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世界の下層より  作者: plus 勇気
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必然の出会い

慎重に足元を照らしながら歩く冬馬――


暗闇の中には足音だけが寂しく響いていた。


彼は単独行動の危険を十分理解している。


賑やかな冬馬でも、さすがに慎重を気配を消していた。




…思ったより遠くに来ちまったみたいだな…


…グズグズしてたら落下時間になっちまう…




余裕があるとはいえ、定刻の落下時間は少しづつ迫っていた。


帰りの事を考えると少し危険なペースだ。


冬馬は自然と歩みを早める。


暫らく歩いていると、先ほどのスクラップ山まで戻って来た。




…さてと、さっきのゴブリンはどこだ?…


魔光石の光量を強くして辺りを探す。


暗闇の中からゴブリンの死骸が浮かび上がる。




…よし!あった!…


…頼むから、残っていてくれよ…




近づく冬馬。


近くでよく見るとゴブリンには魔法攻撃の跡があった。


苦しまずに死んだのだろう。


魔物らしからぬ安らかな表情をしている。




【新生リバイアス】には住民を魔物被害から守るためのドリフターズ(漂う者達)という民間組織があった。


駆除だけでなく、価値のある部位を販売して収入を得ている。


しかし、下級魔物に関しては大した金にならないので取り残しも多かった。




手や口を観察する冬馬。


雑な仕事をしたのだろう、やはり牙と爪には取り残しがあった。


確認を終えると小振りなナイフを胸ポケットから取り出す。


手早くナイフを使い、牙と爪を引き千切った。


そして大事にポケットにしまうのだった。






…ふぅ、確認しに来て正解だったぜ。戻るか…






その時――




キュウォォ…


何かの音が聞こえた。




…ん?なんか聞こえたよな気が…





キュウォォ…




…?!…


やはり聞こえる。


動物の息遣いだ。


煙が上がったスクラップ山の方向からだった。





…魔物か?珍しい…





【浄化の層】にもしばしば魔物は出現する。


だがそのほとんどは、落下の際に死ぬか、落下物によって死んでいた。


またドリフターズ(漂う者達)によっても管理駆除されているため、魔物に出会うことはまずなかった。



冬馬は念のため、ナイフを握り直す。


さらに爆弾岩の欠片をポケットの上から確認する。


魔光石の光量を落として、慎重に近づいていった…。






魔光石の明かりを完全に落とし、気配を殺す冬馬。


静かな鼓動だけがやけに響く。


段々と目が暗闇に慣れ始めてきた。


そこで見たものは…







大きな翼、凶悪な顎、鋭い爪、頑丈そうな鱗――


大きな竜が倒れていた。







正確に言えば冬馬は竜を見たことがなかった。


だが、話で聞いた特徴からすぐ竜だと分かった。


「おいおい、すげーのが落ちてきてるな…」


思わず小声で呟く。


竜はキュォッ…、キュォッ…、と短い呼吸を繰り返している。




この息遣いはよく知っている――




こうした息遣いをした仲間を何人も看取っているからだ。


どうやら竜はこと切れる寸前だ。




「さっき落ちてきたのはお前だったのか…」



…キュォッ… キュォッ… キュォッ…


竜の息遣いだけが聞こえる。



「大丈夫だ…。そばにいてやる…」


冬馬は優しく竜に話しかけた。





魔光石の光量を元に戻す。


光は竜の巨躯を照らし出した。


竜と冬馬は目が合う。


竜の目は閉じかけていた。





竜の一部はゴブリン以上に金になることは分かっていた。


だが冬馬は竜がこと切れるのを見守った。




命への尊敬を込めて――




誰かに教えられたわけではない。


彼は仲間の死から生命の本質を学んでいた。





竜の呼吸が徐々に弱まる。


次第に眠る様にこと切れるのだった…。





暫らくの沈黙。






動き出す冬馬。


竜の爪と牙を回収するためだ。


しかし竜の体が頑丈過ぎて、手持ちのナイフでは時間が掛かりそうだった。


落下時間も刻一刻と迫っている。




…仕方ねーな…




竜の指を一本だけ切り落としその場を離れようとする。


すると近くにトランクが転がっているが目に入った。




…お!…


…今日はツイてる!…




確認するため近づく冬馬。


トランクは落下の衝撃で所々が壊れていた。


カチャっという小気味いい音を鳴らし開くトランク。


息を飲む冬馬。


その中身は――





絵画の様に幻想的だった…。






幼さを残した顔立ち…


赤みがかった髪…


透き通る白い肌…


華奢な身体…


その全てが魔光石の光を反射しているようで眩しかった…


おとぎ話の登場人物のような少女。





少女は膝を折り曲げて横たわっていた。


…綺麗だ…


見とれてしまう冬馬。






…って違うだろ!!なんだよこれ!!!…


少しの間をおき正気に戻る。






こいつはヤバいと直感した。


竜や少女といい、普段は起きないことが起き過ぎている。


上のマフィア連中が絡んでいるかもしれない。


見なかったことにしろ!と本能が警告をした。


しかし、冬馬は彼女に惹かれる自分を止めることが出来なかった。






…生きているのか?…






冬馬は少女の口に耳を近づける。


呼吸の音が聞こえる。





…生きてる…





「お、おい…」


声をかけ、肩に揺すろうと彼女に触れた瞬間――





稲妻に打たれた様な衝撃を全身に感じた。


頭の中に流れる意味不明なイメージ。


微笑む女性。


