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恋耳うさぎと紐勇者  作者: Lio×りお
第1章 野原で戯れ、魔王(草)を目指す。
8/11

第8話 執念の一撃

〈ラフレシア・ガーデン〉

-ツクバネの街-


「…...あの魔物、喋るのか?」

「信じられません」

 ボクデンと名乗るそいつは間違いなくモンスターであるはずだが、俺らと同じ言葉を流暢に話した。もしユウガオの森であのラビットが喋っていることに驚いてなかったら、今頃奴の圧倒的なオーラと相まって腰を抜かしていたかもしれない。

「さて、そこの聖なる力を振るう者よ、我と戦ってもらおうか」

「私、ですか」

「おい。気をつけろよ。迂闊なことをする前にまずは奴を観察しとけ」

「は、はい」

 俺たちの前に堂々と立ちはだかるそいつは今の所すぐに攻撃してくる様子はない。腕を組んでこちらの出方をじっとうかがってやがる。クランド(あいつ)と違って見た目は普通というか、甲冑とかいう固そうな鎧を一切装備していない。むしろ俺と同じで動きやすそうな軽装といった感じだ。そして一番目を引くのは奴の腰に装備された一本の刀。あれが武器ってことか。クランドの使っていた刀に比べて長さは劣るみたいだが、代わりに小回りはきくだろうな。それ以外のことは何も分からない。相変わらず顔が黒くて見えねぇしな。何を考えてるのか全く分からないが、今のうちに奴のステータスを確認するくらいの余裕はありそうだ。名前は……〈The Samurai BOKUDEN〉…...また読めねぇ。ていうかこいつ、T(ターミナル)レアじゃねぇか!?しかもレベルが29!?こんなのやばいに決まってんだろ。勝てるわけがねぇよ。

「…...どうしましょう、サブロウさん。私、勝てる気がしません」

「び、ビビってんじゃねぇ。ビビったらそこで勝負が終わっちまうだろうが」

「はい……」

 シェラルがビビるのも無理はない。俺だって内心震えが止まらねぇからな。もちろんこれは武者振るいであって、断じてビビってるわけじゃねぇが。

「サブロウは下がってた方がいいと思うピョン。今回は危険ピョン」

「俺を足手まといみたいに言うんじゃねぇ!俺だって戦ってやるよ!」

「そうは言っても、武器がないピョン」

「それは……」

 こいつの言う通り、現状俺には装備できる武器がない。俺の魔剣は【勇者見習い】のスキルがなくなったことによって装備できなくなり、昨日ゲットした〈魔界新参の刀〉もレベルが足りなくて装備できない。残された手段は素手しかないが、あんな奴相手に拳だけで勝てるとは到底思えない。くそっ。武器さえあれば戦えるってのに。どっかに武器の一つや二つ落ちてねぇのかよ。

「……あっ。うさぎさん!サブロウさん!ご無事でしたか!」

「ん?」

 急に遠くの方から声がすると思えば、一人の女がこちらに近づいてきた。あいつは…...ギルドにいた奴じゃねぇか。名前は知らんが。

「はぁ、はぁ、はぁ」

「おい、大丈夫かよ」

「お知り合いですか?」

「この人はギルドで働いてる人ピョン。名前は…...そう言えば知らないピョン」

「お二人に会えて本当によかったです。この惨禍に巻き込まれて命でも落とすようなことがあっては困りますから。さっ、早く避難しましょう」

「そういうわけにはいかねぇよ。あいつがいる限りはな」

「あいつというのは……はっ!なんですかあれ!」

 女はものすごい勢いで俺の後ろに回り込んだ。おい。俺の後ろに隠れてんじゃねぇよ。ビビりすぎだっつうの。

「あれはモンスターなんですか?人ではありませんよね?」

「そうだよ。あれは魔物だ」

「魔物!?まさか、初めて見ました。すごいですね」

 さっきまでのビビリようから一転して興味津々に観察し始めやがった。依然として俺の後ろにしがみついてくるが。離れろ。暑苦しいんだよ。

「何やら数が増えてきたが、まぁ良いだろう。そろそろ始めるとしようか」

 そう言うとボクデンは腰から刀を抜き出した。銀色に染まったその刀身はまるで鏡のようで、奴の黒っぽい見た目のせいなのか余計に光り輝いているように見えた。切れ味は申し分ないってわけだ。

