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夕暮れ時はさびしそう

■■ 作中に、東日本大震災に関連した描写があります。抵抗を感じる方がいらっしゃいましたら、申し訳ありませんが閲覧をご遠慮いただきますようお願いいたします。■■


※Muさん、ご指摘の内容に合わせた改訂を行いました。まだ不備がありましたらご連絡ください。ありがとうごさいました。

2019年6月、とある金曜日。

私は半休を取り、午後の新幹線に乗り込んだ。


東京から約2時間半。

岩手県・一ノ関駅のホームに降り立つと、とある曲が頭をよぎる。

一関高専の同級生で結成されたバンド、N.S.Pのヒット曲「夕暮れ時はさびしそう」である。

以前どこかで偶然耳にして以来、メロディーが耳から離れなくなってしまった曲だ。


駅の外に出ると、外はちょうど夕暮れ時だった。

私は夕暮れ時が好きだ。時間を経るごとに、黄色からオレンジ、赤へと夕焼けが濃くなっていく。

二度と同じ夕焼けは見られない。そう思うと、夕焼けの一瞬一瞬を心に刻み込みたくなる。

今回は一人旅だ。夕暮れ空を眺めると一抹の淋しさを感じ、ちょうど歌のようだなと思いながらホテルへと向かう。


◇◇◇


――あれ、思ったより普通の部屋じゃないか…?

寝るだけだしと、安さにつられてワケあり部屋を予約していたのだ。

どうせ部屋が狭いとかだろう、と思って詳細をよく見ていなかったが、部屋はワケありというほど狭くはないし、テレビもベッドもきちんと置いてある。

――何が「ワケあり」なんだろう…?

ひとまず荷物を置き、ベッドに腰を下ろす。

そしてポケットからスマホを取り出し、ホテルのウェブページを開いて部屋の詳細を確認しようと…


ガタッ。


――!?

部屋の天井から物音がしたのだ。

驚きのあまり、スマホを取り落としそうになる。目線は天井を見上げたまま、身動きが取れなくなってしまった。


ギーギー、ミシッ。


今度は天井を何かが動いているような音が聞こえた。

「何、この音…?」

思わずつぶやく。


すると。


「……この音が聞こえるみたいね」


ガタッ。


さっきと同じような音がもう一度聞こえると同時に、小さな子どもが天井から透けるようにして現れたのだ。


――!!!


想定外の事態が立て続けに起き、脳がパニックを起こしかけている。

――まずは落ち着け…!

早鐘を打つ心臓をなだめ、その子どもをじっと見つめる。


顔つきからして7~8歳の女の子のようだ。

赤い着物を着て、髪型はおかっぱ頭。

――そう、そしてここは岩手県。

ということは…


「座敷童…?」


そう口にすると、赤い着物を着た女の子は答えた。


「そうね。世間ではそう呼ばれているわ」


座敷童。主に岩手県で伝承があり、座敷や蔵に住む神だと言われている。


「……座敷童って、お屋敷の屋根裏とかに住んでいるんじゃないの?どうして、こんなビジネスホテルの天井にいたの?」

私が尋ねると、座敷童は一瞬虚をつかれたような表情をした。

だがすぐに元の表情に戻り、私の質問には答えずに歩み寄ってくる。

「あなたには、あたしの姿が見えているようね」

「……えっ?うーんと、他の人にきみの姿は見えないの?」

「そうみたい。少なくとも、あたしのような存在を信じていない人たちには。さっきは天井で音を立てたけど、それも聞こえていないんだよね。でも、『何かがいるかも』っていう気味の悪さを感じる人は多少いるみたい」

――なるほど。だから「ワケあり部屋」だったのか。

私はファンタジーが好きだ。この世界には不思議なことがたくさんあって、いつかそういった出来事に出会えればいいな、と思っていた。ただ、ビジネスホテルの天井に座敷童がいるとは予想だにしていなかったけれど。

