ギャルの子育てオンライン~不人気ジョブ『テイマー』で『ゲーム初心者』なウチだけど、リアル育児スキルに極振りな『おギャル』なので最強向かって成り上がる~【序】
「メグちん、今日さ。帰るついでに駅前のタピらね? 今、超タピオカの気分なんよね」
ダルい授業の終わった教室、いつメンのマナがウチにタピオカ誘ってくる。
ウチと同じく金パ、バッチリメイク、スカート膝上十センチの花のJK。
「ごめん、マナ。今日はむりまる」
「それはぴえんだわ。え? なんかあんの?」
「保育園にチビたちのお迎えいかなきゃなの」
「あ、そうなん? てか、それ誰の子?」
メグはすげーニヤついてる。なんかしょーもないこと考えてんだろうな。
「言っとくけど、ウチの子じゃねーかんな。まだ、ヤってねーし。叔母さんの子!」
「ああ、いとこね。大丈夫、大丈夫! ウチ、メグちんがまだ処女ってるの知ってるし」
「声デカいっつーの」
「いいじゃん、公認ショジョビッチなメグちんなんだし。んでも、何でメグがいとこを?」
「ウチ、おばあちゃんと一緒に住んでるじゃん? んで、叔母さんも近所に住んでて、普段はおばあちゃんがいとこの面倒みてくれてんだけどさ。おばあちゃん膝痛でお迎え行けなくて」
「あー、把握、把握」
そんなこと話してたら、そろそろ時間がヤバい。
「じゃ、そろそろ行くわ」
「おう! おばあちゃん、お大事に。あと、気を付けてねー」
引き留められる感じかと思ったら、案外すんなり許してくれた。
メグも子供好きなんかなって思いつつ、ウチはガンダッシュで(実際は早歩きくらいだけど)最寄りの駅に向かった。
◇◇◇
閑静な住宅街の外れにある、保育園。
子供たちは元気に園庭を走り回ってて楽しそうに騒いでる。その元気度はウチの高校の昼休み並み。
いとこのリクとリンも同じ四歳児さんクラスの子たちと、楽しそうに追いかけっこをしてる。
「あ、愛ちゃん。こんにちは! おばあ様から連絡貰ってるよー」
園の入り口でウチに挨拶してきたのは保育士のアキちゃん。
ウチと仲がよくて、10個くらい年上のエロエロ保育士。
「アキちゃんせんせい、ちわっすー。膝痛ばあちゃんの代わりに迎えきたよ。てか、なんかまたおっぱいおっきくなってない? エプロン、胸んとこパンパンでウケる」
「そんなことないと思うけどなぁー。変かなぁ?」
「めっちゃ羨ましい」
「愛ちゃんも結構おっきいよ?」
「そんくらい欲しい」
「バエるから?」
「うん」
雑談もそこそこに、アキちゃんがリクリン兄妹を呼んでくれる。
「ねーちゃん、なんかキラキラしてるー!」
「リンもおけしょーしたい!」
「リク、分かる? 気合い入れてお迎え来たからね。そういうとこ気づく男子はモテるぞー。あと、これはちょっとリンには早いから、今度おねーちゃんがお化粧してあげる」
そうしゃがんで言ってあげると、二人は無邪気に笑う。
「それじゃあ、帰るよ。二人とも、帰るときはなんて言う?」
「あきちゃんせんせい! さようなら!!」
「はい、さようならー!」
二人は声を合わせて元気いっぱい。
アキちゃんもそれに負けないくらい元気に返してくれる。
「じゃ、帰るね。アキちゃん、お仕事がんばってねー」
「愛ちゃんも気を付けてね」
三人でアキちゃんにバイバイし、手をつないでちょっと急ぎめで家に向かう。
おばあちゃん待ってるし。
二人の手、やっぱちっちゃいなぁ。
あー、可愛い。
◇◇◇
「ばーちゃん、だたいま!!」
「ただいま!!」
家に着いた瞬間、チビどもはドアを壊す勢いで家の中に飛び込んでいった。
有り余るエネルギーがマジで半端ない。
「リク! 靴、靴! 揃えないとかっこわるいぞー!」
玄関の中で靴が空を飛ぶ。
ウチの抗議も聞いちゃくんないし。
その一方で、
「りん、かっこいい?」
「めっちゃ、かっこいい!」
