プロローグ
俺はどうも壊れてしまったらしい。
「大きな問題には発展しなかったものの、彼の行いは到底許されるべき行為ではない」
低く響く大人の声。
あの頃は大人って存在がやけに怖く思えた。
声は大きいし、態度もでかいし、口調も荒い。
同調するように周囲から上がる声も誰一人として俺に味方する者はいない。
親だってそうだ。
俺を汚いもののように睨みつけるだけで、話を聞こうともしない。
その頃にはもう何も感じてはいなかった。
誰も信じちゃいなかった。
信用なんて持ち合わせちゃいなかった。
罵声を浴びせられようと、どれほど迫害されようと、否定する気にもならない。声を上げる勇気も気力もない。
俺は諦めたんだ。
何を言っても無駄。誰も俺のことを信じない。
俺以外のやつは全員他人で、俺の世界には俺しかいない。
その沈黙でさえ、肯定だと捉えられる。
「何か言い分はあるかね」
職員室の片隅で俺をじっと見ている少女。
その表情は恐怖とも安堵とも違う。
あれは悪意だ。悪意に満ちた喜びだ。
俺は嵌められたと何度も説明した。
俺のせいじゃないと何度も否定した。
その声は誰にも届くことはなく、大人たちは俺を責めるばかりだった。
だから俺は諦めた。
その問いに俺は沈黙を貫いた。
ため息をついた大人は、俺に向けてただ一言。
「言いたいことがあるならはっきりと言え」と。
おもちゃだって、家だって、人間関係だって、同じだと思う。
組み立てるのは難しい。でも、壊すのは簡単だ。
時間をかけて組み上げたジェンガは、指一本で崩壊する。
建築士が汗水流して建てた家もクレーン車一つで簡単に壊れる。
時間をかけて築き上げた人間関係も同じこと。
たった一つのことで、いとも容易く崩れてしまう。
俺を叱責する教師の顔も蔑むようなお義母さんの目も俺は一生忘れはしないだろう。
そうして、俺が積み上げてきたそれまでの生活、立場は、たったの数時間で壊れてしまったんだ。




