絶対零度の決戦 前編『魔水晶怪獣降臨』
氷の思い出と言ったら小学生の頃スキーをしてツララが頭に落ちてきたことですかね…
~銀河山 麓の森~
「ハァ…ハァ…寒い…畜生…どこ行ったんだよ!ヒーローマン!」
猛烈な吹雪の中、銀世界の中心で叫ぶ秀樹を二つの巨大な影が見下ろしていた。
この絶望的な状況とその経緯、時は少しだけ遡る。
~旅館 一里塚 正面口~
秀樹が麗に連れ出された時、アリエはタイミングが良いのか悪いのか、二人と鉢合わせてしまった。
「二人ともどこ行くの?」
「ん?ああ。えっと…ちょっとお土産屋さんめぐってみようかな~って…」
「へぇ~じゃあ私も付いてっていい?」
第三者が同行すること、それは二人に別々の利益不利益を与えるには十分だった。
アリエが同行するということは、お互いに変身ができない。
早急に決着をつけたいレイにとってそれは大きな障害だ。
しかし秀樹にとっては手助けとなる。
人が多いこの時間帯の戦闘を回避できるのは大きい利益だ。
秀樹の戦いはあくまでも『守る』ための戦い。敵を倒すのは二の次だ。
一触即発の二人だったが、アリエの介入によってそれは一時的に安定する。
だが、レイにとってメリットが無いわけでもない。
正に将棋の一手詰め。あと一手でレイは確実な勝利を掴むことができる。
アリエを人質にとることだ。
先述した通り、秀樹の戦いは『守る』ための戦い。人質を、ましてや自分の友人を見殺しにしてまで勝利を掴もうとはしない。
レイはそのことをちゃんと理解している。しかしこの一手を実行することができない。
実行すれば自分の正体がクラスメイトを含めた多くの人間に知られるからだ。
正体がバレるから変身できないというのは本来抑止力的な力。故に「バレてもいい」という覚悟があれば、人間としての『氷咲麗』から暗黒の巨人としての『ダークブリザード』へ生まれ変わることができるならばこの状況でのデメリットは消失する。
だが人間としての未練は到底捨てきれない。家が裕福で願いが何でも叶うというのだからなおさらだ。
(私…どうしてこの力を…)
考えれば考えるほどにレイの迷いは広がっていく。
『どうした?ダークブリザード…迷っているのか?俺のために戦うことに…迷いを感じているのか?』
レイの頭の中に邪悪な何かが囁く。
『アナザーワン様…私は…』
『迷うことは無い。お前の願いは「誰かのために戦いたい」のはずだ。俺のために戦うのがお前の使命であり、願いだ。』
『ですが…』
『安心しろ。もしもの時は俺がついている。それに…お前には切り札を渡したはずだ。』
『ありがとう…ございます…』
『だが今はまだ人前で変身するのはマズい…そこの小娘はうまく撒け…』
一方その頃、秀樹はレイの歩みが遅くなっていることに違和感を感じていた。
「なぁヒーローマン…氷咲が遅いのはやっぱり念話中だったりするのか?」
「ああ。それも大きなオーラが見える…相当な相手と念話しているらしい…」
「それって…アナザーワンか?」
「分からない。だが彼女よりも上の存在なのは確かだ…」
まず一つ目の嫌な予感が的中した。アナザーワンは何か保険をかけるに違いない。その予想が的中してしまったのだ。
「マジかよ…っていうかオーラが見えるってことはもっと精度が上がれば念話の内容まで…」
「可能ではあるが私たちは別枠だ。オーバーブレスを装着している以上私たちの会話は念話ではない。どちらかと言うと独り言に近い。リングスパイクの漏洩を懸念してのことだろうけど…心配することはない。」
秀樹とレイ、二人の会話が落ち着いた頃にアリエが新たに話をふる。
「そういえばこの近くに銀河山っていう山があるらしいんだけど…行ってみる?麓の森だけでもさ」
(ナイスタイミング!)