褒められてキャッキャッと喜ぶリン。
マジ天使。
「ばーちゃん! ニャーどこ!!」
家に入ってもバタバタ駆け回るリク。今日は園庭で走り足りないっぽい。
「リクー。先におてて洗って!」
「やだー」
やっばい。ヤダヤダモードの兆候だ。
ウチも頭使わないと。
「ほんとにー?」
「やだー」
「いいの? せっかくおねーちゃんが『い・い・こ・と』、してあげようと思ったんだけどなー」
「いいこと!?」
「リン、おててあらうー」
「えらい、えらい! リンにはいいことしてあげるね」
「オレにもいいこと!!」
「手洗いしない人にはあげませーん」
「やだ!」
「じゃ、手洗い!」
「わかった!!」
リンに続いてリクはそのまま洗面所へ。物分かりがよくて助かる。
そのとき、おばあちゃんの部屋から赤ちゃんの泣き声がする。
「はいはい。ちょっと待っててね」
開いてる部屋の扉の奥で足を引きずるように歩くおばあちゃんが見える。
「おばあちゃん!! いいよ、座ってて! リオくんどうした?」
「リオくん、お腹空いた! って」
「今やるから、ちょい待ってて!」
「ごめんね、愛ちゃん。哺乳瓶は洗ってあるから」
「いいのいいの、ウチ子育て好きだからさ」
スクールバッグをリビングへ置いて、秒でキッチンに向かい、ウチは粉ミルクの準備を始める。
手洗って、洗ってる哺乳瓶だしーの、ミルクにお湯入れーの。残んないように溶かしてお湯後追いで量を調整。蓋して、あとは冷やして――
「おねーちゃん、ぶいあーう!」
リンがいきなりキッチンに参上。ヘルメットみたいなものを持ってきた。
えっと……、そうそう! 確か、ユメの『なんちゃら』っていうゲーム機だったと思う。だしっぱだから、持ってきちゃったじゃん。
でもこれ、確か小さなお子さんはダメってスマホで見た。
「リン、それはユメおねーちゃんのだから。人のものは勝手に持ってきちゃ?」
「ダメ」
「うん、よくできました。リオにミルクあげたら『いいこと』してあげるから、ちょーっと待っててね」
リンからゲーム機を取り上げ、ソファーの脇へ。
ミルクに戻って、温度確認。手首に垂らして……、大丈夫!
おばあちゃんに出来上がったミルクを持ってく。
「はい。おばあちゃん」
「ありがとうねぇ」
「ねーちゃんいいことは!!」
「いいこと!」
「あーはいはい、椅子に座ってる子にいいことしてあげるからね」
キッチンにとんぼ返り。確かママが冷蔵庫に入れて……、あったあった。
「はい! 二人のだーいすきなドーナツ!」
二人にドーナツを渡すと、いただきますしてムシャムシャ食べてる。
とりあえず、チビどもも落ち着いた。
達成感、達成感。
おばあちゃんがチビたちを呼ぶ声がする。
それはチビたちに向けての『一緒に遊ぼう』のサインであり、ウチに向けての『もう大丈夫』というサイン。
「おばあちゃん、膝お痛だから、あんまりはしゃいじゃだめだかんね!」
一応釘を刺し、ウチはリビングへ。
ソファーで寝てるニャーくんをどかし……って、重っ。スクバより重いじゃん。またちょっと太ってね?
ニャーくんの体重を再確認し、ソファーへダイブ。
にしても、ちょー暇。
早帰りだからマナはタピってる最中だし、他の仲いい連中は大概部活だし。
タイムライン漁っても面白いことないし。
やることねーわ。
そんなとき、ウチの視界に入ってきたのはバカ妹のゲーム機。
パパが買ってきたとき、大人気で電気屋の抽選三軒もはしごしたんだぞ、なんて言ってたっけ。
確かユメのやつ、昨日リビングでこれやってて、ふてくされたのか知らないけど『飽きたから、愛姉勝手に使っていいよ』なんて機嫌悪そうに自室に戻ったんだったか。
やることないし、ちょっとやってみよ。
ゲームって普段しないから、なんか新鮮かも。
えっと、黒くて太いのをこの穴に接続して? 横にあるスイッチを入れて?
