第1話 うさぎと勇者の出会い
ご機嫌よう諸君。俺様はいずれこの世界を支配する魔王となる男である。敬服するがいい。跪くがいい。ひれ伏すがいい。我、混沌なる歪みに蠢く阿鼻叫喚の悪鬼を治め、安座の平民どもに恐怖と畏怖の念を抱かせんとする者である。俺様には真実の名、すなわち真名が存在するが、訳あってこれを教えることはできない。
『サブロウ!』
…...ゆえに貴様らには世を忍ぶ仮の名を教えてやることにしよう。それはこの世に生まれ落ちる以前より世界を征服すると謳われた俺様に与えられた最恐の名。その圧倒的な存在感ゆえに聴く者を震撼させ、知る者に辛苦を与える。されど巷では知らない者はいないと言われるほど俺様の名はすでに知れ渡っているようだ。だがあえて今一度名乗っておくとしよう。覚悟せよ。恐怖に慄き、己の非力さを思い知るがいい。我が名はディアボロス=シグマ=ハデス3世!大抵の場合、皆は我をハデス様と呼ぶ。
『サブロウ!』
……俺様がこの世界を支配するという野望は刻一刻と実現に向かっている。最恐の魔王となるべく俺様は日々強力なモンスターと戦うことによって体を鍛え、常人には決して真似することのできないスキルや技を習得している。そんな俺様の絶大な実力に恐怖したか、あるいは嫉妬しているのか、奴は事あるごとに俺様を妨害しようと画策している。だが俺様はいずれこの世界を支配する男。俺様の足下にも及ばない矮小な者どもがどれだけ妨害しようと、俺様には何の影響も与えられまい。フッ。破滅の時は近い。
『サブロウ!』
……奴は決して懲りることなく何度も俺様の邪魔をしようとしている。だがその程度の攻撃に屈する俺様ではない。
『サブロウ!ちょっと、聞こえてんの!』
……絶対に屈しはしない。
『サブロウ!いるんでしょ!』
……絶対に屈しは……
『サブロウ!いるなら返事しなさい!』
「もう何だよ!邪魔するなよ!」
部屋の扉が勢いよく開いたと思えば、脳みその奥まで響くような甲高い声が襲いかかってきた。そんな大声出さなくったって聞こえてるっつうの。これだから女は嫌いなんだ。どうして女って生き物はこうもピッグ族みたいにギャーギャーとうるさいんだ。
「家でゴロゴロするくらい暇ならご飯作るの手伝ってくれない」
「俺様はいつか魔王になる男だぞ。そんなみみっちいことやってられるか!」
「はいはい。いつかなれるといいね。それより早く手伝ってよ、サブロウ」
まるで聞き分けのない赤ん坊をあやすように適当な言葉で俺をあしらう。それどころか俺の野望を馬鹿にしてやがる。
「それと俺の名前はディアボロス=シグマ=ハデス3世だ。そんなくそったれた名前じゃねぇ」
「何言ってんの。サブロウの方が覚えやすくって可愛い名前じゃない」
「可愛さなんて必要ないんだよ。魔王の名前なんだから。かっこいい方がいいに決まってるだろ」
「はぁ。あんたねぇ。せっかくお母さんとお父さんが与えた名前なんだから大事にしなさいよ」
「そんなの知るか!くそっ!もういいよ」
「ちょっと、サブロウ!どこ行くの!」
母ちゃんは何もわかってない。わかろうとすらしてくれない。どいつもこいつも俺を馬鹿にしやがって。俺は絶対に魔王になるんだからな。誰が何と言おうとも。絶対に諦めないからな。
***
〈ラフレシア・ガーデン〉
-ヒルガオ平原-
家を飛び出した俺が行き着いた先は何の変哲も無い、広さだけが取り柄の野原だ。青々とした草が茂っているだけで、何キロ先までも見通すことができる。雲ひとつない青空の下、気持ちのいいそよ風が俺の黒髪の撫でる。ヒルガオ平原と呼ばれるここは俺のお気に入りの場所であり、拠点でもある。俺は毎日のようにここに通ってはモンスターと戦い、経験値を得ているのだ。
「キュゥ」
