第9話 聖女、露出
〈ラフレシア・ガーデン〉
-ツクバネの街-
▼宿屋
「ふあぁ〜」
眠いな、って……ん?どこだ、ここ。見慣れない天井に見慣れないベッド。俺の部屋ってわけじゃなさそうだ。だとするとどこかの宿屋って感じだな。明るい日差しが差し込む窓の外に目を向けるとここがツクバネの街だってことがよく分かる。確か俺は…...ボクデンを倒した後ぶっ倒れて、そのまま意識を失った。ならどうしてベッドに寝てんだ。まさか誰かが運んだってことか。
「いてててっ」
体のあちこちがいてぇ。にしても俺は死ななかったみたいだな。ここがまだ死後の世界じゃないと決まったわけじゃないが。ひょっとするとここは似てるようで俺の知ってる場所じゃないかもしれないしな。実はすでに俺は転生してるのかもしれねぇ。まぁ考えててもラチがあかねぇ。とりあえず外に出てみるか。
「…...さん」
ん?今何か聞こえたような。外からか?
「サブロウさん!」
「うわっ!」
俺が扉を開いた瞬間だった、誰だか知らんがいきなり中に飛び込んできやがった。
「ぐはっ!」
そいつの体当たりというか頭突きをまともに食らった俺はバランスを崩し、そのまま床に倒れた。
「いってぇ!」
続けて腹の上にとてつもない重みがのしかかってくる。元から痛かった体にさらなる激痛が走った。ぐぅうぅぅ。やばいなこれ。しばらく動けそうにねぇ。
「助けてくださいサブロウさん!」
この声はシェルラか。なんだよいきなり大声出しやがって。くそっ。助けて欲しいのはこっちだっつうの。重くてしょうがねぇ。これじゃ起き上がれねぇだろ。
「とりあえず俺の上からさっさと降り……ろ……ん?ん!!?!?!!??!」
「うぅぅぅぅ、す、すみません」
「てか、お、お前、どうして服着てねぇんだよ!?!!??!?!?」
衝撃的な光景だった。四つん這いになりながら頭をおさえるシェルラの素肌は清々しいほどに露出されていた。下着は一応身につけてるみたいだが、どうやっても目のやり場に困る姿だ。
「早く服を着ろ!」
そういえば前にも同じようなことを言った気がする。あの時に比べれば全裸じゃないだけマシだが、どうして俺の周りにはこんな変態女ばっか集まってくるんだ。こいつだけはまともな奴だと思ってたはずなんだが。まさかあいつの同類だったのか?
「す、すみません!でも、私、服が着れなくなったんです!」
「はっ?どういう意味だよ。服が着れないくらい太ったってことか?」
「ち、違いますよ!そんなすぐに太るわけないじゃないですか!」
「ならなんで着れないんだよ」
「私にも分からないんです。グスンッ」
「おい泣くな」
完全に取り乱しているシェルラはとうとうその場にうずくまりながら泣き始めてしまった。こいつ、自分が今どんな格好してるのか分かってんのか。隠すくらいのことはしろよ。なんだこの状況は。もうわけが分かんなくなってきた。慰めようにも今の状況が全く理解できていない俺にはどうすることもできない。はぁ。
『なんだなんだ』
『誰か泣いてるのか?』
外がなんだか騒がしくなってきやがって。どうやら俺とシェルラの会話が外にまで漏れてたようだ。それもそうか。扉は大きく開かれているし、あんだけ大声で喋ってたからな。それにしてもこの状況……やばくねぇか?冷静になってみて、半裸の女が床にうずくまって泣いている。これを見たやつはどう思うだろうか。間違いなくとんでもないことを想像するに決まっている。それで最も槍玉に挙げられるのは俺ってことになるじゃねぇか。
「おいシェルラ。とりあえず中に入れ」
「……はい」
俺はシェルラを半ば引きずるような形で部屋の中に入れ、扉を完全に閉めた。これでなんとかこれ以上は怪しまれずに済むだろう。にしてもこの状況、めちゃくちゃ犯罪っぽいのは気のせいか?俺は何も悪いことなんかしてねぇってのに。
「服着ねぇならこれでも被ってろよ」
「あ、ありがとうございます」
一向に服を着る様子を見せないシェルラの頭の上にその辺の毛布をかぶせてやった。これでとりあえず色々とおさまるだろう。
「それより詳しく説明しろよ。どうして服を着れないんだ」
「…...私にも分かりません。アイテム欄にある私の服を何回選んでも全然装備されなくて、一度外に出して直接着ようとしたんですが、出来なくて」
