第7話 魔界からの来訪者
〈ラフレシア・ガーデン〉
-ツクバネの街近郊-
▼民家
「お邪魔します」
はぁ、はぁ、はぁ、どうにかシェルラを家まで連れきた頃には俺の腕は限界を軽く超えていた。それに体力の方も前に比べてかなり落ちたのがすぐに分かった。しばらく動ける気がしねぇ。はぁ。
「大丈夫ですか?」
「……大丈夫だよ」
シェルラの方はだいぶ回復したようで、支えなしでも立つくらいのことはできるみたいだ。にしても回復が早いな。さっきまでヘロヘロだったくせに。これも魔法の力か何なのか?
「それにしても、他に家の人はいないんですか?」
「そうみたいだな。あとその辺に座っていいぞ」
「ありがとうございます」
ついてることに母ちゃんはどっかに出かけてるみたいだ。もし街の方に行ってたら、さっきの騒ぎを聞きつけてるかもしれねぇな。それはそれでかなりまずい気がするが、まぁだとしても、説明する手間が省けてよかったと思うことにしておこう。
「それで……あの……」
「なんだ」
「聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」
「聞きたいこと?俺にか?むしろ俺の方がお前に聞きたいことが山ほどあるぞ」
聖女や魔法のことについてもそうだし、こいつ自身のことについても聞きたいことはある。それに、こいつがいきなりあいつに決闘を申し込んだ理由も気になってたんだ。それはつまり俺の知らないあいつの情報をこいつは持ってるってことになる。これを聞き出すに越したことはない。あいつの弱みも握れるかもしれねぇしな。
「それではお互いに情報交換をしませんか」
「別にいいけどよ、で、お前は俺に何が聞きたいんだ」
「あの恋耳うさぎさんという方についてです」
「あいつのことか。先に言っとくが、あいつについて知ってることなんてほとんどないぞ」
「本当ですか?」
「別に隠してるわけじゃねぇよ。そもそもあいつに出会ったのは今朝のことだったんだからな」
「そうなんですか!?それにしてはとても仲が良いというか、息が合ってるような気がしましたが」
「合ってねぇよ!あいつが勝手にくっついてくるだけだっつうの」
「それはどうして」
「そんなの知るか。俺が知りたいくらいだ」
「はぁ……」
あいつが何を考えてるかなんてさっぱり分からねぇ。分かってることといえば、ただ俺のことをおちょくって楽しんでるってことぐらいだ。本当に腹がたつやつだ。他にも一応あいつが〈ホワイト・ラビット〉の方のあいつと関わりがあるのは確かだが、まぁ聞かれたわけでもねぇし言う必要はないか。
「それよりお前、聖女なんだろ」
「はい」
「どうして聖女があいつを連れて行こうとしたんだ。そもそも聖女ってのは今何してんだ」
「それは……」
シェルラは明らかに言いよどんでいる。何か話しづらいような事情でもあるんだろう。別に俺も無理やりにでも聞き出したいとは思わないが、気になるには気になるからな。
「……あなたは私を助けてくださいましたし、感謝の意も込めてお話ししましょう」
「そりゃ助かる」
「何からお話ししたらいいでしょうか」
「まずは聖女について聞かせてくれ」
「聖女ですか……聖女とはカセンドラルにおわします大聖人様に仕える女性のことを言います。そして聖女の役割は元来、魔王を討伐せんとする勇者のサポートをするというものでした」
「だが今は勇者も魔王もいないじゃねぇか」
「はい。ですから、言ってしまえば今の聖女はほとんど名ばかりの存在。今現在行なっていること言えば一日中、大聖城の中にこもって神に祈りを捧げるくらいのものです」
「なんだそりゃ。そんなのやっててつまんなくねぇか」
「それは……確かに聖女の中にも現状に不満をこぼす人もいるのは事実です」
「お前は違うのか」
