駆け出し考古学者は古文書に夢を見るか?
「姫さま、落ち着いてくだされ!」
「だってナフィが警告してるのに誰も信じてくれないじゃない!」
執事らしい老年の男が困惑顔で頭を振る。
「Near Future Prediction System(近未来予知システム)はもう役に立ちませんぞ」
「そんなことない!」
姫さまと呼ばれた少女が反論する。
「この前だってナフィはちゃんと助けてくれたわ」
彼女は人型のロボットを振り返った。そのモニターには赤い文字で【運命はガラクタの中に在す】と神託のような文言が浮かび上がっていた。
「もう10年も昔の事でございましょう。最近では予知の精度は落ちるばかり。もはや信用出来ません」
「私は信じてるの!」
少女は一瞬泣きそうな表情を浮かべたが、それを振り払うように声を上げた。
「もう、いい!」
彼女は大きな窓を開け放ちバルコニーに足を踏み出す。
「姫さま!」
「私が行きます」
宮殿の高い塔から見える街並みはまるでオモチャのように小さかった。
彼女がバルコニーの欄干に足を掛ける。
「お待ちくだされ、姫さま!」
制止の言葉を振り切って少女が欄干から身を投げた。一瞬で少女の姿がバルコニーの下に消える。老執事が慌てて欄干に走り寄った。落下した少女は、けれどそこに、まるで見えない階段があるかのように、なにもない宙を歩いていた。少女の履いた反重力シューズが宙を踏みしめているのだ。
「爺、後は頼んだわ」
振り返って少女が告げる。その表情は思いの外しっかりしてわずかに笑みさえ浮かべていた。
「またでございますか。やれやれ、姫さまには困ったことじゃわい」
老執事はため息を吐くと部屋の中にとって返した。
「誰かある。姫さまの行き先を特定し、迎えの用意をいたせ」
♪ ♯ ♪
「うーん、これなんだ?」
発掘した金属の棒を検めながら、古文書に似たようなモノが記されてなかったか考える。
「簡易式可変電磁波発生器に似てるけど、まあ違うだろうなあ」
とりあえず持ち帰ろうと収集鞄に放り込む。
「それにしても相変わらず使えないもんばっかだなあ。さすがガラクタ丘陵」
知らず悪態が漏れる。でも本当は、俺にとちゃぁ、ここは宝の山だ。
王都からわずか2キロのその広大な丘陵は、通称ガラクタ丘陵。大昔のモノが大量に捨てられている古い都市の廃墟だ。元はここが王都の中心だったのだが約2千年前、何らかの理由でうち捨てられた。俺たちの祖先がこの星に移り住んでから3千年近く経った頃のことだ。どうしてそんな昔のことが分かるかというと、もちろん俺が天才考古学者(になる予定)だからだ! まあ今はただの駆け出しなんだけど。それでも10歳で古文書を読み下し15歳で大学に飛び級入学した俺は十分優秀だと自負している。それから3年、今の俺は故郷星から持ち込まれた年代物の古文書さえ読むことができる。そんな俺の夢は……
ボキッ!
「あっ」
余計なことを考えながら掘ってたらショベルが折れた。げっ。どうしよう〜。俺は頭を抱えた。考古学は金が掛かる。そして俺は貧乏だった。なぜなら俺には親がいないから。俺が大学に入った頃、起こるはずのない自動運転車の暴走事故で亡くなったのだ。
本来、都市の機能は高度に制御、自動化され、事故が起こる確率はほぼ零だった。けれど、近年、それはどんどん劣化してきていた。色んな所にガタが来ているのだ。理由は色々だ。高度すぎる科学技術と自動制御の弊害。人口減による知識の断絶と資源の枯渇。俺たちの文明は確実に衰退に向かっている。だから俺の夢は……
がしがしと頭をかいた。今は夢の話をしてる場合じゃない。とりあえず今日はここまでか。
「帰るか」