「いざ、参る!」

 ボクデンは刀を構えると同時にすぐに動き出した。速い。クランドとは比べようもないくらいの速さだ。もしかしたら〈ブルータル・エクス〉すら凌ぐかもしれねぇ。そんな速い上に刀まで装備してるとか反則だろ。

「大いなる光の精霊、我に加護を与えよ。〈ホーリーヴェール〉!」

 だがシェルラも負けてなかった。ボクデンが仕掛けてくる前に防御魔法を展開することに成功したのだ。それでもボクデンは止まらなかった。刀を軽く振り上げると、走ってきた勢いも乗せて防御魔法の壁に思い切り撃ち込んだ。その瞬間、耳を覆いたくなるような不協和音が襲ってきた。ものすごい衝撃だ。だがなんとか防御魔法は破壊されることなく持ちこたえた。

「なるほど、これが聖なる力か」

「大いなる水の精霊、敵に天誅を下せ。〈アクアパンツァー〉!」

 シェルラはすかさず攻撃魔法を放った。的確な判断だ。今までの相手なら攻撃を弾かれて大きく隙ができていたからだ。だが、ボクデンは違った。隙など全くできていなかった。むしろ完璧な体勢。まるで攻撃を待っていたかのようだ。

「ふん。〈五之太刀(ごのたち)玄武滝(げんぶろう)〉」

 ボクデンは初めに刀を大きく振り上げると、襲いかかってきた水流に対して垂直にそれを切り下ろした。そしてすぐさま刀を今度は横に構えると、水平に薙ぎ払った。十字を書くように振るった刀によってシェルラの攻撃魔法はあっけなく消滅した。

「そんな……」

「我にこの程度の魔法は通用せんわ」

「マジかよ」

 あいつ、まさか魔法を切ったってことか。そんなことできんのかよ。むちゃくちゃじゃねぇか。

「これで終わりか?」

「えっと……」

「もらったピョン」

「なにっ」

 突如としてあいつの刀がボクデンに襲いかかった。完全に不意をついた形だ。いつの間にあんなところに移動してたんだ。全く気づかなかった。シェルラの攻撃を陽動に使ったってことか。相変わらずせこい戦い方するな。せめて俺たちに事前に言っとけよ。

「…...良い攻撃だが、あまい」

「ピョン?」

「〈柳葉(りゅうは)〉」

「なに!?」

 垂直に切り下ろされた刀はなぜか空を切っていた。あいつの攻撃は確かに不意をついたはずだ。ボクデンには絶対に見えてない角度からの攻撃だった。そのはずなのに……かわした。奴は攻撃を全く見ることなくかわしてみせた。それもわずかに横に動いただけで。仮に後ろに目があったとしてもそう簡単にできる芸当じゃねぇ。

「〈四之太刀・白虎山(びゃっこざん)〉」

 かわされることを全く予想だにしてなかったあいつは完全に体勢を崩していた。そしてボクデンはそこを見逃すような奴ではなかった。下に構えられた刀があいつめがけて一気に振り上げられる。やばい。

「……〈ホーリーヴェール〉!」

「きゅっ!」

 もうダメだと思ったが、間一髪のところでシェルラの防御魔法があいつを守った。本当にギリギリだ。

「助かったピョン」

「はぁ、はぁ、今ので、先ほどの借りは、返しましたからね」

 すでにシェルラもかなり消耗してるみたいだ。そりゃそうだ。こいつと戦う前からずっと魔法を使いまくってるからな。この調子だとすぐにバテそうだ。だがここでこいつの力を失うのはまずい。いよいよマジでこいつに太刀打ちできなくなっちまう。

「やはりその力は厄介だな」

「おい。お前は少し休憩してろ」

「大丈夫です。まだ、いけます」

「サブロウの言う通りにするピョン。そうしないと勝てないピョン」

「どういうことですか?」

「あいつを倒すには光属性の力が有効なはずピョン」

「どうしてそんなこと分かるんだよ」

「魔物はみんな闇属性だから光属性の攻撃に弱いんだピョン」

 …...なるほどな。だからボクデンはさっきからシェルラを執拗に警戒してたのか。光属性の攻撃ってことは、〈ホーリーシャイン(あの魔法)バースト〉を当てればいいってことか。だがそれが分かってもかなりしんどいな。まずあいつに攻撃を当てること自体が至難の業だ。魔法の攻撃を平然と切り裂くは、後ろからの攻撃を振り返りもせずにかわすは。はっきり言って反則級だ。それにシェルラの体力を考えると長期戦になるのもまずい。マジでどうすりゃいいんだ。