「わ、私は、そんなこと思ってません!断じて思ってません!これも全て聖女としての重要な仕事ですから!」
「本当にそう思ってんのか」
「うぅぅぅぅぅ〜」
目を背けやがった。分かりやすいやつだな。どう見ても無理してんだろ。
「…...ほんの少しだけ、ほんの少しだけ退屈だとは思ってます」
「ほらな。俺だったらそんな暇そうな場所とっとと抜け出してモンスターと戦いに行くってもんだ」
「モンスターですか」
「お前もそうすればいいじゃねぇか。さっきの決闘を見てる限り、お前強いんだろ」
「そんな……」
あの魔法の力はこの俺も素直に強力だったと認めるしかねぇ。確かにこいつの体力には問題がありそうだが、それ以上にあの攻撃も防御も一度にこなせる器用さと瞬発力は相当なもんだ。使えるもんなら俺だって使ってみてぇ。
「私はあまり戦うのは好きじゃないんです」
「はっ?けどお前、いきなり決闘するとか言い出してたじゃねぇか」
「あれは…...ああするしか他に方法がないと思って」
「他にも話し合いとかがあるんじゃねぇのか。まぁあいつが話し合いに応じるとは思えねぇが」
あいつの場合口よりも先に手が出るようなタイプだからな。それで状況が悪くなったら逃げるようなやつだ。
「にしても聖女ってのは案外物騒な発想を持ってるんだな」
「一応カセンドラルにいた頃は他の聖女と模擬戦のようなことはしてました」
「模擬戦ねぇ。けどお前、モンスターと戦ったことないだろ」
「ありませんけど…...それがどうしたんですか?」
「モンスターじゃなくても、死ぬ気で戦ったことがないだろって話だ」
「…...何が言いたいんですか?」
「お前の戦い方は全然ダメだってことだ」
「えぇ!?どこがですか!」
「まずお前は攻撃が甘い。どうして防御魔法を使ってる間もっと攻撃しないんだ。それに最後の魔法もそうだ。もっと早くに使ってりゃお前が確実に勝ってただろうな」
シェルラが最後に使った魔法、〈ホーリーシャインバースト〉だったか。あれは確かに強力な魔法だったが、強力すぎるが故に自分にも強い反動が返ってきてその結果共倒れになったわけだ。俺だったらもっと早く、あいつが立ち上がる前に使っただろうな。
「確かに……」
「それとお前は喋りすぎだ。相手がモンスターならともかく、生身の人間相手にして喋ってる暇があったらさっさと攻撃しろよ。戦いってのは会話することじゃねぇぞ。バカなのか」
「うぅぅぅ〜。そこまで言わなくても……」
「あいつとの戦いで勝ちたいならお前はもっと実戦経験を積むべきだな」
「…...なるほど。すごいですねサブロウさん」
「ま、まぁな」
これもあいつの受け売りだが、俺だって元から分かってたんだからパクってはねぇよな。
「サブロウさんはやっぱりたくさんのモンスターと戦ってきたんですね」
「当たり前だろ。戦わねぇとレベルは上がらねぇからな」
「レベルですか。サブロウさんはどうしてレベルを上げてるんですか?今の世界、レベルを上げても特に何かいいことがあるわけでもないと思いますけど」
「うるせぇ!俺はレベルを上げまくってこの世界で一番強くなんだよ。そんで最終的にこの世界を支配する魔王となるんだ」
「魔王!?どうしてそんなものになるんですか!せっかく世界が平和になったのに」
「平和になって何かいいことでもあったのかよ。お前たち聖女は平和になったせいで退屈してんじゃねぇのか」
「それはそうですけど……でも絶対にダメです!それにあなたが魔王になったら、私もあなたと戦わないといけなくなってしまうじゃないですか」
「俺は別に構わねぇよ」
「冗談はやめてください」
ちっ。まぁ他のやつに俺の野望が理解できなくてもしょうがねぇか。魔王は常に孤独な存在。誰の助けも理解者も必要ねぇ。俺に必要なのは強大な力だけだ。
「もうビックリしましたよ。次はあんなこと言わないでくださいね」