そう呟いた時。
「あの……」
突然女性の声が聞こえて驚いて振り返った。少女だった。俺と同じぐらいか、まだ二十歳にはなってなさそうな幼さを残した表情。透き通るような白い肌にキラキラ光る亜麻色の髪。意志の強そうな瞳が窺うように俺を見つめている。
「誰?」
こんなガラクタの丘に用がありそうには見えなかった。ただの通りすがり? よく見ると仕立てのいいドレスに首元には花模様のチョーカー左腕には瀟洒な腕輪をはめていて、どこか良い所のお嬢さんにしか見えない。やっぱ、こんなところにいるような娘じゃないよなあ。もしかして道に迷ったのか? 俺が悩んでいると
「あなた、どなた?」
いやそれ、俺が聞きたいんだけどさ。まあ、いいか。
「おれは、フィンチ街のレオナルド。レオでいいよ。キミは?」
「私は、オフィ……あ、いえ、えっと、フィリアです」
「フィリアか」
「レオは、ここで何をしているのですか?」
「まあ、なんていうか、宝探し?」
「え?」
フィリアが間の抜けた表情をする。
「こんなガラクタの丘で?」
カチンと来た。いや、もちろんここがガラクタばっかなのは俺も分かってる。けど、それを人に言われるとちょっと頭に来る。
「確かに、ここはガラクタばっかだけど、でもすごいお宝だって眠ってるんだぜ」
その途端、フィリアの表情が好奇心に輝いた。
「本当? 何があるの?」
いきなりタメかよ。さっきまでの丁寧な言葉遣いがウソのようだ。
「それは、色々だけど」
「色々って?」
「例えば……古文書の断片とか、エネルギー結晶の欠片とか、単磁場発生装置の一部とか」
「なんだか壊れたモノばかりじゃない?」
フィリアが呆れたように肩を竦めた。俺は焦って口走った。
「それだけじゃないぞ。ここにはとっておきのモノがある」
「へえ、何?」
「祖先が乗ってきた船だ!」
言ってしまってから、まずいと思った。これはまだ俺の仮説だ。でも、その時にはフィリアの瞳がキラキラ輝いていた。
「すごい! そんなすごいモノがここにあるの?!」
「いやまあ、俺の仮説なんだけど」
「えー! じゃあ、分からないの?」
「いや、絶対ここにあるはずなんだ。全ての古文書の記述がこの場所を示してる」
「ほんとかなあ?」
フィリアは半信半疑の表情。だから俺は言わなくていいことまで言っていた。
「いつか俺が証明してやるんだ。ここに古代の船が眠っていることを。その船で俺は故郷星に行ってやる。それが俺の夢なんだ」
フィリアが驚いたように目を見開いて俺を見つめていた。俺はなんだか恥ずかしくなってきた。こんな夢物語、今まで誰にも言ったことなかったのに。もちろん信じるやつなんかいないだろうに。
でも、フィリアはふっと微笑むと
「ステキな夢ね」
頬がカッと熱くなる。そんなことを言われたのは初めてだ。
「やっぱりあなたが運命なのね」
彼女が訳の分からないことを口走る。俺が首を傾げると
「じゃあ発掘中だったの?」
「まあ、そうなんだけど、こいつが壊れちまったんだ」
俺は折れたショベルを指さす。フィリアはそれを見て
「掘るモノが必要なのね?」
「そうだけど」
「分かった。ちょっと待ってて」
「え?」
そんなモノ都合よく持ってるのかと思って見ていると、彼女が不思議なことを始めた。左手で首のチョーカーを軽く触る。それから右手で何かを持つような仕草。そして彼女の口元から仄かなメロディが流れ出す。その歌に合わせたようにチョーカーの花模様が明滅を始めた。光は右手にも灯り、光の中で何かが凝り固まって形を持ち始めた。彼女が歌い終わった時、手の中に小ぶりなショベルが握られていた。
「なっ!」
まるで魔法だ。いや違う。これは!
