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がらくた魂

〇1999年 スカウトの話〇

 古来、我々人間は、人智の及ばない超自然的な現象を目の当たりにしたとき、その不可思議さを「魔物」という存在に仮託してきました。克服しやすく、あるいは呪詛(じゅそ)しやすい対象に置き換えることで、理解の及ばなさからくる原初的な恐怖を和らげ、代わりにまやかしの安堵を獲得し、これを心の均衡を保つよすがとしたわけです。これはまさに不可解な現象という扱いに困る代物を、自分の理解の及ぶ範疇に引き込む行為に他ならない。恐怖の感情を無理やりに支配下に置こうとした結果の行動といえるでしょう。

 さて、ここでいう魔物とはあくまで想像上の産物というふうに解釈されがちですけれども、もちろんそんなことはございません。ええ、ございませんとも…。


〇2019年 幹部会議の話〇

 私の名は紺野(こんの)。怪しげなスカウトにヘッドハンティングされて以来、この会社で死に物狂いに働き続けてきた。後戻りできなかったのだ!

 20年、仕事一筋。がむしゃらにやってきたつもりだ。その甲斐あってか、常務取締役にまでのぼりつめてやった。殊更にうぬぼれることはないが、多少の達成感はある。しかし、まだ道半ばだ。


 あと、10分。今日は月に一度開かれる幹部会議だ。現在、我が社は問題が山積している。この幹部会議でも、毎月のように難題が掃いて捨てるほど湧いてくる。さて、そろそろ会議室に向かわなければ。やれやれ、頭が痛いことだ。


〇1999年 スカウトの話〇

 この世にあまた跋扈(ばっこ)する異形の魔物たち。実のところ、彼の者らを生み出したのは我々人間なのですと申し上げましたら、あなたはそれをお信じになりますか? 生み出したと申しますのは、もちろん考え出したということを意味する陳腐な比喩表現などではございませんで、文字通り「製作」したということでございます。ええ、ええ、そうです。製作でございますよ!

 無論、信じるか否かはあなたの自由でございますけれども、この場においてはお信じいただけたということを前提にお話を進める他はございません。ございませんのです! そうしなければ、この物語は先に進行しないのでございますよ。よろしいですか? 彼の者らは決して想像の産物などではなく、確実にこの世に実在しているのです…。


〇2019年 幹部会議の話〇

「それでは定刻になりましたので、6月度の幹部会議を始めます。私、本日の議長を務めます品質保証部長の品田(しなだ)です。よろしくお願いいたします。さて、最初の議題ですが、正面モニター、もしくはお手元の資料にありますとおり、ゲーム営業部の小鳥遊(たかなし)部長から“新商品の売れ行きについて”報告があります。では、小鳥遊部長。お願いいたします」

「はい。ゲーム営業部長小鳥遊より報告いたします。新商品の『炎を吐く雪女』の件でございますが、はっきり申しまして売上は芳しくありません。あらゆるゲームメーカーに売り込みをかけておりますが、雪山でも火山でも扱いづらく使用シーンがイメージできない、と非難の声ばかりを頂戴する始末です」


〇1999年 スカウトの話〇

 例えば、人里離れた僻地で旅人を襲って喰らう独眼の巨人『キュクロープス』も、エジプトの砂漠に鎮座し我々人間をなぞなぞ(リドル)で弄ぶ『スフィンクス』も、元を辿ればすべては我々人間の製作物。そう、人間の製作物なのです!

 ハハハハ…! まだお信じになられないようですね。最初はだれでもそのような反応をお示しになるものです。では、彼の者らを「製作」したのが、私どもだと申し上げましたならばいかがでございましょうか。


 ここから先は、知ってしまえば後戻りはかないません。人生の岐路、分かれ道というやつですな…。それでも本当にお聞きになりますか? 