おっと噂をすれば。俺の視界に一匹のモンスターが入り込んできた。
「〈ホワイト・ラビット〉か」
ラビット族特有の長い耳に、雪のように真っ白いふさふさとした体毛に覆われたモンスターで、大きさはせいぜい40cmくらいといったところか。見た目通り大人しい気性で、こちらから攻撃しない限り向こうからは決して攻撃してこない。ヒルガオ平原において最も見られるモンスターだ。
こいつのレベルは2。俺のレベルは6だから正直言って勝負にならないし、経験値もほとんどもらえない。だが俺様は近いうちに世界を恐怖の底へと突き落とす魔王となる男。弱者相手でも決して手を抜いたりはしない。仕方ねぇ。テメェも俺様の魔剣の餌食となりな。
「我が大いなる力を今ここに解き放ち、世界を暗黒の焔で満たす。くらえ!破滅の暗焔惨殺剣!」
「キュッ」
可愛らしい悲鳴とともに〈ホワイト・ラビット〉は四散した。俺の経験値がわずかに上昇し、アイテムボックスにはいつものように〈ラビットのもも肉(小)〉と〈ラビットの皮(小)〉が一つずつストックされる。
ふう。一撃か。これで俺と〈ホワイト・ラビット〉との戦いも通算99勝0敗。つまり無敗。我ながら自分の力が恐ろしいぜ。魔王を志したあの日から俺は毎日欠かすことなくモンスター狩りを続けている。それがたとえ雨の日であっても、風の強い日であっても、俺はそんなハンデを物ともせずにモンスターどもを蹴散らしてきた。もうすぐレベルも上がる。俺は確実に魔王に近づいてるぜ。
「さて、後何匹か狩っていくか」
俺は野原を歩き回りながらモンスターを探した。もうすぐレベル7になろうという俺が相手をするからにはやはりレベル4くらいの敵は欲しいところだ。そう思って辺りを見回していると、ちょうど前方に茂みの中で何かが動くのを見つけた。大きさは50cmくらいで、白い体毛に覆われたモンスターだった。
「なんだまた〈ホワイト・ラビット〉か……って違う!?」
気づかれないようゆっくり近づいてみると、そのモンスターが明らかに〈ホワイト・ラビット〉と違っていることがわかった。ラビット族特有の長い両耳のうちの右の方の耳の先がハート型になっていたのだ。あのラビット、まさか最近噂に聞く〈ラブ・ラビット〉なのか?確か〈ラブ・ラビット〉の姿を見た者の恋は必ず成就するとかなんとか胡散クセェ話を街の奴らがしてたっけか。まぁそんな話には微塵も興味はないが、きっとあいつ相当レアリティが高いに違いない。経験値を大量にいただくチャンスだぜ。
「さてレベルはいくつだ」
……ん?レベルは………《???level》……...?なんだこりゃ?まぁいっか。どうせこの辺にいるってことは〈ホワイト・ラビット〉と大して変わらねぇだろ。あいつを倒して通算100勝目いただきだぜ!
「くらえ!暗焔惨殺剣!」
気づかれることなく俺の魔剣がモンスターの体を真っ二つに叩き斬ろうとしたその瞬間だった。そいつの姿は突如として消えていた。そして次の瞬間。「ぐふぉ!」俺はなぜか後ろに吹っ飛ばされていた。
痛ってぇぇぇぇぇぇぇぇ!腹にものすごい衝撃が。やばい。朝飲んだ牛乳、リバースしそう。うぷっ。
まさかあのラビットの野郎、俺のみぞおちに突撃しやがったのか。全然見えなかったぞ。どうなってんだ。
〈ラブ・ラビット〉はまるで何も起きていないかのように静かにじっと俺の方を見つめている。くそっ。平然とした顔しやがって。さっきのは何かの間違いだ。魔王になる俺様があんなやつに遅れをとるわけがない。
「俺の魔剣に大人しく斬られやがれ!」
「ピョン」
かわされた!?なんだ今の俊敏な動きは。〈ホワイト・ラビット〉とは比較にならないくらい速いじゃねぇか。
「この!」
「ピョンピョン」
また!?