「出来ないってどういうことだよ。サイズが合わないってことか?」
「そうじゃないんです。頭では着たいと思ってるのに、体が言うことを聞かないんです」
「全部の服を試したのか?」
「はい。下着はつけることができたのですが、それ以外の服が一切着れなくて」
「全く意味が分からねぇ」
「私はどうしたらいいんでしょう」
シェルラはかなり深刻そうに悩んでるようだが、俺には全く理解できない。そもそも服を着ることができないってのがよく分からん。服を着たい奴が着れないなんてどう考えてもおかしいだろ。それに体が言うことを聞かないってのも気になるな。まぁ考えられる理由としては、レベルが足りなくて装備できないってことくらいだが…………..ん?レベルが足りない?なんだか嫌な予感がしてきたぞ。俺にも似たような経験があるじゃねぇか。装備できると思っていたはずの武器がレベルが足りなくて結局装備できなくなったことが。まさか…...
「ちょっとステータス画面を確認してみろ」
「ステータス画面ですか?いいですけど…...」
シェルラは毛布にくるまりながらゆっくりと指を動かした。そして次の瞬間、シェルラの表情は一変する。
「なんですかこれ!??!?!?!?!??!」
その顔と声を聞けばシェルラのステータス画面に一体何が起きたのか聞かなくても想像がついた。俺と全く同じ反応をしてるからな。
「サブロウさん!どうなってるんですか!私のレベルが!」
「分かった分かった。分かったから近づくな。見えちまうだろ」
シェルラの動揺ぶりはあまりにも悲惨だった。毛布を払いのけて今にも俺に覆いかぶさろうとする勢いだ。目には再び涙が浮かんでいた。気持ちは分かるが、さすがにその格好ではやばい。こんな状況誰かにでも見られたら……
「サブロウ起きてるピョン?」
「っ!?」
「…...お邪魔したピョン」
「待て待て待て待て待て待て待て待て!!!」
扉を閉めようとするな。絶対に勘違いしてんだろ。
「おい待て!」
「二人はそういう関係だったピョン。知らなかったピョン」
「お前はとんでもない勘違いをしている!」
「でも抱き合ってたピョン。それにシェルラは裸ピョン」
「だから違うって!これはそういうのじゃねぇ!シェルラもなんか言ってやれ」
「あ、あの……私……すみません!」
どうして謝った。今は謝るんじゃなくてこの状況を説明して欲しいんだよ。これじゃまるで俺が無理やり謝らせてるみたいじゃないか。余計話がこじれるだろ。
「とにかくこれはお前が考えてるようなことじゃ一切ないからな」
「…...なんとなく状況は分かったピョン」
「本当か」
「そもそも初めからサブロウがそんなことするはずがないと思ってたピョン」
「なんだ分かってるじゃねぇか」
「サブロウはヘタレだからピョン」
「おいこら!」
何も分かってないじゃねぇか。一瞬でも期待させやがって。こいつは俺を馬鹿にすることしかできないのか。
「それよりどうしたピョン?」
「どうしたもこうしたもねぇよ。お前、こいつのレベルも奪っただろ」
「し、知らないピョン」
「嘘つけ!」
誤魔化すの下手かこいつは。目をそらすな。どう見ても知ってる顔じゃねぇか。
「レベルを奪うというのはどういうことですか?」
「こいつは前にも俺のレベルを奪ってんだよ。そしたら俺も今のお前みたいに武器が装備できなくなったんだ」
「そんなことがあるんですか!?」
「そうだ。だからこいつが全ての元凶なんだよ」
「私ばっかり責めるのはひどいと思うピョン」
「ならお前じゃないのかよ」
「しょ、証拠がないピョン」
こいつ……
「ならお前のステータス画面を見せてみろよ」
「…...見せたら怒らないピョン?」
「もう見る前から結果が見えてんじゃねぇか!」
「怒らないでほしいピョン」
「いいから早く見せろ!」
「…...分かったピョン」
ようやく観念したか。そんじゃ早速こいつが全ての元凶だっていう決定的な証拠を見つけてやろうか。確認すべきはこいつのレベルだ。シェルラのレベルを奪ったからにはこいつのレベルが異常に上がってるはずだ。さてと、こいつのレベルは………...35!?どうなってんだよ!?ついこの間見たときは20だったじゃねぇか。何がどうなったらこんな一瞬でレベルが15も上がるんだよ。
