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アゼルバイジャン乙姫の謎

この作品は一つの話として独立していますが

エラリーとリリーの出会いについて知りたい方は

前作『エラリー・クイーンの事恋簿』も合わせてお読みください。

https://ncode.syosetu.com/n3877fk/14/


前作の著者J氏、勝手に続編を書いてしまいましたが何卒ご容赦ください。

「日本の百舌鳥(もず)古市(ふるいち)古墳群を世界遺産登録とします!」

 審査委員長の声が響き、拍手が喝采される。


 火の国・アゼルバイジャン。

 日本人にとって馴染みの薄いこの国は北はロシア、東は世界最大の湖カスピ海に面している。

 石油や天然ガスが採掘され、拝火教(ゾロアスター教)の起源の地でもあり、火の国と呼ばれている所以だ。

 

 ここアゼルバイジャンに日本から百舌鳥・古市古墳群の世界遺産登録推進本部がやってきており、その中に二人の少女がいる。

 ひとりは女子大生、九院(くいん)偉理衣(えらりぃ)――エラリーと呼ばれている――。

 もうひとりは女子高生、愛内(あいうち)利理衣(りりぃ)――リリーと呼ばれている――。

 二人の関係は……読者のご想像にお任せしたい。


「お姉さま、やりましたね!」

 リリーがきゃっきゃとはしゃいでいる。

「そうね」

 エラリーが得意げな顔をする。


 百舌鳥(もず)古市(ふるいち)古墳群とは大阪府にある古墳群の総称である。49基の古墳がこの度、世界遺産登録されることになった。有名なのは仁徳天皇陵である。世界遺産登録を判定する組織・イコモスが日本に来た際にエラリーが古墳群の解説をし、イコモスから「世界遺産登録するにふさわしい」との評価をいただいた。そして今回、アゼルバイジャンで世界遺産委員会が開催され話し合い行われ、正式に登録が決定した。


「エラリーさん本当にありがとう。あなたのおかげです」

 日本から共に来ている世界遺産登録推進本部の団長が直々にお礼を言う。

「いえ、古墳群の世界遺産登録プロジェクトに関わらせてもらい私も感謝しています」

 エラリーは人類が築きあげたものを尊重している。その指標として世界遺産というものはわかりやすい。「国を超えて、後世に残していくにふさわしい建造物・自然を保護する」というのが世界遺産の理念だ。エラリーはその理念に大いに共感している。ただ観光資源のために世界遺産のブランド化がされているのはどうかと思っているが、この問題はややこしいのでここでは省く。


「今夜は盛大に打ち上げもしましょう。エラリーさんとリリーさんもぜひご一緒に」

 団長が手でお酒を飲むような仕草をする。

「私とリリーはまだ未成年なのでご遠慮しておきます。仕事も終わったのでここで解散してもよろしいでしょうか?」

「え、ここでですか? エラリーさんとリリーさんが今回の世界遺産登録の功労者なのに。お礼をさせてください」

 リリーは49基の古墳群に関する資料を作成した。「なぜ世界遺産登録するにふさわしいか?」という観点で作成しないといけないため、説得力が求められる。リリーはその能力に長けている。

 そもそもなぜただの女子大生のエラリーと女子高生のリリーが古墳群世界遺産登録プロジェクトに関わることになったのか。

 世界遺産マニアのエラリーがどうしてもプロジェクトに関わりたく、それを知ったリリーが一晩で資料を完成させたのである。エラリーはそれを読んで完成度の高さにリリーを思いっきり抱きしめた。世界遺産登録推進本部の団長に試しにその資料を送ってみたところ「ぜひ協力してほしい」との要請があったので関わることになったのである。


「お礼はアゼルバイジャンまでのチケットとホテル代だけで十分です。100万円ほど。それと功労者として私とリリーの名前をメディアに挙げるのは控えてください」

「それは構いませんが。女子大生と女子高生コンビが世界遺産登録に貢献したともなれば、メディアに引っ張りダコとなって有名になれますよ?」

「私たちは静かに暮らしたいのです」

 エラリーにとって大切なのは名誉ではない。リリーと探偵小説と日本にいる文学サロンの仲間たちである。

「それでは団長失礼します。リリー行くわよ」

「はい! お姉さま!」

 エラリーとリリーが会場を出て行くと同時に、日本から来ているメディアが団長を取り囲んで取材を始めた。



“世界遺産登録決定おめでとう!”


