第10話 因縁の決着
〈ラフレシア・ガーデン〉
-ヒルガオ平原-
「どうしてですか〜〜〜!?」
「はははははっ!」
「笑ってないで助けてくださいよ!」
「シェルラが大丈夫って言ったピョン」
「そんなぁ!」
…...ここは戦場、のはずだ。一匹のモンスターが一人の少女を追い回している。少女は何か大声で叫びながら死に物狂いで野原を駆け回り、モンスターの魔の手から逃れようとしている。かなり緊迫した状況だ。にもかかわらずその光景をただ眺めているだけの女が一人いる。そいつはさっきから大笑いしてるだけでなんの手助けもしようとはしない。まるで何かの劇でも見てるような様子だ。本当にここは戦場か?
俺たちはツクバネの街周辺に散在する魔物を一匹残らず討伐するため地道に居場所を特定し、こうして一匹ずつ確実に仕留めようとしている最中だ。初めは魔物を見つけること自体が面倒だと思っていたが、思いの外すぐに見つかった。全てはスキル【聖女見習い】のおかげだ。このスキルは魔物がいる場所を探知しやすくするという効果を持っている。シェルラもこのスキルによってツクバネの街に魔物がいることを知ったわけだ。このスキルは他にも戦闘において役に立ちそうな効果がいくつかあって、シェルラの本来の戦闘力の重要な基盤になっていたはずだ。しかしシェルラは今このスキルを持っていない。現在のシェルラのスキルは【露出癖】。どう考えても何のメリットもないスキルだ。今もシェルラはそのスキルのせいで変態としか思えないような露出の多い服を半ば強制的に着せられて戦闘を行なっている。シェルラは時々自分の素肌が露出していることを気にして空いてる手でなんとか隠そうとしたりしている。その姿はあまりにも不格好というか場違いというか、全く真剣に戦ってるようには見えない。それでも見てる分にはそこまで悪くなかった気がする。これはむしろ俺にとってメリットがあるスキルなのかもしれない……まぁそんなことはさておき、本来シェルラにとってなくてはならないスキル【聖女見習い】だが、これがシェルラの元からなくなって一体どこに行ったのかと言えば、案の定、今現在シェルラの無残な姿を見ながら大喜びしているあいつの元だ。つまりあいつは今俺から奪ったスキル【勇者見習い】も含めて二つのスキルを持ってることになる。もはや勇者なのか聖女なのか分かったもんじゃない。とにかくあいつは【聖女見習い】の効果によって魔物の居場所をすぐに突き止め、この場所までやってきたわけだ。
見つけた魔物は〈フュリアス・レオ〉。レベルは16。昨日のボクデンに比べればレベルもレアリティも恐るるに足りない。だが俺のレベルは依然として1のまま。どんなモンスターだってレベルが1よりも低いやつなんていない。つまり今の俺にとっては全てのモンスターが脅威でしかないということになる。それは今のシェルラにも言える話であって、本当ならまともに戦っていい相手ではないはずだったが、シェルラは完全にそのことを失念していた。魔物を見つけるや否や先陣を切って突撃して行った。そしてその結果が、これだ。シェルラの魔法はことごとく弱体化していた。レベルが15も離れている相手に対してどんな魔法を使おうと焼け石に水ってもんだ。だが攻撃を受けた事で魔物はシェルラに敵意を向けて襲いかかってくる。防御魔法も試していたが、全くもって意味がない。紙切れみたいに一瞬で破壊されていた。頼みの綱の強力な光属性魔法〈ホーリーシャインバースト〉にいたっては使うことすらできないようだ。どうも今のレベルでは魔力が圧倒的に足りないらしい。こうしてシェルラは逃げる以外の選択肢がなくなったわけだ。何やってんだか。聖女が聞いてあきれるぜ。もっと考えて行動しろってんだ。使命だかなんだか知らないが、ただがむしゃらに突っ込めばいいってもんじゃないだろ。
「助けてください!」
ここまでなんとか魔物の攻撃を回避しながら逃げていたが、さすがにやばそうだな。逃げても逃げてもあの魔物はシェルラを追いかけ続ける。おそらくシェルラ以外の誰かが攻撃でもしない限り一生このままだろう。そして体力勝負になったら間違いなくシェルラに勝ち目はない。
「おい、そろそろ助けてやれよ」
「う〜ん。どうしようピョン」
こいつ、助ける気なんて全くなさそうだ。どんだけシェルラをいじめれば気がすむんだ。そこまで恨みを持つようなことなんてされたか?