「これが動かぬ証拠だろ!」
「きゅぅ」
「すごいです。レベル35なんて初めて見ました」
「感心してる場合じゃねぇぞ。このレベルはお前から奪ったレベルが上乗せされてるんだからな」
「そうなんですか!?」
「ちなみにお前レベルいくつだったんだ?」
「24です」
…...す、すげぇな。20以上はあると思っていたがまさかそんなに高かったのかよ。しかし24あったレベルが1まで下がったんじゃそりゃ相当なショックだろうな。それに比べれば俺はまだマシだったのか……って、全然マシじゃない。俺のレベルだって大事なレベルだ。8だろうと24だろうとなくなっていい理由にはならねぇ。ていうか、今更だが俺のレベルはどうなったんだ。レベルが29もあったモンスターを倒したからには相当な経験値を手に入れてるはずだ。ひょっとしたらレベル10くらいまで上がってるんじゃないか……
「…...どうしてだ」
「どうしたピョン」
ステータス画面に表示された俺のレベルは依然として1のままだった。あれから経験値は全く増えていない。そんなバカな。俺の経験値は一体どこへ……まさか!?
「お前、シェルラだけじゃなく、俺の経験値まで奪いやがったな!」
「きゅぅ。怒らないでほしいピョン」
こいつ……どれだけ俺の経験値をむしりとれば気がすむんだ。これじゃ一生レベル1のままじゃねぇか。こんなんでどうやって魔王になれっていうんだよ。レベル1の魔王なんてダサすぎだろ。くそぉ!
「それで、あの…...私のレベルは返してもらえるんでしょうか」
「無理ピョン」
「どうしてですか!?」
「私にも分からないピョン」
「随分と人ごとだな。またあのラビットもどきに話さないといけないってことかよ」
どういう仕組みか知らないが、こいつの言ったことが本当なら俺のレベルやスキルを直接奪ったのは人間の方のこいつではなくラビットの方のあいつってことになっている。つまりいくらこいつに詰め寄ってもラチがあかないってことだ。
「ラビットといえば、私見たんです」
「なんだよ急に。何を見たんだ」
「あの言葉を話していた〈ホワイト・ラビット〉がこの人に変わるところを」
マジかよ。てことはやっぱりこいつとあいつは同一人物だったってことか。最初からそんな気はしてたが、実際に変身するところを見たわけじゃねぇからな。
「バレちゃったら仕方ないピョン」
「どういうことなんですか。あなたは人間なんですか、それともモンスターなんですか」
「微妙なところピョン。だけどモンスターではないと思うピョン」
「また曖昧なこと言いやがって。お前が分からねぇならあいつを出せよ」
「もう一人の恋耳うさぎは今忙しいから出てこれないピョン」
「早く出してください!そうでないと私、このまま一生服を着れないじゃないですか!」
かなり必死だな。目は溢れんばかりの涙で潤んでいて、しかもあまりに泣きすぎてシェルラの目元はすでに真っ赤に腫れ上がっている。
「そのことだけど、多分服を着れないのはレベルが原因じゃないと思うピョン」
「えっ。そうなんですか?」
「持ってる服のステータスを確認してみるピョン。適正レベルが分かるピョン」
「えっと…...私の服の適正レベルは……1です」
「なら装備できるんじゃないか?」
「それでもできないんです」
シェルラはアイテム欄にある服を何度も選んでるようだが一向に装備される様子はない。どうなってんだ。適正レベルが1なら誰でも装備できるはずだが。
「今度はスキルを確認してみるピョン」
「スキルですか?スキルは……………」
「おい、どうした」
「……」
返事がない。シェルラはすっかり固まっていた。口をポカンと開けてただステータス画面をじっと見つめていた。
「おい返事しろ」
「……な、な、な、なんですかこれ!?」
「どうしたいきなり」
「こんなスキル、私知りません!」
ようやく動き出したかと思えば俺の目の前に自分のステータス画面を突き出してきた。見ろってことか?どれどれ、シェルラのスキルは……【露出癖】……ん?効果は…...露出の多い服しか着れなくなる。これがスキル?