どうすんの、これ?
『危険ですので、安全の確保できる場所でヘッドセットを被り、横たわって使用してください』
電源を入れるとそんな警告文がゲーム機の表面に出てきた。
とりあえず指示通りに被る。
するとウチの視界いっぱいに、
『Dragon Tale Online』
と出てきた。
そんでもって、だんだんと意識が段々遠のき始め、ウチは眠るように意識を失うのだった。
◇◇◇
「うっ……」
目を開くと、周囲が白い。めっちゃ白い。
ウチの身体も足の方から白く染まるんじゃないか、ってくらい白い。
そんでもってなーんもない。
身体はちゃんとあるし服も着てる。ふつーに手足も動かせる。けど、なんもない。
これ壊れてんじゃ――
「おかえりなさいませ、お嬢様」
「うわっ!!」
後ろから急に声。
思わず身体がビクンって跳ねた。
「マジなんなん、お前!!」
クソほどビビったじゃんか!!
「あら? ユメ様ではない? これは失礼。後ろ姿が似ていたもので」
「は? バカ妹と一緒にすんなし。ウチはアイツの姉の愛!」
「の人?」
「はぁ?」
何言ってんだ、こいつ。
「んんッ! これは失敬」
目の前に急に出てきたのは、なんか変な男。
黒髪のウルフで顔はイケメン。黒のスーツに赤ネクタイ。
物腰は柔らかだげどなんか胡散臭い。
……、あれ! 黒染めしたホストっぽい。
「てか、あんた誰?」
「私は女性の方を担当させていただきます、サポートAIキャラのエディ。以後、お見知りおきを。とりあえず、お嬢様をなんとお呼びすればよろしいでしょうか?」
「ねぇ、そのお嬢様ってのやめてくんない? メグでいいから」
「メグ様でよろしいでしょうか?」
「よろしい、よろしい」
「それではメグ様、さっそくキャラエディットに参りたいと思います」
キャラ……、なに?
知らん単語出てきた。始めて聞いたわ。
ゲーム用語は普段ゲームしないからわかんない。
「ねー。その、キャラなんちゃらって何?」
「キャラエディット。このゲーム内でのメグ様の容姿を決める工程にございます」
「見た目、変えられんの?」
「もちろん。メグ様の好きなお姿に!!」
「んー。別にいいわ」
「身長、体重、体型も自由に調整できますが?」
マジ?
視線を目の前のエディからウチの身体の方に寄せる。
「胸は?」
「もちろん」
ちょっと悩む。
結論。
「……やっぱいいわ」
「どうしてですか?」
「だって、その見た目ってゲームの中の見た目なんしょ?」
「まぁ……」
「じゃあ、虚しいだけじゃん」
「……」
急に黙り込むエディ。
なんか言ってよ。余計に虚しくなるから。
「まぁ、メグ様はそのままのお姿でもお美しいですからね。お胸も十分大きいですし」
コンピューターに情けをかけられ、そしてセクハラされた気がする。
ウチが撒いた種だし、そこには突っ込まんけど。
目の前の鏡みたいな感じに宙に浮かんでる、ウィンドウ? には、金髪ハーフアップ、普段通りにメイク済みのウチの顔。
「ほら! つり目がちな大きなお目目、パッチリ二重、筋の通った高い鼻。まるでエルフのように――」
「もう容姿はいいっての!!」
妙にベラベラ喋るコンピューターは失礼、と頭を下げる。
「次はステータスを割り振りましょう」
「あ! なんか聞いたことある。バカ妹がリビングで呪文みたいに呟いてたやつ?」
「ご存知ですか! それでは早速――」
「いや、知らんわ」
エディの話を遮って勘違いを訂正すると、彼はコントみたいにコケる。
「ユメ様のお話をお聞きになってたのでは?!」
「いや、そんときは興味も、これやるとも思ってなかったし」
「分かりました。では、ご説明します」
エディがそう言うと、ウチの目の前にさっきのウィンドウのデカい版がでてくる。
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〔メグ〕
【ステータス】残ポイント 100pt
物理攻撃:0 → 0
物理防御:0 → 0
魔力 :0 → 0
敏捷性 :0 → 0
幸運 :0 → 0
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「これがステータス画面。ステータスの項目は、物理攻撃、物理防御、魔力、敏捷性、幸運の五項目ございまして、この場では各ステータスの合計が百になるように割り振っていただきます。物理攻撃とは……」
専門用語が多い、話はなげぇ、そしてめんどくさ! ダルっ!
