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SS02:秘夢

「ねぇモモ。モモの夢はなぁに?」


 ふいにそんな問いが投げかけられる。僕はその声の方へ顔を向けた。

 そこにはNo97……みんなからはクーナと呼ばれる幼い子がいた。ココでは見た目が幼くとも中身は歳を重ねている奴など珍しくも無いが、この子は見た目相応……つまり新人だ。

 僕とあまり背丈は変わらないが、その中身は十の年月を数える程差がある。……()()()()()である僕とならばその剥離は特に。


「そうだなぁ……ん~、内緒」


 その不純物の無いキラキラとした瞳を仮面の奥から覗きながら、僕はそう答えた。僕の夢など、この子には教えられない……いや、教えたくない。

 僕の返答を聞いたクーナはえー!と甲高く大きな声を上げて不満を露わにする。それから何故か瞳を波立たせてまで抗議してくるのだから困ったものだ。


「なんで夢を聞くんだ~い?」


 ココにいる人間の夢を聞いても面白くとも何ともないのに。異能兵の大半は、後ろ暗い意志を抱いて戦っている。皆が皆ではないが、戦場に出る奴……特に最前線に出張る戦場暮らしの奴らなんかは、大概復讐だとか敵国を滅ぼすだとかばかり口にする。戦場暮らしは年長者ばかりだから、よりその後ろ暗さは拍車がかかっている。僕はそんなことを思いながら、うにうにとその柔らかな頬を弄び質問を返した。


「んーっとねぇ、戦うには戦うための理由?が必要だって教官が言ってたから。ミ……クーナはお母さんにお国のために天使になって戦いなさいって言われてココに来て、戦うための理由って言われても分かんないなーって思って。でも、うーんって考えて、夢があったらそれは戦う理由になるのかなって。だからモモに夢を聞いてみたの!」


 僕は思わず閉口した。ずいぶんと、見かけによらない思考力を持つものだと。いや、ここで"見かけによらなず"などとは、何の皮肉か。どこか冗談の様な感覚を覚えながら、心中にて苦笑した。


「何で内緒なの?ねぇ~え~」


 クーナが小さく柔い手で僕の肩を掴み揺さぶる。何とも頑固な子だ。まぁ、頑固と言うより僕の内緒と言う言葉に対し意固地になっているだけか。その純情さとも言えるものに僕は少し眩し気な想いを感じ、降参だとばかりに両手を挙げた。


「わかったわかったよぉ~。僕はねぇ、この戦いが終わったらパン屋さんになるのさ~。僕には似合わない可愛い夢で恥ずかしいから他の皆には言わないでね~?僕たちだけの秘密の夢!」


 僕は捲し立てるように言葉を紡ぎ、コートの袖で覆われた手でクーナの頭を撫でる。クーナは撫でられてむずがゆそうな笑みを浮かべると、分かった内緒にするね!と元気な声を上げて施設の方へ走っていった。どうやら満足していただけたらしい。

 ……確か、クーナの初めての参戦は来週だったか。後衛系の異能であるらしいため、負傷することも戦場に出ることすらないだろう。近年は戦線投入できる異能兵の追加が出来ていないと教官の上司は嘆いているらしいが、戦場暮らしである僕からすれば寧ろそれで良いのだと思う。血を被り、殺し殺されをするのはクーナの様な幼気な子……戦うための理由を持たない子じゃなくて、僕らの様な人間だけでいい。


「パン屋さん……か……」


 クーナに語った夢を独り言ちる。


 嘘ではない。


 だが、これは"僕"の夢ではない。


 それは仮面とコートで覆い隠した……"私"の……。



 ◇


『アイリス。お兄ちゃんな、軍に行くんだ』


 降臨祭が終わってすぐに、兄が言った。小さな私にはそれがどういう意味を持つのかは正しく理解していなかったが、ただ兄がどこか遠い場所へ行ってしまうことは分かった。


『やだ!どこにも行っちゃやだぁ!』


 大好きな兄と離れ離れになる。そう思った途端、息が止まるような衝撃と冷たく重量を増す頭に底知れぬ恐怖を感じ泣き喚いた。屋台で兄に買ってもらったへんてこな仮面を振り回し、全力で駄々をこねる。慟哭と感情の洪水で言葉にもならぬそれはさぞ喧しかっただろうのに、兄は寂し気な困った表情を浮かべ私を抱きしめる。