「それなら一層私が頑張らないといけないじゃないですか」

「だからお前は体力を温存しとけよ」

「そうピョン。あいつに隙ができた時に魔法を打ち込むピョン」

「でもどうやってそのような隙を作るんですか。さっきも全く歯が立たなかったのに」

「それもそうだが……」

「そこはなんとかしてみせるピョン」

「相談は終わったか。我も退屈してきたのでな。そろそろ決着をつけるとしよう」

 ヤベェな。明らかにボクデンの様子が変わってやがる。まさか本気を出すってことか。もとから強かったってのに、これ以上強くなるとか勘弁してくれよ。

「私が相手をするピョン」

「我の目標はそこの魔術士だが、邪魔立てするというなら容赦はせぬ」

「おい。マジで気をつけろよ」

「大丈夫ピョン」

 そう言いながらボクデンに向かって刀を構える。いつになく真剣な顔だ。こいつの実力はまだ分からない所が多いからな、あるいはいけるかもしれない。

「強化魔法〈アタックフォース〉、〈ディフェンスフォース〉、〈パワーフォース〉、〈スピードフォース〉、〈ブレイドフォース〉、〈パラライズブレイド〉」

 …...ん?なにやってんだこいつ。まさか今の全部が強化魔法なのか?多すぎだろ。こんなに使えんのかよ。もはや何色なのか分からねぇくらいに光り輝いてやがる。

「すごいです。これだけの魔法が使える人はなかなかいません」

「さすがうさぎさんですね」

「行くピョン」

「っ!?」

 あまりの速さに目で追いかけることすらできなかった。スタートダッシュと同時にあいつとボクデンの距離は一気に刀の間合いとなっていた。さすがのボクデンも今の動きは予想できていなかったようだ。全く反応できてる様子はない。

「食らえピョン」

「……〈柳葉〉」

 それでもボクデンは焦らなかった。あいつの攻撃をわずかに体をそらすだけでかわしやがった。何回見てもムカつくくらい動きに無駄がねぇ。だがあいつも諦めずに何度も刀を振る。強化魔法のおかげなのか、とんでもない速さだ。速すぎて刀の軌道が重なってるようにさえ見える。あんなの人間の反応速度を軽く超えてる。なのに、ボクデンは全てをかわした。かすりもしねぇ。

「全然当たらないピョン」

「どれだけ攻撃が速くとも関係はない。むしろ速ければ速いほどかわすのも容易」

 くそっ。これじゃラチがあかねぇ。何か突破口はないのか。俺に扱える武器さえあれば加勢できるってのによ。このまま見てるだけなんてカッコ悪いにもほどがあるぞ。

「あの…...差し出がましいようですが、ひも……いえいえ、サブロウさんは戦わないのですか?」

「今の間違いも明らかにわざととしか思えねぇが、今はいいとして、戦いたくても戦えねぇんだ」

「どうしてですか?」

「今の俺に装備できる武器がねぇからだよ」

「武器ですか……サブロウさんのレベルは確か1でしたよね。クスッ」

「なに笑ってんだ!」

「申し訳ありません。それより、私の手持ちにいくつか武器がありますので、それをお使いください。()()()1()のサブロウさんにも装備できると思いますよ」

「レベル1を強調すんな!」

 この女…...俺のことを散々バカにしやがって。ギルドなんかに入らなくて正解だったぜ。こんな奴の下なんかで働けるかってんだ。だからこいつの助けも借りる気なんて更々ねぇ。

「さぁどうぞ。選んでください」

「別にいらねぇよ」

「そう言わずに」

「だからいらねぇって」

「もしよければ差し上げますよ。お礼は必要ありませんから」

「いらねぇもんはいらねぇ」

 こいつもしつこいな。アイテム欄にはかなりの数の武器が表示されているが、そんなもんに目を奪われるかってんだ。俺の相棒は魔剣(あいつ)だけだ。

「あっ!サブロウさん!大変です!」

 突然シェルラが大声をあげた。まさかあいつに何かあったのか。

「〈三之太刀・朱雀炎(すざくえん)〉」

「きゅぅ!」

 振り返った時にはすでにあいつは倒れていた。しかも全身にかなりの火傷を負っているようだった。

「どうしてあんなことに」

 ボクデンを見れば、奴の手に握られた刀の周りから火花のようなものが散っていた。間違いなくあの刀による攻撃だ。しかもそれがただの攻撃ではなかったことがすぐに分かった。