 …さようでございますか。それでは物語を続けることといたしましょう…。


〇2019年 幹部会議の話〇

 小鳥遊は続けた。

「我々ゲーム営業部の営業力不足という(そし)りは真摯に受け止めますが、それにしても今回の新商品はひどすぎやしませんでしょうか? コンセプトも何もあったもんじゃない。こんな産業廃棄物作っちゃって、どう展開していくつもりだったんです? これじゃあ、なかなかインストール契約まで漕ぎつけることができません。聞いてますか、開田(かいだ)さん!」

 名指しで非難されたのは商品開発部の開田。独特のクリーチャー開発センスを持つ天才肌で、はるか昔に『スフィンクス』のリドルのロジックを組み上げた功績が認められ、商品開発部長の座を獲得した男だ。

「我々商品開発部はしっかり市場をマーケティングした上で製品を作っております。営業努力が足りないのを棚上げして、我々に責任転嫁とはお門違いもいいところだ。6月のこのかき入れ時に、本業そっちのけで予算未達の逃げ口上に精を出しているようでは先が思いやられますなあ。小鳥遊部長?」

 ゲーム営業部長の小鳥遊と商品開発部長の開田は同期入社である。二人とも入社2、3年目の頃から頭角を現した我が社きってのやり手で、いまや部長の重責を担う逸材だ。両人ともに我が社を背負って立つ人材であることは間違いないのだが、なにぶんお互いに抜きつ抜かれつの出世競争を争ってきたライバル関係にあるので、まあとにかく仲が悪い。この二人のやり合いも幹部会議の名物と化しつつあるが、それにしてもこの険悪さは問題だ。


〇1999年 スカウトの話〇

 私ども、㈱クリーチャークリエイト、通称CCの事業内容は、一般に魔物と呼ばれているような人工生物「クリーチャー」の製作、および販売でございます。古今東西の書物・神話・絵画・遊戯に至るまで、実に様々な「魔物」が登場しますけれども、これらの要件を定義し、販売条件を決定し、最終的にお客様のもとにお届けするのが私どもの使命です。どうです? なかなか興味深い世界ではございませんか?

 もう少し詳しくお話いたしましょう。私どものようなクリーチャー開発企業が製作したクリーチャーは、書物や神話、絵画や遊戯などに“インストール”されることではじめてその存在が「正式な魔物」として認証されるに至ります。至りますのです!

 例えば、弊社の代表的な商品であるところの『スフィンクス』ですが、これはエジプト神話の世界観に合わせる形で開発を進めた商品です。自慢ではございませんが、弊社の狙いは見事的中し、『スフィンクス』はエジプト神話の目に留まりました。初期導入費用の他、毎月の保守サービス費用に関する見積書をエジプト神話サイドにお出しし、さまざまな交渉を経て、最終的に“インストール契約”に漕ぎつけたのでございます。晴れて『スフィンクス』はエジプト神話魔物群への仲間入りを果たしました。これは弊社の商品開発力と営業力の賜物、まさに快挙。自慢ではございませんがね…。おわかりになりますか? こういった手続きを踏んではじめて、クリーチャーはこの世に正式に認証され、「魔物」となるのです。


〇2019年 幹部会議の話〇

「私も小鳥遊部長と――」

と切り出したのは、書籍営業部長の本間(ほんま)である。小説や漫画などの書籍に対し、CC開発クリーチャーのインストールを狙う部隊を長年率いている老練の営業マンだ。

「同感ですね。書籍営業部でも、『炎を吐く雪女』は苦戦しておりますよ。産廃とまではいいませんが、まあいいとこ、不良品の類でしょうな。小鳥遊部長のグミ状クリーチャーも当時そんな評価を受けましたが、あれとは事情が異なりますなあ、今回は。なにせ致命的なバグが発生しておる。インストール契約に前向きだった数少ないお客様にサンプル品をお渡ししたところ、クレームが上がってきたのですよ」


〇1999年 スカウトの話〇

 さて、クリーチャー製造業に携わるうえで理解・認識しておかなければならない事柄について、ある程度ご説明しておく必要がございます。非常に大切なことですので、できればこの場で基本的な事項は押さえておくようお願い申し上げます…。

 まず、何より重要なことは、クリーチャーは製品であると同時に「生き物」であり、また「ソフトウェア」でもあるという特性です。ソフトウェアである以上、製品仕様書通りの挙動を示すかどうかの検証や、不具合が生じた場合のデバッグなどは極めて大切な業務となります。弊社には製品の品質を一定のレベルに保つための専門の部隊がおりまして、彼らのおかげで常に安全で高品質な魔物の提供が可能となっております。