「でも、座敷童の存在を信じている人は少なくないんじゃないかな。そういった話を聞いて育った年配の人もいるだろうし。その人たちにも見えないの?」

「年配の人はなかなかこの部屋に泊まらないわ。ここに来てからあたしの存在に気付いた人は、あなたが初めて」

「『ここに来てから』?……っていうことは、前はどこか別の場所にいたの?」

しばしの沈黙。また彼女の表情が翳った。

「……うん、前はちょっと別のところに」

彼女の様子に、これ以上訊くのがためらわれた。過去については触れられたくないのかもしれない。

質問で返してくる。

「あなたはどこから来たの?」

「東京からだよ。午後の新幹線に乗って、さっき一ノ関に着いた」

「ふうん。見た感じ、仕事ではなさそうね。観光しに来たの?」

仕事ではないので、服装は私服だ。

「まあ、そうだね」

「なら、明日はどこに行くの?ここから近い中尊寺?」

中尊寺のある平泉へは、一ノ関から電車で2駅だ。普通の観光客ならそういう観光地に行くだろう。

だが、私が行こうと思っている場所は他にある。

「いや、明日は三陸の沿岸の方に行こうと思っていてね。海沿いを北上していって、大槌おおつちまで」

「……大槌、まで」

そうつぶやくと、彼女はまた黙り込んでしまった。俯き加減で、何かに逡巡しているように見える。

しばらく考え込んでいたが、やがて問いかけてきた。

「……どうして、大槌に行こうと思っているの?」

私が大槌を訪れることにした理由。

「大槌の街が前に訪れた時からどうなったのかを、この目で見たいんだ」


◇◇◇


2011年3月11日。

未曽有の巨大地震と大津波が、東日本一帯を襲った。

避難者は最大40万人、建物の被害は一部損壊まで含めると100万戸近くにも上る。

私が大槌を初めて訪れたのは5年前、2014年の夏。大学のゼミの一環で、震災復興関係の調査を手伝いに行った。

訪れた時点で、震災から3年半近くが経過していた。しかし、高台にある城跡から街を見下ろしたとき、私は言葉を失った。

海の手前に見える陸地には、建物の姿がほとんどなかったのだ。

その後で訪れたかつての町役場は、窓ガラスの部分がぽっかりと空いており、配管がぶら下がっていた。

かつて鉄道の橋があった場所には、橋脚しか残っていなかった。


その時から、私はこうした街の変化を追っていこうと決めた。

休みを利用し、東北太平洋沿岸の様々な街を訪れた。場所によって街の再開発の方法も進捗も様々で、「被災地復興」とひとくくりに考えてはいけない、と思い知らされた。

東京に住む私をはじめ多くの人々は、かつての街の姿を知らない。それでも、街の「これから」を知ることはできる。自分の足で街を訪れ、この目で確かめることが、あの日を忘れないこと、そしてその教訓を未来に伝えていくことにつながると私は信じている。


2019年3月、釜石から大槌を通って宮古までの区間が鉄道で復旧したのをニュースで見た。それを機に改めて大槌の街の様子を確かめたいと思い、今回の旅行プランを立てた――


◇◇◇


私の話が終わると、ホテルの部屋に沈黙が流れた。窓の外に見えた夕暮れ空は、いつしか藍色に変わっている。

彼女は目を伏せ、詰めていた息をそっと吐きだした。

「……そうね、その時が来たのね」

「えっ?」

「……あなたに、お願いがあるの」

顔を上げた彼女は、何かの覚悟を決めたような目で私をまっすぐに見つめてきた。

「……お願い?」

「明日、大槌まであなたと一緒に行ってもいい?……あなた以外に姿は見られないようにするから」

「うーんと、レンタカーを借りるから、乗せてあげるのは大丈夫だと思うけど…。でも、どうして…?」

私がそう言うと、彼女は私の横に腰を下ろし、口を開いた。

「……あの日まで、あたしは大槌に住んでいたんだ」

「…………」

「……長くなるけど、あたしの話も聞いてもらってもいいかな」


◇◇◇


あたしが住んでいた家は、大槌の街中にある一軒家だったんだ。

一條優哉いちじょうゆうやくんっていう男の子と、そのお父さんとお母さんの3人家族。あたしはその家で、優哉くんが成長していくのを見守っていたの。

その子にはあたしの姿が見えたみたいなんだ。着物を着ていたからか、「お姫さま」って呼んでくれて、一緒に家の中で遊んだりもしたわ。優哉くんの両親には姿は見えなかったみたいだけど、あたしの存在は感じていたようで、あたしが天井裏を動くと、「座敷童さんは今日も元気みたいだな」とか「座敷童さんも一緒にご飯をどうですか」って言ってくれた。あたしが天井から本当に下りてくると、優哉くんはあたしを指さして「おひめさまー」って笑って、お父さんとお母さんも「座敷童さん、いつも我が家を見守ってくれてありがとう」って微笑んでくれて。