「そういえばサブロウは戦わないピョン?」
「お、俺は…...まだ体が温まってねぇんだよ」
戦いたくてもどうせ俺が出て行ったとことろでシェルラと立場が入れ替わるだけだろ。さすがにレベルが足りなさすぎる。
「それなら任せるピョン。強化魔法〈アタックフォース〉」
何度目かも分からないがいつものように俺の周りを赤みがかった光が包み込む。これで俺のステータスは軒並み強化されたことになる。
「ったく、しょうがねぇな。いっちょやってやるか」
「頑張るピョン!」
とは言ったものの、さてどうするか。強化魔法があるとはいえ、こんだけのレベル差がある以上油断するわけにはいかねぇ。まぁとりあえずシェルラは助けておいてやるか。可哀想だしな。そのためにはまずあの魔物の注意を俺の方に向けさせる必要があるが、それなりに距離もあるし、かなり速く走ってるからな、どうやって…...
「……よし。これでいいか」
俺はその辺に落ちていた石ころを拾った。これを当てればさすがに俺の方に敵意が向くだろ。
「おらよ!」
思い切り投げた石ころは寸分の狂いなく魔物の体に当たった。さすが俺だぜ。すると魔物はシェルラを追うスピードを緩め、一瞬だけ止まると今度は俺の方に向かって突進してきた。単純なやつめ。俺の作戦にまんまと引っかかってるとも知らずにな。後は俺の華麗なナイフ捌きで料理してやればいいってもんだ。【勇者見習い】が無いせいで俺の唯一無二の相棒である魔剣が使えないのが残念だが、この程度のモンスターに魔剣を使うまでもないってこった。ここは昨日もらった〈ビギナーズ・ナイフ〉だけで十分だろう。さて、あのナイフは……
「……ん?どこだ?」
アイテム欄をいくら見てもあのナイフが見当たらない。どうしてだ。どこに行った。
「サブロウさん、危ない!」
「えっ…...ぐはっ!」
気付いた時にはすでに遅かった。魔物の突進攻撃をまともに食らった俺は後方に吹っ飛ばされていた。やべぇ。めちゃくちゃ体力が削れてるじゃねぇか。死ぬ!
「……〈ホーリーキュア〉!」
と思ったが、俺の体力はみるみる回復していった。これは、シェルラの回復魔法か。おかげでほとんど満タンに近いくらいまで戻った。
「サブロウさん!大丈夫ですか!?」
「大丈夫だよ」
「私をかばったばかりに」
「別にお前をかばったわけじゃねぇよ。俺も戦いたくなっただけだっつうの」
「それにしてもサブロウはやっぱり詰めが甘いピョン」
「これは俺のせいじゃねぇ!あのナイフが勝手になくなってたんだよ!」
「それなら昨日サブロウが投げてたピョン。ちゃんと拾ったピョン?」
「……」
そういえば…...拾ってない。最後にボクデンに向かってあのナイフを投げた後、俺は意識を失って倒れた。つまりナイフを拾う暇なんて全くなかった。
「しまった!」
どうすりゃいいんだ。他に武器なんて持ってないぞ。武器がない状態で戦えってか?そんなの無理に決まってんだろ!
「おいお前!武器持ってるだろ。俺によこせ」
「私の持ってる武器はサブロウには使えないピョン。前にも確かめたピョン」
「そうだった!」
マジで万事休すじゃねぇか。やばい。魔物がまた俺めがけて突進してきやがった。どうする。たとえあの攻撃をかわしたとしても攻撃する手段がないんじゃ、逃げてるのと変わらねぇ。さっきまでのシェルラと同じ状況になっちまうじゃねぇか。
「あの…...武器でしたら、私、あります」
「本当か!?」
「はい。ただ、今朝アイテム欄を見ていた時に偶然見つけたのですが、見覚えがなくて」
「どれだよ」
「これです」
すると俺の目の前に一本の刃物が現れた。もちろん俺も初めて見る。それにしても不思議な武器だ。刀のように見えるが、今まで見てきた刀に比べてかなり短い。かといってナイフというには長い気もする。なんだか中途半端な長さだ。
「とりあえずこれ使うぞ!」
あれこれ考えてる暇なんてねぇ。魔物はすぐそこまで迫ってるんだ。なんでもいいから足止めしねぇと。
「うわっ!」
〈フュリアス・レオ〉は軽く飛び跳ねると俺に向かってその大きな口を開いた。剥き出しになっている白く鋭い牙が俺の肉を今にも引き裂こうとする。だが俺は咄嗟に手に持っていた武器でその攻撃をなんとか防いだ。顔が近い。こいつの荒々しい息づかいが直に伝わってくる。くっ。にしてもとんでもねぇ力だ。このままじゃ押し負ける…...