「あ、J会長からメッセージが届いている。さっそく日本で速報が流れたみたい」

 J会長とはエラリーとリリーが所属している文学サロンの主宰者である。

 本名は不明。ただJ会長と呼ばれている。

「危なかったですね。メディアに取り囲まれていたら、この美人女子大生は誰ですか!?と騒がれていたところですよ。お姉さまホントにキレイですからね~」

 リリーがうっとりとした表情でエラリーを見る。

「この可愛い女子高生は誰ですか!?とも騒がれているわ。リリーほど可愛い子もいないから」

 エラリーはリリーをじっと見つめて微笑む。

「お姉さま、こんなところで……」

 リリーもエラリーに夢中となって二人だけの世界に入りかけたその時――


「あっ」

 リリーが持っていたカバンをバイクに乗ったひったくりに奪われた。

「待ちなさい! ――”天上天下唯我独尊”」

 エラリーがすかさず後を追い、モードを切り替える。


――飛燕(ひえん)

 燕が飛ぶかのような速度で走る。

 ATP(アデノシン三リン酸)を一時的に脚に集中させ、そのエネルギーによって高速移動が可能となる。


エラリーが盗人に追いつき


――獅子戦吼(ししせんこう)

 獅子が吼えるかのような勢いで掌底を放つ。

 ATPを一時的に腕と手のひらに集中させ、そのエネルギーによって爆発的掌底を喰らわすことができる。


 ひったくりが何メートルも吹っ飛び気絶する。


「リリーのものを奪うなんて。骨を砕かない程度に加減はしたから感謝しなさい」

 探偵というものは――エラリーは後のことになるが世界的探偵として活躍することになる――何かしらの武術に長けているものである。

 あのシャーロック・ホームズはバリツを、あのエラリー・クイーンは……特に嗜んでいないが、我らが女子大生エラリーは天上天下唯我独尊を。


“天上天下唯我独尊”とはエラリーが大好きな探偵小説『そして伝説へ』に出てくる探偵が言う名台詞。作中で探偵が武術を使っているのだが、それをエラリーは総称して天上天下唯我独尊と命名し独自の体系を作りあげた。作品に影響されてそれを極めてしまうなんて、中ニ病もここまで来ると尊敬に値する。


「はぁはぁ……お姉さま、ありがとう、ございます」

 リリーが息を切らしながら追いついた。

「リリー大丈夫? カバンはちゃんと回収したわ」

「はい、でも、ちょっと疲れました。お姉さま、速すぎです。好きです。はぁはぁ……」

「今どさくさに紛れて好きですって言った?」

「はい……でも、毎日何回も言ってますよ?」

「そうね。毎日何回も聞いているわ」

 二人がまた世界に入りかけたその時――


「あっ」

 エラリーが驚いて声を出す。

「ここは、この場所は――乙女の塔」

 ひったくりを追いかけて走っている内に、アゼルバイジャンの世界遺産の一つ、”乙女の塔”に前にいたのである。


 乙女の塔。

 地元ではグズガラスゥと呼ばれている。

 かつてこの地を支配していたモンゴル人の王が姫に結婚を強要した。それを望まない姫がこの塔から身を投げ出したということから、乙女の塔と呼ばれるようになった。


 エラリーが今回アゼルバイジャンに来た目的は三つ。

 一、世界遺産委員会に出席し、百舌・古市古墳群の世界遺産登録を見届ける。

 二、リリーと初めての海外旅行を満喫する。

 三、乙女の塔の謎を解く。

である。


 一は無事完了し、ニは現在進行系で、三も今こうして実現しようとしている。


「お姉さま、乙女の塔の謎ってなんでしたっけ?」

 リリーが首をかしげて聞く。

「姫の名前が伝わっていないから、乙女と姫を合わせて乙姫(おとひめ)でも呼びましょうか。乙姫がこの塔から飛び降りて本当に死んだのかどうか、その謎を解きたいの」

 乙姫が身を投げだしたという伝説はあるのだが、その後遺体が発見されていない。乙姫は実は生き延びたのではという噂もある。謎が大好きなエラリーはこの伝説を知ったとき自分で解き明かしたいと思った。アゼルバイジャンに行けることなどめったにないのだから、今回はその良い機会である。

「とりあえず、乙女の塔は今は博物館となっているから、中に入って展示物でも見てみましょうか」

 エラリーとリリーは乙女の塔に入り、中の博物館を見学することにした。


「お姉さまどうでした? 職員が、がらくたのような物ばかりしか残っていないと言っていましたね。確かによくわからないものばかりしかなかったです」

 二人は博物館の見学を終え、塔の最上階へと登っていっている。

「あの職員は全く観えていないとしかいいようがないわ。あの展示物のおかげでだいぶ謎は解けた。リリー、何事も観察眼が大切なの。例えば普段歩いている道。次そこを通るとき、家やお店の一軒一軒をよく観察してみなさい。今まで数え切れないほどその前を通っているのにも関わらず、こんな家があったのか、こんなお店があったのかと思うはずだわ。数え切れないほど目には入っているはずなのに、観察をしないと認識はしない」

 エラリーが最も大切にしているものは観察。見るんじゃあなく観ることである。

 例えば腕時計。その文字盤を見ずに描けることができるだろうか? 毎日何回も見ているはずなのに正確に描ける人はほとんどいない。


「塔の最上階であとひとつ確認することがあるわ。それが終われば乙姫の謎も解ける」

「何百年も謎だったものを解けるなんて、さすがお姉さま!」


 乙女の塔の最上階に着くと、大きな窓があった。

 そこから外を見ると少し先にカスピ海が広がっている。

 エラリーは窓へ向かい扉を開くと、なんと、飛び降りた!