やがて優哉くんは小学生になって、以前ほどには一緒に遊ばなくなったけど、夜部屋にいるとあたしに「座敷童さん、今日は学校でこんなことがあったんだよ」って教えてくれてね。それを聞くのも楽しかった。……あ、あの後で「座敷童」のことを理解したみたいでね、それからは「お姫さま」じゃなくて「座敷童さん」って呼ぶようになったんだけど。

あたしは本当にこの家と家族が大好きで、何があってもこの家を守りたい、って思っていたの。


「……でも」

あの日。


優哉くんが小学生になったのを機にお母さんもパートの仕事を始めていて、家には誰もいなかった。「この家を守る」とは言っていたけど、所詮は座敷童。優哉くんの勉強机も、かつて一緒に遊んで今はがらくたとなったおもちゃも、全てが流されて瓦礫と化して……。壊れていく家を前に、あたしができることは何もなかった……

座敷童が怪我をすることはないんだけど、家の外に出たことがなかったあたしは、誰がどこにいるのかも分からなかった。普通、住んでいた家がなくなった座敷童はどこか別の家に行ったりするんだけど、あの状況だと近くに入れそうな家はなくて。それに、もし一條家の誰かが死んじゃったりしてたら…って思うと……。あれほど良くしてもらったのに何もできなかったあたしが申し訳なくて、この街にいるのが耐えられなくなってしまって……

あたしは大槌の街から逃げ出して、とにかく山の方へ歩いて行った。海のある街だと、どうしても大槌のことを思い出しそうだったから……。何日歩いたか分からないけど、ある時車道にトラックが停まっているのを見つけて、荷台にこっそり乗ったら、着いたのがこの街だった。たまたまこのホテルの天井裏が空いてたから、落ち着くまでしばらくの間、って思ってここに住み始めたんだけど……


◇◇◇


彼女は涙を堪えながら必死に語っていた。私も涙をこぼしながら、彼女の肩にそっと手を伸ばす。透けて触れられないかも、と思った瞬間に感じた彼女のぬくもりに、思わずその肩を抱き寄せた。

「……いつかは、大槌に戻ろうと思っていたの……。大槌で優哉くんとそのご両親を捜して、見つからなかったら、諦めて他の家に行こう、って……。でも、どうしても……決心がつかなくて……。生きていたとしても、これだけ月日が経っちゃったら、もう……あたしのこと忘れちゃってるよね、きっと……」

私には、安易な慰めの言葉はかけられなかった。その代わり、自分ができる限りのことを伝える。

「明日は時間のある限り、大槌で優哉くんとその家族を捜すのを手伝うよ。その日は大槌に泊まるから、その次の日も昼間くらいまでなら捜せるし。……もし見つからなくても、知り合いのつてをたどってみるとか、東京でできる限りのことはするから」

「……ありがとう。偶然会っただけのあたしに、そこまでしてくれて。……でも、明日捜して見つからなかったら、もう区切りをつけるから。他の場所で心機一転暮らしているかもしれないし、……生きていな」