「ふん。それより話を戻すが、結局お前はどうしてあいつに会いに来たんだ。偶然通りがかったわけじゃねぇんだろ」
「実は、この辺りで魔物の反応があったんです」
「魔物の反応?どういう意味だ?」
「私たち聖女は固有のスキルによって魔物を探知しやすくなっているんです。そしてついこの間、この辺りで微弱ながらも魔物の反応を捉え、すぐに大聖人様のご要請によって私がこの場所へ派遣されました」
「魔物ねぇ。それで、どうしてお前はあいつを連れて行こうとしたんだ。あいつが魔物だって言いたいのか」
「それが…...私にもよく分からないんです」
「はっ?どういうことだよ」
「私のスキルには反応がなかったんですけど、あの人を見たとき、魔物の気配がしたんです」
気配って、つまり直感てことか。何のためのスキルだよ。確かにあいつは人間とは思えねぇようなところがかなりあるが、魔物って感じはしねぇな。どちらかと言えばあのラビットの方が魔物って感じだ。現に俺も最初はそう思ったからな。
「そもそも魔物ってのはなんなんだよ」
「魔物は魔界に住むモンスターのことです。人間界のモンスターに比べて気性が荒く、強力だと言われています」
「お前は見たことあんのかよ」
「私は……実は、ありません」
「そりゃそうだろうな」
魔王がやられて魔物が出現しなくなってからかなりの時間が過ぎてんだ。今生きてるやつの中で魔物を見たことがある奴なんて一人もいねぇだろうな。
「ですが文献でなら見たことがあります。全体的に黒っぽい見た目をしていて、体の周りには禍々しい瘴気のような霧が漂っているそうです」
…...黒?瘴気?ん?どこかで見たことがあるような特徴だな。気のせいか?
「中には人型の魔物もいるらしく、まるで人間のように賢いとか」
…...いやいやいやいやいやいやいや。これはどう考えても気のせいじゃねぇだろ。〈ブルータル・エクス〉にクランドとか言う人型のモンスター。こいつの言ってる特徴と完全にあってるじゃねぇか。つまり俺が戦ったのは魔物だったってことか。まじかよ。どうしてあんなただの森に魔物がいるんだよ。大事件じゃねぇか。
「どうかしましたか?」
「…...な、なんでもねぇよ」
「そうですか。ところでサブロウさんはこの辺りで魔物らしきモンスターを見かけませんでしたか?」
「い、いや」
とっさに否定しちまったが、このことをこいつに伝えるべきなのか?別に俺が何か悪いことをしたわけでもねぇが、なんだか気が進まねぇな。そもそもあのモンスターたちを最初に見つけたのは俺ではなくいつもあいつであって、それにあいつ、あのモンスターたちのことについてかなり詳しいみたいだったしな。俺ではなくあいつの口から喋らせたほうがいいだろ。
「私のスキルが正常であれば間違いなくこの辺りで魔物が出現したはずなんですが、どこに行ってしまったのでしょう」
「どっかの誰かが倒したんじゃねぇか」
「それならいいんですが……はっ!痛っ!イタタタタ」
「なにやってんだ」
突然シェルラは勢いよく立ち上がった。そして勢いのあまり足をテーブルにぶつけた。かなり痛そうだ。ドジにもほどがあるだろ。もう少し落ち着いて行動しろよ。
「ま、魔物の反応です!この近くに魔物が出現しました」
「魔物だと。近くってどこだよ」
「あちらの方角です」
シェルラは涙目になりながらも必死に指差した。そっちは……ユウガオの森がある方だ。魔物が出てもおかしくねぇな。それにあの場所に魔物が出たってことはもしかしたらあいつがいるかもしれないな。
「私は魔物を倒しに行きます」
「お前一人で大丈夫かよ。まだ完全に回復してるわけじゃねぇだろ」
「私は大丈夫です。それに、少しでも遅れたら周囲に被害が及んでしまうかもしれないじゃないですか」