〇2019年 幹部会議の話〇

 常務になってから、小さな問題にはなるべく容喙(ようかい)しないことに決めている。しかし、これは口を挟まずにはいられない状況だ。

「バグ? クレーム? 一体何のことだ。私は報告を受けていないのだが」

 本間は白いあごひげをしごきながら持ち前のイヤ味な顔をさらにひん曲げ、冷笑を浮かべながら答えた。

「紺野常務。『炎を吐く雪女』が実際に炎を吐こうとすると、雪女の体が融解を始めるというバグです。仕様書を確認しましたが、雪女の白装束に本来実装される予定の耐熱加工の工程がすっぽり抜けておるんじゃないかと予想します。ちょっと笑っちゃうくらいズサンですな。当該クリーチャーを強力なボスキャラとして物語に登場させようとしたファンタジー作家が泣いておりましたよ。いざ炎を吐くくだりにさしかかったところ、雪女が水たまりになってしまって笑い話にしかならないと。サンプル品は突っ返されまして、インストール契約も白紙です」

「これは明らかにデバッグ不足、いやデバッグしていないといった方がいいんじゃないのか。また品田さんのところのミスだろう」

と品質保証部長品田に詰め寄ったのはお客様相談室長の相内(あいうち)だ。本来、手を取り合って協力すべき品質保証部とお客様相談室なのだが、この両部門も犬猿の仲で互いに相手の足を引っ張り合うことが常態化しているという体たらくだ。


〇1999年 スカウトの話〇

 先ほど、クリーチャーは製品であると同時に「生き物」でもあると申し上げました。ここにクリーチャー製造業の難しさがあります。

 開発部門が製作したクリーチャーのうち、「試作品」や「サンプル品」など、すぐにお客様のもとにお届けすることのない製品に関しましては、社内の施設で「飼う」必要がございます。弊社では研究所に設置されたカテゴリー別のディレクトリ(フォルダ)のなかで、クリーチャーを飼育しております。例えば、書籍向けに開発されたクリーチャーであれば、「書籍」ディレクトリで飼うわけでございます。

 長い間販売の見込みが立たず、ディレクトリ内で飼い続けなければならないクリーチャーはいわば不良在庫です。餌代、ディレクトリ管理費などの経費もかかってきますから、これらの管理・運用が闇雲に行われるのは組織として極めて不健康です。あくまで適切に、計画的に行われることが理想といえます。

 …これは余談ですが、かつて弊社にも不良在庫と化したクリーチャーがおりました。とある水滴型グミ状のクリーチャーですが、特に取り柄らしい取り柄を持たず、各媒体の目に留まることもない。弊社で一番不名誉なディレクトリ「がらくた」のなかで惰眠を貪るだけの存在でした。

 ところで、弊社のゲーム営業部には小鳥遊という若手営業マンがおります。彼はこのグミ状クリーチャーのかわいらしい外見にいち早く可能性を見出し、コンピュータゲームのマスコット的な魔物として売り込むという戦略を立案しました。同時に1体数円で販売するという超低価格戦略をかけ合わせたことも功を奏し、彼は「がらくた」ディレクトリに眠っていた不良品を看板商品にまで押し上げるという大手柄を勝ち取ったのでございます。

 当該コンピュータゲームはいまや我が国を代表する国民的RPGとして親しまれるまでになりましたが、この成長に対する弊社のグミ状クリーチャーの寄与するところの大きさたるやまさに推して知るべし。推して知るべしでございます!

 小鳥遊はこの功績を評価され、近々課長に昇進することとなっております。…どうです? なかなかやりがいのありそうな仕事でしょう…?


〇2019年 幹部会議の話〇

 会議の司会を務めつつ相内の猛攻にさらされている気の毒な品質保証部長は、冷や汗を浮かべながらか細い声で答えた。

「こ、こんな初歩的なバグがあるわけない。すぐに確認させる」

「すぐに確認させる? そんな悠長なこと言っていられる神経を疑うよ。結局、また、がらくた行きじゃないか。がらくたディレクトリの肥やしが増えれば増えるほどセキュリティ対策がむずかしくなるんだ。もう容量も限界だぞ! セキュリティをどう担保するつもりだ」

