ひときれのチーズケーキ
【future stories】
松宮奈緒は疲れ切っていた。
度重なる残業。上司からの叱責。お客様からのクレーム。そんな毎日が続いている。今日もなんとか乗り切り家にたどりついたが色々と限界だった。
冷蔵庫の中から缶ビールを取り出す。勢いよくプルタブを起こして、ビールを飲む。同時にスマホが震える。同僚の加蓮からだ。
「来週の金曜日の夜空いてる?合コンのメンバーが一人欠員でちゃったから来てくれると嬉しいんだけど…」
平日の合コンなんてとてもじゃないけど無理だ。どうせ残業三昧なのだから。そう思いながら返信を返した。
「ごめん。残業だと思うから難しいや」
スマホを置いて、大きなため息を吐く。
ここ数か月、仕事のある平日は何かも憂鬱だった。ストレスはたまる一方で、吐き出すことができない。小さいころは平日が楽しくてしょうがなかった。授業の合間の時間や放課後。毎日毎日友達と遊んでいたっけ。あのころはお姫様扱いされてたな。なんでも言うことを聞いてくれる男子の友達がいて、いろいろ命令したな。でも私はその男の子が好きだった。好きで好きでしょうがなかった。そんなことを思い出してたら涙がでてきた。
「あのころに戻りたいな」
涙を流しながらそう呟く。おもむろに引き出しから星形のキーホルダーを取り出した。このキーホルダーは特殊な機構がついていて、金具の部分を何回も回すと左右が分解するようになっている。金具を回し、分解されたキーホルダーから1枚の写真を取り出した。好きでたまらなかった男の子、今は何をしているだろう。自身が転校してしまい、会えなくなってしまったあの男の子。そんなことを思いながらテレビをつける。
「さて、今日は飛騨高山に来ています。飛騨高山は古い町並みが有名で外国人観光客にも人気のスポットです」
飛騨高山か。山奥みたいだから温泉もあるんだろうな。温泉に入ってゆっくりしたい。スマホ手に取り、飛騨高山の旅館を探し始めた。
「いろいろあるんだな」
写真が良さそうな旅館を選んで予約。とにかく遠くに行きたい。遠くのゆっくりした場所でゆっくりと休みたい。その思いだけで予約をしてしまう自分の行動力をとにかく褒めてあげたい。
「とりあえず準備しよう」
半分まで減ったビール缶をテーブルに置き旅行の準備を始めることにした。
東京駅から東海道新幹線で名古屋まで。名古屋からはワイドビューひだで飛騨高山まで。東京から数えるとおよそ5時間。ずいぶん遠いところまで来た。高山駅の改札を出ると外は雪が降っていた。テレビで見た古い町並みもきっと綺麗に違いない。まずは旅館に荷物を置いてこよう。
***
「今日も雪かきが大変だなぁ。こう毎日雪だと腰がまいっちゃいそうだ」
「でも、午後からはあがるみたいよ」
「本当に?それはよかった。じゃあ、あんまりやりたくはないけど、雪かき行ってきます」
永井裕樹はスコップを持ちながら、外に出て行った。数年前に脱サラをし、この高山市に引っ越してきた。小学生のころ、近所にあった喫茶店に入り浸っていたこともあり、喫茶店とかやりたいなとか思ったけど、自分でお店を開く勇気はなかったので、今はこうして旅館で働いている。旅館で働いていると様々な人たちを見ることができる。一人旅。仲のいいカップル。家族連れ。そして外国の方々。その人たちを精一杯もてなして笑顔で帰ってもらう。それがこの仕事の醍醐味だと思っているが、その人々を観察するのはなかなか面白い。そしてその観察は意外と役に立つことがあり、相手が求めているものがわかったりする。例えばアメニティが不足ほしいんだなとか。近くでおいしいお店を教えてほしいとか。あるいはちょっとした話し相手になってほしいとか。自分が対応できる範囲であればもちろんやってあげたいし、それは旅館の女将さんからも許されている。こういうところは昔お世話になった喫茶店の人達が影響している気がする。さて、今日はどんな人が泊まりにくるんだろうか。
***
旅館への道はそれなりに雪が積もっていた。一応雨用のブーツで来たから濡れはしないけどすごく滑りそうで危ない。そう思いながら歩いていると旅館の前にたどり着いた。旅館の前では一人の男性が雪かきをしていた。その男性が私に気付くと声をかけた。
「いらっしゃいませ。本日ご宿泊予定のお客様ですか」
「はい。そうです。宿泊前に荷物を預かってほしくて」