シェルラの目は本気だ。これは止めても意地でも行くだろうな。まぁこいつがどうなろうと俺には関係ないことだが、一度助けた奴がみすみすやられるのを見逃すのは気分が悪い。こいつ一人じゃやっぱ心配だしな。
「しょうがねぇ。俺もついてってやるよ」
「本当ですか!ありがとうございます!サブロウさんがいれば百人力です」
「お、おう」
そんな期待をするな。俺のレベルは1だぞ。もしこの前戦った程度のモンスターだとしたら全く戦力にならないかもしれん。
「それでは急ぎましょう」
まぁここで細かいこと考えてもしょうがねぇか。後のことは後で考える。今は目的の場所に向かうのが先決だ。
***
〈ラフレシア・ガーデン〉
-ユウガオの森-
「不気味な場所ですね。とても嫌な予感がします」
確かに。なんだか前に来た時よりも薄気味悪さが増してないか。俺とシェルラは森の奥まで進んだ。シェルラ曰くこの先に魔物がいるようだ。
「魔物の数とかは分かるのか」
「すみません。私の力では数までは……ですが、一匹ではないと思います。私のスキルがかなり強く反応してるので」
そりゃヤベェな。一度に大群で攻められたらあっけなくやられるだけだぞ。ここは慎重に行ったほうがいいんじゃねぇか。
「おい、もう少しゆっくり」
「見てください!あそこにモンスターがいます!」
言ってるそばからなに大声出してんだよ。敵に気づかれちまうだろうが。
「ん?あれは……」
シェルラが指差した方向に目を向けると、そこには一匹のモンスター、いや一羽のモンスターが倒れていた。〈ホワイト・ラビット〉だ。それも右耳の先がハート型になってるってことは、間違いなくあいつだ。思った通りここにいたか。
「ですがあれは普通の〈ホワイト・ラビット〉でしょうか?でもどうしてこんな場所に?」
「おーい。なにそんなとこで寝てんだ。起きろ」
「サブロウさん?どうしたんですか?」
俺は声をかけても一向に起きそうにないあいつのところに駆け寄った。あいつには聞きたいことが山ほどあるんだ。こんなところで呑気に寝させてる場合じゃねぇ。
「おい。さっさと起きろ」
「……」
全然起きる気配がねぇ。これは寝てるって感じじゃねぇな。なんだ?まさか気絶してんのか?
「…...サブロウさん!危ない!」
「えっ」
こいつに気を取られて周囲への警戒を完全におろそかにしていた。シェルラの言葉が届いた時にはすでにそいつの刃が俺の頭上に迫っていた。当たる。
「くっ」
その瞬間、ガシャーンという大きな音が耳の奥まで響いてきた。そして俺を切り裂こうとした刃はギリギリで空を切った。あぶねぇ。その隙に俺は全力で距離をとり、シェルラの近くに戻った。
「今のはシェルラがやったのか」
「はい。間に合ってよかったです」
見ればシェルラの右手には例の杖が握られていた。つまり防御魔法を使ったわけだ。
「すまねぇ。おかげで助かったぜ」
「構いません。それで、どうしてそのモンスターをかばったんですか?」
俺の腕の中にいるこいつは依然として目を覚まさない。さっきの音を聞いても起きないってことは、まさか死んでないだろうな。
「その説明は後だ。それより先にあいつをなんとかするぞ」
俺に斬りかかろうとしたそいつの姿を見て背筋に寒気が走る。クランド。おそらく俺が昨日倒したやつとおんなじモンスターだ。全身を甲冑とかいう奇妙な防具で武装し、頭部を二本の角が生えた防具で守っている。そして奴の周囲には相変わらず黒っぽい霧のようなものが漂っている。
「あれは…...人ではないですよね。もしかしてあれが魔物ですか」
「だろうな」
「下がっていてください。ここは私が」
「気をつけろよ。そいつの攻撃はかなり速いぞ」
「どうして知ってるんですか?」
「それは…...ただの勘だ」
「そう、ですか」
かなり無理があったが、今はそんなことを気にしてる場合じゃない。クランドは俺たちの方に真っ直ぐ歩んできている。すぐにでも攻撃してきそうな様子だ。そのことにシェルラも気づいたようだ。右手の杖をクランドの方に向けながら臨戦態勢に入る。