エディ、まだ話してるし。
「あー、おっけー。めんどいから均等に割り振っといて」
「いいんですか?!」
「別にいいよ。はい、次」
「じゃ、じゃあ最後にジョブを決めましょう」
「えっ、何!? ゲームの中で仕事すんの? バイトの経験しかないよ、ウチ」
「いや、あの……。ジョブってのはゲーム内におけるプレイスタイルの指針の事で、剣士、魔法使い、職人など、様々ございます」
「ぶっちゃけるとさぁ、今日は暇つぶしにやろうと思っただけでそんなにこれ、やるつもりなかったのよ。だからさ、なんか癒し系? みたいなのある?」
「癒し系……ですか。それなら『テイマー』はいかがでしょうか?」
「テイマー?」
「魔物、平たく言えば動物使いです」
「お、いいじゃんいいじゃん。うち猫飼ってるし。動物とか、赤ちゃんとか育てるのめっちゃ好き」
「では、ステータスとジョブはこれで良いですね?」
目の前にさっきのウィンドウ。
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〔メグ〕
【ステータス】残ポイント 0
【ジョブ】:テイマー
物理攻撃:0 → 20
物理防御:0 → 20
魔力 :0 → 20
敏捷性 :0 → 20
幸運 :0 → 20
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「おけまる水産」
「……よろしいですね?」
「だから、おけまるだって」
「ああ、そういうスラング……! 分かりました!」
妙に段取りが丁寧。
まぁ、確認は大事だもんね。
「それでは、メグ様を『ドラゴンテールオンライン』の世界にお連れします。よい物語を!!」
エディの掛け声と同時に、ウチ身体は目も開けていられないほどの強烈な光に飲み込まれた。
◇◇◇
目を開けば、足元は石畳の道路。道に面して建ち並ぶ白煉瓦にオレンジの三角屋根。遠くには目を引くオレンジのドーム屋根の巨大建築。
世界史の資料集で見た、フィレンツェの街並みそのまんまって感じ。
ウチの手には持った覚えのない新品のリュック……、というかただの革袋じゃん。
服装も変わってる。
ベージュでサイズ大きめショートワンピ、ダボっとしたズボンに超ロングブーツ。着心地はあんまよくない。
んで……? ウチは何をすりゃいいの?
動物ちゃんもいないし。
――ドンッ!
痛っ!
考え事してたら急に後ろからぶつかられて、持ってた革袋も落とした。
「ごめんな、お嬢さん」
「つっ立ってたウチも悪いし」
向こうのむさいおっさんも荷物を落としていたらしく、足元の革袋を持ってそそくさと立ち去ってしまう。
てか、普通に痛かったな。これゲームなん? すげー、めっちゃ感覚リアルじゃん。
これが『ぶいあーう』。じゃない、VRか。
って、関心してる場合じゃねーわ。
そう自分にツッコミを入れ、落とした袋を拾う。
でもその袋をみると、かなり汚れてるように見えた。
……、こんなに汚かったっけ? 落としたから汚れたん? まぁいっか。
何が入ってるかが気になって袋を開けてみると、そこには卵が入っていた。その卵を取り出してみると、袋に収まっていたはずの卵はどんどん巨大化して、ウチの肩幅よりもおっきくなった。
なんかスゲーわ、ゲームって。
デカい卵を持って感心してると、中から音がする。
もしかして孵る感じ?!
