そんなちっぽけなことをルールとして、俺は自分を守った気でいたんだ。




 中学二年生の頃。

 一年生の冬に俺は好きだった人に嵌められ、進級してもなおクラスで孤立していた。


 クラスだけじゃない。学年中……いやもしかしたら他学年の人も俺の名前くらい知っていたかもしれない。


 あの一件はそれほどまでに大きな影響を与えていたんだ。



 学校に俺の居場所なんてなかった。


 唯一の救いが図書室だった。


 俺は別に本が好きじゃない。

 活字なんて国語の授業でしか読まない。文字だけの世界に感情移入が出来ない。

 それでもあの頃の俺には、文字の世界だけが唯一の居場所で、文字の世界に逃げている時間だけは嫌なことを忘れられた。


 だから俺は足繁く図書室に通った。


 それが自分の身を滅ぼすとも知らずに。




 中学三年生になってもその生活は続いた。


 部活はとっくに辞めた。居場所がなかった。教室にも居たくない。だからと言って家にも帰りたくない。


 放課後、図書室に通うことが俺の日課になっていた。



 ある日、女の子に話しかけられた。

 図書委員の子。顔は知ってる。いつもそこで本を読んでいたから。その子が同じクラスの新名緋彩だと知ったのはつい最近のことだ。


 新名は俺に言った。「私も同じだ」と。

 彼女もどうやら、教室にも家にも居場所がないらしい。

 そんな彼女にとって本の存在は現実を忘れられる逃避行であり、図書室は自分を忘れられる唯一の居場所だったらしい。


 俺たちは少しずつ距離を縮めた。


 理由は違えど同じ仲間はずれ。余り物。この世界から拒絶された存在。

 新名は一見地味な女の子だったが、その実本のことになると途端に語り出す本の虫というやつだった。


 俺は彼女の話を聞くのが好きだった。俺も少しずつ本を好きになった。本について語る彼女の目は、いつだって主人公のようにキラキラしていて、そんな彼女が羨ましかったのかもしれない。俺の居場所があることに安堵していたのかもしれない。


 俺はだんだんと、人と話すこと、人を信じることを取り戻そうとしていたんだ。




 最悪な転機が訪れたのは体育祭の時だ。


 サッカー部に所属していてそれなりに運動ができた俺は、余り物として参加することになったいくつかの競技で好成績を残した。


 それからかな。周りの俺を見る目が変わったんだ。


 一日に数回、俺は教室でも話しかけられるようになったんだ。


 最初は困惑した。何を今更って突き放そうとした。

 でも、新名のおかげで少し前を向けるようになっていた俺は、話しかけてくるクラスメイトたちに応えるようになっていった。


 あの噂って実は嘘なんじゃないのか。そんな話まで流れるようになった。みんなが俺を受け入れてくれるようになった。


 嬉しかった。その日は帰って喜びのあまり泣いたのを覚えてる。


 俺は新名のおかけでようやく普通の高校生活を取り戻そうとしていたんだ。



 クラスメイトたちと馴染むようになって一週間程が経過した。クラスメイトとの交流はとても楽しい。充実した毎日を取り戻しつつある。そんな実感があった。


 それでも俺は新名との時間も大切にしたかった。俺を変えてくれたのは間違いなく新名で、新名は俺にとってかけがえのない存在だったんだ。



 いつものように図書室に向かうと新名の姿はなかった。

 図書委員の仕事も毎日新名がやってるわけじゃない。今までも居ないことは何度もあった。だから俺はあまり気にしてなかった。

 少し残念だったけど、その日は新名に勧められた本を読んで、日が暮れ始めた頃に帰宅した。



 その翌日。登校するや否や、俺は職員室に呼び出された。

 先生たちの剣幕。その表情には見覚えがあった。


 一年前と同じ、あの目だ。

 俺を信用しない。俺に敵意を向ける。そんな目だ。


 担任から発せられた一言は衝撃的だった。


 ──お前、新名に何をした?



 それから先は地獄だった。

 何度も弁解した。俺じゃない。何かの間違いだ。俺は何も知らない。そう何度も説明した。


 だが、俺じゃないと示す証拠はない。

 何より、証人であるはずの新名緋彩が俺に襲われたとと告発したと言うのだ。


 俺は毎日図書室で新名と過ごした。だから、彼女が俺に襲われたと言えば、それを否定出来るのは俺だけだ。

 でも、加害者の言うことなんて誰も聞きやしない。全員が新名の味方をする。誰も俺を信じない。


 新名と直接話がしたくても教師たちはそれを許さない。俺はすぐに他クラスに移動となった。被害者と加害者を同じクラスで過ごさせるわけにはいかないからだろう。


 転校や退学にならなかったのは、学校側が内密に済ませたかったからだろうか。


 だけどそれは、俺にとっては過酷そのものだった。


 移動前に見たクラスメイトの目。信じてたのにと恨む目。犯罪者だと切り捨てる目。

 新しいクラスでもそれは変わらなかった。

 嫌でもわかったよ。新名がその噂を生徒にまで流したってな。


 前に進みつつあった俺は、もう一度足を止めたんだ。

 もう誰も信じない。俺以外は全員他人。

 そう心に誓って。

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