「空間元素固定装置か!」
「はい、これ」
彼女がショベルを差し出してくる。受け取って確かめる。どう見たって本物だ。これがほんとに空間元素固定装置の産物だとしたら、そんなモノもう何百年も前の古文書の中にしか存在しないと思っていた。
「……十分に発達した科学技術は魔法と区別が付かない」
思わず呟く。
「なんのこと?」
「古文書にある警句だよ」
俺は顔を上げると真剣に聞いた。
「フィリア、キミはいったい何者だ? こんな失われたアイテムを持ってるなんて」
彼女は少し思案して
「私は……」
なにかを言おうとしたその時、遠く王都の方から警報が聞こえてきた。
「なんだ?」
王都の方角を仰ぎ見る。ここからじゃ何が起こっているのか分からない。
「やっぱり」
フィリアが眉根を寄せて厳しい表情をしている。
「何か知ってるのか?」
「いいえ。でも、何か大変なことが起こったのよ」
何が起こったか知らないが幸い俺たちは街から離れた場所にいる。とりあえず問題ないかな、と思った時、彼女が俺に向き直った。
「レオ、お願い。私を、いえ、私たちを助けて」
いきなり言われて面食らった。
「なんのことだ?」
「きっと、あなたが必要なの」
「はあ?」
話が見えない。
「ナフィがこの事態を予知したの。そして、あなたが運命だって」
「ちょっと待ってくれ。ナフィってなんだ?」
「ナフプレス。近未来予知システムよ」
「は? まてまて、そんなモノもう古文書の中にしか存在しない古代の技術だぞ。いったいキミは」
そこでフィリアは姿勢を正した。
「私の本当の名はオフィリア・ノア・ラピス」
「オフィリア・ノア……はっ! キミ、オフィリア姫なのか!?」
「ええ」
フィリアが軽く会釈する。俺は呆気にとられていた。王家の姫さまだったとは。道理で失われた古代のアイテムを保持してるわけだ。それにしても
「どうして俺が必要なんだ?」
「だから、ナフィがこの事態を予知して、その解決に、あなたが必要だと」
「俺に何をさせたい?」
「それは、まだ分からないけど」
「要するに、なんにも分からないって事か」
「そんなことは」
フィリアが慌てた声を出す。俺はそれを手で制した。
マテマテ、この展開はなんだ? 王女が俺に助けを求めているだと?
だが、その根拠は古い予知システムだ。そして何が求められているのかも分からない。こんな無茶な依頼、どうすればいい?
それに、もし失敗したときには、どうなるんだ? まさか重罪人として処罰されたりしないよな?
考えがまとまらない。頭が痛くなる。ただ……
これはチャンスかもしれないという思いも湧き上がってくる。もし、うまくいって王家に伝手が出来たら夢の実現に近付くかもしれない。
ここが人生の分かれ道なんじゃないか? どうする俺?
しばらく悩んだ末に答えを出した。急に高鳴り出した心臓を押さえつけながら震える声で告げる。
「……手伝ってもいい」
「ほんとに?」
フィリアがぱっと表情を明るくする。俺は慌てて付け足した。
「ただし、うまくいったら……俺の夢の実現に手を貸してくれないか?」
「ええ、よろこんで」
いきなり手を取られていた。
「うわ!」
その手をフィリアが胸元に持っていく。さっきとは別の意味で心臓が高鳴る。慌てて視線を逸らした先で、一台の浮上自動車が停まるのが見えた。
「姫さま! オフィリア姫さま!」
老年の男が降りてきた。彼女は振り返ると得意げな表情で
「爺、ナフィの言った通りでしょう」
「それは」
「それに見つけたわ。私たちの運命よ」
彼女が俺を見る。老人も俺に視線を向ける。その瞳が疑わしげだ。まあ、そうだろうなあ。俺自身がまだ半信半疑だし。
「それで、何が起こったの?」
「それは車内で話しましょう。急いでお帰りください」
「分かったわ。彼、レオも連れて行くわよ」
「仰せのままに」
老人はチラッと俺を見て恭しく頭を下げたのだった。
♪
車内で聞いた事態は予想以上だった。
この星の周りには多くの人工衛星が飛んでいるが、大部分はすでに寿命が過ぎ、地上へと落ちてくるモノも多い。大抵は大気圏で燃え尽きるけれど大型のモノは地上に落下してしまうこともある。昔は人のいない海や砂漠に落とすことも出来たのだが、今の科学技術ではもはやその制御もままならない。そして今回判明したのはとっくの昔に破棄された大型の宇宙ステーションが王都目指して落ちつつあるという事態だった。
「向きを変えられないのか?」
「制御する術がありませぬ」
俺の問いに老執事が答える。
「王都には迎撃システムがあるんじゃなかったか?」
「その様なモノ、この1世紀に渡って運用したこともありませぬ」
「爺、予想落下時刻は?」