手の中でもぞもぞが動き出して、次第に亀裂が。亀裂の隙間から眩しい光が溢れ出して――
ウチの手の中には、ファンタジーで見るようなドラゴンがいた。
『ケイオスドラ――』
うわ! なんじゃい。
なんか出てきたけど、ぶつかったらどっか消えちゃった。
……そうじゃない。マジドラゴンよ、マジ。
家で飼っててちょっとデブってるニャーくんと同じ位の大きさで、そんなニャーくんよりずっしっと重くて、めっちゃ鱗がごつごつしてて。背中には小さな突起、お顔はハスキーみたいに凛々しいけど、クリっとお目目がメチャかわなドラゴンの赤ちゃん。
確かエディが言うにウチはテイマー、だっけ? 動物使いってことは、この子の飼い主、ママ的ポジションか。
いいじゃん、ゲーム。楽しいじゃん!
メチャかわドラゴンちゃんに注目してると、目の前にまたウインドウが出てくる。
マジ、ウィンドウズかっての。
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【テイマーミッション】
『モンスターを孵化させよう』クリア!!
ネクスト
『餌付けしよう!』
・アイテムショップで餌が購入可能、餌付けで仲良くなろう
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はーん、次は餌あげればいいのね。
「ぎゃおーん! ぎゃおーん! ぎゃおーん!」
ドラゴンちゃん、キョロキョロしたと思ったら泣き出しちゃった。
おー、よしよし。お腹空いたんだねー。ちょっと待っててな。
ドラゴンちゃんを腕に抱いたままあやしつつ、ウチも周囲を見渡して見るもどれが件のアイテムショップか分かんない。
ゲームをよくやる人は建物の見た目で分かるんだろうか。でもサッパリなウチには、どれも同じように見えて違いが分からない。
見知らぬ土地、泣き止まない赤ちゃん、突き刺さる周囲の視線。
そっから出てくる焦燥感で段々とドキドキしてくる。そんへんもリアルー! でも、そんなん要らない!!
焦るな、落ち着け、落ち着け。
深呼吸ー!
ふぅ……。
とりあえずウチは落ち着いた。それが大事。
動物とか赤ちゃんって不安とか、緊張とか敏感に感じ取っちゃうから。
だから、とりあえずウチが落ち着くのが重要。
ん? あの建物なんか光ってね?
深呼吸して落ち着いてみると、ちょっと先の建物が光ってる。
その建物の壁には見づらいけど『SHOP』の文字。
ラッキー! みっけた、みっけた!!
初心者に優しいのは、アリ寄りのアリ。
◇◇◇
赤ちゃんドラゴンをよしよししながらお店に入ってみる。
「いらっしゃい!」
威勢のいい店の人の声。
お店の中は陳列棚のないコンビニみたいな造り。フロアには木製の机と椅子で、何人かがご飯を食べている。
カウンターも木製で、その中にはガタイのいいにーちゃんか、オッサン、どっちともとれる感じのハゲの人がいた。
多分、店員だから話しかければいいのか?
「すんませーん!」
「何だい嬢ちゃん」
「この子。お腹空いちゃってるみたいなんすけど、餌売ってる?」
「おう、泣き声元気な赤ん坊だな! ん? なんだそいつ? 爬虫類系だけど初めて見るな」
「ドラゴンじゃないの?」
「うーん、どうかなぁ。どの種族のドラゴンっぽくもないし、俺の見たてでは新種のリザードって感じだ。とりあえず万能餌あげるから、それで様子みてくれ! 嬢ちゃんの両手がふさがってるから、品物はアイテム袋に直接送るぜ」
「あざっす」
肩から掛けてる袋がちょっと重くなる。オッサンの言う感じで、直接送られてきたっぽい。
買い物も済んだし、あいかわらず泣きじゃくるドラゴン? の赤ちゃんと私に対する店内の視線は厳しい。とっとと餌あげよう。
店主のおっちゃんに店内での餌付けの許可をもらって、ドラゴンちゃんを椅子へ。買った餌はドッグフードみたいなペレット状。それを一粒摘まむ。
「はーい。ごはんでちゅよー。はい、あーん」
「ぎゃおーん! ……ぎゃお?」
首を傾げたまま、食べてくれない。というか口閉じちゃった。
そんで、またぎゃおぎゃお泣き出しちゃった。
ウチはどうすりゃいいの……?