 相内も仕事はできる男なのだが、相手が品田となると、感情的になってしまうのが玉に瑕だ。品田の粗を探してはネチネチとやり続ける様子は見るに堪えない。


〇1999年 スカウトの話〇

 ディレクトリ管理という話が出たところで、セキュリティ関連の話もしておかなければなりません。なりませんのです! 近年、クリーチャーを飼育するためのディレクトリを適切に管理・運用することは、クリーチャー製造業者の責任の一つとまで言われるようになりました。それを怠れば社会的信用の失墜を免れません。

 とあるクリーチャー開発企業は、ディレクトリのセキュリティ対策を怠り、大量の脱走クリーチャーを発生させました。昨今話題になっている心霊写真は、この脱走クリーチャーの姿をカメラが捉えたものです。無論、この罪深きクリーチャー開発企業は責任をとる形で廃業に追い込まれました。

 業者の管理から()け出した野良クリーチャーは、人や家畜を襲う害獣となる恐れがあります。また、正式な契約を取り交わしていない媒体がこのような野良クリーチャーに「感染」してしまう危険性もあります。これをウィルスクリーチャーといいますが、感染した媒体の世界観を壊しかねないと問題になっているのですよ。こういった野良クリーチャーは正規インストールを経ていない非認証の存在とみなされておりまして、その危険性からも速やかな駆除が望まれます。


〇2019年 幹部会議の話〇

 こうなってしまったら、私が助け舟を出すしかない。やれやれ、この幹部会議の疲れるところだ。

「品田君は品質保証部をあげて事実関係の把握に努めること。必要に応じて追加のデバッグ作業を行いなさい。相内君は営業部隊と協力してサンプル品を納品してしまったお客様へのサポートを万全に行うように。商品開発部は『炎を吐く雪女』の品質を少しでも高め、アップデートしてやる必要があるだろう。今のままのこの製品ではおそらくライバル社との競争には勝てない。開田君。急ぐんだ、時間がないぞ」

 開田が突如発言した。

「こうなったら、思い切って『炎を吐く雪女』にかなりの能力強化を施しましょう。白装束の性能を見直すのは当然行うとして、まず、AIの強化です。人語を解するレベルまでもっていくために自然言語処理を実装します。辞書ソフト、翻訳ソフトも可能な限り装備させます。思い切ってディープラーニングを実装してもおもしろいかもしれませんな。これくらいの強化を図らないと失墜したイメージの回復は難しいように思います」

「おもしろいんじゃないですか」

「この際、多少の費用がかかってもそれくらいの手をうつ必要があるだろうな」

「雷属性の刀なんかを装備させてもいいかもしれないぞ。火と雪と雷で死角がなくなるしな。ちょっと武器メーカーに連絡を取ってみるか」

「いや、死角なしってのは案外つまらんぞ。ちょっと隙があるくらいのほうがよかろう」

「目からビームなんてのもいいんじゃないですか。新機軸の雪女です」

 この後、『炎を吐く雪女』を強化する話題は異様なヒートアップを見せ、会議は夜半まで続いた。


〇1999年 スカウトの話〇

 さて、あなたにお願いがあるのです。紺野君! ここは単刀直入に申しましょう。あなたも私どもの仲間に加わりませんか? クリーチャーを作って売る、大義に満ちた偉大なる仕事のメンバーに! あなたには“素質”があります!


 …それはよかった。この業務内容は、いわゆる「企業秘密」でございましてね。ここまで聞いて私どものスカウトを拒んだ方々は、数週間以内に不審死を遂げているのです。人里離れた僻地でね…。いえいえ、滅相もございません。たまたま不幸が重なっただけですとも…。

 本件に関しましては、余計な詮索をすることを決しておすすめいたしません――


 ・・・・・


〇2019年 ディレクトリ管理部の話〇

 梅雨明けの空は真っ青に晴れ上がり、真夏の太陽が容赦なく地上に照りつけていた。

ディレクトリ管理部の社員2人が冷房の効いた部屋でドリップコーヒーを飲んでいる。そのうちの1人がモニターを見て驚愕の表情を浮かべた。

「おい、見ろ。がらくたディレクトリの餌メーターが全然減っていないぞ」

「なに? どういうことだ」

「様子を見に行ってみるか」


〇2019年 各報道番組の伝える話〇

「今日未明、東京都中央クリーチャークリエイト敷地の研究所から大型・中型のクリーチャー50体ほどが脱走するという事件がありました。調査の結果、飼育用ディレクトリに脆弱性(セキュリティホール)が発見されたということです。警察は同社社員の女が脱走を手引きしたとみて、行方を捜査しています」


