嘘
五年目の結婚記念日。
「僕は、これから嘘をつくよ。」
ちょっと豪華な夕食を前に、夫はいたずらっぽく言った。
「君のことが好きだ。」
「それが嘘?何それ、笑えないわ。」
夫が準備したワインをそれぞれのグラスに注ぐ。
「だって愛しているんだから。」
「あぁ。likeじゃなくて、loveってことね。」
幼稚な冗談だ。本当に笑えない。私は、乾杯もせずにワインを飲みほした。
「ん…。良いワインだわ。」
「とても身体に良いやつだそうだ。」
「なんでそんなものを?」
私に持病があったり、病気がちという訳でもない。夫が健康に気を回すなんて意外だった。
「君には長生きして欲しいからさ。」
「いくら結婚記念日だからって、そこまで行くと気持ち悪いわ。」
私は笑った。夫もつられて笑い出す。前に夫婦で笑いあったのは、いつだっただろう。
「僕は、いつも君一筋だから。」
「だったら、もう少し早く帰ってきても良いんじゃない?」
「どうしても仕事が忙しくてね。」
その時突然、胸が苦しくなった。
息ができない。
私は座っていられず、床に倒れこんだ。
「助…けて…」
「大丈夫。必ず助けるから。」
もう目を開ける事もできない。
私は、薄れていく意識の中で夫の声を聞いた。
「はい、これで嘘は終わり。」