このままだと食べてくれそうにないし。食べてくれなきゃ多分、先進まないし。
この子が生まれ始めてのご飯。
うちのニャーくんが赤ちゃんのときの一番最初のご飯は……、お母さんのおっぱい。リオくんもおっぱい。
……いや、流石に冷静なろ?
いくらなんでも、それは母性が先走り過ぎ。ウチ、胸はある方だけど、そもそも吸われたって出ないから。
それにこの子、卵生だし。多分生態的にミルク飲まないって。
うーん。これがご飯なんだけど、もしかしてこれが食べ物だって分かってない? 人工餌だし、怖がってる?
ワンチャンそれありそう、てかフルチャンだわ。
じゃあ、やるっきゃないか。
……食おう、ウチも。
これ食べ物だよー、大丈夫だよって教えてあげなきゃ。
もう一回、餌を一粒取り出して、赤ちゃんの目の前に。
「見ててねー、いくよ。いくよー!!」
餌を見つめてること確認。ゆっくりと視線を誘導して、それをウチのベロの上に。そのままゆっくりと、食べる。
うわ!!! まっず!!!!!!!
変な味だし、ボソボソしてるし!!
でも、笑顔、笑顔。
これは毒じゃないよ。食べ物だよーってアピらなきゃ。
半分頬を引きつらせながら、ゴックンと音を鳴らしてゲロマズフードを飲み込む。
よし、次は赤ちゃんの番。
頼む、食ってよ。お願いだから。
「はい、あーん」
餌を咥えて赤ちゃんの前に差し出してみると、恐る恐るではあるがちょこんと口を開いてくれた。
目と目が合って、ウチの唇にひんやりとした皮膚が触れる。
赤ちゃんは自分から餌の方に寄ってきてくれて、そのままパクりと食べてくれる。
「よっし!」
ウチ、自然にガッツポーズ。
「ぎゃおん! ぎゃおん!」
もっと頂戴と言わんばかりに、寄ってきてくれた。手のひらに餌を盛るとがつがつ食べてくれてる。
「おー、よしよし。よかった――」
「キモっ」
ウチの歓喜の声をかき消すように、店の中に響く罵声。
窓際のテーブルに座ってた、赤髪ショートの男がゆっくり近づいてくる。ウチの高校にもいるわこんな奴
「さっきからギャアギャアうるさくていい加減頭きたんだよ」
「は? なんなん、あんた」
「俺を知らねぇのか。まぁその装備、見るからに始めたての初心者だし無理もねぇか。だとしても、こんだけ情報が出てる中でテイマーを選んでるのは、このゲームを舐めてるアホか、頭のおかしい奴のどっちかだ」
「意味わかんないんだけど」
「頭ユルそうな見た目、知能の低い喋り方、頭のおかしな行動。救えない奴だな。でも、ゴミみたいな奴にはゴミみたいなジョブがお似合いだな」
なんで吹っ掛けられて、こんなん言われなきゃいけないわけ?