「くらえ!」
「ピョンピョンピョン」
・
・
・
「ピョンピョンピョンピョンピョンピョンピョンピョンピョンピョンピョンピョンピョンピョンピョンピョンピョンピョンピョンピョンピョンピョンピョンピョンピョンピョンピョンピョンピョンピョンピョンピョンピョンピョンピョンピョンピョンピョンピョン」
「ピョンピョンうるせぇ!」
はぁはぁはぁ。もう無理。な、なんで当たらないんだ。俺の華麗な剣さばきがこうも通用しない相手がこの世に存在するなんて。ありえねぇ。まさか……
「お前、魔物だろ!」
「えっ?」
きっとそうに違いない。聞いたことがある。稀に普通のモンスターが闇堕ちして魔物になるって。しかも魔物は通常のモンスターに比べてかなり強力らしい。俺様の攻撃が一度も当たらなかったことがまぎれもない証拠……って、自分で言っててなんだか悲しくなってくるな。
「とにかくお前は魔物なんだろ」
「違うから」
違うだと。なら一体……そんな!?いや、まさかそんなはずは……
「まさかお前、魔王軍の幹部だな」
「はっ?」
「俺の魔剣がかすりもしなかったあの反射神経。そしてあれほどの死闘を繰り広げた後にもかかわらず平然としていられるその体力。お前は間違いなく魔王の手先だろ!」
「いやいや、まず魔関係から離れろよ。ちなみに君の攻撃が当たらなかったのは剣の軌道がワンパターンすぎたからであって、それに君がそんなにへばってるのは単純に運動不足だろ」
な、なんて的確なアドバイスなんだ。あまりにも図星すぎて言葉がでねぇ。これほど瞬時に俺の弱点を見破るとは、こいつまさか……
「いや、魔王とかでもないからな」
「思考を読んだ、だと!?」
「君が単細胞なんだろ」
何なんだこのラビットは。俺にアドバイスしているようでさっきから俺のことをただバカにしてるだけじゃねぇのか。そもそもこいつはどうして逃げないんだ。攻撃してくるわけでもねぇし、妙に馴れ馴れしいし。何がしたいんだ。
「ていうかその手に持ってるそれ、魔剣って言ってたけど」
「なんだラビットのくせにいいところに目をつけたな。その通り。これは魔王となる俺様が使うにふさわしい最強の剣。その名も…...」
「それってただのナイフじゃね。それもリサイクルショップで安売りされてるような果物ナイフ。ぷっ」
「今笑っただろ!」
「笑ってないって」
こいつ……完全に俺のことをバカにしてやがる。平然を装ってるがどうせ心の中ではゲラゲラ笑ってるんだろ。くそっ。どうして俺がこんなモンスターふぜいにバカにされないといけないんだ。
「バカにすんじゃねぇぞ。この魔剣はな、これまで99匹もの〈ホワイト・ラビット〉を葬ってきたんだぞ。それも全て一撃でな」
「ちなみにウサギを数えるときは匹じゃなくて羽だからな」
「えっ、あっ、そうなのか」
「それより、君はさっき魔王になるとか言ってたけど、それって本気なわけ」
「当たり前だろ!俺は近い将来、絶対に魔王になるんだからな」
「へぇ」
「なんだよ。お前も俺の野望をバカにすんのか」
「いや、そういうわけじゃないんだけど……ただのNPCが魔王を目指すなんて突飛なこと言うことなんてあるのかなぁ。これも何かのバグとか……」
「何さっきからボソボソ言ってんだよ」
「なんでもないない。こっちの話」
一瞬だけ真剣に考え込むような様子を見せたと思えばすぐにさっきまでの生意気な態度に戻った。どうせまた俺をバカにするようなことを言ったんだろ。
「それで何の話をしてたんだっけ」
「だからお前が魔王軍の手先だって話だよ」
「だから違うって。僕はいたって普通のモンスターだよ。ほら見てみなって。どこからどう見ても〈ホワイト・ラビット〉だろ」
ピョンピョンと楽しそうに跳ねやがって。完全におちょくってんな。こいつが〈ホワイト・ラビット〉だと。ふん。舐めるなよ。俺はこれでも99羽もの〈ホワイト・ラビット〉と死闘を繰り広げ、そして全てを葬ってきた男だぞ。俺の目にかかればそれが〈ホワイト・ラビット〉かそうでないかは簡単に判別できる。
「俺には分かる。お前は〈ホワイト・ラビット〉じゃねぇ。なぜなら俺の知ってる〈ホワイト・ラビット〉とは決定的に違う特徴があるからだ」
「ま、まさか。気付いたのか」