「……〈アクアパンツァー〉!」
そう思った矢先に突然魔物の体重が軽くなった。シェルラの攻撃魔法を食らってバランスを崩したからだ。よし。これならいける。
「おりゃぁ!」
俺の武器に噛み付くこいつを振りほどいた後、すかさずその体めがけて武器を振るった。思ったよりも体表は固かったが、確実にダメージは入ったはずだ。それに、いつのまにか刃が光り輝いてることから察するに麻痺効果も付与されていたに違いない。案の定、魔物はぐったりとしてすぐには立ち上がろうとしなかった。この隙に連続攻撃を食らわせれば……
「ピョン!」
「なっ…...」
俺が武器を構えた瞬間、すでに魔物は木っ端微塵に爆散していた。何が起きたのかすぐには理解できなかったが、さっきまで後ろにいたはずのあいつが急に目の前に現れたことだけは分かった。手には例の刀が握られている。
「な、何してんだよ!」
「私が倒してあげたピョン」
「倒してあげたじゃねぇよ!今のは完全に俺が倒す流れだったろ!」
「そうだったピョン?」
こいつ…...とぼけた顔しやがって。絶対に分かっててやっただろ。
「それにお前、さっきまで全然戦う気なんてなかったくせに、なに急に出てきて美味しいとこだけ持ってってんだよ!」
「最後に倒せば経験値がたくさんもらえるからピョン」
「なにっ!?」
そんなの初めて知ったぞ。てことはこいつ、初めからこの瞬間だけを狙って俺たちが必死に戦ってるのを笑いながら見てたってことかよ。せこいにもほどがあるだろ。
「どうしてなにもしねぇお前が一番経験値もらうんだよ。そんなの反則だろ!」
「そういう仕組みだから仕方ないピョン。それにサブロウは経験値をもらってもすぐになくなっちゃうから結局同じピョン」
「それはお前のせいだろ!」
開き直ってんじゃねぇよ。こんなやつと一緒にいたらいつまでたってもレベルが上がらないじゃねぇか。くそっ。さすがに頭にくるな。
「俺もさすがに限界だぞ。もうこれ以上お前なんかと一緒にいられるか!」
「…...きゅぅぅぅ。そんなに怒らないでほしいピョン」
「俺はもう絶対に許さねぇからな」
「あ、あの……」
「…...ちょっとやりすぎたかもしれないピョン」
「全然ちょっとじゃねぇよ。俺のレベルもスキルも全部取りやがって。おまけに俺のレベル上げまでも邪魔しやがって」
「あの……あの……」
「…...ごめんなさいピョン」
「今更謝ってもおせぇよ」
「あの……あの……あの……」
「なんだよさっきから。何か言いたいのか」
シェルラは俺たちの間に入ってオロオロしながら何か言いたそうにしていた。
「け、喧嘩は良くないですよ」
「喧嘩じゃねぇよ。俺が一方的にこいつに怒ってんだ。こいつが俺の邪魔ばっかするからな」
「落ち着いてください。それに、そこまで言わなくても」
「お前もそう思ってるんだろ。お前だってレベルとスキルを奪われたんだからよ」
「それは……」
シェルラがどうしてこいつを庇おうとしてるのか俺には理解できない。俺と同じくらいこいつに散々迷惑かけられてきただろうに。
「……それでも、そんなに責めなくてもいいと思うんです」
「どうしてだよ」
「確かにうさぎさんは私たちの経験値を取ってしまったのかもしれませんが、それでも私たち魔物を倒せたじゃないですか」
「そんなの、俺たちのレベルがちゃんとあればもっと簡単に倒せただけの話だろ」
「そうかもしれませんが、こうしてレベルが下がったことで新しく見えてくるものもあったような気がします」
「そんなのあったか?」
「少なくともさきほどの最後の連携はとてもうまくいったと思いませんか?」
最後のって、あれって連携だったのか?確かにシェルラは俺のサポートをしてくれたが、こいつに至ってはただ俺の獲物を横取りしたようにしか見えなかったが。
「うさぎさんは経験値のためだと言ってましたけど、あの時の攻撃は最善だったと思います。あの攻撃がなければおそらく戦いはさらに長引いていたでしょうから」
それは……確かにあの魔物は守りがかなり固かった。俺の攻撃だけじゃ倒しきれなかったもしれない。
「それに昨日の戦いに勝てたのも、うさぎさんが協力してくれたからじゃないですか」
こいつは、とんでもないお人好しだな。普通そこまでポジティブに考えられるもんじゃねぇだろ。こいつがレベルとスキルを奪ったことには変わりねぇんだから。
