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おてがみ

学校は退屈だ。小学校も三年も通えば、通学路だって給食だって、教室だって見慣れてしまう。一年生の時は、新しい良いにおいのする教科書や、大きなランドセルを背負うことがうれしくて、張り切って学校に行った。大きな声で発表もしたし、先生にもたくさん褒められた。 でも、もう私は三年生である。三年生ということは、小学生の半分が終わるということだ。来年私は十歳になる。十歳は二十歳の半分だ。半分大人なくせに、私は何も知らない。この町にどんなところがあるのかも、例えば向かいのマンションのあの部屋に誰が住んでいるのかも。

気付いたら日曜日が始まっていて、ぼおっとしていたら終わりそう。寝すぎて土曜日と日曜日の境目に気付かなかった。二日間一歩も外に出なかったうえ、一言も喋っていない。試しに「あー」と言ってみる。体から抜けたやる気のない空気は、声帯を通ってきちんと「あー」という声になった。日曜日はもうすぐ終わる。もう一寸先に月曜日が控えているのだ。一週間の内訳が、月火日木日土日だったなら。これなら日曜の夜との別れも怖くない。水曜日を日曜日にする権利が売ってたとしたら。「水曜日日曜日化券」、百万円くらいだったらすぐに買ってしまうだろう。それなら、月曜日に「やあ、よく来ましたね。」と微笑む余裕さえあるかもしれない。月曜日から金曜日と、土曜日と日曜日。同じ時間のはずなのに、適当に消えてなくなってくれと思っている平日と、引き留めて引き留めてできることならトルコ風アイスみたいにびにょーんと伸ばして、端から端まで丹念に舐めまわすほど念願のくせに、いざ来るとカップ麺さながら簡素に消費してしまう休日。どうして五日働いた分の力を二日間で取り戻さなくてはならないのか、私には納得がいかない。おなかに力を込めて起き上がり、扉を開け、一階の郵便受けに行く。二日分の郵便物が貯まったポストを開くと、くるりと紙片が落ちた。

四〇一さま

こんにちは。はじめまして。わたしは藤崎きょうかです。知らない人に、手紙を書いてみたくなったので、書きました。とつぜんごめんなさい。わたしは三年生です。小学校で、すきなかもくは図工と生活です。図工は、絵をかいたり作ったりするのがすきだからです。生活で、この間二年二組でそだてているアゲハちょうのよう虫がせい虫になりました。黒いもようがとてもきれいで、本当はおうちにつれて帰りたかったけど、がまんしました。さいきん、すずちゃんもみなみちゃんもきらきらのペンをふで箱に入れています。きらきらのぺんで、算数の宿題を丸つけしたり、友だちに手紙をかいたりしています。姫さまに、きょうかがきらきらペンを持っていないことがばれてしまって、ばかにされてしまいました。姫さまはすぐにいばるので嫌いです。きょうかもほしいので、お母さんに言ったら、きらきらしたペンはまるつけにはひつようないし、友だちに手紙をかくのにひつようなのは、きらきらぺんではなくて、心をこめてかく気もちと言われてしまって買ってくれません。あなたは今なにが欲しいですか?


 薄い桃色の便箋に、鉛筆で拙いけれど丁寧に書かれた文字がぎっしりとつまっていた。小学四年生だという藤崎きょうかさんの字は、素直で混じり気がなくて、仕事に行きたくないとぐずぐずしている自分には眩しく感じてしまう。どうして小学生からの手紙が家に来るのだろうか。。きらきらぺん。小学生の頃は、筆箱がある種のステータスでもあった。確かにクラスの真ん中にいる女の子たちの筆箱には、キラキラペンにマーカーペン、香り付きの消しゴム、きれいな色の定規、小さなシールたちがぎゅうぎゅうと詰まっていた。そんなことを思うと、キラキラペンがほしいと言う小さい女の子の願いをなんとか叶えてあげたくなったが、どこの小学校に通っているのかもわからない女の子の願いを叶えてあげることはできない。なんとなく申し訳ない気がしながら、便箋を封筒にしまった。宛名の「四〇一」はきっとこの部屋の番号のことだろう。どうしてここに手紙を出すのか。


また郵便受けに手紙が入っていた。

401さま


はじめまして。藤崎さんに聞いて、手紙を書きます。水田まりといいます。藤崎さんは、401さまから返事が来ないとがっかりしていました。わたしの名前は、水田まりです。ひらがなで書くと、「みずたまり」です。自分の名前を言うと、いつも姫さまに笑われます。姫さまは、いつもふりふりしたワンピースを着ています。人形みたいにきれいな顔をしています。だから、男の子たちはみんな姫さまの家来のようになっています。姫さまが、きなこ揚げパンを食べたい、と言ったら、家来たちは自分のきなこ揚げパンを半分にちぎって渡します。姫さまが、「宿題をわすれちゃったの」と言ったら、家来たちは自分のノートをさっと差し出すのです。そんなじゅうじゅんな家来たちです。姫さまが「みずたまり」を笑ったら、どうなると思いますか。みんなで笑います。「みっずたっまりっ みっずたっまりっ」なんてへんな曲まで作って歌う家来までいます。私はそれがとてもくやしいのです。どうしたらよいですか。                          水田まり

 小学生の間で、私の家に手紙を送ることがブームになってしまったらどうしよう。でも、水田まりさんの手紙を読むと、返事を書かない訳にはいかない気がして、ボールペンを手に取った。