「あの魔物、属性攻撃が使えるようです」

「属性攻撃?なんだよその属性攻撃って」

「属性攻撃は通常の物理攻撃に魔力を込めることで魔法のような効果を与える攻撃のことです」

「てことはボクデン(あいつ)も魔法が使えるってことかよ」

「属性攻撃は魔法とは少し違います。属性攻撃はあくまで武器による物理攻撃であって、魔法攻撃ではありません。ただ、魔法が持つ属性としての効果は付与されています」

 …...なんだかややこしい話だな。合わせ技っつうか、いいとこ取りっつうか、まぁ要するに魔法もどきの物理攻撃ってことだろ。

「大いなる光の精霊、我らに祝福を授けよ。〈ホーリーキュア〉!」

 シェルラは俺への説明が終わるや否やすぐに回復魔法をかけていた。そこそこの距離があるにもかかわらずあいつの傷が確実に癒えてるのが分かった。

「おい、あんま魔法使うなよ。お前がバテたら元も子もねぇんだからな」

「分かってます。ですが……」

「…...もう回復は必要ないピョン。もう大丈夫ピョン」

 ゆっくりと立ち上がりながらも、フラフラしているその姿はどう見ても大丈夫そうじゃない。かなり深いダメージを負ってやがる。

「やっぱり私も戦います。さっきの属性攻撃は火属性。私の水属性魔法を使えば有利です」

「それはやめたほうがいいピョン」

「どうしてですか!」

 シェルラはかなり必死になって戦おうとしている。確かに今の状況となってはもうシェルラの力を借りざるをえない。二人が協力して戦えばまだ勝機はあるかもしれない。だが、当初の予定では、あいつがなんとかボクデンの隙を作ってからシェルラが強力な魔法を打ち込むというものだった。そうでもしなければ攻撃が確実に当たらないからだ。今下手にシェルラが戦いに加わっても体力を浪費するだけで攻撃が当たらない可能性の方が高い。それでも、何もしなければ状況は改善しない。くそっ。マジで俺たちはどうすればいいんだ。

「もう立ち上がる必要はない。今、楽にしてやるとしよう」

 ボクデンは休む暇を与えることなくすぐに刀を構えた。やばい。今のあいつに攻撃をかわせる体力が残ってるはずがない。こうなったら俺が行くしかねぇのか。だが武器もない状態でどうやって……

「やめてください!」

「おい!」

「来ちゃダメピョン!」

「まさか獲物の方からやってくるとは」

「大いなる水の精霊、敵に天誅を下せ。〈アクアパンツァー〉!」

 シェルラはボクデンに向かって走りながら魔法を撃った。猛烈な水流がボクデンを真正面から襲う。あれだけ魔法を使ってもなお威力は申し分ない。

「〈二之太刀・青龍嵐(せいりゅうらん)〉」

 だがボクデンはかわさなかった。むしろ自ら水流に向かって突進してきた。そして前方に構えられた刀の刃に水流が激突し、奴の姿が見えなくなる。しかしそれはほんの一瞬だった。ドーンと大きな爆発音とともに水流がいきなり爆発したかと思うと、ボクデンはシェルラのほぼ目の前に立っていた。

「そんな!?」

 どうしてあんな近くに。まさかあの魔法を斬りながら進んできたってのが!?やばい。シェルラにはもう奴の攻撃をかわすことも、防ぐこともできない。このままじゃ確実に斬られる。ダメだ。そんなのダメだ。俺が、俺がここで行かねぇと……だけど、今の俺に何ができる。武器もなければ、レベルもない。こんな俺に何が……

「さらばだ。聖なる力を振るう者よ」

「…...うおぉぉぉぉ!!!」

 考えてる暇なんてねぇ。頭を使う前にまず体を動かすしかねぇだろ。俺にできることなんてそんだけだ。

「おりゃあぁぁ!」

「なに奴」

 俺は全速力で走った。全ての力を振り絞った。そしてボクデンに飛びかかった。もはや攻撃とも言えないような俺の捨て身の突進はかわされることなくボクデンの腹あたりに激突した。そのままこいつを地面に倒すくらいのことはできると思ったが、甘かった。倒れるどころか全く体勢を崩してすらいない。まるで巨石にぶつかった気分だ。