「この私がお相手させていただきます」
「無理するなよ。倒れたら元も来ないからな」
「分かってます」
少し心配だが、シェルラのやる気と自信を表すかのように杖の先が軽く輝きだした。そしてクランドの方も歩みを速めて一気に距離を縮めてくる。すぐに奴の攻撃が当たる間合いになる。
「大いなる光の精霊、我に加護を与えよ。〈ホーリーヴェール〉!」
シェルラの反応は速かった。クランドが攻撃を繰り出すよりも前に防御魔法による壁を周囲に展開することに成功した。それでもクランドは長い刀を猛烈な勢いで振り下ろしてくる。だがその攻撃がシェルラに届くことはなく、金属と金属が打ち合うような鈍いを音を立てながら弾かれた。
「大いなる水の精霊、敵に天誅を下せ。〈アクアパンツァー〉!」
攻撃が弾かれたことによって大きな隙を見せたクランドをシェルラの攻撃魔法が襲った。クリティカルヒットだ。クランドの体は後方に大きく吹っ飛んだ。かなりのダメージが入ったのがすぐに分かった。クランドはなかなか起き上がれない。
「大いなる光の精霊、敵に天誅を下せ。〈ホーリーシャインバースト〉!」
巨大な光の玉がクランドの体を完全に覆うと、そのまま勢いよく爆発した。強烈な衝撃が俺たちの方にも返ってくるが、今回は何の問題もないようだ。シェルラは魔法を使った後もその場で立っている。そしてクランドの方はといえば、その姿はなかった。今の攻撃で間違いなく消滅したのだ。
「やりました。やりましたよサブロウさん!私、魔物を倒しました!」
「…...嘘だろ」
これは現実か?瞬殺じゃねぇか。俺があんなにも苦労して倒したあのモンスターをこんなあっさりと倒しやがって。こいつがすごいのか、それとも魔法がすごいのか。どちらにせよ俺のあの苦労とは一体……
「あの魔物を倒せたのもサブロウさんのアドバイスのおかげです。ありがとうございます」
「別に礼を言う必要はねぇよ。お前が単純に強かっただけだろ」
確かにこいつにアドバイスはしたが、こんな短期間でしかもいきなりの実践で実行できるなんて思ってもいなかった。こいつ、普段はアホなのかドジなのか分かんないような女だが、戦いの才能があるのかもしれねぇな。まぁ俺の方がまだまだ上だがな。
「サブロウさん、気をつけてください。まだ魔物の反応はあります」
やっぱあいつだけじゃないのか。それにもしも2匹や3匹よりも多くいるとしたらかなりヤベェな。いちいち相手してたら間違いなくシェルラの体力がもたないだろう。今の戦いの後でもシェルラは多少だるそうにしてたからな。あと戦えて2匹くらいが限界だろう。俺が戦えればいいが、装備できる武器もなければまともに戦えるようなレベルもねぇ。俺は一体どうすればいいんだ。
「うっ……う……」
俺の腕の中で何かが動くのを感じた。こいつ、やっとの起きたのか?
「おい。起きろ」
「うっ……ここは……あれ?」
「やっと起きたか。お前、今がどんな状況か分かってんのか」
「サブロウ?どうしてここに?」
「それはこっちのセリフだ。お前、こんなところで何してんだよ」
「えっと確か……」
「サブロウさん?誰と話してるんですか?」
「誰とって、こいつだよ」
俺が腕に抱えた〈ホワイト・ラビット〉もどきを突き出すと、シェルラは明らかに納得できないような表情になった。
「……モンスター、ですよね。モンスターが喋るんですか?」
「そりゃこいつはモンスターだが………………………ん?」
どういうことだ?モンスターは普通喋らない。そしてこいつは間違いなくモンスターだ。てことは……
「どうしてこいつ喋ってんだ!?」
「わっ!びっくりした。急に大声出さないでよ」
「今喋りました!?」