こいつにしては珍しく動揺してるじゃねぇか。とうとう俺のすごさが理解できるようになったということだな。
「当たり前だろ。俺様を誰だと思ってる。いずれ魔王になる男だぞ。これくらいのことはできて当然」
「それで、違う特徴ってのは何だ」
「そんなに教えて欲しいのか」
「そうだよ」
「だがそれは教えてもらう奴の態度とは思えんな」
「はぁ?」
「いくらモンスターとはいえ、俺様はいずれ魔王に男だぞ。まずは頭を垂れて恭しくするんだ…...ぶはぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
また腹が……オエッ。
「早く言えよ」
「お、お前、また、俺の腹に……よくも、やりやがったな。ただで済むと思うなよ…...」
「次は顔面だから」
「…...仕方ねぇな。特別に教えてやろう」
「最初からそうしてればよかったものの」
こいつ。覚えてろよ。いつか絶対に痛い目見させてやる。
「違う特徴ってのはな……」
「ゴクリッ」
「お前の右耳の先がハート型になってる、ということだ!」
「……」
「どうだ。紛れも無い証拠を掴まれて言葉も出ないほど驚いたか」
「驚いてるのは確かだけど……まぁ、気づいてないならいっか」
「なんだよ」
「なんでも」
またこいつはコソコソしやがって。俺は何も間違ったことなんて言ってないはずだぞ。それともこいつにはまだ他のモンスターとは違った特徴があるってのか。
「それよりこの耳は他の〈ホワイト・ラビット〉と見分けがつくようにちょっと加工しただけで、それ以外の部分は〈ホワイト・ラビット〉と変わらないよ」
「バカな!?だがお前の動きは明らかに〈ホワイト・ラビット〉とは比べ物にならないほど速かったじゃねぇか」
「あれは一応〈ホワイト・ラビット〉の可動限界の範囲内なんだけどな。強いて言えばオートじゃなくてマニュアルってところは違うかも」
オート?マニュアル?何の呪文だ。さっきからこいつはたまに意味の分かんねぇ言葉を使いやがる。
「まぁ結局のところ、君が単純に〈ホワイト・ラビット〉より弱いってこと」
「な、なんだと!?」
「だけどそれは仕方がないことだと思うよ。君はそういう風にプログラムされてるんだから」
「プログラム?」
「えっとつまり、君は剣を扱う訓練を受けてないんだろ、っていうこと。どう見てもさっきの動きは素人に毛が生えた程度でしかないよ」
こんなちっこいモンスターに、それも最弱のラビット族に素人扱いされるなんて。くそっ。だがこいつには言い返せねぇ。
「そりゃぁ…...しょうがねぇだろ。じっちゃんは俺が生まれる前に死んでるし。父ちゃんは行方不明。誰も教えてくれる奴がいなかったんだからよ」
「なら君はどうして魔王を目指すようになったんだい。勇者なら分からなくもないけど」
「勇者だと。勇者なんて糞食らえだ」
「どうして」
「勇者なんて結局は魔王がいなければ自然消滅していくような連中だからだよ」
「それはそうかもしれないけど……魔王だっていつか必ず勇者に倒されるんじゃないの。この世界でもそうだったように」
「ふん。それがどうした。勇者なんかにやられるような魔王は真の魔王ではない、それだけだ。真の魔王はこの世界にただ一人しか存在しない。そうこの俺、ディアボロス=シグマ=ハデス3世だ!」
「えっ?今なんて言った?もう一回お願い」
「なんだ聞き逃したのか。なら特別にもう一度名乗ってやろう。今度は聞き逃すんじゃねぇぞ。いいか。俺様の名は、ディアボロス=シグマ=ハデス3世だ!」
「…...それ、自分で言ってて恥ずかしくないの」
「恥ずかしくないわ!」
「それになんで3世なわけ。1世と2世はどこにいるんだい」
「それには並々ならぬ深いわけがあるが、今なら特別に教えてやっても……」
「あぁ。要するに三流ってことか」
「断じて違う!」
「まぁまぁ落ち着きなよ。世の中には3世を名乗る大泥棒が世界を股にかける、なんて話もあるくらいだからね。君も諦めなければいつか大成できるさ」
何を言ってるんだこいつは。そんな奴全く聞いたことないぞ。どうしてこいつはモンスターのくせに俺の知らないことをこんなにも知ってるんだ。やはりこんな見た目をしているが本当はこの世ならざる場所から来た魔物に違いない。絶対にこいつの本性を暴いてやるぜ。