『ごめんなアイリス。離れ離れになるのは嫌だよな、お兄ちゃんも寂しいさ』


 私を抱きしめ、背中と頭を撫でながら耳元で言い聞かせるように話す。


『でもな、お兄ちゃんも長男として母さんやアイリスに良い暮らしをさせてやりたいんだよ。……父さんの代わりに』

『やだぁ!良い暮らしなんて出来なくていい!行かないでぇ!!』


 なおも喚き続けた後、泣き疲れた私は兄に抱かれるように眠りに落ち、ようやく静かになった。


『……ジャンザ。ほんとにいいの……?』


 その一部始終を見ていた母が兄……ジャンザにそう問いかける。その声色には寒色が滲んでいた。


『うん。僕、もう……覚悟は出来てるよ母さん』

『でも……』


 死んじゃうかもしれないんだよ?その言葉は母の喉につっかえたまま形にはならなかった。手をつなぎ街を歩いたころとはもう随分と変わった大きな後姿。だが母からすればまだまだ小さな子供だった。

 その大きくも小さな背中に、どれほど重たいものを背負っているのか。もうどうしたって戦場へ行ってしまう息子と、同じように家を後にした夫の姿が重なる。


『大丈夫、来年の降臨祭には一度帰ってくるよ。だから心配しないで』


 一切の弱さを滲ませず堂々とジャンザは告げた。だが、本当はきっと恐ろしいだろう。どれだけ覚悟を決めても恐怖に飲まれ震えながら眠っていた日々を母は知っている。でも、だからこそ止めることは出来なかった。それはきっと、覚悟と誇りを胸に抱いた偉大な少年の一歩を止められる者などいないということを十分に理解していたから。息子は、夫と同じ目をしていた。


 愛する妻と子供達のため。

 そして今度は、愛する母と妹のため。


 ◇

 降臨祭から一週間後、兄は旅立った。母が餞別と称して送った白いコートに身を包んで。

 あれは父が愛用していて、軍へ赴く時も共にあり、そしてそれだけが帰ってきたというモノ。

 それを母が兄の為に仕立て直したのだった。母はその後姿に父を幻視したのか、兄のが見えなくなってから静かに泣いていた。


 私は今日に至ってもぐずったが、兄は私と約束をしてくれた。来年の降臨祭には帰ってくるが、その前に丁度今日から百日後にくる私の7歳の誕生日にプレゼントを送ってくれると。

 それは貧しい生活を送っていた私にとってはとても嬉しく、兄と離れるのは嫌だったがそれでもその日を夢見て待つことが出来た。

 ……幼い私には、軍のことも、戦争のことも、そして"死"というもののことも、何一つ分かっていなかった。


 ただその日を指折り数え、時折兄のいない生活に寂しく涙したこともあったが、私は母と共にいつも通りの日々を送っていた。母が仕事に行き、私は街の子供達と一緒になって遊び、日が傾けば空かせた腹とともに母に連れられ帰る。そこに兄がいないだけで、いつもと変わらない……ただ平穏な日々を送っていた。


『アイリスは将来何になりたいのかなぁ?』


 夕飯時、ふい母は私にそう問いかけた。


『将来?』

『そう、将来。アイリスの夢はなぁに?』

『夢!私パン屋さんになりたい!』


 夢、そう聞かれて私はすぐに答えた。

 いつもニコニコと笑顔を湛え焼いたパンを売っている近所のおばさん。たまに甘い菓子パンを作ってはサービスだよと頭を撫でてくれるその優しい人に密かに憧れを抱いた私は、幼心に自分もあの人の様に優しいパン屋さんになりたいと思っていたのだ。


『パン屋さん?とっても素敵ね。アイリスもクリーさんに負けない位優しい子だから、きっと良いパン屋さんになれるよ』


 母は笑いながらそう言い、私の頭を撫でる。私は嬉しさと照れくささに身をよじりながらうん!と勢いの良い返事をした。兄が遠くにいるのは寂しいけれど、いつかまた三人で暮らして、こんな幸せがずっと続けば良いなと半ば確信……いや、盲信を以て、そう思うのだった。



 ◇

 それから百日後、家に軍から送り物が届いた。私は兄からのプレゼントだと真っ先に駆け出し、母がその荷物を受け取るのを真後ろでソワソワしながら待った。私はこの後に訪れる幸せを、信じて疑わなかった。