「ご予約ありがとうございます。かしこまりました。それでは中へどうぞ」
中へと通されると、お香らしき匂いが漂う、どこか古臭いながらも趣のあるロビーと受付があった。
「もうチェックイン可能な時間ですが、このままチェックインしますか?」
奈緒は少し考えて
「はい、チェックインします」
「かしこまりました。それではこちらの宿泊帳に、お名前とご住所、電話番号だけで結構ですのでご記入ください」
「わかりました」
宿泊帳を淡々と書いていると何やら視線を感じる。受付をしてくれている男性が私を見ているのか。どうも仕事のせいなのか他人の視線が気になってしまう。宿泊帳を記入が終わり、それを男性に渡す。
「ありがとうございます。それではこちらが部屋の鍵になります。宿泊費につきましては後払い制となっております。今回はお食事なしのプランでご予約頂いておりますが変更はなしでよろしいでしょうか」
「はい、変更なしでお願いします」
「かしこまりました。それでは、こちらがお部屋の鍵です。お客様のお部屋は『さざんか』というお部屋でした、この廊下の突き当り右側にある階段を上がった2回にございます」
「わかりました」
「なにかお困りのことありましたら遠慮なくお申し付けください」
「ありがとうございます」
『さざんか』の部屋に荷物を降ろして、ふと横になる。
さっきの男性はなんだったんだろう。なんだかすごくじろじろ見られていた気がする。でも会社の上司からくる目線とは何かが違う気がする。もっとなんだろう優しいというか温かいというか、もしかしたら地方の人は都心の人と違って気持ちの余裕があるから違うのかもしれない。気持ち悪くはないし、不快な気持ちではないものの、なにかあの感覚がずっと残ったままだった。
***
松宮奈緒。それは裕樹にとって知っている名前であった。小学生の時に引っ越しのために転校してしまった幼馴染。そしてその昔、自分のお姫様であった女の子。かれこれ20年くらい会っていないため、向こうは自分のことを認知しておらず、自分も宿泊帳に名前を書かれるまで気づきもしなかった。ただ、同姓同名ということもある。むやみに声をかけるのはちょっとためらわれる。それよりも表情が凄く疲れているのが気になった。通常、旅行を楽しみにしている人であれば、前向きで晴れ晴れとした表情をしているはず。しかし、彼女の場合はそれを感じることはなく、後ろむきでもないが何もしたくないくらいの気持ちを感じた。それを考えればむやみやたらに話しかけるのはよくないだろう。あくまで旅館の従業員の1人として役割を果たすことにしよう。
「永井君。今日宿泊予定のお客様がもういらしたの?」
宿泊帳を棚にしまい、雪かきを再開するために外に出ようとしたところでおかみさんに呼び止められた。
「はい。女性1名で宿泊のお客様がお見えになりました。先にチェックインを済まされています」
「結構早くに来たのね。どんなお客様だった?」
こうやってときどきお客様の様子をおかみさんは自分に聞いてくれる。これは自分の目が信頼されている証拠だ。
「すごく疲れている様子でした」
「そう…お食事なしのプランのお客様だから、できることは少ないかもしれないけど精一杯もてなしてあげましょう。あとは…おいしいお店とか、のんびりできる場所を教えてあげるのもいいかもね。できることはいっぱいあるはずよ」
「はい。わかりました!」
***
せっかく来たのだから観光っぽいことをしないと。でも一度横になった身体を起こす気力が欠如している。なんとか起き上がり、荷物を整理していると星形のキーホルダーが出てきた。家で取り出した際になんとなくカバンに入れていたのかもしれない。せっかくなのでカバンに着けることにした。そのほか、必要なものだけをカバンに詰め込み、部屋を出る。階段を下りて渡り廊下歩いて、受付の横を通りすぎる。受付には、最初に出会った男性がいた。
「いってらっしゃいませ」
そう一声かけられると、奈緒は受付へ向かって歩いていた。
「すみません。なにか観光するのにいい場所はありますか」
男性は少し驚いた様子を見せたが、すぐに笑顔になり。
「そうですね。特に有名なのは古い町並みですが、この雪だと「中橋」もなかなか良いかもしれません。赤い橋なので、雪景色には生えますよ。あとは『パグ・パイプ』という喫茶店はおすすめですよ。昔ながらの雰囲気が漂う喫茶店ですが、居心地が凄く良いです」
