太陽の花
そうですね、怪談とは少し違うかもしれませんが...
あれは今から15年ほど前でしょうか。秋も終わりという頃、その少し前に亡くなった叔父の部屋を片付けていた時のお話です。
叔父の部屋は本棚に囲まれていて、その中の一つに絵本のコーナー(『100万回生きたねこ』『ねないこだれだ』『ぐりとぐら』等々なつかしい本でいっぱいです)があります。
その、絵本がたくさん詰まった本棚の上に、古びた粘土細工が一人ポツンと取り残されたように置かれていたのです。
大人の掌にすっぽり隠れる大きさで、茶色いまん丸の周囲に黄色いうにょうにょした物がたくさん付いていて... 特徴だけを並べると奇妙なガラクタそのものなのですが、なかなか愛嬌のあるヒマワリ(恐らく)のオブジェでした。
なんだか懐かしいような心地がしてじっと眺めていると、突然背後から声がします。
てっきり一人きりだと思っていた私は、飛び上がらんばかりに驚きました。ばっ、と勢い良く振り返ったのですが誰もいません。
『こっちだ』と再び背後からする声に今度はゆっくり振り向くと、そこには叔父がぼんやりと立っていたのです。
私は「あぁ...」と声をあげるだけで精一杯でした。身内の幽霊が立っていたのですからもっと何か言うべきなのでしょうが、内心の驚きとは裏腹にそんな淡白な反応になってしまいました。
『気になるのか、それ』と、生前とあまり変わらぬ様子の叔父が聞いてきます。
上手く声が出せずにのろのろ頷くと、叔父はどこか嬉しそうな様子で『そのヒマワリはな、俺のお守りなんだ...』と語り始めました。
私はそれよりも叔父に聞きたいことがたくさんあったのですが、話の腰を折るのも悪い気がして黙って続きを待ちました。
『それは昔、俺がとある王国で王室付きの家庭教師として働いていた時に、そこの姫様から頂いたものなんだよ』
まさかそんな胡散臭い語り出しとは思わなかったので、「ちょ、ちょっと待って」と早速、話の腰を折ってしまいました。
『なんだ?』
「王国って、なに?姫様って...」
『まあまあ、とにかく聞きな』
笑いを堪えているような眼と声で、叔父は話を続けます。
(ああ、この感じは... )
それは何とも不思議な感覚でした。記憶は極めて曖昧なのですが、幼い頃にこの人と過ごした時間があったのだ、と確かにそう思えるのです。
『諸事情により、王国の名前は控えさせてもらう』先程と変わらぬ調子で叔父が語り始めたのは、大体こういったお話でした。
叔父がとある王国で2番目のお姫様(曰く『第二皇女様』)の専属家庭教師をしていた時のことです。
姫様は国語や算数などのお勉強は得意でしたが、図工や音楽は苦手だったのだそうです。
それは姫様が8歳になる夏のこと。叔父は夏にまつわる工作をしましょう、という課題を出しました。
姫様はああでもないこうでもないと言いながら取り組んでらっしゃいましたが、結局上手くいかずに近所の公園に叔父を伴って『お忍び』で出掛けられたそうです。
お城の前の十字路から数分の位置にある公園には、ヒマワリに限らず季節の花が様々に咲いており、姫様の特にお気に入りの場所でした。
姫様は公園の広場で観察そっちのけで遊んだ後、帰り際に「ひまわりを作る!」と宣言されました。その後城に戻ってバタバタと忙しく準備をし、大騒ぎで紙粘土をこね、色を塗り、作品を仕上げたのでした。
『それが、これってわけだ』
「えっ、終わり?何か事件とかがあってお守りにしたんじゃないの?」
私はもっとドラマチックな展開を期待していましたので、唐突に終わった話に困惑してしまったのも無理からぬ話でしょう。
『人の思い入れなんてそんなもんだ』なんでもないように話す叔父は何故か満足気で、私はちらりと羨ましいような気持ちが湧いてくるのを感じました。
「それもらったの、よっぽど嬉しかったんだね」『そうだな』
からかうつもりで投げた私の言葉にも鷹揚に頷くだけの叔父の姿が妙におかしくって、二人で声を立てて笑いました。幽霊と一緒に笑うなんて中々ない体験だったなあと、今でもたまに思い出してはおかしくなります。
『今まで、ありがとうな』「うん、元気でね」
最後の言葉を交わした叔父がふっと消えた後で、死んだ人間に『元気で』もないもんだと思い、一人で声をたてずに笑いました。主が消えた部屋は優しい静けさに満ちていて、ずっとここにいれたらいいのになあ、とぼんやり考えていたことをよく覚えています。
さて、このままではダメだ、そろそろ掃除を始めようかと本棚に手を伸ばしかけた時です。閃きというと大げさですが、思いついたことがあり、私は件のお守りをつまみ上げました。
恐る恐るそれを裏返すと、広くて平べったい部分に年相応の不格好な文字で私の名前が刻まれてあったのです。
それを見た時、何かを思い出したわけではありません。ですが、
(私は、これを知っている)
それは、自分でも不思議なほどに強い確信でした。
驚きの波が去った後、ふつふつとおかしさが込み上げてきました。
「それにしても」
ふふふ、と忍び笑いが漏れます。
叔父も言うに事欠いて、王国のお姫様はないだろうに、と今度は声を上げて笑ってしまいました。
そして、笑い声はほどなく嗚咽に変わってゆきました。
それが悲しみの涙なのか、それとも別の何かからくるものなのか、あれから随分経った今でも私には分からないのです。
これで私の話は終わりです。拙い話で...
ああ、例のヒマワリですか?私が持っていますよ。お墓にお供えすることも考えたのですが、なんだか、お前が持っていろと言われてるような気がしまして。
このままお守りにして、私が死んだら誰かの夢枕にでも立って例のホラ話をしてやるのも良いかな、なんて思っています。ふふふ、なんだか楽しそうでしょう?
キーワード:分かれ道→十字路です。他は文中にそのまま登場します。