「次から次へと邪魔が入る。しかし今回の邪魔はあまりにもお粗末だな」

「早く逃げろ!」

「えっ、えっと、はい!」

 体勢を崩すことができなかったとはいえ、時間を稼ぐことはできたようだ。その間にこいつからシェルラを遠ざけることはできる。後は俺だが……

「邪魔立てする者には決して容赦せぬ。ふん」

「ぐはっ!」

 背中あたりにとてつもない衝撃が走った。一瞬呼吸ができなくなるような感覚を味わった。全身から力が一気に抜けてそのまま地面に倒れ…...なかった。服を掴まれて体が宙に浮く。

「実に弱い。これほど弱い奴は見たことがない」

「ぐあっ!」

 ボクデンは俺を思い切り投げ飛ばした。地面に勢いよく落ち、猛烈な衝撃が全身を襲う。痛い。苦しい。

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 まじでヤベェな。ステータス画面を確認すれば今ので俺の体力は8割以上が削れてすでに真っ赤な状態になっていた。ははっ。やばすぎて逆に笑えてくるぜ。たかが一発投げ飛ばされただけだってのに、こんなにダメージ食らうのかよ。まぁそりゃそうか。レベル差は28。普通に考えれば死ななかっただけマシってことか。

「サブロウ!」

「サブロウさん!」

 …...うっせぇな。そんな心配そうな声出すんじゃねぇよ。俺は大丈夫だっての。こんなの俺にとってはピンチのうちにも入んねぇ。俺はいずれ魔王になる男だぞ。魔物ごときにやられてたまるかってんだ。

「私が回復に」

「そうはさせぬ」

 シェルラは俺に近づこうとしてるみたいだが、そんなことをすれば間違いなくボクデンに後ろから斬られる。何やってんだ。そんなことしてねぇでさっさと逃げろ。もう薄々気づいてんだろ。こいつには勝てねぇ。全てにおいて敵わねぇってことに。

「私が時間を稼ぐピョン。その間に回復するピョン」

「わかりました」

 あいつも多少は元気になったのか、ボクデンに向かって再び攻撃を仕掛ける。だがどう見てもさっきまでの俊敏さはない。あんなんじゃ返り討ちにあうだけだ。

「そうはさせぬと言ったはずだ」

 まずい。ボクデンはあいつの後ろからの攻撃を無視してシェルラに向かって走った。なにがなんでもシェルラを仕留めるつもりだ。

「……〈ホーリーヴェール〉!」

 だがシェルラはそれほど慌ててなかった。むしろボクデンの動きを読んでたみたいだ。ボクデンが攻撃を仕掛けようとする寸前のところで防御魔法を展開していた。うまい。これでボクデンを結果的に挟み撃ちにしたことになる。ボクデンはシェルラに攻撃する姿勢のまま。この状態ならさすがに後ろからの攻撃をかわせないはずだ。防御魔法で足止めをした隙に後ろから攻撃を叩き込む。これならいけるか。

「……万物必滅、無傷無敗の剣太刀ここにあり」

 しかしボクデンは攻撃することも、かわそうとすることもなく、なぜか刀を腰にしまった。な、なんだ。何をする気だ…...やばい。何がしたいのか想像もできないが、とにかく何かがやばいことはすぐに分かった。

「お前ら逃げ、ゲホッ」

「食らえピョン」

 ダメだ。声が出ない。もう間に合わない。

「〈一之太刀・黄竜天(こうりゅうてん)〉」

 …...一瞬、ほんの一瞬、世界が止まっているように感じた。目の前に一筋の煌めきが現れる。そして次の瞬間、突然全てが動き出した。

「きゃあぁぁぁぁぁ!!!」

「きゅぅぅぅぅぅぅ!!!」

 ガシャーンというガラスが割れるような大きな音とともに、金属と金属が打ち合ったような鈍く低い音が鳴り響く。そして束の間、二人はさっきまでいたはずの場所から後方へと大きく吹っ飛んでいた。何が、何が起きた。どうして二人は吹っ飛んだんだ。それがあまりにも一瞬のことすぎて状況を理解するにも時間がかかった。今分かることといえば、ボクデンの手に再び刀が握られているということ。だがそれ以外には分からない。しまったはずの刀をいつまた抜いたのか。そしてどうやって前と後ろの両側にいる二人に対して一度に攻撃を当てたのか。何も分からない。