「あっ、お姉さま!」

 リリーは思わず叫んでしまう。

 が、エラリーは窓のヘリに指だけかけて、宙ぶらりんの状態にいる。


 ――熊掴(ゆうかく)

 熊が握るかのような握力を得る。

 ATPを一時的に指に集中させ、そのエネルギーによってどんな場所でも掴めるようになる。


「リリー大丈夫よ。確認は終わった。これで謎は解けたわ」

 エラリーはひょいと体を持ち上げ、窓の外から塔の中へと戻った。


さて(・・)皆さん(・・・)

 エラリーは探偵小説でおなじみのセリフを放つ。

 不思議なことにエラリーが「さて、皆さん」と言うとその場にいる全員が凍りついたように動けなくなる。

「と言っても今回はリリーしかいないわね」

 エラリーはにっこりと微笑む。


「この事件――まぁ数百年の出来事だけど――を”アゼルバイジャン乙姫の謎”とでも命名しましょうか。

 結論から言うと、乙姫は生き延びたと私は思う。

 その根拠は博物館にあった展示物と、今外に出て確認した塔自身にある。

 窓の向こうにあるカスピ海はかつてこのあたり一帯まで広がっていたという説があるの。

 さっき外から塔を眺めたときにはわかっていたけど、今窓の外から飛び降りて間近で観察して、カスピ海の喫水線の跡が残っていたことを確認したわ。

 乙姫が生きていた当時、この辺りもカスピ海であったというのは本当だったのね。

 ラプンツェルのように幽閉されて外に出ることはできなかったでしょう。

 乙姫が身を投げたとしても地面に激突して死ぬことはない。遺体が発見されなかったのはカスピ海の底沈んだからかもしれない。


 しかし


 さっきの展示物の中に木材があったわ。職員はただの木片だと言っていたけど、あれは船の竜骨の一部だった。

 見た目ではただの木片だけど、観る人が(・・・・)観たら(・・・)竜骨だとわかる。

 職員は落書きだと言っていたけど、船の設計図らしきものもあったわ。

 つまり、この塔で船が作られていたということ。

 現代の刑務所では囚人への差し入れに少しずつ銃のパーツを紛れさせて、銃を完成させるということが行われている。

 それと同じような感じね。少しずつ船のパーツを持ち込んで完成させた。

王によって結婚を強いられそうになった乙姫はカスピ海に身を投じたふりをして、実は船を浮かべてどこかへ逃げた、というのが真相ではないかしら?

 乙姫にはきっと従者がいたはず。身の回りの世話や食事などが必要だろうし船を作る材料も持ち込まなければならない。その従者が乙姫が”塔から身を投げた”という話を流して、それが伝説として残ったのだと思う」

 

「乙姫はその後どうなったんですか?」

 エラリーが一気呵成に語り終えるとリリーもようやく喋れるようになった。

「それはわからないわね。展示物には特にその後の行方の証拠はありそうになかった。乙姫が生きていたのか死んでいたのか、私の興味はそこだけだからこれ以上は調べなくも良いわ」

 そうエラリーは人の生き死に、不可思議な謎、そういったものに興味がある。無事だった人間の人生がその後どうなったなど、どうでも良いのである。

「それにしても今日は世界遺産委員会があって、天上天下唯我独尊も使いすぎて使われたわ。早くホテルに戻って休みましょう」

「はい、お姉さま! ようやく二人だけの夜を過ごせますね!」

 リリーが気色悪く、ぐふふと笑う。

 


「姫様、ようやく船が完成しました」

「ありがとう」

「船造りは素人なものですから、時間がかかってしまいまして申し訳ございません」

「ふふ、竜骨を何度も折って大変でしたね。お陰様でこれで私は自由になれます」

「本当に行かれるのですね? ですが、姫様の想い人は敵国の王子。心配です」

「大丈夫ですよ。父が決めた相手との結婚なんて絶対に嫌です。私はあの人の元へ向かいます」

「王には塔からカスピ海に身を投じたと報告すればよろしいでしょうか?」

「はい、その通りに。遺書も書いたのでこれを父に渡してください。あなたに責任は負わせないよう書きましたので」

「ご配慮ありがとうございます。本当は私が船を漕いで姫様を送り届けたいのですが……」

「あなたには私が死んだことを父に伝えるという役割があります。ここでお別れです」

 

 塔の窓から船を降ろし、進水させる。

 従者も自ら乗ってきた船に乗り宮殿へ戻る支度をする。


「そういえば、ウラシマ太郎の話を覚えている?」

「遠く離れた日本という国に伝わる話ですよね。竜宮城がどうとか。姫様のお気入りのお話」

「えぇ、ウラシマ太郎が亀に乗って竜宮城に行って乙姫様に会うの。今回は、この船が亀で私が乙姫って感じかしらね。私は竜宮城へたどり着けるかしら」


 満月が煌々と輝き、姫と従者と塔を照らす。


「姫様、お元気で」

「ここが私の運命の分かれ道ね。父の言う通り結婚をすれば一生は安泰でしょう。でも私はあの人と一緒になりたいのです」


 そして姫は船を漕ぎ出し敵国へ出発した。

 その後、姫の行方を知る者はいない。


 史実ではこの後、モンゴル帝国は衰退しイスラムがこの地を支配することになる。

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