どうして今まで気づかなかったんだ。こいつがモンスターだってことは分かってたはずなのに、喋ってることに全く違和感を感じてなかったなんて。どう考えてもおかしいだろ。
「お前、どうして喋ってんだ」
「ありゃ、ばれちゃったか。油断してたよ」
「ありえません。モンスターが人間の言葉を話すなんて」
「君は確か……ふむふむ。シェルラっていうのか。よろしくね」
「え、えっと、は、はい。こちらこそ、よろしくお願いします」
なに普通に挨拶してんだよ。シェルラのやつかなり混乱してんな。そう言う俺もかなりの衝撃を受けだが。
「お前、一体何者なんだ。どうしてモンスターのくせに喋ってんだ」
「それはまた次の機会にでも話すよ。僕も今かなり立て込んでてね。不安定な状態なんだ。声もちょっと変だろ」
そう言われると、前に聞いた時の声とは少し感じが違うかもしれない。風邪気味の声というか、声が遠くなったというか、微妙に聞き取りにくい声って感じだ。
「まぁそんなことより、今はもっと大変なことについて考えないと」
「モンスターが喋ること以上に大変なことなんてあるのか?」
「サブロウ、ここに来るまでにモンスターに会ったかい?」
「モンスターならさっき倒したよ。魔物のことだろ」
「よく知ってるね。話が早くて助かるよ」
「なんだよ話って。お前がここに倒れてたことと関係してんのか?」
「そうだね。どこから説明したものか…...まぁ細かい話は省くとして、とにかく今は魔物をなんとかしないと。君、聖女なんだろ。魔物がどこにいるか分かるんじゃないの」
「えっと、大体の場所なら。この辺りにもまだ何匹かいると思います」
「どれくらいのレベルか分かる?」
「正確な数字までは……でも、私より高いレベルのモンスターはいないと思います」
「そっか。なら安心だ」
「何が安心なんだよ。魔物がその辺にうじゃうじゃいるかもしれないんだぞ」
シェルラのレベルがどんなかは知らないが、数に物を言わせて襲ってきたらさすがに倒しきれないだろ。まさかこいつが戦うって言うのか。確かにこいつもモンスターのくせに強化魔法が使えたな。
「さっきも言ったように今の僕は不安定でね、運悪く変な魔物がここ以外の場所に出てきちゃうかも……あっ。やばいかも」
「どうしたんだよ」
「きゃあぁぁぁ!!!」
なんだ。突然シェルラが甲高い悲鳴を上げた。何かに怯えてるみたいだ。体が小刻みに震えている。
「どうした」
「…...大変です。魔物がまた現れました。それも、かなり強力な魔物です」
「どこに現れたの」
「あっちの方です。ここから少しだけ遠いところだと思います」
シェルラが指差した方向は俺たちが来た道の方だった。あっちの方向ってことはつまり…...俺の家!?いや違うか。正確に言うと少しずれてるから、まさかツクバネの街?
「街の方に出たみたいだね」
「だがおかしいだろ。街にモンスターが現れるなんて聞いたことねぇぞ」
「魔物は確かにモンスターだけどそれは魔界での話だからね。システム上は人間界ではモンスターとして認識されないんだよ」
「どういう意味だ」
「そんなことより早く行かないと。街が大変なことになっちゃう」
「早く行きましょう!」
「おい、お前ら」
俺を置いてあいつとシェルラは一目散に走り出した。マジか。ここから街まで走るのかよ。相当な距離があるんだぞ。大丈夫か?着いた時にへばってても知らねぇぞ。
***
〈ラフレシア・ガーデン〉
-ツクバネの街-
『キャアァァァァァァ!!!』
『どうしてモンスターが!?』
『逃げろ!』
俺たちがツクバネの街に入ろうとした時には逆に街の外へ出ようとしている連中で溢れかえっていた。どいつもこいつも何か怯えたような、恐怖に掻き立てられた表情だ。なんとか人混みをかき分けながら街の中に入ったが、その瞬間俺は自分の目を疑った。嘘だろ…...本当にここがツクバネの街なのか?