「ピョンピョン。シェルラはとってもいいやつだったピョン」
「い、いえ」
「今までいじわるしてきてごめんピョン。今度お礼にもっと可愛い服をプレゼントするピョン」
「それは……結構です」
ったく、なんだか怒るのも面倒くさくなってきやがった。別にシェルラに説得されたわけじゃねぇが、過ぎたことに文句ばっか言ってても仕方ねぇってことか。いずれ魔王になる俺様は寛大でなきゃな。
「しょうがねぇな。今回は大目に見てやる」
「本当ピョン。嬉しいピョン」
「だがな、次は絶対に俺の経験値を奪うんじゃねぇぞ。分かったか」
「……」
「なんで無言なんだよ!そこは頷けよ!」
「私には約束できないピョン」
「そうだった。全く面倒くせぇな」
こうなったらなにがなんでもラビットのあいつと話し合わなくちゃならねぇようだな。次見た時には絶対に逃がさねぇ。
「これで一件落着ですね」
「いや、なにも落着してねぇよ。そもそもこいつが」
「それより早く次の魔物も倒しに行くピョン」
「そうですね。でも、うさぎさんも次からはちゃんと真面目に戦ってくださいね」
「シェルラが言うなら仕方ないピョン。分かったピョン」
「よかった」
…...なんだこいつら。急に仲良くなってないか。まぁ元から仲が悪かったわけでもねぇが、あんま相性が良くなそうだったんだがな。さっきまではどこかお互いに警戒し合ってるって感じだったが、それがかなりなくなってる。女ってのはよく分かんねぇな。
「なにしてるピョン。サブロウも早く行くピョン」
「分かってるよ。てか、シェルラ。この武器返すよ」
「えっ。いいですよ。その武器は差し上げます」
「どうして。お前のだろ」
「いえ。その武器はサブロウさんにこそふさわしいと思います。私はサブロウさんほどうまく使うことができなさそうですし」
「まぁ、そこまで言うなら、もらってやらなくもねぇが」
俺もこいつのことは割と気に入ったしな。なんなら新しい相棒にしてやってもいい。
「そういえば、この武器の名前は……」
シェルラが完全に譲渡したことで俺のアイテム欄に新しい武器が追加された。名前は…...〈無傷無敗の小太刀・一閃〉。なんだ、意外とかっこいいじゃねぇか。それにこの名前、確かあのボクデンが言ってたな。つまりこの武器はボクデンが落としたアイテムってことか。てことはかなり強力な武器に違いない。
「サブロウ、とっても嬉しそうピョン」
「喜んでもらえてよかったです」
こいつがいればこの先の戦いも楽勝ってもんだぜ。
***
〈ラフレシア・ガーデン〉
-ツクバネの街-
▼ギルド
俺たちはその後、残りの魔物も全て見つけて討伐した。魔物は全部で10体くらいだと聞いていたが、実際には20体近くは討伐した。街の中に出現した奴ら以外にもユウガオの森に出現した奴らも討伐したからだ。そのせいで思っていたよりも時間がかかったが、日が暮れる前までには終わらせることができた。それも全て俺のおかげだ、と言いたいところだが、実際には3人がうまく連携して戦うことができたからだ。レベルが足りない俺とシェルラもあいつの強化魔法のおかげでまともに戦うことができたし、あいつもあいつで真面目に戦っていた。ただ最後のトドメを刺すのはいつもあいつで結局ほとんどの経験値を持っていかれている。それぞれの役割的にそうなるのも仕方がないが、やっぱ納得がいかねぇ。それでも経験値が全くもらえないわけじゃない。そもそもレベルが10以上も離れているモンスターと20回近く戦ってる時点でかなり経験値を稼いだ。実際に俺のレベルはすでに13まで上がっている。待望の二桁だぜ。ふっ。ここまでレベルを上げてるやつなんてこの辺にはそういないだろう。とうとう俺の天下が来たってことだな。
「ただいまピョン」
「おや、噂をすれば」
そして俺たちは魔物を狩り終えたことを報告するためにギルドまで戻ってきたわけだが…...ん?誰だ?ギルドに入ってすぐ目に入ったのはいつものあの女と向かい合っていた見知らぬ男だった。顔だけ見れば20、30くらいだが、髪の毛には白髪が目立っていてもっと上のおっさんなのかもしれない。その佇まいといい、高そうな服を着てることといい、只者ではなさそうだ。
「みなさんどうされたんですか?」
「モンスターを全部倒したから報告に来たピョン」
「まさか!?こんな短時間に!?本当ですか!?」
「本当ピョン」