 母が崩れ落ちる。荷物を受け渡した軍人は努めて表情から感情を出さない様に、そして私と母を見ない様にして出ていく。


『お母さん……?』


 返事はない。ただ、何も言葉を発さず私を抱きしめた。強く、強く。苦しいくらいに……弱々しく。



 それから何日が経っただろう。

 母は仕事にもいかず、日がなぼうっとしている。起きて、簡素なパンを齧り、本当に必要最低限の家事をぼんやりとした顔でこなした後、少し外を眺め、眠る。

 最近はずっとその繰り返しだった。母の職場の人達も最初の数日は家に顔を出していたが、次第に来なくなった。

 私も、幼いながらに兄が本当の意味でいなくなったことが嫌でも理解できた。あの日着ていった白いコートだけが戻ってきて、殺風景な家の壁の一部になっている。

 不思議と涙は出なかった。深い悲しみもなかった。ただ、その空白を埋めたのは何よりも強い怒りと……憎しみだった。


 ある時、街の軍兵が話しているのを聞いた。戦場で何人殺しただとか、命乞いする敵兵をナイフで突き刺してやっただとか。到底子供には……それどころか平穏な暮らしをしている街人にすら聞かせられない様な血なまぐさい話。それは恐ろしい生の戦場話であると同時に、私の心の中でふと光の様なものを感じた。


 ただただ……殺り返せると。


 私はすぐさまその軍兵に話しかけた。しかし、軍に入りたい旨を伝えてもまともに取り合ってはくれず一蹴された。当たり前だ、先日7歳になったばかりの女児が軍に入るなど馬鹿げていた。軍兵も自らの置かれている地獄に、こんな幼気な子供を連れていきたくなかったのかとも今では思う。いくら殺し殺されの兵隊でも、多少の良識くらいは持ち合わせている……これも当たり前の話だ。


 それでも、私は諦めたくなかった。確かに今の自分が適していないことは分かる。だがそれはあくまで"今"の自分であり、まだ未来はある。それから私は率先して母の家事を手伝い、街の男子に混ざって全力で体を動かす。小さな私にはこれくらいしか、やれることが思いつかなかった。突然このようなことをし始めてから、周りの人間から疑問を持たれ質問されるのは珍しくなかった。それに対しては母を支えるためと答えた。その返答は嘘ではなかったが、本当に内に抱いたどす黒い"夢"は秘密に続けた。


 そんな日が続き、かつて兄が帰ってくると約束していた降臨祭がやってきた。当然、隣に兄はいない。そして母も、もういない。兄を失った母は憔悴し、そこでたまたまやって来た流行り病の風邪を拗らせ、あっさりと父と兄の後を追った。その後近所のおばさんや街のリリアル教会が身受けしようとしていたが、私は固辞した。私はこれ以上何も背負いたくなかったし、これから先街にいるつもりもなかった。もう少し先にはなるだろうが、いずれにしても私は軍へ行くつもりだったから。


 家に未練がある様に振る舞えば、皆今はそっとして見守ろうという空気になってくれた。幸い家は父が買ったもので特段家賃もなく、母がふさぎ込んでから出費もかなり減り、何の皮肉か死んだ兄と父の見舞金があったので、食には困らなかった。


 そして降臨祭にて、私は新たな希望を見た。

 それは……現世に降臨した"天使"だった。

 特別な力を持った、子供達。その存在はリリアル教にも記された神話の具現。それが目の前にあり、そしてそれらは私と年端も変わらぬ少年少女たちだった。


 行事軍進行にて魅せつけるように超常を繰り出す彼らに、熱狂する民衆。誰もが戦争の勝利を確信し、自らの信じた天上の存在が目の前にいる感動に涙を流す者までいる。

 そんな熱の最中、私はむしろどこまでも真っ直ぐ彼らを見つめた。私がいるべき……目指すべき場所はあそこだと。

 ふと、その中の一番星と目が合った。彼らの先頭で、堂々たる姿で歩みを進める彼女と。

 彼女はニヤリと笑みを浮かべクイっと、顎を引く。まるでそれは"こちらに来い"と言っているようだった。いや、事実そういうつもりだったのだろう。私は不思議な確信を持ってその場を立ち去った。


 その僅か数日後、家に軍からの手紙が届いた。ただ一言"招集"とだけ書かれた。

 私は天使たちの姿を脳裏に浮かべ、すぐさま出立の準備を整えた。

 もとより何も残っていない家。その仕度はすぐに終わった。持ち出す物など、二つしかなかったから。

 玄関から内を眺める。最低限の家具すらない、殺風景どころの話ではない家。かつてそこにあった棚も机も何もかも、全て処分した。家族の思い出の品すらも。私にとってそれら全てに意味はなかったとは言えない。ただ、全てを持って往くことも出来ないのだから、せめて自分の手で始末したかった。そして、"私"自身も。





 一番星から、へんてこな仮面と全く背に合わないコートに身を包んだ自分を見て、変わった姿だなと言われた。それに対し、これは自分が自分であるための姿だと答えた。

 一番星はその返答の何が可笑しかったのか、満足気にクツクツと笑い、最後にと前置きをして口を開いた。


『No100……お前の"夢"は?』


『はい。"僕"の夢は、敵を皆殺しにすることです』



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