意識は夢の中
いつからだろうか、こんな風に喋ってる自分の意識さえ、ここにはない様に思うようになったのは。
何てことない普通の会話、でも私の意識はそこにはない。
別のことを考えてもいないし、話に興味がない訳でもない。
でも私の意識はそこにはなかった。
こんなこと言うの変かもしれないけど。
ぼーっとしたまま会話していると言った方が正しいのだろう。
例えば今さっきまでしてた話なんだっけとか言われても答えられないし、ちゃんと聞いてるか問われたら聞いてないと思う。
一秒一秒削れていく時間。
それを意識するようになったのはいつからだろう。
別に死を恐れているわけじゃない。
嘘。
本当は怖い。
いつ死ぬかわかったらどれほど楽だろうと思う。
逆にそれも怖いかなと思う。
矛盾した気持ちが戦っている。
私は駄目だ。簡単に嘘をつくし、取り繕った笑みを浮かべて場を何とか乗り越えることに必死。
だから友達もいるけどそれは本当の友達じゃない。
私が次の日に私に似た別の何かになっても誰も疑問を抱かないだろう。
そんな日常をあとどのくらい繰り返せば気が済むのか。
私に未来はあるのか。
年を取った自分を想像できなくて、未来を想像すると怖くなって眠りについた。
いつまでたっても私は、親のすねをかじり続ける。
いつまでたっても自立ができない。
親に頼りきりの生活。
家事もしない。なにもしない。
そんな私に生きてる価値なんてあるのだろうか。
「ねえ」
声を掛けられて振り向く。
そこには小学生くらいの女の子がいた。
遊んできたのだろうか。ランドセルを背負っていなかった。
「やめなよ」
「やめるって何を?」
「それはじぶんがいちばんわかってるんじゃない?」
妙に大人びた口調で私に言う。
私はさっきまで考えていたことを思い出そうとしてやめた。
どうせくだらないことしか考えていないのだ。
「君はなんで私に話しかけたの?」
私はなんとなく、彼女に聞いた。
「わたしににてるから」
彼女はそう言った。
私の事なんて知りもしないくせに生意気な口きくなと思ったけどさらに聞いてみる。
「どこらへんが?」
「いしきがないとこ。ひとりなとこ。じぶんにかちがないとおもってるとこ」
彼女はなんで私のことをこんなに知っているのだろう。
分からなかった。
「あたしね。ひとのかんがえてることがわかるの」
そう言う彼女はなぜか悲しそうな顔をしていた。
「それは辛いこと?」
「つらいよ。みんなわたしのてきだもん」
何でもない事のように言うけど本当に辛いんだろうと思う。
「あたしもね。ここですべてをおわらせようとおもったの」
そんなことを言う。私は別に橋から川を見ていただけなのに、同類のように扱われてしまう。
「またあえるかなあ」
「会うの?別にいいけど」
「じゃあまたこんくらいのじかんにここにいて。あたしはいつでもまってるから」
そう言って手を振り、行ってしまう。
なぜだか、また会いたいと思ってしまった。
夕日が、いつも光を見ない目に刺さって痛かった。
次の日。
彼女はいなかった。
代わりに石の下に挟んだ手紙が見つかった。
『おねえさんへ。』
小学生とは思えないくらいきれいな字でその文章は書かれていた。
『おねえさんがここに来た時、私はもうこの世にはいないでしょう。
おねえさんは勘違いしていましたが、私は中学生でした。
それを知ったおねえさんの顔はちょっと見て見たかったかもしれません。
子供っぽい見た目で、おねえさんも小学生だと思ってたみたいだったのでわざとたどたどしく話して見ました。
私の演技、すごかったでしょ?
私は今まで、ずっと人の心と言うものが見えていて、人の悪意と言うものを物心ついた時から受け続けてきました。両親の期待。私へ向けられる敵意。悪意。嘘まみれの人間達。それらにもう絶望しかありません。なので私はこの橋から、落ちて死にます。
下が大きな川なのでもし落ちて死ねなくても、川で窒息死できることでしょう。死体は海に流されると思います。そう思うと非常に楽しみです。
最後に、おねえさんに会えて私は良かったと思います。初めて私と同じような人を見つけた時凄くびっくりして、おねえさんも今にも飛び降りそうだったから止めてしまいました。あの選択は今でも間違ってないと思います。と言うかそう思いたいです。
心も読めないだろう人がここまでからっぽなのを見ていてつらくなってしまいました。
おねえさんはどうか生きてください。私の分もね。
じゃあ、さようなら』
名前も書かれていないその手紙はそこで終わっていた。
そっか、死んじゃったのか。あの子。
柵の近くに、靴がある。多分彼女のだ。
救急車を呼んでも遅いだろうか。
考えてすぐ彼女はそれを望まないだろうと思い、やめた。
私も後を追おうかな。
そんなことをふと思う。
それは正しい選択のように思えた。
彼女の期待は裏切ることになるけど、いいか。
もう疲れた。
私は柵を越える。
靴を脱ぐ必要はないように感じられたので、そのままだった。
ちょっとの足の踏み場しかない。
結構ぎりぎりだ。柵につかまっている今は耐えられるけど。
手を離す。
後ろ側から落ちていく。わざわざ凄い速度で、近づく川を見てもつまらないだろうと思ったからだ。
青空がきれいだった。
いつか見た夢を思い出す。
私はただひたすらに広大な草原にいて、あの夢の空もこんな感じだったなと思った。
思ったよりゆっくりと進んでいく時間。
と思ったら、あっけなく川に叩きつけられる。
そこで意識は途絶えた。