「ありがとうございます。まずは古い町並みを歩いてみようと思います」
「いえいえ」
そうして、旅館のたたきを出ようとしたその時。
「何かあれば何でもおっしゃってください。何か力になれればと思いますので」
そう男性は言ってくれたが、何も返せなかった。
***
うっかり口走ってしまったが、あれでよかっただろうか。普通に考えてみるととってもおかしい問いかけだった気がする。しかし、抑えることができなかった。星形のキーホルダー。あれを見てしまったから。まぁ言ってしまったものはしょうがない。本当であれば、懐かしんでもっと話をしたいところだが、何せ彼女は疲れた表情をしている。下手なことはしないほうが良い。でも何かをしてあげたい。さりげなく何かする方法はないか考える。
気付けば一人の女性に連絡をしていた。電話口から元気な声が発せられる。
「久しぶりじゃない!元気にしてた?」
「おかげさまで。すごく元気です。そしてなにより楽しいです」
「それはよかった。私の目は間違ってなかったみたいね」
「ありがとうございます。本当にその通りだと思います」
ふと笑みがこぼれてしまう。
「ところで、どうしたの?きっとなにか相談事なんでしょうけど」
「ばれましたか。おっしゃる通り、ご相談をしに電話をしました」
「やっぱりね。それで、どうしたの?」
裕樹はこれまでの経緯を話した。
「なるほどね。しかし、裕樹くんは優しいね。自分の気持ちを抑えて、その子を助けようとしている。本当は話したくてたまらないでしょ」
「いや、ほんとその通りで。でも自分は笑顔で帰ってくれるのが一番なんで。それさえ達成できればいいんです」
「なるほどね。でもね、人の気持ちを理解していると勝手に思い込んで、遠慮してしまうことは、時にいい方向にも悪い方向にも向いてしまうことがあると思うの。『あの時こうしておけば…』みたいに後悔することになるかもしれない。私にはそういうことがあったから」
「なるほど。運命の分かれ道ですね」
「そうそう。そんな感じかな。まずは、後悔のないようにね。私は、自分から名乗ってガンガン話かけてもいいと思うけどね」
「何もネタなく話しかけるのは、ちょっと気が引けますね」
「ん~そうか。あ、いいこと思いついた!」
***
男性に教えられた通り、古い町並みを歩き、中橋から宮川を眺め、喫茶店『パグ・パイプ』で一休みしたあと。旅館に戻る道を歩いていた。やはり、あの男性が気になってしまう。なんでだろう。なぜ気になってしまうのだろう。原因を考えてしまって、全然観光した気分になれてない。疲れているときやネガティブな時によく起きる。この性格はずっと変えたいと思っているのに全然変わらない。気分が落ち込んだまま旅館に戻りドアを開ける。開けると同時にお香の匂いに交じって、なぜか洋菓子のような匂いが漂っている。そして、受付の男性がソファに座っていた。男性はソファから立ち上がると
「お待ちしておりました」
と、一言かけて私をソファへ案内する。全く訳が分からないままソファへ座ると。
「当旅館ではウェルカムケーキを用意しておりまして、こちらをどうぞ」
と言われる差し出されたのはひときれのチーズケーキだった。
「どうぞ、この場でお召し上がりください」
困惑する一方だったが、さすがに出されたものを食べないわけにもいかず、また、なぜか男性のことは信頼できる気がした。フォークでチーズケーキを適度な大きさに切り、それを口に入れるとどこか懐かしい味がした。
「これは、昔からお世話になっていた喫茶店のチーズケーキと同じレシピで作っています。全く同じようにはもちろんできませんでしたが。少し、昔話をしましょう。あの時、私にはお姫様がいたのですが、ある日そのお姫様が大事な大事な宝物を失くしてしまいました。お姫様は私にその宝物探しを命じました。しかし私はそんなに頭が良い子供ではなかったので、そのお世話になっていた喫茶店のマスターに相談しました。結局、お姫様本人と後にそのマスターと結婚する女性が宝物を見つけました。その星型のキーホルダーをね」
「まさか…裕樹くんなの?」
「…そうです。お久しぶりですね、奈緒ちゃん」
***
夕食は二人で食べに行くことにした。おかみさんが配慮してくれて、シフトを開けてくれたのだ。奈緒ちゃんは東京に引っ越したあと、ちょっと上手くいかずに学校生活を過ごしたようだった。社会人になり、大手企業に就職したものの、仕事量の多さや職場の環境面で苦労しているらしく、その結果、ほとほとに疲れているとのことだった。