「それは言っちゃダメだ!」

彼女のその言葉を、思わず強い口調で遮ってしまう。

「……あ、つい口を挟んじゃって……ごめん」

「……いや、あたしの方こそごめんなさい……。生きてるってあたしが信じてないとダメだよね」

そこまで言うと、彼女は立ち上がった。

「話を聞いてくれてありがとう。あたしは上に戻るね。……明日はよろしくお願いします」

「……うん、わかった。おやすみなさい」

私がそう答えると、彼女の姿は天井に消えていった。


彼女の消えていった天井を見上げる。

――話を聞いてあげることしかできなかった。

彼女の気持ちを少しでも楽にする言葉がかけられればよかったのだが、何を言っても彼女を傷つけてしまいそうな気がしたのだ。

――せめて、明日は彼女の願いに精一杯応えよう。

私には私のできることをする。それが、前に進む一歩になると信じるしかない。


身支度を済ませ、ベッドに潜り込む。

目を閉じると様々なことを考えてしまい、なかなか寝付けなかった。

時々、天井からかすかな物音がする。明日が運命の分かれ道となりうる一日だから、緊張するのも無理はないだろう。

――どうか、彼女が明日優哉くん一家と再会を果たせますように。

そう、願わずにはいられなかった。


◇◇◇


翌日、土曜日。


朝一番でレンタカーを借り、彼女を乗せて一ノ関を後にした。

まずは東へ進み、海を目指す。山間をひた走ると、辿り着くのはふかひれで有名な気仙沼だ。

ここで進路を変え、海沿いの国道45号を北上する。津波で大きな被害を受けた地域を通るこの道路は、東日本大震災後に「過去の津波浸水区間」を表す標識が設置されている。

彼女は、窓の外のそうした風景をじっと見つめていた。


気仙沼から北上すると、次に現れるのが陸前高田の街だ。復興への希望のシンボルとなった奇跡の一本松は、国道からでも見ることができる。一本松の隣では追悼施設の建設が進んでいるほか、盛土でかさ上げされた高台には、ショッピングセンターや住宅地の再建が進んでいる。

その後も、大船渡、釜石と、海沿いの街を通っていく。海に面した部分では真新しい防波堤が見え、河川堤防などの改修工事が行われていた。


そしてようやく、大槌の街にたどり着いた。

彼女の横顔に目をやると、表情が硬いのがわかった。外の世界を何も知らなかった彼女が、ここまで長い距離を逃れてきた――いや、逃れざるを得なかったことに心が痛む。

鉄道復旧とともに建て替えられた大槌駅の前に車を停めた。「ひょっこりひょうたん島」のモデルとなった蓬莱島が大槌にあることにちなみ、駅舎の屋根はひょうたんの形になっている。

列車の来る時間ではないからか、駅前に人の姿はほとんどなかった。

「まずは、前の家があったあたりを捜してみようか」

「……うん。こっちの方だったはず」

彼女の記憶にある山の見え方を頼りに、街中を歩いていく。まだ空き地が目立つものの、新しい家が建ちつつあるのがわかる。一軒一軒表札を確認しながら、彼女たちのかつての家があった地区に近づいていく。

――どうか、戻ってきていてくれ……!

祈るような思いで、家を捜し歩く。前を行く彼女からも、切実さが痛いほど伝わってくる。


「……このあたり、だと思う」

山の見え方を確認して、彼女が立ち止まった。


その先には、新しい家が一軒――


一度立ち止まった彼女が、駆け出した。

私も後を追う。


「あぁ……」

一足先に家の前に着いた彼女が、足を止めて言葉を失っていた。その視線の先にあったのは――


「一條」という表札。


「ここが……」

私が言いかけたその時。


ガチャッ。


家のドアが開いたのだ。

出てきたのは、一人の少年。


ふたりの視線が合う。

ドアノブに手をかけたまま、彼の動きが止まる。


「……優哉、くん?」

「……座敷童、さん?」


驚きと半信半疑から発した小さな声は、すぐに確信に満ちた声に変わった。


「優哉くん!」

「座敷童さん!」


お互いの間の距離がもどかしいかのように駆け出し、きつく抱き締め合う。


「優哉くん、大きくなったんだね」

「うん。もう高校生だからね」

「……そうだよね。こんなに待たせてしまってごめんなさい。……心配かけたよね」

「いや、もう気にしないで。こうして会えたんだし。父さんと母さんも元気だよ。今は出かけてるけど、夕方には帰ってくる。座敷童さんが帰ってきたって知ったら、きっと喜ぶよ」

「……ありがとう。嬉しい」

涙を流しながらも、ふたりは笑っている。

出会ってから初めて見る彼女の笑顔に、私も救われた心地がする。

「実はね、僕たちが大槌に戻ってきたのは、去年、僕がちょうど高校生になる時だったんだ。中学校までは盛岡の親戚の家にお世話になっていたんだけど、やっぱりみんなで大槌に戻って生活がしたくて。もし座敷童さんが帰ってきた時に分からないと困るからって親と相談して、前と同じ場所に家を建てることにしたんだ」