水田まりさま

 お手紙ありがとう。水田まりさん、私はとても素敵な名前だと思いました。「水田まり」声に出して言うと、つるんとしていて軽やかな、冷蔵庫で冷やした透きとおったゼリーのような感じがしませんか?あなたはただ堂々としていればよいと思います。それより、きなこ揚げパンの半分を姫さまに貢いでしまっている家来のほうが心配です。お腹が空かないのでしょうか。彼が、姫さまに「もうきなこ揚げパンを貢ぐのはやめます。」と言って、家来を卒業できるか、それでも貢ぎ続けるのかが、彼がちょっと大人になるか家来に甘んじるかの分かれ道になるのだろうなあ、と思います。取り留めがなくてごめんなさい。

 「きょうか、そろそろ起きないと学校間に合わないよ。」下からお母さんの大きな声が聞こえた。返事はしたくない。昨日お母さんとキラキラペンを買うか否かで喧嘩をしたのだ。お母さんは分かっていない。このキラキラペンを持っているか否かが、私の小学校生活の明暗を分けるかもしれないのだ。三年二組にキラキラペンの脅威を持ち込んだのは、姫さまだ。白い肌に華奢で長い手足。太陽に透けると僅かに茶色く輝く髪。あの子はとても可愛い。可愛いから恐いのだ。。溜息が出てしまう。私は窓の外を見た。雲のない空が広がっている。今日も姫さまは家来を侍らせて意気揚々と登校するのだろう。いつか姉から聞いた、溜息をつくと幸せが口から逃げていくよ、という言葉が頭をよぎって、慌てて息を吸い込むと、ベッドから起き上がった。

 眠い目をこすりながらリビングに行くと、お母さんと姉が朝食を食べていた。姉はいつも本を読んでいる。私がお絵描きをしている時も、テレビを見ている時も、常に本に目を落としている。いつか、私がクリスマスプレゼンを選ぶために、わくわくしながらおもちゃ屋の広告を見ていると、「そんなガラクタばかりあつめてどうするの?」と悪気のない顔で言っていた。こどもじみたものには興味がない質なのだ。こんな調子で、学校でうまくやれているのか、妹ながら非常に心配である。姉に友達はいるのだろうか。

「お姉さん、ちゃんと頑張って起きたよ。偉い?」

「はいはい。偉い偉い。」

「本当に思っていないでしょう。」

「思っているよ。きょうかは朝きちんと起きれるとても良い子です。」

「お母さんがキラキラペンを買ってくれないの。お願いお姉ちゃんのちょうだい。」

「それとこれとは話が違うでしょう。キラキラペンとあなたが良い子であることは、何も関連がないこと。」

「りなちゃんは良い子だよ。それにキラキラペンを持っている。ということは、良い子とキラキラペンには関連があるかもしれない。私がキラキラペンを手に入れたら、もっと良い子になるかも。でも、これはまだ仮説だから実験してみないと分からないでしょう。だから、調べるためにはキラキラペンをもらう必要がある。」

「はいはい。さっさと行かないと遅刻するよ。」

 お姉ちゃんは立ち上がると、食べ終えた食器を下げに台所に行ってしまった。


 学校に行くと、いつものように姫さまが威張っていた。姫さまは何が不満なのだろうか。いつも何かが気に入らなくて、いらいらしている。今日は、水田まりに不満をぶつけることにしたようだ。水田まりは、いつも猫背で小さな声で話す。あまりにも小さな声なので、何を言っているのか分からない。背中まで伸びた髪を後ろで一つに束ねている。私は姫さまとその取り巻きたちにはかかわりたくないので、ランドセルの中に入った教科書を机に入れる作業に集中しているふりをする。

「そういえば、昨日、新しい靴を履いていたのに、水たまりに入っちゃって汚れちゃってね。すごく嫌だったの。もう、どうして水たまりってあるのだろう。」姫さまが大きな声で言う。それを聞いて、取り巻きたちが大げさに笑う。本当にいやな人だなあ、と思う。シンデレラの義理の姉たちのようだ。ランドセルの中の教科書はすべて机に入ってしまった。姫さまご一行と目が合って、何かの拍子に次の的にされては困る。ゆっくりとランドセルを持って、立ち上がると、後ろのロッカーに向かう。水田まりをからかう声が大きくなってきた。水田まりは、いつものように猫背で自分の席に座っている。「みっずたっまりっ みっずたっまりっ」その悪意のある声に、胃が痛くなってくる。でも、私は何も言うことができずに下を向く。

 ふいに、目の端で人影が動いた。水田まりだった。「ねえ、水田まり、私水田まりだけど、何か用?」水田まりの声が教室に響いた。水田まりのこんなにはっきりとした声を聞いたのは、初めてだった。きっと、ほかのクラスメイトもそうだったと思う。張りのあるよく通る声だった。取り巻きたちは目が泳いでうろたえている。姫さまは、一瞬ぽかんと口を開けたが、すぐに開けた口を固く結び、何も言わなかった。


家に帰ると、また手紙が届いていた。

四〇一さま


返事が来なかったので少しがっかりしましたが、また手紙を書きました。あのあと、よく考えたら、わたしにはキラキラペンはひつようないと思いました。なんとなくみんなが持っていたから欲しかっただけだったみたい。                きょうかより


○本当に間に合わなかったです、でも何とか送ります


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