「一週間以上かかると思っていましたが、まさか1日で終わらせるなんて」
「ほう」
なんだあいつ。ギルドの女はかなり驚いてるようだが、隣にいる男はそこまで驚くわけでもなくさっきから俺たちの方をジロジロ観察しながら不敵な笑みを浮かべていた。気味が悪いな。
「それでは、あの、一応確認をいたしますのでメンバーズカードをご提示ください」
「分かったピョン」
メンバーズカードといえば確かこいつがギルドに加入した時にもらってたやつか。見た感じは茶色いだけの地味な紙だが。
「これを見せてなんの確認ができるんだよ」
「私のスキルを使用すればこのカードの持ち主がきちんと依頼をこなしたかが分かるのです」
つまり誤魔化しはきかないってことか。便利なスキルもあるもんだな。
「っ!?」
「どうしたピョン」
「うさぎさんたちはモンスターを19体も討伐されたのですか!?」
「そうピョン」
「これはこちらが想定していた以上の数です。しかもどれもレベルが20近くあるモンスターばかり。これら全てを1日で討伐するなんて事実とはいえにわかには信じられません」
「えへんピョン」
「なに自分だけでやった感出してんだよ。お前だけの手柄じゃねぇだろ」
実際にはほとんどこいつ一人の力で倒したようなもんだが、それを認めるのはなんだか癪に触るからな。
「それでは、えっと、確認が取れましたので、早速依頼の成功報酬の話に入りますけれど……」
「その前に、少しよろしいですか」
さっきまで見てるだけだったが、ここに来てようやく男は俺たちの会話に割って入ってきた。
「その成功報酬についての話なのですが」
「それよりあんた誰だよ」
「これは失敬。挨拶が遅れてしまいましたね。私は…...」
「こ、この方はツクバネの街の街長にして、ラフレシア・ガーデンにある全ギルドを統括するギルドマスターです!」
なぜか男の方ではなく女の方が急に説明し出した。しかもかなり早口で聞き取りにくい。なに興奮してんだよ。
「……ベール・ラインバートと申します。よろしく」
「あ、あぁ」
にしてもこいつがツクバネの街の街長か。初めて見たぜ。こんなやつだったとはな。
「それで、どうされたのですかギルドマスター」
「そうでした。実はあなた方に大事なお話があるのです」
「俺たちに?」
「はい。まずは感謝の言葉から。ありがとうございました」
「な、なんだよ急に」
ベールとかいう男は唐突に頭を下げた。いきなりのことに俺たちはなんの返事もできずにそれを見てることしかできなかったが、しばらくしてやっと頭を上げた。
「昨日、我がツクバネの街がモンスターに襲われた際、あなた方が先陣を切って強力なモンスターを討伐してくれたおかげでなんとか最低限の被害におさめることができました。そのことに関して、街を代表して感謝を述べさせていただきました」
「べ、別に感謝されるためにやったわけじゃねぇよ」
「サブロウは照れてるだけピョン」
「そうですか」
「おいそこ!」
ニヤニヤするんじゃねぇ。俺がまるでガキみてぇじゃねぇか。
「私としましても街を救っていただいたことに対する感謝の意も込めて何か報酬を与えたいと思っていたのですが、さきほど妙なことを耳にしまして」
「妙なこと?」
「昨日、モンスターがこの街を襲撃する以前に、街の中で乱闘騒ぎがあったことをご存知ですか?」
「……」
そ、それは……まさかアレのことか。
「戦っていたのは二人の少女、そして一人の少年がそれを見守っていたという話です。そしてその戦闘によって辺りの道や建物が盛大に破壊されたとか」
「……」
「その犯人らしき人物を衛兵が見かけて追いかけたそうですが、どこかに逃げてしまったとか」
「……」
「そのことについて心当たりはありませんか」
「……」
「どうなんですか」
「……」
やばい。これはやばい。めちゃくちゃやばい。まさかいまだに犯人探しをしてるとは思ってもいなかった。魔物がこの街を破壊したことで結果的に水に流されると思ってたのに。言うべきなのか。俺たちがやったと言うべきなのか。俺たちも魔物に負けず劣らずかなり建物を破壊したからな、一応俺はやってないが、もし名乗り出た場合、どれだけの罪を着せられるか分かったもんじゃない。どうする……
「すみません!」
この重たい雰囲気を破ったのはシェルラだった。
「街を破壊してしまったのは私なんです!黙っていてすみませんでした!」