「ところで三流君」
「誰が三流だ!」
「さっきから気になってたんだけど、君はどうしてそんな武器(笑)を使ってるんだい」
「わ、笑うな!これは魔王となる俺が持つにふさわしい魔剣だぞ」
「魔剣という名の果物ナイフ(笑)だろ」
「だから笑うなって言ってんだろ!し、仕方ねぇだろ。家の中にあるやつの中で一番使えそうなのがこれしかなかったし、それにちゃんとした武器を買う金なんてねぇんだからよ」
「意外と不憫な理由なんだね。まぁ、果物ナイフを片手に魔王を目指す男なんてラノベの題材としては案外アリかもね」
「なんだよそのラノベってのは」
「それにしても果物ナイフがいくら刃物とはいえ、よくそれで今までモンスターを狩り続けることができたね。正規の武器でない以上、低級中の低級のモンスターである〈ホワイト・ラビット〉ですら一般人には倒すことができないと思うけど。そう考えるとある意味すごいな」
「ふん。ようやく俺様の凄さに気づいたか。俺様は魔王になる男だぞ。それがたとえどのような武器であっても使いこなすことができるというわけだ」
「まぁ単純にそんな間抜けみたいなことを試す人が今までいなかっただけだと思うけどね」
「この俺が間抜けだと!?」
褒めてきたと思えば急にバカにしやがって。この武器は魔王となる俺が直々に魔剣と認めた武器だぞ。誰にもバカにされてたまるかってんだ。
「それでもやっぱり不自然な点はあるんだよね。まさかとは思うけど、念のため君のステータスを見せてくれないかい」
「どうしてモンスターのお前なんかに俺のステータスを見せなきゃならねぇんだよ」
「ええじゃないか、ええじゃないか。ここまで話してきた仲だろ。ちょっと見るだけだから」
急に馴れ馴れしくなってきやがったな。こいつ、俺の腹に頭突きしたこと忘れてないだろうな。それも二回だぞ。こいつには絶対に気を許すなんてことできやしねぇ。
「魔王となる俺様のステータスは極秘中の極秘事項。他の奴に見せるなんてことはできねぇ」
「絶対に?」
「絶対だ」
「そっか。絶対に見せてくれないのか。残念だな。困ったな。どうしようかっな」
「お、おい。なに近づいてきてんだよ」
ラビット族とは思えないほど異様な威圧感を放ちながら俺の方にじりじりと近づいてきた。まさかこいつ。俺の腹にまた突進してくる気か。も、もしそうなら今度こそは絶対に防いでやるからな。
「ねぇねぇ」
「なんだよ。やる気か」
「…...実を言うと〜、いつか魔王になるような人の〜、ステータスがどんなものなのか〜、見てみたいんだよね〜。きっとものすごくすごいんだろうなぁ〜」
「な、なんだよ急に」
「見せてほしいなぁ。いつか魔王になる人のステータスが見れるなんて一生の自慢になるなぁ〜」
「ま、まぁ、そこまで言うなら見せてやらないこともないがな」
「……チョロい」
「今なんか言ったか」
「気のせい気のせい。それじゃ早速見せてもらおうかな」
「少しだけだからな」
俺はその場で地面に座り込んでからステータス画面を開いた。これでちっこいこいつでも見れるだろ。
「ほら、見えるか」
「えっと……ちょっと見づらいかな。そうだ!こうしよう」
「なっ!?」
目にも止まらない速さでジャンプしたかと思えば、すぐにストンと俺の肩の上に何かが乗った。服越しからでも分かるようなふかふかとした体毛の感触とほんのりとした温かみが伝わってくる。
「なに勝手に俺の肩の上に乗ってんだよ」
「いいじゃない別に。こっちの方が見やすそうだし」
「重いだろ」
「もう失礼しちゃうなぁ。僕はそんなに重くないからね。それより早く見せてよ」
「ったくしょうがねぇな」
確かにそこまで重いというほど重くはないが、なんだか妙に落ち着かない。それにこうもやすやすとモンスターを近づけていいもんなのか。首とか噛まないだろうな。
「ふむふむ。なるほどなるほど」
「どうした。俺のステータスのあまりの凄さに言葉も出ないか。そうなんだろ」
「ていうか、このレベル」
「レベルがどうした。あまりにも高すぎてビビったか」
「めちゃくちゃ低っ!」
「なんだと!?」