「あと2時間程かと」
「とにかく街の住民を避難させるんだな」
「レオ、何か思いつかない?」
「そう言われても」
空から落ちてくる衛星を食い止める方法? そんなものあるか? それにこれは俺が役に立てるようなことだろうか? そんな疑問が湧く。
ただ、近未来予知システムが俺を必要としたのなら、何かあるんだろう。あとは王宮に着いてからだ。
♪
とは言え、俺に何か出来るとしたらやっぱりこれだろうと、王宮についてすぐに向かったのは博物館の収蔵庫。すでに失われた技術がここには残っているはずだ。それで衛星をなんとか出来ないか。
「うおっ!」
収蔵庫に入った途端、目を奪われた。所狭しと並んでいる様々なアイテム、古文書の中でしか見たことのないお宝が一杯だ。俺は使えそうなモノがないか端から見ていった。
「おぉ! 光学迷彩だと! まじか! おっ、こっちは遠隔ARメガネじゃないか。すげー」
「ちょっと、レオ、ねえ、大丈夫なの!」
付いてきたフィリアが袖を引っ張る。我に返った。
「いけね」
いつの間にか興奮で目的を忘れていた。だって、こんなお宝ばかりなんだぞ。仕方ないじゃないか。
ふと見上げると高い棚の最上部のものが目に留まる。あの形状は、もしかして……
「フィリア、あそこの装置取れないか?」
「えっと、あれね」
突然、彼女の身体が浮き上がった。まるで空中の見えない階段を登っていくように。
「はぁ?」
なんだそれ? ……そうか! 反重力装置か! ……マテよ? 反重力装置なら衛星を止めることができるんじゃ? いやいや、衛星の重量と速度的にそれは無理か。じゃあ、逆ならば……。思考が繋がっていく。何かアイデアが浮かびそうだった。その時
「はい、これ」
フィリアが棚から取って来たものを渡してくれる。
「これは!」
使えるかもしれない。でも、これだけじゃ扱いづらいな。
「フィリア、この装置の横にカプセル状のものはなかったか?」
「そういえば、あったような」
彼女が再び飛び上がってそれを取ってきた。
「これだ! もっとなかったか?」
「いえ。これだけしか」
彼女が首を振った。
どうする? これだけじゃ足りないぞ。どこかにもっとないのか? それとも今から作れないのか? そう思った瞬間、脳裏にガラクタ丘で見た魔法のような光景が蘇った。
「あ、ああ、あああああぁぁ!」
「ど、どうしたの!?」
俺の絶叫にフィリアが慌てる。でも、かまうものか、そうだ! これだ!
「フィリア、さっきショベルを作ってくれたあれは、なんでも作れるのか?」
「え? ええ、そうね、実物があれば複製はできるかな」
「数は? どのくらい作れる?」
「それは、出力次第だけど」
「出力はどうやって上げるんだ?」
「歌声の大きさとか」
「あ、あははは」
聞いた瞬間、笑いが込み上げてきた。
「な、なに?」
フィリアが驚いた顔をする。
「まさしくそれは古の力だな」
「どういうこと?」
「知ってるか? 古文書には、かつて人は歌の力で巨人を倒したと記されている」
「そうなの?」
「古い古い時代のお伽話だ。でもあれは真実なのかもしれないな」
「でも、それが今とどう関係があるの?」
「そうだな……今は、キミが”銀河の歌姫”になる番だ!」
♪
「ちょっとなにこれ! 恥ずかしいんだけど!」
「気にするな!」
王宮の広いバルコニーには王宮楽団が居並んでいた。楽団をバックにフィリアがバルコニーに佇む。手には大ぶりのマイク。バルコニーの両脇にこれでもかという巨大なスピーカーが配置されていた。その脇で俺は二つの装置を慎重に組み上げる。反重力制御装置と反物質生成装置だ。
「衛星落下まであと半時らしいから、それじゃ、フィリア、始めてくれ」
「これじゃ街中の人に私の歌声を聞かれちゃうじゃない」
「大丈夫。大半の人は地下避難が終わっただろ」
「そういうことじゃないの!」
フィリアが頬を染める。
「おーい、早く始めてくれ」
「もう、分かったわよ!」
姫の合図で楽団が演奏を始める。その調べに乗って彼女の歌声が大音響で流れ出した。同時に彼女のチェイサーの花模様が強く明滅を始める。空間にいくつも揺らめきが生じた。その揺らめきを目掛けて俺は収蔵庫で見つけた反物質生成装置のトリガーを引く。出来る反物質は通常の物質と触れ合うと対消滅する。もちろんそんなものを剥き出しで置いておくことはできないから、そのための反物質運搬カプセルが存在する。今、フィリアが空間元素固定装置で生み出そうとしているのはそのカプセルだ。
反物質で衛星を消滅させる。それが俺の考え付いた作戦だ。だけど反物質を衛星に確実に当てる方法は考えつかなかった。だから数に頼った。目標は100万個だ!