「お前ら、大丈夫か…...おい、返事をしろ」

 しばらく待っても二人の返事はない。ぐったりと地面に倒れたままだ。まさか、やられたのか。嘘だろ。

「サブロウさん、大丈夫ですか」

 こんな状況にもかかわらずギルドの女は逃げることなく俺の近くに寄ってきた。かなり危険な行為だと思ったが、ボクデンは俺らになんの警戒も示してないようだ。こっちに目を向けることするしない。

「申し訳ありません。私に何か回復できる手段でもあればいいのですが」

「そんなことより、武器をよこせ」

「武器って……まさか戦うつもりですか!?無茶です!」

「そんなの関係ねぇ。俺はどんなモンスターが相手だろうと逃げるつもりはねぇ。たとえここで命が朽ちようと、絶対に背中を見せたりしねぇ」

「……サブロウさん。今までヒモなんて言って本当に申し訳ありませんでした。あなたは正真正銘の勇者です」

「やっぱ自覚はあったのか。ていうか俺は勇者なんかじゃねぇ。俺様はいずれ魔王になる男だ。覚えとけ」

「はぁ……」

「それより早く武器をよこせ。ナイフのやつだ」

「は、はい」

 すぐに俺の手元に〈ビギナーズ・ナイフ〉とかいういかにも弱そうなナイフが出現した。こんな武器であんな反則級の魔物とまともに戦えるとは到底思えない。だが、ないよりはマシか。

「本当に大丈夫ですか」

「当たり前だろ。これぐらいで倒れてたまるかってんだ」

 自分でも虚勢を張ってるということくらいは自覚している。すでに立つだけでも精一杯。全身が痛い。息も苦しい。まともに歩くことすらできないかもしれない。それでも、戦うしかねぇ。

「お前は下がってろよ」

「はい」

「おいこら。魔物野郎。俺が相手だ」

「まだ戦うつもりか。やめておけ。そなたの実力では勝負にもならぬ」

「なめやがって……行くぞ!」

「待ちなって」

「なんだ!?」

 せっかく気合い入れて攻撃に行こうとしたのに、誰だよ俺の邪魔をするのは。

「ていうかまたお前かよ」

 俺の足元には見慣れた白い羽毛のあいつがいた。今まで全く姿が見えなかったのに、一体どこから出てきたんだ。

「こんな時に何しに来た」

「ものすごくピンチそうだから助けに来たよ」

「お前の助けなんかいるか。まして今まで隠れてたような奴なんかの」

「そんなこと言わないで。君は少し冷静になった方がいいよ。君があのまま突っ込んでたらどう考えても死んでたよ」

「そんなのやってみなきゃ分かんねぇだろ」

「分かるって。あのモンスターは気合いや運でどうにかなるような相手じゃない」

「ならどうしろってんだ。先に言っとくが、俺に逃げるなんて選択肢はないからな」

「知ってる。君の性格はだいぶ理解してきたつもりだからね。僕が言いたいのは、つまりあいつの倒し方だよ」

「倒し方なんてあるのかよ」

「もちろん。どんな強力なモンスターだって倒せないことはない」

「ならもっと早くに言えよ」

「ごめんごめん。僕の調子が戻るのに少し時間がかかって、それに色々と調整することがあったから。でも今はもう全部大丈夫」

 確かにこいつの声がいつも通りに戻っている気がする。あの憎たらしい声だ。

「これから色々と説明するけど、時間がないから簡潔にいくよ。黙って聞いてね」

「おい、俺はまだ」

「黙って」

「……」

 結局俺はそのあと何も喋ることはできなかった。こいつの早口な説明を聞いて理解することで手いっぱいなってしまったからだ。だがこいつが説明した作戦は直感的に巧妙だと感じた。ややこしいように見えて案外シンプルなやり方だ。

「…...とまぁこんな具合になるわけだけど、一度のミスも許されないから覚悟しておいてね」

「分かってるよ」

 一度でも失敗すれば俺の命も、そしておそらく他の奴らの命もない。そう考えるだけで手足が震えそうになる。だが絶対に失敗するわけがねぇ。この俺が本気を出せば、あんなモンスターの一体や二体どうってことねぇぜ。