「レベル6って、どうりですぐにへばるわけだ。しかも体力と筋力があまりに低い」
「〈ホワイト・ラビット〉のくせに生意気だぞ」
「これじゃますます分からなくなってきたよ。ちなみにスキルの方はどうなの」
「スキルは……これだよ」
「……ヘェ〜。【勇者見習い】か。奇妙なスキルを持ってるんだね。ふむふむ……なるほど。これで納得したよ」
何に納得したのか俺の肩からようやく飛び降りた。せっかく見せてやったのに感謝の言葉もなしかよ。
「だけど変な話だね。勇者見習いが魔王を目指すなんて」
「このスキルは…...しょうがねぇだろ。生まれつき持っちまったんだから」
「生まれつき?まさか君の先祖は勇者だとでも言うのかい」
「そうだよ。俺のじっちゃんは勇者だったよ。それがどうした」
「それは本当?なんちゃって、とか、勇者(笑)、とかじゃなくて?」
「ちげぇよ。俺のじっちゃんは正真正銘の勇者だったんだよ」
じっちゃんが勇者だったってことは母ちゃんからよく聞かされた。だが確かに実際にじっちゃんが戦ってるところを見たことがあるわけでもない。まして母ちゃんも見たことがないと言っていた気がする。だから何も証明するものがない。あるとすれば俺の持ってるこの【勇者見習い】だけか。
「だけどにわかには信じられないな。勇者が子供を作るなんて。そんなシステムがあるなんて聞いてない」
「なんだよさっきからブツブツ言いやがって。もうステータスは見せないからな」
「うん。面白いものを見せてくれてありがとう」
「何が面白いだ。散々バカにしやがって。覚えてろよ。いつか俺が魔王になったら真っ先にお前を葬ってやるからな」
「せっかく魔王になってまですることがうさぎ狩りなんて小さいな。まぁ楽しみにしてるよ」
どう考えても俺をおちょくってやがる。そんな余裕でいられるのも今のうちだからな。俺が本気を出せばあんなモンスターいちころだぜ。
謎のモンスターとの雑談によって時間の感覚を完全に失っていた俺が気がついた時にはすでに日が傾き、空はオレンジ色に染まっていた。いつの間にこんなに時間が経ってたのか。さすがにそろそろ帰還しねぇと奴がとんでもない雷を降らせるからな。ちっ。今日は全然経験値が稼げなかったじゃねぇか。全部こいつのせいだ。
「もう時間だから俺は帰るからな」
「そうなんだ」
もうこいつの忌々しい顔を見なくて済むのかと思うとせいせいするぜ。そう思いながら家に向かって歩き出してからしばらく経っているにもかかわらず、後ろからあの忌々しいピョンピョンとあいつが飛び跳ねる音が絶えず聞こえてることにさすがに苛立ちを覚え始めた。さっと振り向くと俺からわずかに離れた位置にあいつはいた。
「どうしてついてくるんだよ」
「別にいいじゃん。僕たちはもう友達だろ」
「誰が友達だ。人の腹に何度も突進して、散々バカにしやがって。モンスターはモンスターらしくその辺で徘徊してやがれ」
「そんなこと言わないでよ。僕は君のことが気に入ったんだから」
「モンスターなんかに気に入られたくねぇよ」
「さぁ早く帰ろうよ。お母さんが心配してるんじゃない」
こいつ意地でも俺の家までついてくる気かよ。モンスターに俺のアジトを嗅ぎ付けられるわけにはいかねぇ。かと言ってこいつと今戦って勝てる見込みはねぇ。そうなると俺に残された選択肢はただ一つ。
「あばよ!」
「あっ逃げた」
俺の自慢の足についてこれる奴なんているはずがねぇ。これなら絶対に逃げ切れるはずだ。絶対に、逃げ切れる、はず……
「追いかけっこは嫌いじゃないよ」
「なにっ!?」
なんでこいつついてこれてんだ。ラビットのくせにおかしいだろ。くそっ。絶対に負けねぇ。こいつには絶対に負けねぇ。
絶対に負けねぇからな!
みなさま初めまして。
これが初投稿作品ですので拙い箇所はあると思いますが、なるべく時間を空けないよう定期的に投稿していきたいと思います。
ご指摘やご感想があればぜひコメントしてくれるとうれしいです。
※公開情報※
・〈ラビットのもも肉(小)〉…食用として多くの料理に活用される。煮込んでも焼いても美味しい。
・【勇者見習い】…(効果)通常よりも多くの経験値を得ることができる。あらゆる武器を扱うことができる。