3話:元剣聖、思わぬ提案をされる
「姓が無いってことは、平民の出か?」
エトワールさんの言葉に俺は首を横振って否定する。
「姓がないなら平民だろう?」
たしかにこの世界の平民には姓がない。姓が与えられているのは貴族のみだ。
俺は姓が無い理由を説明した。
「私はレーヴェン家の三男です」
「レーヴェン家というとあの名家のか?」
「はい。そこで私は剣もまともに扱えない『無能』と言われており、つい先日追放されました」
それを言うと、エトワールさんのみならず、シャルロットも分かったようだ。
「まさか君が噂のレーヴェン家の落ちこぼれなのか。しかも追放するとは……」
「仰る通りです」
「嘘よっ!」
そんな中、シャルロットが大きな声を上げて否定した。
「そんなの嘘に決まってるじゃない!」
「シャルよ少し落ち着くのだ」
「だってお父様、無能と言われる人がなんでグリスグリズリーを一人で倒せるのよ! 可笑しいでしょ!?」
シャルロットの言っていることは最もだ。無能と言われる俺が、騎士が苦戦するような魔物を倒せるはずもない。
「確かにシャルの言う通り。無能と言われる君がグリスグリズリーを一人で倒せるはずがない。どういうことかね?」
これは、誤魔化せないだろう。
「私はなんのしがらみもなく、ただ自由に生きたかったのです」
「それで君は無能を演じていたと?」
「はい」
「家名を捨ててまで、本当に君はこれでよかったのか?」
「はい。散々いじめられてきましたから。追い出されて精々してます」
俺の発言に、エトワールさんのみならず、シャルロットまでもが目を丸くし笑いだした。
少し失礼だと思うんだが……まあいいか。
「アルス君。君はこれからどうしたいのかね?」
「そうですね。お金に困っているので冒険者でもやろうかと思っています」
「……そうか。話が変わるが、今日は家の屋敷に泊っていくといい」
「……いいのですか?」
どうしようか迷っていたところだ。
だが公爵家の屋敷となると、流石の俺も遠慮してしまう。
だからそう返した。
「なに。助けてくれたお礼だよ。宿は決まっていないのだろう?」
「それは、はい……」
「なら遠慮はするな。命の恩人なんだ。それくらいはさせてほしい。なあシャル?」
「はい」
これは受け取らないわけにはいかないだろう。
「ではお願いします」
こうして俺はルスキニア公爵家にお世話にあることが決まったのだった。
屋敷に着いた俺にエトワールさんはご馳走を振舞ってくれた。
豪華な食事が並んでおり、お腹が減ってきた。
だが、俺は食べる前に聞かなければいけないことがある。
それは――
「あの」
「どうした?」
「そこにいるお方はもしかして……」
「そうだ。私の妻、アイーシャだ」
エトワールさんがそう紹介する。
「始めまして。アイーシャです。この度は夫と娘を助けて下さりありがとうござます」
アイーシャさんはそう言って頭を下げた。
とても美人な奥さんだ。艶やかな金髪と、緋色の瞳。シャルロットが大きくなれば、こうなるのだろうと想像してしまう。
それと、普通は俺などを相手には頭は下げないものだ。
だがアイーシャさんは俺に頭を下げた。とても出来た人間であることが見て取れる。
「アイーシャさん、頭を上げてください。目の前に襲われている人がいたらそれは誰でも助けますよ」
俺がそう言うと、アイーシャさんは頭を上げた。
「ふふっ、本当にありがとう。さあ、食べて頂戴。家の料理人は腕が良いんです。美味しいですよ?」
美味しそうな匂いがし、腹の虫が鳴る。
「さあアルス君、遠慮なく食べてくれ」
「はい」
こうして俺達は談笑を交えながら、楽しい食事を楽しむのだった。
食後のデザートを食べながら、エトワールさんが俺に尋ねてきた。
「アルス君、君はこれから何処に行くのかね?」
「そうですね……取り敢えずはこの街で冒険者登録をしようと考えています」
「そんなことも言っていたね。もしアルス君が良かったらだけど、シャルの側付きの騎士になってはくれないか?」
「ちょっとお父様! いきなり何を言い出すんですか?!」
エトワールさんの言葉に、シャルロットが大きな声を上げた。
つまりは従者みたいなものだろう。
悪くはない。だが……
「あの、何故私に?」
「それは君が強いからだ」
「ですが私はレーヴェン家の無能ですよ?」
そう。無能の俺にそんなことが出来るはずがない。そう思っていたのだが。
「無能と言って逃げるな」
「……」
「アルス君の実力はこの目でしっかりと確認している。本当はレーヴェン家の無能ではないということも」
「ですが、私以外にもいるのでは?」
「いや、君の実力を見て決めたのだ。君なら申し分ないだろう」
「はい……」
それでもまだ、決めかねていた。
迷っている俺に、エトワールさんが提案をしてきた。
「ではこうしよう。私が抱えている騎士相手に戦ってみてはどうだ? その後数日だけ考える時間を上げよう。ああ、その間はこの屋敷にはいてくれ」
「……分かりました」
「決まりだな」
「お父様! 私の意見はどうなるのですか!?」
「嫌なのか?」「だって私はお姉様とは違い出来損ない、ですから……」
出来損ない? お姉様?
俺には何の話をしているのか分からなかった。
そしてその理由を聞くことなく、俺は就寝するのだった。
次の更新はお昼を予定しています。
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