「なんだこれ」
「それはきっとシェルラの隠された性癖なんだピョン」
「マジか」
「ち、違います!」
「否定するところが怪しいピョン」
「そんなこと断じてありえません!」
シェルラの顔は興奮のためか、それとも羞恥のためか、どんどん赤くなっていた。涙を流しながら、しかもほとんど何も身につけていない状態で必死に訴えるその姿はさすがに可哀想に思えてくるほどだった。
「お前、からかうのはそろそろよせよ」
「サブロウが言うなら…...そうするピョン。本当を言うと、スキルはランダムで決まるピョン」
「ランダムってことは、まさかこの世界に存在する全てのスキルの中から選ばれるってことかよ」
「そうじゃないピョン。恋耳うさぎが持ってるスキルの中からピョン」
「てことはあいつ、こんなとんでもねぇスキル持ってたってことになるじゃねぇか」
それはそれでかなりやばいやつだな。
「ラビットは普通服は着ないからピョン」
「まぁ……確かに」
「もしかしたら【全裸】っていうスキルがあったかもしれないピョン。それに比べたらまだマシな方だと思うピョン」
「全然マシじゃありません!」
「ちなみにあいつ何個スキル持ってんだよ」
「正確には知らないピョン。たぶん100以上はあると思うピョン」
「100!?」
めちゃくちゃ持ってるじゃねぇか。しかもスキルってそんなにあるのかよ。
「スキルと言ってもあんまり実践的じゃないのが結構あるピョン」
それがつまり【(^O^)www(^O^)】だったり、【露出癖】だったりするわけか。にしてもとんでもねぇスキルが混じってんな。俺たちは100以上もあるスキルの中から偶然にもこんなとんでもねぇスキルを選んじまったってわけかよ。最悪だ。こんなのただの罰ゲームじゃねぇか。俺はまだなんの被害もないが、シェルラにいたってはこれからの生活に多大な悪影響が及ぶことが目に見える。
「…...露出の多い服ってなんですか。そんな服持ってないですよ」
「それなら私が持ってるから心配いらないピョン」
「えっ」
こいつの心配いらないは全く信用ならんな。なんだか嫌な予感がする。
「このアイテムを選んでみるピョン」
「……はい」
「おい」
シェルラは迷わずそのアイテムを選んだ。いくらなんでも警戒しなさすぎだろ。まぁそれだけ追い詰められてるってことなんだろうが…...