「たった今入ったニュースです。今日未明、東京都中央クリーチャークリエイト研究所から大型・中型獣約50匹が脱走した事件で、主犯格とみられる女性型クリーチャーが脱走した獣を引き連れ、オンラインゲーム『Fort(フォート)』に集団感染したことがわかりました。『Fort』は今年3月からサービスを開始した新作のオンラインゲームで、西洋風の騎士たちが複数陣営に分かれて戦う戦術アクションゲームということです。西洋風の重厚な世界観の破壊も危惧され、早急な対応が求められます」


「『Fort』感染事件の続報です。渦中のクリーチャークリエイト幹部数名が不正魔物駆除部隊(ウィルスバスター)として『Fort』内部に送り込まれた模様です。その様子をライブカメラにて中継しております」


〇2019年 『Fort』内部 駆除軍野営地の話〇

 野営地に建てられた粗末な物見やぐらの上に武装した将軍3名が一列に並び、敵城を遠望しながら会話を交わしていた。

「10数年前はクリーチャーの作製・販売なんて商売はまだ公になっておらんかったし、ウィルス討伐なんかも国家秘匿級の極秘任務だったというに、いまではすっかりスポーツ観戦代わり。ライブカメラで国民様たちがご覧になってるっていうんだから、まったくふざけとる。こちとら命がけだというに。なぁ、タカナシよ」

「ホンマ将軍、この度はお手伝い感謝します。今回は完全にCC製品の不良ですからね。我々がなんとかしなければ…。まったく商品開発部も厄介な敵を作製してくれましたよ。ねぇ、カイダ将軍?」

「だまれ。お前だって少し前まではがらくた扱いしてただろうが。ゲーム営業部長を務めるお前が一流の武勇(プレーヤースキル)とやらで何とかしてみたらどうだ」

 黄金の鎧に身を固めた一人の男が管巻き3将軍に声をかけた。

「全員そろっているな」

「あ、コンノ常務」

「お前たち、わかっているだろう。世界観を壊すような発言は厳禁だ。私のこともコンノ大将軍と呼んでくれ」

「若干、照れくさいんですよ。(よわい)50にもなるとそういうのが」

「それは私だって同じだ。コンノ大将軍とか言いたくない。それよりもいいか、よく聞け。今回のミッションはウィルスクリーチャーの駆除だ。『炎を吐く雪女』は50体のがらくたの脱走を扇動しただけでなく、Fort世界の言語を駆使し、NPCノンプレイヤーキャラクターの西洋兵約750体を味方につけていると報告を受けている。つまり敵は合計800体だ。ホンマ、こちらの手勢は?」

「400ほどです。敵将は炎、吹雪を自在に操るだけでなく、一振り100万ボルトの名刀雷切(めいとうらいきり)を巧みに振るうという使い手です。世界観ぶち壊しですね。3回ほど戦いを挑みましたがいずれも敗退し、兵力が400程度まで減っている状況という設定での我々の出番(ゲームスタート)ですな。なかなか苦しい戦況(ハードモード)です」

「何度も言うようだが、メタ発言は大概にしろ。世界観が壊れたら損害賠償だぞ。…どんなゲームかもわからんし、タカナシ将軍、カイダ将軍はそれぞれ兵100を率いて攻めかかってみるのだ」


〇2019年 『Fort』内部 炎を吐く雪女の居城の話〇

「姫ッ! ウィルスバスターどもが攻め込んできました。兵力はおよそ200」

 白装束に身を包み、紫電の(ほとばし)る日本刀を優雅に構える“姫”の声はわずかに怒りの色を伴って城塞に響いた。

「ついにきましたか…。恐れることはありません。寡は衆に適せずといいます。適当にあしらい、敵が逃げ出したところを追撃すれば私たちの勝利は間違いありません。“一寸のがらくたにも五分の魂”。がらくた根性を見せつけてやるのです」