「それじゃ行くぞ」

「頑張ってね」

「なにやら相談していたようだが、奇妙な光景だ。よもや人間とモンスターが共闘しているとは。いや、そなたはモンスターではないのか?」

「喋ってる余裕なんてねぇぞ、この魔物野郎。俺が相手だ。うおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 全身から力が湧き上がってくる。ステータス画面を確認すれば、レベル1とは思えないほど軒並みのステータスが劇的に向上している。これも全てあいつの強化魔法によるものだ。それに、他にも隠し玉があるからな。これなら奴と戦える。

「俺の力を舐めんじゃねぇぞ!」

「〈柳葉〉」

 くそっ。ナイフで勢いよく斬りかかろうとしたが、ボクデンはあっさりと俺の攻撃をかわした。遠くから眺めてるだけでは感じなかったが、実際に体感してみると気持ちが悪くなる。まるでナイフ自体がこいつを避けているようだ。マジでどうなってんだ。いくら攻撃しても当たる気がしねぇ。

「少しは戦えるようだが、まだ足りぬ」

「余裕ぶっこいてんじゃねぇ」

 俺はとにかく攻撃しまくった。たとえ攻撃が当たらなくともこいつの足止めはできる。こうしてる間にこの作戦で最も重要な準備ができるはずだ。俺はなんとしてもそれが終わるまでにこいつの注意を引く。

「……なるほど。そなたらの意図することが見えてきた」

「なんだと」

「こうして時間を稼いであの魔術士の体力を回復させようとしてるわけか」

「だったらどうした」

「そなたには早々にどいてもらおう」

「そう簡単に行くと思うなよ」

「ふん」

「うわっ!」

 今までかわすだけだったボクデンがついに刀を振るった。ギリギリのところでかわすことはできたが一瞬でも遅れてれば確実に体が真っ二つになっていた。

「どこまでかわせるかな」

 くそっ。ボクデンの猛襲が始まってしまった。目にも留まらぬ速さで刀を振ってくる。俺としてもかわすだけで精一杯。少しでも集中力が切れた瞬間に刀が当たってしまいそうだ。こんな攻撃をかわし続けるなんて一分ももたねぇ。早く準備が終わってくれ。

「よくかわす。これではきりがない」

「どうした、へばったのか」

「〈三之太刀・朱雀炎〉」

「なにっ!?」

 ボクデンの手に握られた刀の刃が突然赤く輝き始めた。そして火花を散らし始める。これがさっきの属性攻撃ってやつか。やばいじゃねぇか。これは一旦距離をとって……

「はっ」

 刀が振り下ろされる。しかしその攻撃はそれほど速くはなかった。むしろ今までに比べれば遅いくらいだ。俺は余裕でかわした。なんだ、大したことねぇな。そう思った瞬間、全身を灼熱が襲った。

「あちいぃぃぃぃぃ!!!」

 刀が描いた軌道から突如として炎が沸き上がっていたのだ。こんなの物理攻撃でもなんでもねぇじゃねぇか。なにが属性攻撃だ。ただの魔法だろ。めちゃくちゃ熱い。こんなのまともに食らったら火傷じゃすまねぇぞ。それこそ体力を一気に削られていたに違いない。まぁ、まともに食らったら、の話だが。

「…...まさかこの攻撃を受けても尚倒れぬとは」

「はぁ……はぁ……はぁ……どうだ、見たか。これが俺の実力だ」

「自慢するほど平気には見えんが」

 確かに俺の体力は今の攻撃で間違いなく九割九分削れたことだろう。立ってるのもやっと。めまいで今にも倒れそうだ。それでも俺はまだ死んでない。体力が残されているからだ。これが俺の切り札。強化魔法〈ピンチアーマー〉だ。これがあればどれだけ致命傷の攻撃を受けようともしばらくは死なずに立っていられる。

「立つだけで精一杯という顔だな。だが容赦はせぬ」

「来やがれ!」

「ふん」

「がはっ!」

 全身に猛烈な激痛が走る。刀による攻撃が完全に命中した。体が今にも裂けてしまいそうだ。痛い。熱い。やばい、意識が、遠のいていく。いくら死なないとはいえ、これ以上こんな攻撃受けてたら気絶しちまう。