「なんですかこれ!?」
この服は…...シェルラが装備した服は誰がどう見ても間違いなく露出の多い服だった。どこかシェルラが前に着ていたローブに近いデザインだが、足やら腕やら腹やら背中やら肩やら胸やらいたるところの布がなくなっていた。これじゃ聖女とは思えない、というかただの変態だ。こんな服がこの世にあること自体がおかしいが、それ以上にどうしてこいつはこんな服を持ってるんだか。ていうか今気づいたが……シェルラはかなり胸が大きいな。今までローブに覆われてて全然気づかなかったが、この服のせいでより一層強調されてる感じだ。これはこれで悪くないな。
「こんな姿で外なんか歩けませんよ!」
「大丈夫ピョン。とっても可愛いと思うピョン」
「そういう問題じゃないです!」
「サブロウもいいと思うピョン」
「お、俺に聞くんじゃねぇよ」
「顔が赤くなってるピョン。嬉しいんだピョン」
「ちげぇよ!」
「うぅぅぅぅぅ」
シェルラは体を抱えながら再びうずくまってしまった。かなり嫌がってる様子だ。なぜか下着姿の時よりも嫌そうだ。
「にしてもお前、どうしてこんな服持ってんだよ」
「偶然ピョン」
「本当か?」
怪しいな。この服はどう見てもシェルラのために用意された服としか思えない。さっきはスキルがランダムで決まるとか言ってたが、それも怪しくなってきたな。
「…...他のはないんですか」
「他はないピョン。それが嫌だったら後は全裸しかないピョン」
「そんなのダメに決まってるじゃないですか!」
「なら我慢するピョン」
「うぅぅぅぅぅ」
こいつ、なんだかシェルラをいじめて楽しんでないか。全裸といえば、こいつ確かシェルラに決闘を申し込まれた時にそんな条件を出してたな。シェルラが負ければ全裸のまま逆立ちで街一周だったか。結局勝負はどっちが勝ったのか分からないままだったが、まさかこいつ、その時の罰ゲームを今ここで実行しようとしてるんじゃないだろうな。だとしたら相当だぞ。
「さっサブロウ、行くピョン」
「行くって、どこにだよ」
「う〜ん……まずはギルドピョン」
「待ってください!私はどうしたらいいんですか!」
「私は知らないピョン。外に出たくなければずっとここにいればいいと思うピョン」
お前は鬼か。俺よりも魔王的だな。こんな姿でここに放置された日にはシェルラの性格からして一生動けなくなりそうだ。
「……行きます。行きますよ!」
シェルラは覚悟を決めたようだ。だがシェルラの体は小刻みに震えていた。本当に大丈夫か?
***
〈ラフレシア・ガーデン〉
-ツクバネの街-
▼ギルド
「あの…...あの人は大丈夫なんですか?」
「大丈夫じゃないだろうな」
「大丈夫ピョン」
「どちらなんですか?」
俺たちの視線の先にはテーブルの上でぐったりとしているシェルラがいた。かなりのダメージを食らったみたいだ。しばらくは立ち直れなさそうだな。というのも俺たちがいた宿屋からここのギルドまでそれなりの距離があり、その間にそれなりの数の住民とすれ違ったわけだが、そいつら全員一人残らずシェルラを見ていた。ガン見だった。男だろうが女だろうが、シェルラの格好に全く驚きを隠せないでいた。そのせいでシェルラは恥ずかしさのあまりここに着くなり倒れちまったってわけだ。
「それにしてもお二人の元気そうな顔が見れてホッとしました」
「元気じゃねぇよ。体のあちこちが痛くてしょうがねぇ」
「昨日の戦いの後、お二人が倒れた時にはヒヤヒヤしましたよ」
まさか、あれからもう1日たってたのかよ。だとしたら、やばいな。家に帰ったら母ちゃんに何を言われるか。
「お姉さんが私たちを助けてくれたピョン?」
「私というか、正確には街の人たちですかね。倒れているあなた方を宿屋まで運んでくださりました」
「それならお礼を言わないといけないピョン」
「とんでもない。むしろお礼を言わなければならないのは私たちの方です。あなた方がいなければこの街はあのモンスターによって完全に破壊されていたでしょう」
「モンスターといえば、他のモンスターはどうしたんだ。あいつ以外にももっとたくさんモンスターがいたはずだろ。そいつらはどうした」