「まさか、こんなところで出会うとはね」
「本当にね。まさか裕樹くんがこっちにいるとは思わなかった」
「なかなかの奇跡だよね。」
「さっきのチーズケーキ。あれ、裕樹くんが考えたの?」
「半分くらい自分かな。半分は…内緒」
「なにそれ…意味わかんない」
笑いながら奈緒ちゃんはそう返した。
そんなたわいのない話をしながら時間が過ぎていく。酔っていたこともあり、一つ提案してみることにした。
「もしよかったら、こっちで働いてみない?そして、そのままどこかの旅館のおかみさんになってよ。そしたらそこで働くよ」
ちょっと冗談めいて言ってみると。
「うん。…考えとく」
と奈緒ちゃんはちょっとだけ笑いながら返してくれた。
お姫さまは僕のところに来てくれるかな。来てくれるといいな。来てくれたら、求婚してみようかな。アルコールで酔った僕の愉快な脳内はそんな妄想を膨れ上がらしていた。
【past stories】
「今日もいい天気だ」
尚貴はお店の花壇に水やりをしながら、そんなことを口にしていた。
本日も何事もなく通常営業だ。少し忙しかったが・・・。
午後4時を回った段階でようやく一息つける。昔ミリオンセールを記録した音楽をかけながらコーヒーを一杯淹れる。
本日は特に『さがしもの』に纏わる依頼を受けることがなかった。あぁ、1個だけあったな。
伊織に『新婚旅行で行きたい場所』を探しておけと言われたことを思い出す。伊織は僕の婚約者であり、このお店の常連兼店員だ。最初は『コーヒーの淹れ方を教えて』なんて言って教えてあげたのがきっかけで仲良くなり、いつの間にかお店の運営を手伝ってくれるようになるうちに仲が深まったのか、婚約する流れとなった。その伊織に今日言われたのだった。新婚旅行。僕としてはゆっくりできる場所で海外がいい。タヒチとかマルタとかも行ってみたい。あとはコーヒー豆の産地ニカラグアとかコロンビアとか。候補がいっぱいあるからいくつか絞ったうえで伊織に伝えることにしよう。
「…ません、すみません!」
はっと我に返りカウンターを見下ろすと、そこにはランドセルを背負った男子小学生が座っていた。
「ごめんね、少しぼーっとしてしまったよ。いらっしゃいませ。ここにメニューがあるから決めたら声をかけてね」
「あのすみません。さがしものをしてほしくてここに来ました!」
このお店は小学生や中学生の間でも「さがしもの」をしてくれることで有名らしく、こうやって学生から依頼されることがたまにある。
「うん。かしこまりました。それで、なにを探してほしいのかな」
「なおちゃんの宝物」
「たからもの?えーっと、なおちゃんはお友達のことかな」
「なおちゃんはぼくのお姫様なの」
「お姫様?君の名前は?」
「ひろき」
「ありがとうひろきくん。ところでひろきくん。どうしてなおちゃんの宝物を探しているの」
「だってなおちゃんはぼくのお姫様だから」
***
「うーん。今日もいい天気だったわ」
伊織は買い物の帰り道の夕日を見ながら、そう呟いた。
新婚旅行、どこに行こうかな。私は国内でのんびりでもいいけど、やっぱり海外がいい。新婚旅行なんて人生で1度きりの経験ですもの。できれば非日常的なところ、特別な場所に行きたい。そんなことを考えながら歩いていると、ふと公園で跪きながら何かを探している少女が目に入った。
「何か探しているの?」
そっと近づいて、少女に問いかける。
「宝物を失くしちゃったから探しているの」
「宝物?それってどんな形をしているの?お姉さんも一緒に探してあげる」
「星の形のキーホルダー」
「うん。わかった。この公園で失くしちゃったの?」
「わかんない。今日の帰り道に友達と遊んでて、おうちに着いたら失くなってたの。ランドセルについてたはずなのに」
「それで遊んでたこの公園に探しに来たってことね」
「うん」
「わかった。ちょっと私と一緒に探してみよう!」
***
どうやらひろきくんとなおちゃんは同じ小学校の生徒らしく。かつ家が近いのもあり、昔からよく遊んでいる幼馴染らしい。ただし、当時からなおちゃんはひろきくんよりも力が強く、力関係的になおちゃんが女王でひろきくんが臣下のような扱いになったらしい。学校の授業が終わり、まっすぐ家に帰ってのんびりしていたところ、突然なおちゃんが家を訪ねてきて『宝物を失くしちゃったから探すのを手伝って!』と命令されたことが、今回の『さがしもの』の依頼理由らしい。