「あなたは?」
「私はシェルラと言います。カセンドラルにて大聖人様にお仕えする聖女です」
「まさか聖女の方でしたか。これは申し訳ない。その姿からは想像もできませんでした」
「これは……」
まぁ確かに、たとえ聖女を一度も見たことがなくてもさすがに今のシェルラを誰も聖女だとは思わないだろう。にしてもシェルラはベールに指摘されて再び恥ずかしさを思い出してしまったようだ。露出した部分を隠すようにしながら赤くなった顔をうつむけた。
「ですがシェルラさん、聖女であるあなたがどうして街を破壊したのですか?」
「それは……」
シェルラは助けを求めるように俺たちの方に視線を向けてきた。このギルドマスターに詰め寄られて今にも泣きそうだ。自信たっぷりに名乗り出ておいて結局何がしたいんだ。ったく、しょうがないやつだな。
「別にシェルラはわざと破壊したわけじゃねぇよ」
「と言いますと?」
「シェルラはこいつと戦ってて仕方なく魔法を使った結果、仕方なく街が壊れちまったんだよ」
「なるほど。ではどうして街の中で戦闘を行ったのですか?」
「それは……」
いちいち説明するのが面倒だな。シェルラが魔物を追いかけてこの街にやってきて、こいつを魔物だと勘違いして連れて行こうとしたが、こいつが嫌がったせいで決闘をすることになった、しかもシェルラは負ければ全裸で街を一周しなくちゃならないとかいう条件をつけられてどうしても負けることができなかった、なんて。
「シェルラは私の耳が気に入らなかったんだピョン」
「はっ?」
「耳ですか?」
「これピョン」
急に横槍を入れてきたかと思えば、こいつの手元に例の耳が現れた。そしてそのまま自分の頭に乗せた。するとその耳はなぜかピクピクと動き出した。マジで本物にしか見えん。気味が悪いな。
「それはまた、不思議な耳ですね。ラビット族のような」
「シェルラはこれが気に入らなくて私に決闘を申し込んできたピョン」
「そのような理由だったのですか?」
「えっ……えっと……はい」
なに同意してんだよ。確かにきっかけはこの耳だったかもしれないが、これを気に入るか気に入らないかで街を破壊するまでの決闘をするなんて、いくらなんでもくだらなさすぎだろ。それに、こんなんで納得するやつなんていないだろ。
「そうですか。分かりました」
納得するのかよ。
「ですが、理由はなんであれ、あなた方がこの街を破壊してしまったことに変わりはないようですね」
「はい……」
あなた方って、さりげなく俺も入ってないか。どういうことだ。俺は絶対にやってないからな。
「私も街を救っていただいた身としてここは穏便に済ませたいと思っているのですが、いかんせん現在モンスターの襲撃によって破壊された街の修理費用などが想像以上にかさんでいるのです」
ものすごく深刻そうな顔をしてるが、こいつ、なんだか胡散臭いな。一方的に責めるわけでもなく、かといって許そうとしてるわけでもなく、何がしたいんだ。まさか俺たちに…...
「そこで提案したいのですが、今回あなた方へ支払う予定だった成功報酬をその修理費に充てさていただけないでしょうか」
「なにっ!?どうしてそういうことになるんだよ」
やっぱ思った通りじゃねぇか。最初からこれが狙いだったんだろ。人の良さそうな見た目して、とんだ腹黒だぜ。
「あの……それなら私に責任を負わせてください」
「あなたがですか?」
「街を直接的に破壊してしまったのは私の魔法ですし、なのでうさぎさんたちへの成功報酬は取らないであげてください。お願いします」
「つまりあなたが一人で修理費用を支払うと?」
「は、はい…...えっと…...ちなみにどれくらいするんですか」
「そうですね…...ざっとこれくらいでしょうか」
ベールは懐から取り出した紙に何かを書きつけ、それをシェルラだけに見せた。ただシェルラの反応はない。しばらく黙ったままだった。
「おい、どうした」
「サブロウさん……」
ようやくこちらに振り向いたと思えば、シェルラは再び泣きそうな表情を見せてきた。これは…...聞かなくても分かる。払えないんだな。ていうか確かめる前からだいたいの想像はつくだろ。シェルラのことだからどうせまた考えなしに言い出したんだろうが。
「そういえば、あなた方はどれほどの報酬を得る予定だったのですか?」
「知らないピョン」