「こんなの……ひどい」
街のありとあらゆるところが破壊されていた。道路の舗装は剥がされ、建物にはヒビが入ったものからほとんど崩れてしまっているものもある。あたりからは火事による煙が立ち込めている。散々な状態だ。どれだけのモンスターだ出てきたらこんな被害になるんだよ。
「見てください!モンスターです!」
シェルラが指差した先には確かにモンスター、というか魔物がいた。初めて見るやつだ。名前は……〈フュリアス・レオ〉。レベルは17か。かなりやばそうだ。あいつもブルータル・エクス〉と同じで全身を鎧みたいな防具で武装してやがる。そして何よりやばそうなのがあの口から生えてるとんでもなく長い牙だ。あんなの噛みつかれたらひとたまりもないぞ。
『うわぁぁぁ!!!』
「まずい」
魔物は近くに倒れていた男を見つけるとそいつめがけて一気に飛びかかった。見た目の割にかなり俊敏だ。ダメだ。俺の足じゃ絶対に間に合わねぇ。
「……〈ホーリーヴェール〉!」
男に噛みつこうとした魔物の攻撃は間一髪のところで弾かれた。シェルラが瞬時に放った防御魔法のおかげだ。だが安心してる暇はない。魔物は攻撃が防がれたことに苛立ったのか、どう猛な雄叫びをあげると、ターゲットをその男からシェルラに変更するや否や猛突進を仕掛けてきた。速い。あまりの対応の早さにシェルラも不意をつかれたみたいだ。この距離じゃ魔法が間に合わない。
「…...〈アタックフォース〉」
「これは……」
「よけるピョン」
シェルラの周囲を赤みがかった光が包み込む。これはあいつの強化魔法。てことは……やっぱり。俺の後ろにいたのはラビットのあいつではなく、人型のあいつだ。変なタイミングで現れやがって。今までどこに行ってたんだ。
「……〈アクアパンツァー〉!」
シェルラはすでに魔物の突進攻撃をかわしていた。あの強化魔法のおかげで素早さが格段に上がってるはずだからな。隙ができたところですかさず攻撃魔法を打ち込むと、魔物は大きく吹っ飛ばされ、壁に激突した。
「大いなる光の精霊、敵に天誅を下せ。〈ホーリーシャインバースト〉!」
容赦のない強烈な一撃が魔物を襲うと、そいつは跡形もなく四散した。ついでに周囲の建物が余計に大変なことになったが今は緊急事態だし誰も文句は言わんだろう。
「大丈夫ですか?」
「あ、あぁ」
魔物を倒したことに喜ぶ間も無くシェルラは襲われていた男の元に駆け寄った。男はぐったりとしていて自分から立ち上がれる様子ではない。足のどこかを怪我してるようだ。
「怪我があります。今回復しますね」
「回復?」
「大いなる光の精霊、我らに祝福を授けよ。〈ホーリーキュア〉!」
「これは……すごい!痛みが消えていく!」
男は喜びの勢いで立ち上がった。さっきまでの傷が嘘みたいに元気になってやがる。これも魔法の力か。こんなことまでできるのか。
「お前、回復魔法まで使えるのかよ」
「もちろん。聖女ですから」
「ありがとう。本当に助かったよ」
「ここは危険ですからすぐに街の外へ」
「分かった」
シェルラに促されて男はすぐに走って街の外へ向かった。これでこの辺にはもう人はいないみたいだな。まずは一安心といったところか。だが魔物を一体倒したが、魔物があいつだけじゃないのは確かだからな。油断はできねぇ。
「さぁ、他にも怪我人がいないか調べないと」
「おいおい。この街にいるやつ全員を調べる気かよ。どんだけ広いか分かってんのか」
「それでもやるんです。聖女として、困ってる人がいたら助けないと」
これはマジな顔だ。こいつも頑固だからな。一度決めたらどう言っても実行しようとするだろう。ここで言い争ってるだけ無駄か。
「分かったよ。好きにやれ」
「はい」
「私たちはどうするピョン」
「そんなことよりお前、どこ行ってたんだよ」
「諸事情ピョン」
「説明になってねぇよ」
はぁ。こいつにも聞きたいことはあるが、今はそれどころじゃねぇか。とりあえずこいつは戦力として使えるからな。この街にいる魔物を一掃してから聞くとするか。
「では探してきます」
「……待たれよ」
なんだ?今誰が言った。
「魔法を使うものがいるとは。まずはお前から始末せねば」
「誰ですか!」
シェルラを呼び止めた奴が姿を現した。その姿を見た瞬間、今にも足がすくみそうになった。なんだこいつ。ヤバすぎるだろ。そいつから放たれるオーラのような何かは吐き気がするほどの禍々しさに侵されていた。こいつが紛れもなく人間でないことは一目で分かった。魔物。それ以外にありえない。
「我が名はBOKUDEN。万物必滅、無傷無敗の剣太刀を振るいし者なり」
※公開情報※
・〈ホーリーキュア〉…回復魔法。光属性。傷を癒し、一定量の体力を回復する。