「……うん。そのおかげで見つけることができたよ。本当にありがとう」

再会の喜びに浸っていたふたりだったが、同時にハッと気づいたような顔をした。慌てて腕を離し、私の前まで歩み寄ってきた。

「あなたが、彼女をここまで連れてきてくれたんですよね。お世話になりました。本当に、何とお礼を言ったらいいかわかりません。ありがとうございます」

彼がそう言い、ふたりで頭を下げた。

「いやいや、旅行のついでに車に乗せたくらいしかしてないし。ふたりが再会できて、本当によかった。……じゃあ、私はこれで失礼するよ。ご両親も帰ってくるようだし、今日は家族でゆっくり過ごしな。私が邪魔したら悪いだろうから」

来た道を戻ろうとした私を、彼が慌てて引き止める。

「……そんな!ぜひ、ご飯だけでも食べて行ってください!話を聞いたら、父も母も喜んでくれると思うので」

「気持ちは嬉しいけど、今日の宿ももう取ってあるしね。それなら、明日大槌を出発する前にもう一度寄ることにするよ」

「……わかりました。勝手なことを言ってすみませんでした」

今度は彼女が口を開く。

「ありがとう。この恩はずっと忘れないよ」

「こちらこそありがとう。これからも元気でね」

「うん。……また、ここに遊びに来てくれるよね?」

「もちろん、また大槌に遊びに行くよ」


優哉くんと連絡先を交換し、私は一條家を後にした。

駅に戻って車に乗り、街中を見て回る。

かつての町役場は、保存か解体かで住民の意見も割れる中、今年3月に解体工事が終了した。

鉄道の橋は復旧され、三陸鉄道の列車が人々を運んでいる。


そして、5年前にも訪れた高台の城跡へと向かう。

大きな変化は、線路が通り、駅ができたことだ。線路より手前側は土地の造成が進み、見て回ってきた家々が確認できた。

ただ、線路の向こう側、海に近い方には建物の姿がほとんどない。復興工事のための土置き場が、まだ多く残されていた。

大槌の復興は、まだまだ道半ばだ。


◇◇◇


翌日、日曜日。


大槌を発つ前に、一條家に立ち寄った。

優哉くんの両親も家におり、改めて感謝を伝えられた。

「私たちには座敷童さんの姿は見えないんだけど、やっぱり昨日から何かに温かく見守られている雰囲気を感じるんだよね」

「何より、優哉の表情が目に見えて明るくなったよね。本当に帰ってきてくれたんだ、と確信したわ」

私が出発する時は、家族全員で見送ってくれた。優哉くんの傍らには、赤い着物の女の子の姿もあった。

座敷童は、住む家に幸運をもたらすといわれている。


今度こそ、優哉くんとそのご家族に、幸せな未来が待っていますように――
















◇◇◇


その日の夕方。

盛岡でレンタカーを返却した私は、帰りの新幹線までの時間、盛岡の街を歩いていた。

ぶらついていると、川に架かる橋にたどり着く。

橋の上から西の方角を見ると、オレンジ色の夕暮れ空が広がっていた。

旅の最後の夕暮れ空。私は欄干に肘を乗せ、刻々と色が変わる夕焼けを眺めることにした。


夕焼けは、次第に濃くなっていく。

オレンジ色が完全に赤色へと変化したとき、私はあの色を思い出していた。

彼女の着物の、赤色を――


朝、優哉くんが語っていた言葉を思い出す。

――中学校の時の通学路は、途中で川沿いを通っていたんだ。帰りが夕方になると、ちょうど正面に夕暮れ空が見えて。それがだんだん濃くなってくると、どうしても座敷童さんの着物の色を思い出しちゃって、淋しくなってきちゃって。目を潤ませながら帰ったことも、何度もあったなあ……


川の上にいる私のもとを、風が吹き抜けていく。

かすかな湿っぽさを感じるのは、東北にも遅い梅雨が近づいているからだろうか。

夕暮れ空を眺めると、心の中から様々な感情が呼び起される。

だが、2日前に夕暮れ空を眺めた時のような淋しさを、もう感じることはないだろう。


あの街で、赤い着物を着た女の子と、彼女との再会を心待ちにしていた少年が、幸せに暮らしているのだから――

東日本大震災で犠牲になった方々に、深く哀悼の意を表します。また、被災された方々に、心からお見舞いを申し上げるとともに、被災地の一日も早い復興を祈念いたします。

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