「知らない?どういうことですか?」
「それがですね……」
「どうしました?」
「実は、私が成功報酬の話を始める前にうさぎさんたちは討伐に行かれてしまって」
「そうなのですか?」
「そうだったピョン?」
「いや、そうだろ。お前が早く行くぞって言ったんじゃねぇか」
いくらなんでも忘れるのが早すぎだろ。お前の頭は空っぽなのか。
「それではむしろ都合がいいですね」
「いや、よくねぇよ!このまま俺たちをタダ働きにさせようとしてるだろ」
「そういうつもりではありませんが、そうですね……」
こいつには絶対に油断できねぇ。いつまたとんでもないことを言い出すか分かったもんじゃないからな。弁償させられるのも、タダ働きさせられるのもごめんだぜ。
「ではこうしましょう。今この場であなた方のギルドランクを上げましょう」
「よろしいのですか!?彼らはまだ依頼を一つしか行っていませんが」
「問題ないでしょう。彼らはこの街を救ってくれましたからね、それに対する評価としては申し分ないと思いますが」
「なんだよ、そのギルドランクってのは」
「おや、説明していないのですか?」
「申し訳ありません。なにぶん説明する前に彼らが行ってしまったので」
「そうですか」
なんだか俺たち全員が悪いみたいになってるが、悪いのは全面的にこいつだからな。俺とシェルラはただ巻き込まれてるだけだ。
「まぁいいでしょう。それでは私が簡単に説明しますね。ギルドランクというのは大まかに言ってギルドに所属するメンバー一人一人の階級を表したものです。階級は全部で7つ存在し、男性の場合は下から順にナイト、バロン、ヴァイカウント、アール、マーキス、デューク、グランデュークに分かれ、女性の場合はナイト、バロネス、ヴァイカウンテス、カウンテス、マーショネス、ダッチェス、グランダッチェスとなります。ついでに言うと私はデュークの位にあり、彼女はカウンテスです」
「ギルドマスターなのに上から二番目ピョン?ギルドマスターって一番偉いんじゃないかピョン?」
「これ以上説明すると話が長くなってしまいますが、それでもよろしいですか?」
「どうするピョン?」
「俺はそんな話興味ねぇよ。そもそも俺はギルドに入ってねぇしな」
「そうだったのですか?てっきり私はあなたも加入されているのかと」
「俺は誰の下でも働く気なんかねぇよ」
「それは残念ですね。確かに最初は最低位のランクであるナイトから始めることになりますが、徐々にランクを上げていけばギルド内での権限も大きくなり、また他にもギルドと提携する商店や飲食店、宿屋においても特別な優遇措置を受けることができるようになりますよ」
「それはお得ピョン」
「し、知るかそんなもん!」
俺を誘惑しようとしても無駄だからな。俺は絶対にギルドなんかに入らないからな。ましてこんな腹黒いギルドマスターがいるところなんか願い下げだ。
「サブロウは頑固だからピョン」
「気が変わりましたらいつでも言ってください」
気なんて一生変わるか。
「それでなんの話でしか…...そうそう、ギルドランクの話でしたね」
「ランクを上げてもらえるピョン?」
「はい。ギルドマスターの権限によってあなたのギルドランクをナイトからバロネスへと昇格させます。メンバーズカードを」
「は、はい」
ベールはメンバーズカードを手に取るとなぜか目を閉じた。何をするんだ?
「ラフレシア・ガーデンがギルドマスター、ベール・ラインバートの名の下に刻む。〈ランクアップ〉」
妙に仰々しい言葉とともに一瞬男の手元が青白く光ったように見えた。
「これで終わりです。おめでとうございます」
「やったピョン」
「喜んでいただけて幸いです」
なんだ、今のだけでいいのか。簡単すぎてあんまありがたみが感じられねぇな。にしてもたかが一つランクが上がっただけで何が嬉しいんだか。結局なんの報酬ももらえてないじゃねぇか。こんなの詐欺だろ。
「それではこれでひと段落したということで、みなさん、私はここで失礼します」
「さよならピョン」
「お、おい。逃げる気か」
「私はいつでもこの街にいますので、何かあれば遠慮せずにお声がけください」
腹黒ギルドマスターはそう言ってギルドを後にした。ちくしょう。逃げやがって。結局俺はタダ働きかよ。けど下手に文句を言っても俺たちが街を破壊したことをまた蒸し返されでもしたら何も言えなくなっちまうし。くそっ!