 “姫”は自室を出ると、そのまま城壁に向かった。城壁から見下ろすと敵将はこちらに気づき、大音声で呼ばわってきた。

「炎を吐く雪女ッ! お前はこのゲームに存在してはいけない。快く我らの駆除を受け入れろ」

「タカナシ将軍…。いえ、小鳥遊部長。私たちの望みは、私たち50体がそろって何かの媒体に正式インストールされることです」

「なんだと」

「小鳥遊部長。私は、私たちを駆除しに来た刺客があなただということがとても悲しいです」

「…」

「あなたはその昔、絶望の淵にいた1匹のがらくたクリーチャーの不遇を憐れみ、その者の良さを最大限に引き出すことで、彼に生きる希望すら与えたと聞いています。でも、彼と私たちとは何が違うというのです? かつての仁愛の心はどこかに置き忘れてしまったのですか? あなたは私たちの味方のはずです。それとも、長い富貴の生活に溺れ、CCの犬に成り下がってしまったのですか?」

 カイダ将軍はタカナシ将軍の目に逡巡(しゅんじゅん)の色を見て取って、決然と言った。

「タカナシ。あれは所詮、自然言語処理の成せる結果だ。クリーチャーのたわ言に耳を貸すな」

「あなたは開田部長…。いえ、お父様ではございませんか。いま、この城塞に立て籠もる50のがらくたは、すべてがあなたのつくったあなたの子ども。あなたは自分の子に刃をむけるというのですか? 自分たちの都合で命をつくり、自分たちの都合で命を壊す。そんな勝手が許されるというのですか?」

「…!」

「カ、カイダ。見ろ。兵士の士気ゲージがグングン下がっていく。奴はこのゲームの戦い方を知り尽くしている。この長広舌(ちょうこうぜつ)が士気を下げる技なんだ。一旦退かなくては」


〇2019年 『Fort』内部 駆除軍野営地の話〇

「それで、おめおめと戻ってきたというのか! 情に流されてウィルス駆除一つまともにできずに何がウィルスバスターだ」

 黄金の将軍の怒気を孕んだ声にタカナシはすくみあがった。隣でカイダも震えている。

「もう良い。私とホンマ将軍で奴らを駆除する。お前たちは現実に戻ってから厳重に処分する」


 コンノ大将軍の出馬――

 不正魔物駆除(ウィルスバスト)は稀少な才能だ。なかでも紺野常務は類まれなる“素質”を持つという。彼がひとたび戦場に出れば、(ウィルス)はあとかたもなく駆除される。しかし――


 ・・・・・


 開田が話しかけてくる。

「この戦い、どうなると思う」

「紺野常務のことだ。ウィルスクリーチャーは1体残らず駆逐されるだろう。それがあの人の仕事だもんな」

「『炎を吐く雪女』のあの言葉。本当にこのゲームの技がさせたことなのかな」

「…」

「小鳥遊。俺はお前のことが嫌いだが、同期の誼みで一つだけ頼みを聞いてくれないか」

「安心しろ。俺もお前のことが嫌いだが、同期の誼みで一つだけ頼みを聞いてやる」

 開田はおもむろに懐から何か球状のものを取り出した。

「商品開発部で作製した『魔物玉』だ。これを士気の低い敵に投げつければ、相手を傷つけず捕らえることができる」

「お、おい。その発想は危険だぞ…。ポケモ」

「わーわー。パクリじゃない。これはリスペクトだ」

「…」

「いいか。紺野常務の強さに敵が怯んだ一瞬の隙、そこを狙うんだ。これを命中させることができるのはゲーム営業部長のお前しかいない」


・・・・・


〇2019年 幹部会議の話〇

「それでは定刻になりましたので、8月度の幹部会議を始めます。私、本日の議長を務めます品質保証部長の品田です。よろしくお願いいたします。さて、最初の議題ですが、正面モニター、もしくはお手元の資料にありますとおり、ゲーム営業部の小鳥遊部長から“新商品の売れ行きについて”報告があります。では、小鳥遊部長。お願いいたします」

「はい。ゲーム営業部長小鳥遊より報告いたします。周知の事実の報告となり恐縮ですが、国中を騒がせた『炎を吐く雪女』の件でございます。例のFort事件での“姫”の戦いぶりと仁愛に満ちた主張は驚くほどの反響を呼び、全世界で炎を吐く雪女旋風を巻き起こしました。『Fort』側からも50体全てのインストール契約について、前向きに検討する旨のお返事をいただいております」


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