昨日は結局ボクデンを倒すことで一杯一杯になっちまったが、本来なら街の中にいた魔物全てを倒すはずだった。シェルラが言うにはボクデン以上の脅威はいなさそうだったが、それでも魔物であるからにはその辺のモンスターに比べればかなり危険な奴らであることに間違いはない。放置なんかしてたら確実に被害が広がる。
「そのことについてなんですが、実はあなた方にギルドからの依頼があります」
「どんな依頼ピョン?」
「それは、この街を襲ったモンスターの討伐です」
「やっぱりまだいたのか」
「はい。ですが幸いなことにあの後モンスターたちはすぐにこの街を出て行き、今は散り散りになっている状態です」
「どれくらいいるピョン?」
「確認されているのはおよそ10体くらいです」
「そこそこ多いな。それで、どこにいるかは分かってるのか」
「それが……向かった方向がほとんどバラバラで、正確な位置までは分かっていないんです」
つまり見つけるところからやらないといけないってわけか。面倒くせぇ。
「できれば他の街に被害が及ぶ前に全て倒しておきたいのですが、引き受けていただけるでしょうか?」
「どうするピョン?」
「ん?どうして俺に聞くんだよ」
「私はサブロウの言う通りにするピョン」
「俺は別にギルドに入ってねぇだろ。だからお前が決めるのが筋だろ」
「そういえばそうだったピョン」
「それでしたらサブロウさんもギルドに加入する手続きをしていただければ…...」
「今更入るかよ!」
「そんな……」
俺はいずれ魔王になる男。何ものにも縛られねぇし、誰の下でも働くつもりはねぇ。それに一度決めたことを曲げるなんて男らしくねぇ。
「サブロウは頑固だからピョン」
「残念です」
「でもサブロウは優しいから依頼の手伝いはしてくれるピョン」
「だれがやるって言ったよ!」
「やってくれないピョン?」
「いや、別に、やらないとは……」
「どっちピョン?」
くそ…...言いづらい。それになんだその目は。断りづらいじゃねぇか。
「…...や、やるよ!やればいいんだろ!」
「よかったピョン」
「ありがとうございます」
「けど勘違いすんなよ。これは依頼を手伝うためじゃなく、俺のレベル上げのためにやるんだからな」
「分かってるピョン」
こいつ、なにニヤニヤしてんだ。気持ち悪いな。本当に分かってんのか。
「それじゃ早速行くピョン」
「もう行かれるのですか!?」
「善は急げピョン。サブロウも大丈夫ピョン」
「俺を誰だと思ってる。いつでも大丈夫に決まってんだろ」
「ですが、まだモンスターのいる場所もはっきりしてないですし、他にも説明したいことが……」
「それなら大丈夫ピョン」
本当に大丈夫かよ。一体どこからそれだけの自信が出てくるのか。こいつの言うことは全く当てにならないからな。
「さっ、行くピョン」
「おい、シェルラは置いてくのかよ」
「どうしてピョン?」
「どうしてって、シェルラがいなきゃ魔物の場所が分からないだろ」
シェルラには魔物がいる場所を特定する能力があったはずだ。それを使えば簡単に魔物を見つけることができる。これを利用しない手はないだろ。
「サブロウは忘れてるピョン」
「何をだよ」
「シェルラはもうそのスキルを持ってないピョン」
「そういえば……」
「だからシェルラは必要ないピョン」
そう、なのか?さすがにそこまで言わなくてもいいような…...シェルラの魔法があれば楽に魔物を倒せると思うが。
「だから早く行くピョン」
「おい」
どうやら完全にシェルラを放置する気のようだ。こんな場所にこのまま一人にするとか可哀想だろ。やっぱこいつシェルラに恨みでもあるのか?
「……どうして……」
「ん?」
「…...どうして私を置いていくんですか!」
俺たちが外に出ようとした時だった、シェルラは突然起き上がり大声を出した。元気にはなったみたいだな。
「ひどいじゃないですか!」
「シェルラも行くピョン?でも外に出ることになるピョン」
「それは……」
「無理しないほうがいいと思うピョン」
「……それでも、それでも行きます!魔物を倒すのは聖女である私の使命ですから」
シェルラは再び覚悟を決めたようだ。だが今度も体が小刻みに震えている。全く説得力がない。
「そこまで言うなら仕方ないピョン。それじゃ行くピョン!」
「はい!」
返事だけはいいな。シェルラは戦う気満々のようだ。だがこれを見る限り完全に自分が今どういう状態にあるのか忘れてるな。こりゃ、この先の展開はなんとなく予想がつく。