「はぁ……ぁ……ぁ……」

「まだ倒れぬか。倒れた方が楽になれるぞ」

「誰が……倒れるかよ……」

「そうか。ふん」

「うがっ……息が…..」

 首元に鋭い一撃が入った。まるで喉が潰れちまったみたいに息ができなくなる。俺は立つことすらできずに地面に倒れた。もう限界だ。全身が痛い。呼吸もまともにできねぇ。こんなの、死んだ方がマシだ。

「啖呵を切った割にもう限界か。だが、まだ死んではいないようだな」

「……」

「再び邪魔立てされぬよう、ここでトドメを刺しておくか」

「ぐあぁぁあぁぁぁあああぁあぁぁぁぁ!!!」

 背中に何かがゆっくりと突き刺さってくる。肉と肉が引き裂かれて内臓にまで届きそうな勢いだ。ダメだ。意識が、もたねぇ。くそっ。俺にはまだ、するべきことがあんのに。こんなところで……こんなところで…...

「死んだか?それとも気絶したか?まぁどちらでもよいか」

「サブロウさんから離れてください!」

「ほう。まさか復活したか、聖なる力を振るう者よ」

「これで最後です。私があなたを倒します」

「無駄なことだ。我にそなたの魔法はきかぬ」

「そんなことありません。私には大聖人様のお導きと、そして何よりサブロウさんとうさぎさんが作ってくれたこのチャンスがあります。この魔法で絶対にあなたを倒してみせます」

「その輝き……なるほど。そなたの言うことは本当らしい。しかし、その魔法、かなり溜めが必要のようだな。そなたにそれだけの猶予を与える我ではない」

「速い!」

「そうはいかないピョン」

「そなたは、姿が見えなくなったと思えば、一体どこから」

「シェルラの魔法をおとなしく食らってもらうピョン」

「このままではそなたもあの魔法を受けることになるが」

「別に私は構わないピョン。お前が倒せればそれでいいピョン」

「共倒れの覚悟ということか。よい心がけだが、我はこのようなところで倒れるつもりはない」

「何が言いたいピョン」

「〈二之太刀・青龍嵐〉」

「きゅぅ!!!」

「これで邪魔者も全ていなくなった。終わりだ、聖なる力を振るう者よ」

「…...終わりではありません」

「この期に及んで何を言うか。強がる必要などない。この勝負、我の勝ちだ」

「……」

「今そなたの命も終わらせ………...ん?何か背中に…...体が動かぬ。なぜだ」

「………...待ってたぜ。お前が油断する時をな」

「まさか……」

 ボクデンは体が痺れて一歩も動くことができない。なぜなら、俺が投げ放ったナイフが奴の背中に命中したからだ。強化魔法〈パラライズブレイド〉。ナイフに付与されたこの強化魔法が効果を発揮している。これで今ならどんな攻撃だって当たる。

「シェルラ!決めろ!」

「大いなる光の精霊、敵に天誅を下せ!〈ホーリーシャインバースト〉!」

「…...なるほど。これがそなたらの実力ということか。どうやら我の完敗のようだ。見事」

 特大の魔法攻撃がボクデンを包み込むと同時に、強烈な爆音と爆風が辺りを襲った。これまでの魔法とは比較にならないほどの威力だ。これもシェルラが時間をかけて魔力を溜めた結果だ。しばらく顔を上げることができなかったが、爆風が収まって顔を上げてみると、そこにボクデンの姿はなかった。跡形もなく消し飛んだようだ。これで……終りか。

「うっ」

 再び全身から力が抜けていった。安心したからか、それとも本当にこのまま死んじまうのか。俺には分からない。全ては運命次第か。俺にできることは寝るだけだな。次に目覚めた時、俺は生きてるか死んでるか。もし死んで生まれ変わるとしたら俺は間違いなく魔王になってるだろうな。楽しみだ。

※公開情報※

・〈ディフェンスフォース〉…強化魔法。無属性。一定時間、受けるダメージ量を軽減する。

・〈パワーフォース〉…強化魔法。無属性。一定時間、筋力のステータスを大幅に底上げする。

・〈スピードフォース〉…強化魔法。無属性。一定時間、素早さのステータスを大幅に底上げする。

・〈ブレイドフォース〉…強化魔法。無属性。一定時間、武器による攻撃の威力を底上げする。

・〈パラライズブレイド〉…強化魔法。無属性。一定時間、武器に麻痺効果を付与する。

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