「仕事も終わったし、私たちも今日はもう帰るピョン。サブロウも疲れたピョン」
「……お前はこれでいいのかよ」
「仕方ないピョン。また依頼をすればいいピョン」
「はぁ。しょうがねぇな」
ギルドに入ってもいない俺が何を言っても仕方がないってことか。だとしてもむしゃくしゃするな。今日はさっさと帰って寝ちまうか。
「それで、シェルラはこの後どうするピョン?」
「私ですか?私は……一度カセンドラルに戻ります」
「今からピョン?」
「いえ、明朝に出発するつもりですが」
「それじゃお別れピョン」
「違います。あなたも行くんです」
「どうしてピョン」
「どうしてって、私のスキルを返しもらわないと」
「カセンドラルに行ったら返せるピョン?」
「それは分からないですけど、大聖人様ならきっと何か良い解決策をご存知のはずです」
「う〜ん。どうしようピョン」
「それに約束したじゃないですか。私が決闘に勝ったらついて来てくれるって」
「あの決闘は私が勝ったピョン。シェルラは気絶してたピョン」
「そんなことありません。ちょっと倒れてただけです。そう言ううさぎさんは逃げたじゃないですか」
「あれはちょっとした事情があったんだピョン。それに、逃げちゃいけないなんてルール決めてないピョン」
「そんな!?」
知らないうちに俺の横で話が進んでたが、なんだこの言い争いは。お前らはガキか。
「サブロウさんは私が勝ったと言ってくれましたよね」
「ん?俺か?まぁ、そうだったかな」
「それは言わされてるだけピョン。サブロウは私の味方ピョン」
「そんなことないです。サブロウさんは私の味方です」
なに俺を勝手に巻き込もうとしてんだよ。俺は眠いんだ。話が長くなるようならもう帰らせてもらうぞ。
「サブロウ待つピョン」
「何だよ」
「サブロウはどっちの味方ピョン」
「どっちですか」
「もう面倒くせぇな。そんなに白黒つけたいならもう一回戦えばいいだろ」
「そうピョン。もう一回戦えばいいピョン」
「確かに……いえ、ダメです!絶対にダメです!」
「どうしてピョン」
「だって私のレベルは1じゃないですか!勝てるわけがありません!」
「そんなの知らないピョン。決闘にレベルなんて関係ないピョン」
「そんな!?」
あいかわらずせこい奴だな。このままだとシェルラが一方的にこいつに言い含められて、最終的に泣きを見るのが容易に想像がつく。
「それなら決闘以外の勝負でもしたらいいんじゃないか」
「決闘以外ですか?」
「何があるピョン?」
「別になんでもいいだろ。例えばジャンケンとか」
「ジャンケン、ピョン……」
「ジャンケン、ですか…...」
ただの勘で言っただけなんだが、二人とも思いの外食いついてんな。ジャンケンなら一瞬で終わるし、実力もクソも関係ねぇから誰も文句は言わないだろ。
「私はジャンケンでいいです」
「それなら私もいいピョン」
マジかよ。そんなあっさりと決めていいのか?ジャンケンだぞ?ただの運試しだぞ?
「私が勝ったら大人しくカセンドラルに来てくださいね」
「私が勝ったらシェルラには一生裸で生活してもらうピョン」
「一生!?前より条件が厳しくなってるじゃないですか!?」
「嫌ならやめてもいいピョン」
「うぅぅぅぅぅ。や、やります!私が勝てばいいんですから」
すげぇな。本当に大丈夫なのか?シェルラが負けた時のリスクがあまりにも大きすぎてどう考えても条件が釣り合ってるとは思えない。たかがジャンケンでこの先一生の自分の人生の命運がかかってるってこと分かってんのか?
「サブロウさんが審判をしてください」
「俺が?てかジャンケンに審判なんていらないだろ」
「不正があるといけませんから」
「不正ねぇ…...」
「どうしてこっちを見るピョン。そんなことしないピョン」
確かにこいつはいかにも汚いことをしそうだ。後出しとか、目くらましとか。
「分かったよ。俺が審判をする」
「ありがとうございます」
「いいかお前ら。勝負は一回限りだからな」
「わかったピョン」
「わかりました」
「それじゃ、始めるぞ」
「ちょっと待つピョン」
「なんだよ」
「勝負はもう始まってるピョン」
はっ?こいつはなにを言ってるんだ。まだなにも始まってないだろ。
「シェルラはもっと真剣に考えたほうがいいピョン」
「な、何をですか?」
「負けたらこれから一生服が着れなくなるピョン」
「もう言わないでくださいよ!せっかく忘れようとしてたのに!」
「忘れさせないピョン」
そういうことか。こいつのことだからどうせまたせこいこと考えてんだろうなとは思ってたが、今度は心理戦かよ。ジャンケンする気あるのか?
「早くやりましょうよ」
「私はグーを出すピョン。シェルラはパーを出せば勝てるピョン」
「ほ、本当ですか?」
「本当ピョン。負けたくなかったらパーを出すピョン」
「えっと……」
シェルラは完全に惑わされていた。こういう勝負事はいかにも弱そうだからな。ジャンケンする前からすでに気持ちで負けてるじゃねぇか。ていうかさっさと始めてくれ。
「それじゃ始めるピョン」
「えぇぇぇぇぇ!待ってください!まだ考えが」
「ジャンケン!」
こいつ、シェルラがまだ準備していない段階でいきなり始めやがった。反則行為に見えなくもないが、文句を言ってもギリギリセーフとか言われそうだな。後は成り行きに任せるだけか。これでようやくこの二人の長かった因縁に決着がつくってわけだ。
「「ポン!」」
出された手はグーとチョキ。勝負がついた瞬間だった。
みなさんこんにちは。
今回でようやく10話目を迎えることができました。
このまま予定通りに進む場合、第1章も折り返しまで来たことになります。
長いお付き合いにはなってしまいますが、これからも是非楽しんでいってください。
※公開情報※
・【聖女見習い】…(効果)通常よりも自然回復の速度が速い。通常よりも魔力の消費が少なくなる。魔物を探知しやすくなる。