「それで、そのなおちゃんの失くしちゃったものが「宝物」なんだね」
「うん」
「『宝物』っていうのはどういうのなの?」
「わかんない。なおちゃんに聞いても教えてくれないの」
なるほど。手がかりが一切ない。これはどうしたものか。
「普段からなおちゃんが大切にしていたものってわかるかな。もしかしたら、それが「宝物」かもしれないよ」
「大事にしていたもの…」
そのまま黙り込んでしまった。こういう時は。
「少し、甘いものを食べると良いよ。甘いものを食べると頭が回るかもしれない」
そういって、ひときれのチーズケーキを出してみた。
***
この公園は広いな。全てを探すにはまだまだ時間がかかりそうだ。疲れているなおちゃんをベンチで休ませながら伊織はそんなことを思っていた。
「なおちゃんは帰らなくて平気?おうちの人心配しない?」
「大丈夫。お母さんもお父さんも帰りは遅いの」
「なら安心した。帰らないといけない時間になったら教えてね。ところでキーホルダーだけど、どうして「宝物」なの?」
「キーホルダーはもらったものなの。大事な大事なお友達からもらったもの。だから「宝物」なの」
「へぇ。お友達からのプレゼントか。それは大事なものだね。絶対に見つけなきゃ!」
「うん」
「どんなお友達なの?」
「うーんとね。変な子なの」
「変な子?」
「昔からずっと一緒に遊んでたんだけど、急に私に怯えるようになっちゃって。気づいたら私の事を、『姫!』とか呼ぶようになっちゃった」
「確かにそれはちょっと変わってるかもね」
「わけわかんないって思ったけど、あとでお母さん同士の話を聞いていたら、私が怖いらしいの。怒ってるわけじゃないのになんでそんなことを思うのかな」
数秒置いて、なおはこういった。
「もっと仲良くしたいのに」
それを聞いて、伊織はふと思った。多分この子はその友達のことが好きなんだ。
***
「そういえば星のかたちをしたキーホルダーを大切にしていた気がする」
「星のかたちをしたキーホルダー?」
「うん。いつもランドセルにつけていたの」
「キーホルダーはどんな形をしているんだい」
「なんかネジみたいなのがついてた」
「ネジ?珍しい気がするね」
そう思い、パソコンで調べてみた。画像検束の結果からそれらしきキーホルダーがみつかったので見てみると。
「ほう…なるほど」
と思わず口に出してしまった。
***
「あった!これかな?」
星の形をしたキーホルダーを拾い上げ、なおちゃんに見せてみる
「うん!これだよ!ありがとうお姉さん!」
満面の笑みを浮かべながら、なおちゃんはキーホルダー受け取った。
「あのね、お姉さんさんにだけ見せてあげる。私の宝物」
そう言うと、なおちゃんはキーホルダーの金具を回し始めた。すると突然キーホルダーが分解され、中から小さな写真が出てきた。その写真には男の子となおちゃんが二人で映っていた。
「私ね、今度転校しちゃうんだ。その写真に写ってるのは大好きな友達。昔から遊んでいるお友達なの。いつまでも忘れないようにそこに入れておこうと思って。」
「素敵ね。すごくいいと思うよ。」
「えへへ。ありがとう」
「せっかくだから、お店でジュースだしてあげるからおいで」
「え。いいの」
「うん。いいよ」
***
お店のドアが開き、伊織と見知らぬ女の子が入ってきた。すると突然
「あれ?ひろきくん」
「あ、ひっ、姫!?すみません。まだ探し物は見つかっていません!」
「もう大丈夫だよ。見つかったから」
「え?」
「ねー。お姉さん」
伊織は笑いながら。
「うん」
と答えた。
***
なおちゃんとひろきくんは二人で仲良くジュースを飲んでいる。なおちゃんにはチーズケーキも出してあげた。なんとなく、ひろきくんはびくびくしているけれど。
「いいわね」
「うん。いいね」
二人を見て、とても微笑ましく思ってしまう。王子様とお姫様ではなく、臣下とお姫様みたいな二人だけど、きっとお姫様は臣下のことが好きなんだ。いっぱい撮ったであろう写真の1枚を宝物としてキーホルダーの中に入れているのが何よりの証拠だ。人にとってはがらくた当然のように扱っている思い出が、人にとっては大事な宝物になる。その事実に臣下が気付くのはいつになるかな。そんな妄想を一人で膨らませていた。