(ちょっ…ヤな予感しかしない…)
これも二人に別々の利益不利益を与えるには十分だった。
山の麓にあるものと言えばそれは森。文字通り木が沢山ある場所だ。
人目に付きにくく、その上レイにとってはアリエを撒くことも容易だろう。
一方秀樹にとってそれは最も危惧すべきことだ。
巨人同士の戦闘に巻き込まれてしまえば十中八九生き残ることはできない。
「それはやめ「それはいいわね!そうしましょう!」
レイが食い気味に秀樹のセリフを妨害し、結局押し切られてしまう。
(アリエから目を離さないようにするしかないか…)
~銀河山 麓の森~
秀樹はアリエの言動に違和感を感じていた。念話が終わったのとほぼ同時にレイの有利となる話を振る。
偶然と考えることもできるが、そこにある違和感は秀樹の思考を終わらせてはくれない。
「なぁヒーローマン…マインドコントロール…みたいなのが可能な暗黒の巨人は何体いる?さっきのアリエの行動はどうしても不自然なんだよ…」
「アナザーワンだけだ。記憶操作と併用することによってある程度までなら事実と真実を書き換えることができる。」
「とすると…さっきの念話の相手はアナザーワンになるのか…」
秀樹にとってそれは悪い知らせであり、同時に不幸中の幸いとも言えることだ。
アナザーワンは確かに脅威ではあるが、戦闘能力は現段階では持ち合わせていない。
秀樹はそれを理解している。そのためこの事実は秀樹の気を引き締めることになり、レイにとってはマイナスととることもできる。
そんなことを考えているとき、ヒーローマンが焦ったように話しかけてくる。
『秀樹!後ろを見ろ!彼女が…アリエがいない!』
ヒーローマンの言葉に反応し振り返った時にはすでにどこにもアリエの姿は無かった。
「いつの間に…待てよ…俺はアリエから目を離さないように後ろを歩いていたハズ…まさか!」
「秀樹!今のはわたしの声じゃない!アナザーワンの念話だ!君の視界から彼女を消すための罠だ!」
『フフフ…ヒーローマン…お前が付いているとはいえ所詮は人間。ほんの少しの記憶障害…いわゆるド忘れ程度なら引き起こすことはできる。俺は今、「石堀アリエの後ろを歩いている」という認識を一瞬だけ消した。たったそれだけで思い通りとは…さすがは地球人。この星を選んで正解だったな…』
『アナザーワン!アリエをどこにやった!』
早星秀樹は自分よりも友人を優先する男である。
仲間のこととなれば強大な敵にも怖気ずかずに立ち向かうタフな勇気の持ち主でもある。
『心配することはない。彼女は旅館へ戻すことにした。俺は直接手を下すことはない。あくまでもブリザードのフォローをするだけだ。役者は彼女。俺はただの演出家だ。』
「そしてフォローしていただく私の目的はあなたを倒すこと。二度と動くことの無い氷塊にしてあげる…見ていてください!アナザーワン様!」
レイは鋭い短剣状のオーパーツを手の平に突き刺す。
眩い光に包まれ、その姿は暗黒の巨人へと変貌する。
瞬く間に山は白銀に覆われ、気温も息が白く凍る程にまで冷えた。
「いくぞ秀樹!」
「ああ!ヒーローマン!」
秀樹もオーパーツを左手首に突き刺し、赤と黒の巨人へ変身する。
「鋭い爪ね…だけど近付かなければ問題ないわ…」
変身した瞬間、氷柱の弾幕が秀樹を覆った。
「秀樹!クロースパイクだ!」
「言われなくても分かってる!」
赤黒い五本の軌跡が氷柱の雨を次々と砕き、その中をまるでモーゼが海を渡ったように秀樹が突き進む。
「近付かなければ問題ないと言ったよな…それは俺も同じだ!」
手の平に赤黒いエネルギーを集め、円盤状に高速回転させる。
「リングスパイク!」
ダークブリザードに向かい放たれたそれは空気を切り裂きながら超高速で突き進む。
「くっ…ブリザードブラスター!」
リングスパイクに応戦するため、ブリザードは両腕から青白い破壊光線を放った。
しかしそれすらも切り裂きながら光輪は突き進む。
(こうなったら切り札を…)
リングスパイクがブリザードに命中する寸前、巨大な影がその道を遮った。
その壁にぶつかると巨大な爆発と共に雪が巻き上げられ、全てが粉塵に包まれる。
「やったか?」
「いや…まだだ秀樹!彼女の前に何かがいる!」
砂よりも軽いのか雪の土煙はしばらく晴れない。
お互いに迂闊には手を出せない膠着状態を破ったのは一つの爆音だった。
「ヴオオォォォォォォォォォォォォ!」
雄叫びとも絶叫ともとれるその咆哮は辺り一帯の雪を吹き飛ばし、大地を一瞬で氷結させた。
粉塵が吹き飛ばされると、ダークブリザードの前には一回り大きい怪獣が立っていた。
禍々しく裂けた大きな口、異常と言っていいほど巨大な四肢、背中からは何本もの氷柱が棘のように生えている。
「アブソリオンだと⁉秀樹!気を付けろ!」
漆黒の体に青いラインを刻んだその怪獣は咆哮をやめると、秀樹の方向へ突進した。
ヒーローマンの胴とほぼ変わらないほど太い脚はその巨体をミサイルに変え、一歩一歩が大地を砕く。
秀樹はもう一度リングスパイクを放つが、硬い外皮に弾かれ一瞬で砕けてしまう。
凄まじい衝撃がヒーローマンの体を吹き飛ばすが、怪獣はそれを許さない。
頭を鷲掴みにし地面へ叩きつけると、逃げないように足で踏みつけ、口から強力な破壊光線を放つ。
「ぐっ…秀樹!変身解除だ!爆風を利用してできるだけ遠くまで逃げろ!」
巨人の姿は霧散し、破壊光線は怪獣の足元を穿つ。
その瞬間巨大な爆発が起こり、秀樹たちを吹き飛ばす。
その時だった、オーバーブレスの一部が破壊光線のダメージに耐え切れず破損し、秀樹の腕から抜け落ちてしまう。
「なっ…ヒーローマン!」
「秀樹…私は大丈夫だ!自分の身を案じてくれ!」
直後二人は吹雪に遮られ、お互いを見失う。
凄まじい吹雪は一瞬にして氷の大地を白銀に染め、秀樹は雪が深く積もった場所に落下する。
すぐに起き上がりヒーローマンを探すが、視界が悪いうえに体力も残っていない。
歩いては倒れ、歩いては倒れの繰り返しだ。
「ハァ…ハァ…寒い…畜生…どこ行ったんだよ!ヒーローマン!」
猛烈な吹雪の中、銀世界の中心で叫ぶ秀樹を二つの巨大な影が見下ろしていた。
『巨人』×『怪獣』の組み合わせは強いが大体がかませ。
これが特撮の定石です。