「そんなん言われる筋合いはないんだけど」
「先輩プレイヤーとして【暴虐】の俺様が教えてやんよ。このゲームはジョブチュートリアルもまともにクリアできないほど、モンスターの育成難度が高いしコスパも最悪。その上、頑張って育てたって肝心のモンスター自体がクソ雑魚だからジョブとして終わってんだよ。だから、今テイマーなんてやってるのはお前みたいな、餌食う頭おかしい奴しかいないわけ。分かる?」
「だから何なん?」
音のデカい舌打ちが聞こえる。相手を威嚇する用のデカいやつが。
「せっかくいい顔と身体してんだからさ、頭おかしいやつから普通の人間に戻して一緒に連れてってやろうと思ったってのに」
「キモッ」
何こいつ。けなしたいの? ナンパがしたいの? どっちにしろお断り。
「失せろ、クソ野郎」
「おいおい、そんな言い方ないんじゃないの? 【暴虐】様に向かって。でも、これだけは言えるぜ? そんな雑魚より俺と一緒の方が、このゲーム楽しいって」
「あんた、今なんて言った」
「聞こえなかったのかなぁ? そんなギャアギャア喚き散らすしか能のない雑魚より俺と一緒の方が楽しいっつってんだよ!」
ウチの頭の中で何かがブチンと音を立てて切れた。
「うちらギャルはね、頭悪そうとか、ヤンキーとか、不良とかいろいろ馬鹿にされる。でもね、そう言われる覚悟込みでギャルやってんの。ただ、ウチは友達とか家族とか馬鹿にされんのだけは許せない」
「今さっき出会ったばかりでもうお友達か? 面白いことを言うな」
「違う。軽々しくジョブを選んだとはいえ、私はこの子の誕生に立会い、そしてテイマーとして飼う、いや。育てる責務を負った。だから、この子は家族、我が子も同然!」
「モンスターが我が子? 現実でヤり過ぎて、モンスターとヤっちゃった幻覚でも見ちゃってんじゃないの?」
「お前こそ現実見ろよ。異種姦したって子供出来ねーよ、カス」
「上等だ。喧嘩なら買ってやるよ。一番ポイント振ってるステータスを言いな。その土俵で戦って、ギッタギタに倒してやるよ。物理攻撃か? 俊敏性か? 幸運でもいいぜ。このゲームは賭けだってできるんだから」
「そんなもんねーわ」
「は?」
「めんどくせーから、全部均等に割り振ったってこと」
ウチがそう言うと、クソ野郎は腹を抱えて笑いだす。
「均、等、振、り!?!?!?!? あーっはっはっは!! マジかよ!! 俺こんな奴に喧嘩売られたわけ?」
「何がおかしいのさ」
「均等に振ったとこで何にもできないゴミが生まれるだけだっての。知らない? 特化してないってのは何もできないってことなんだよ!!!」
「知らねーし」
そう答えると、ゴミ野郎は店から出ていこうとする。
「どこ行くんだよ!」
「帰るに決まってんだろ。ゴミがゴミジョブ背負って、ゴミ振りしてるんだ。こんな面白いこと他にねーっての!! 笑っちまって話になんねぇ。それに、あそこに座ってる【剣聖】様に出てこられちゃ面倒だからな。いいもん見せてもらったってのと、そいつに免じて勘弁してやるんだ。感謝しな!!!」
振り向くとそこにいたのは、全身を純白の鎧で固めたヤバそうな人。
その人を見てもう一度振り向くと、店内にもうゴミはいなかった。
「君は何を思った?」
鎧の人がウチに問いかける。
「何って、ウチはこの子を侮辱した、アイツがマジ許せない」
「それで、君は何をしたい?」
「なんで、そんなこと聞くん?」
少々困惑気味のウチに、鎧の人は諭すように言ってくる。
「何事も目標が大事なのさ。初心者さんなら、特にね」
ウチの目標……。
「ぎゃおん!」
僕は準備できてるよ! って言ってるような気がした。
その姿を見ていると、自然と拳に力が入ってくる。
だったら……、ウチは――
「アイツにこの子を認めさせる。アイツに私を認めさせる。この子と一緒に、アイツに勝つ!!」
「悪くない、いい目標だ。ただし厳しいぞ? この世界の頂は」
この世界の頂……?
「そうそう、その子に名前をつけてあげなよ。お母さん」
そういえば、考えてなかったわ。
「名前何がいい?」
一応、本人の意向を聞いてみる。
「ぎゃおん? ぎゃおん!」
「ギャオン! ギャオンはどう?」
「ぎゃおん! ぎゃおーん!」
そう呼んであげると、この子は尻尾を振ってぴょこぴょこ跳ねだした。
「決まったようだね。これから先は君らだけの物語。僕は密かに、応援させてもらうよ。愛ちゃん」
「マジ頑張ろうな、ギャオン! アイツ、ぶっ飛ばすために!!」
「ぎゃおぎゃおーん!!」
こうして、ウチとギャオン。慣れない一人と幼い一匹のVR生活が幕を開ける――
お読みいただきありがとうございました!
面白かった! マジぱねぇ! エモい! オギャりたい!
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