それから半時、フィリアは歌い続けた。俺も耳元で響く轟音のような歌声の中でひたすら反物質生成装置を操作し続けた。フィリアの歌に合わせて反物質入りのカプセルが次々に生み出されていく。出来た無数のカプセルは街全体を覆うように反重力装置で空中に広がった。
それにしても途中から体全体で踊るようにリズムを取りながら歌うフィリアに、最初嫌がってた割には結構イケイケだよなあ、などと思ったその時、再び警報が鳴り響いた。
空に赤々と尾を引く輝きが見えた。輝きは見る間にいくつにも分かれ、その一つ一つが次第に大きく迫ってきた。
「フィリア、もういい」
俺は反重力装置の出力を一気に上げる。街を覆う100万(には足らないか)の反物質カプセルが一斉に空に向かって飛びあがった。
カプセルが燃える衛星の欠片に衝突する。その瞬間、大きな破裂音と眩しい輝きを放って衛星が消滅した。
「やった! 成功だ!」
バチン! とフィリアと手を合わせる。
続いて、いくつにも分かれた衛星の欠片にカプセルが次々衝突していく。眩い閃光が空の彼方此方で大きく広がる。まるで打ち上げ花火のようだと思った。俺たちはその度にハイタッチを交わし合った。
その後も、王都に直撃する進路を取ったものは無事全て消滅できた。ただ王都の外には幾つか欠片が落下して大音声を轟かせた。それがどこなのか、この時の俺は気が付かなかった。
♪ ♯ ♪
王宮での夜会は豪勢なものだった。
駆け出しの俺にとって生まれて初めての経験だ。フィリアも盛装のドレス姿。胸元に蒼く煌くペンダントが印象的だ。一応、今回の功績で俺の所へもよくわからん人が次から次へと挨拶に来たもんだから始まって半時で心底疲れた。これならカプセルを作ってる方がよっぽど楽だ。ようやく人が途切れた頃合いを見計らって部屋から抜け出してバルコニーに退散する。
思わず大きく息を吐いた。何とかなってホッとした。これで王宮に伝手が出来たので、またあの収蔵庫に入らせてもらえないかなあ。お宝が一杯あったな。そして、ゆくゆくは夢を叶えて……
「レオ?」
声を掛けられて振り返るとフィリアがバルコニーに出てくるところだった。
「やあ、キミも抜け出してきたのか」
彼女も夜会に疲れて出てきたのかと思ったら微妙に焦った表情をしている。
「あのね、レオに話した方が良さそうなことがあって」
彼女は俺の隣まで来ると何かを探すように夜の街を見つめた。
「ああ、やっぱり」
「なにがやっぱりなんだ?」
彼女がちらっと俺を見てすぐ目をそらす。なんだ?
「あそこ見える?」
彼女が何かを指さした。それを追って俺も夜の街に目を凝らす。
「もっと遠くよ」
言われて街よりさらに遠くを見ると夜空が赤く染まっている場所に気がつく。あれは何かが燃えているのか? え? あれは…… 脳裏にいやな予感が浮かぶ。
「あそこは」
「ガラクタ丘陵よ」
「は?」
「衛星が落ちたの」
確かに王都への落下は食い止めたけど街の外までは手が回らなかった。て言うか、おい! あの場所は俺の夢のありかだぞ! くそっ、どうなっちまってるんだ!?
急いで駆け出そうとした。
「待って! 私も行くわ」
「キミが?」
「連れてってあげる」
「そうか、ありがと、う?」
てっきり浮上自動車で戻るのだと思ったのだけど違った。彼女がいきなり俺の手を取る。そのままバルコニーから身を投げた。もちろん引っ張られた俺も落っこちた。うお~落ちる~と思ったけど落ちなかった。
「なんて顔してるの。大丈夫よ」
気づくと俺たちは空を歩いていた。そうか、反重力シューズ。彼女が俺の顔を見て呆れたような表情を見せる。と言うかお姫様、あなたいつもこんなことしてるんでしょうか?
