第8話 勇者、シュン
もうどれくらい、経ったのか。
時計が無いから、時間の感覚も分からない。蒼白の月に照らされ、次第にシュンの不安は入道雲のようにムクムクと膨らみはじめた。
「あ、火を噴いてるよ!! 見てみて!」
相変わらずテンションが高いハルが指差す先には、有名なキラウエ火山が暗い大地の中で紅く瞬いていた。夜中でも目立つ。溶岩流が民家を襲う場面の映像を、むかし観た記憶が蘇る。
この高さから見ると、火山は思ったより小さい。海岸に並ぶ街並もミニチュアみたいで、怪物が上陸したら瞬時に蹴散らされそうだ。
* * * * *
いつの間にか、高度もかなり高くなったようだ。周りには雲が殆ど無い。
だがMRと言うだけあり、全然寒いという感覚はない。
ふと下を見ると、気流に乗って灰色の雲塊がこちら目がけて突進して来た。
「何だろう?」
「さあ?」
其の雲はぐんぐん近づくとシュン達の雲にぶつかり、二人はその衝撃で大きく揺れた。
ドシーーーーン!!
「うわ〜」
「きゃ!」
その雲は他と違ってひときわ固く、UFOみたいな形をしている。
「何々?」
二人は興味津々で、その未確認飛行物体に近づいた。
二人が乗る自然の雲と違って、それはレンガのように固く手ではかき取れない。
「私がやる!」
ハルは腕まくりをすると、どんどん雲を削っていく。
何処からそんな力が湧いてくるのか謎だ。
シュンには削れなかったので、少し離れて見守っていた。
すると、
「シュン、ちょっと!」
ハルの尋常ではない様子に、シュンは駆け寄る。
「……ケテ」
明らかに、二人とは違う声がした。
「何か言った?」
「いや何も」
「助……ケテ」
「あ、聞こえる!!」
二人は内部を、凝視した。
この限りなく静かな空間に、未確認生物の声が小さく響いた。
「も、もしかして、、未確認生物! UMAっすよ、UMA!」
ハルは妙なテンションになっている。シュンも好奇心が湧く。
だが何も出来ないシュンは、やむを得ずハル好きなようにさせていた。
ハルは、更に周りの壁を破壊したようで、重い振動がシュンにも伝わる。
そしてモゾモゾと、中へ侵入していった。
やがてハルが出て来たとき、件の生命体が抱きかかえられていた。
顔の作りは、人間に近い。全身真っ白で、小さな女の子のようだ。
だが背中には、飾りじゃない小さな羽根が生えている。
時折軽く動くものの、飛べないようだ。
本当の生き物なのか、MRなのか、判断できない。
「可愛い〜♡」
可愛ければ何でも良いらしく、ハルは興奮して強く抱きしめている。
実体はあるようで、その生物は無反応だがハルにされるがままだった。
ふとシュンは、ハルと謎の生命体の足元に光る物を見つけた。
(何だ?)
拾ってみると、固い石のようだ。
何気なくシュンは、その石をズボンのポケットに閉まった。
「君は誰? 何でここにいるの?」
シュンは尋ねた。
ハルは興奮気味で、何も考えずぎゅっと抱きしめている。どうも触り心地がモフモフらしく、愉悦の時を過ごしているようだ。
「助ケテイタダキ、アリガトウデス」
シュンの言葉に応答し、その生命体は喋った。シュンの言葉を理解している。片言ながらも話せるらしい。
ただ口もとは動いていない。どうも脳に直接入って来る。
テレパシーの類か。
シュンが井口達とやるVRゲームでも、脳波を受信して場面が変わる。原理は知らないけれどMRだから、似た仕組みなのかも知れない。
話は続く。
「私ハ、『ヤンシャ』ト言ウデス。雲デ、生活シテイルノデスガ、先日、《イーロ》ニ襲ワレ、家ガ、壊サレチャッタンデス」
「イーロって?」
「貴方達ノ世界デ言ウ、《ドラゴン》デス。ソコデ、父ガ、私ダケヲ、コノ雲船ニ入レ、脱出サセタンデス。コノ雲船ハ、防御壁ヲ施サレテマスガ、私ニモ壊セナイクライ頑丈デ、ナス術無ク、彷徨ッテマシタ。開ケテクレテ、トテモ助カッタンデス」
「それはそれは」
「ソレデ…… アノゥ…… オ願イナンデスガ……」
「何?」
好奇心丸出しで、ハルが聞く。周りでトラブルがあったら、何にでも首を突っ込みたそうな顔だ。だがシュンは嫌な予感しかしなかった。
「私ヲ,オ父サンノトコロマデ、連レテ行ッテ欲シインデス。心配デスシ、独リデコノママ漂流シテモ、宛モ無インデ……」
「どこにあるの?」
「別ノジェット気流ニ乗レバ、直グデス」
「じゃあ、行こう!」
ハルは即決した。シュンに拒否権はない。
* * * * *
ハルの力で雲船を一部修繕し、二人はヤンシャと一緒に乗り込む。ニッポンから出た時よりも速い気流で、下の風景はどんどん変わっていく。
やがて太平洋を横断した一行は、眩い雲の城に辿り着いた。他の雲と比べても一段と巨大にそびえ立ち、光り輝いている。ヨーロバの古城みたいだ。
ただヤンシャが言う通り何かの襲撃を受け、最上部は激しく削られている。
「オ父サ〜ン」
雲の城の前でヤンシャが叫ぶと、城の中からシュン達の二回りは大きな雲の精が現れた。どことなくヤンシャと似ている。やはり翼は背丈に比べ小さく、使えない飾りのようだ。
「ヤンシャ!」
「オ父サン!」
二人は抱きつき、再会を喜びあっていた。
「お二方とも、娘を助けてくれて、ありがとう。礼を言う」
シュンとハルの二人に気付いたヤンシャの父、パーシャは慇懃な態度で謝意を伝えた。彼は普通に人間の言葉を話せている。
「いえ、僕たちは何もしていませんから」
「《イーロ》ハドウシタノ?」
話を切り替えてヤンシャが聞くと、パーシャの顔は曇った。
「いや、私達の家を壊したら、また何処かに行ってしまった」
その顔は、苦悩していた。
「客人よ、頼みがある」
パーシャは改めて、シュンとハルに向き合った。
二人とも神妙な面持ちで話を聞く。
「イーロを、倒してもらえないだろうか」
「いや……」
「はいはい、やりまーす!」
戸惑うシュンを脇目に、ハルはやる気満々だった。
「引き受けてくれるか、礼を言う」
「え、はあ……」
いきがかり上、シュンも同意せざるを得ない。
「何か武器はあるの? 派手にいきたいな!」
ハルは兎に角なんでもぶっ放したいようで、眼がキラキラと輝いている。
「それだが、二人共、私の手を握ってもらえるか」
言われるがまま、二人はパーシャの手を握った。波動のようなエネルギーが伝わる。しばらくして、パーシャが口を開いた。
「君が適任だ」
彼が選んだ相手は、シュンだった。