笑い返す男。


どこかの庭。


誰かが遠くで二人を睨んでいる。




「うわッ!なんだこれ」


「うわーーーーー!!!」


頭を抱えてパニックに陥る冬馬。


走り周り大騒ぎをしてしまう。





う、うーん…


その騒がしい音のためか、少女の意識レベルが急激に上昇し始めた。





ゆっくりと目覚めていくリディ。


目からは一筋の涙が流れた。


瞳は薄い緑色をしていた。






冬馬と目が合う。




そこら中を走り回り大騒ぎをしていた冬馬。


目覚めたことに気づき平静を装う。





「よ、よう」


片手を上げ、とりあえず挨拶してみる。






少女はよろめきながら立ち上がる。


服は肌着のような薄手のもの一枚だった。


控えめな胸が可愛らしい。






意識が回復しきっていない少女。


冬馬の存在を認識する。




「個体ナンバーはVSCO2Cです。少し意識が混濁していますが…」


「…大丈夫です…実験を継続させて下さい…」


と弱々しい声で申告する少女。




「へ…?お、おい。大丈夫か?」


冬馬は声をかける。





少女の意識はさらに回復する。


目の前にいるのが少年だと気が付いた。


怪訝そうな顔をして少女は尋ねる。




「…?あなた誰?」


「ここどこ…?」


「私、どうしてこんな場所に…?」




辺りを見回し暫らく考え込む。




「そうだメルル!?メルルはどこ!?」


唐突に取り乱す少女。


トランクから出て、駆けだそうとする。


よほど急いでいたのか、少女の足は裸足だった。




「おい!ここいらは結構あぶねーんだ!うろつくな」


冬馬はとっさに腕をつかみ制止した。




「いや、離して!」


腕を振りほどこうと少女が暴れる。




「大丈夫だ!危害を加えるつもりはねーよ」


「頼むから落ち着いてくれ!」


必死になだめようとする冬馬。


少女の腕を引き寄せ、正対する。


そして、きちんと目を見て伝えた。




「いいか!俺はここいらに住んでるモンだ」


「それであんたはトランクに入ってて、ここに転がってた」


「分かるか? 」




冬馬の必死さが伝わったのか、次第に落ち着きを取り戻す少女。




「私…記憶があやふやで…。メルルが私の部屋に来たところまでは覚えているのに」


「なんでこんなところに…」


「怖い…」


少女は震えていた。




彼女の振る舞い方、装いからしても咎人とは考えにくかった。


何かの事件に巻き込まれたと考えるのが自然だろう。


冬馬の正義感に火が付いた。




「なにか事情がありそうだな…」


「安心しな。しばらく俺が守ってやる」


胸を叩く冬馬。


少女はまだ戸惑っているようだった。




「んー、とりあえずあんた、名前は?」


「リディ……です…」


「リディ…。いい名前だな。俺は冬馬だ」


「よろしく!」


微笑みながら、握手をした。




悪い人間ではないかもと感じるリディ。


「冬馬…」


リディがもう一度名前を口ずさむ。


少しだけ警戒が解けたようだ。



「よーし、俺はあんたを助けることにした!」


「出来ればリディにも協力的になってほしいけど、いいか?」


軽くうなずくリディ。


「よし、まずはこの竜は知り合いか? 」


息絶えた飛竜を指さす冬馬。




こと切れた竜は静かな存在感を発していた。




「分からない…。」


不安そうに首を横に振るリディ。


またパニックを起こしそうな様子だ。





冬馬は話題を変える。




「そうか…」


「まあいいさ、とにかくここにいると危ない。俺たちの隠れ家に行こう」


「おっと、その前にこいつをを着た方がいいな」


来ていたシャツを脱ぎ、リディに渡す冬馬。





体のラインがはっきり分かるほど透けていた。


自分の装いに気づくリディ。


少し顔が赤くなる。


冬馬には目に毒だった。




「ありがとう…。寒くない?」


シャツを受け取るリディ。


冬馬は上半身が肌着だけになってしまった。


「全然大丈夫さ!こういうのは慣れっこなんだ!」


ちょっと寒いが強がってみる。


「じゃあ、行こうか?」


歩き出そうとうする冬馬。


リディが裸足の事を思い出す。


「そっか、裸足じゃちょっとあぶねーな…」


「しゃーねー、おぶさりな」


背中を向けて、かがむ冬馬。


リディはちょっと恥ずかしそうだ。


「私、おんぶされるの初めてかも…」


「そうなのか?こんなんで良ければ、何回だってしてやるよ!」


少女の体は思いのほか軽かった。







歩き出す二人――







近くにあった廃棄物の影…。


そこに暗闇からを二人を観察する存在があった。




「なぜ、素体がここに・・・」




闇に紛れていたのは、このスクラップ帯の管理者ガーフィールドだった。


先ほどの単発の衝撃を不審に思い、確認しに来ていた。


彼はリディの事を知っていた。


上級機巧士としてリディの特殊能力に関わる仕事をしていたからだ。




久々に面白いことになりそうだ――




ニタッと笑うガーフィールド。


歯は数本しかなかった。




完全に二人が去った事を確認すると、飛竜に近づき、魔光石で照らした。


するとカバンからミディマムボール(捕らえる球体)を取り出し、竜に向かって投げる。




赤い光を放ち、球の中に飛竜が収納されていく。




…ふぉふぉふぉ、儲け、儲け…


…長生きはするもんじゃて…


…しかし面白そうなことになっとるのぉ…




ガーフィールドは少し考える。


すると気配と明かりを完全に消して、冬馬達の後をつけ始めるのだった。

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