「だって手軽なのよ」
まあ、彼女の普段のお転婆はともかく、問題はあの丘だ。
♪
ガラクタ丘陵は業火に包まれていた。中心には大きく陥没したクレーター。空から見る丘は元の姿をどこに見出せばいいのか分からなかった。
俺は呆然とその光景を見つめていた。落胆が胸を占める。これじゃあ、手がかりも全て失われただろう。せっかく夢に一歩近づいてと思ったのに。
俺たちはクレーターの際に降り立った。これは酷い。近くで見る惨状に胸が苦しくなる。そんな俺にフィリアが心配そうな瞳を向けてくる。炎に煽られて風が舞い起こった。熱波のような風が吹きつけてくる。フィリアの髪が風に乱れた。胸元でペンダントが旗めいて炎を反射して蒼く光った。あれ? どれほど落ち込んでいても考古学者としての俺の性がそれを見とがめた。
「ちょっと、フィリア」
俺はペンダントに手を伸ばした。顔を近づけてペンダントの台座をにらむ。
「ちょっと、レオ、か、顔が近い」
彼女がなんか言ってるが無視して、そこに記されている文字を解読する。そして分かった。本当に必要だったのはこっちだったのかもしれない。
顔を上げると目と鼻の先に彼女の顔。
「うお!」「きゃあ!」
二人して反射的に離れる。それでも俺はペンダントを離さなかった。
「あの、レオ、なんなの?」
「フィリアはこのペンダントが何か知ってるのか?」
「え? 昔から王家に伝わるものだけど」
「台座の文字を読んだことは?」
「何か書いてあるの?」
俺は頷いて彼女に台座を見せる。
「これ、文字なの? 分からないわ」
「ああ、そうか」
今では忘れられたテラで使われていた文字の一つ。
「なんて書いてあるの?」
俺はその言葉を口ずさむ。
「リーテ・ラトバリタ・ウルス・アリアロス・バル・ネトリール」
「分からないわ。どういう意味?」
「『我を助けよ。光よ甦れ』かな」
フィリアはよく分からないというように首を傾げる。
「古文書にはこの宝石は”宙を飛び行く石”と記されている。これに願えば空を飛翔する使徒が助けに現れるとも」
「そうなの!? じゃあ、これが先に分かってたら私、恥ずかしい思いすることなかったの?」
「そうかもな。ただ……おかしいな」
「なにが?」
「その宝石は永遠に失われたはずなんだ。だから、これが本物かどうかわからないな」
「そう……」
フィリアはもう一度ペンダントの蒼い宝石を見つめる。それから呟くように言葉をなぞった。
「リーテ・ラトバリタ・ウルス・アリアロス・バル・ネトリール」
その瞬間。
蒼い光が世界に満ちた。
「ええ!?」
ペンダントが風にはためく。さっきまでの熱い風ではない。清浄な澄んだ風が光る宝石を中心に渦を巻いていた。やがて光は収束し、ひとつの束となってある場所を照らし出す。
「な、なにが起こってるの?」
フィリアの慌てた声。でも俺はその光景を感動して見ていた。古文書の通りだ。だとしたら、次は何が起こるんだ?
光の指し示す場所は偶然なのか丘にできたクレーターの中央。次の瞬間、大地が鳴動する。
「きゃあ」
フィリアがバランスを崩した。とっさに支えた俺も立っていられず二人して座り込む。揺れがますます激しくなった。大地に亀裂が走る。そして俺たちは見た。クレーターの底が抜けて暗き深淵が覗くのを。その深淵に光が点滅するのを。そして……。
それは大地を切り取って出現した。目の前の全てがそれに覆われる。夜空に果てしなく巨大なものが浮かんでいく。いったいどれだけ大きいのか把握できない。明滅する光がまるで生きているように流れていく。
呆然と見上げていた。ただ言葉だけが浮かんだ。
「宇宙船ラピス」
言葉に出して我に返った。
「これが、ラピスか! 先祖の移民船なのか!」
傍らでフィリアも惚けたように見上げている。思わず彼女の両手を取っていた。
「やった! 見つけた! 見つけたぞ、フィリア!」
ブンブン振り回す。
「ちょっと、レオ!」
「キミのおかげだ。そのペンダントが鍵だったんだ」
フィリアは胸元の宝石と俺を見比べてほっと笑顔を浮かべた。
「おめでとう、レオ。あなたの夢が叶ったのね」
「ありがとう。でもな、俺の夢はこれに乗ってテラに行くことだ。叶ったのはまだ半分だよ」
そう、俺の夢はこいつを使って俺たちの故郷星に行くことだ。それが可能かどうかは分からない。でも夢はまだこれからだ。
「その時は、私も……一緒に行っていい?」
フィリアが少し心配そうに聞いてくる。
「ああ、もちろん」
俺たちは空を覆う巨大な夢そのものを見つめながら笑いあった。
♪ ♯ ♪
♪ ♯
♪
「ちなみにだけど、フィリア、絶対”バルス”て言っちゃだめだぞ」
「え? 何? なんて言ったの?」
「聞こえなかったならいいんだ。忘れてくれ」
「えっと、なんだっけ? バル……」
「うわー! ストップ! 言っちゃ、ダメだ―!」
了




