第80話 その先へ
地中海に繋がるチュニザの空は、ひたすらに蒼かった。
今日はいよいよ、月面基地へ跳ぶ日だ。
総勢一〇人。NAGSSの同期からは、シュンに加え、ワインハムとカトリーヌが選ばれた。全員と行きたかったが、こればかりは仕方がない。
「シュン、これからよろしく」
「宜しくね」
「よろしく」
「しかし、あれに乗るのか」
「ホント、跳べるのかな」
宇宙服を着終えた三人が見上げた先には、旧式のシャトル型ロケットがそびえ立っていた。発射台に固定された機体には燃料が注入中だ。発射前の準備に、沢山の人達が慌ただしく動き回っている。
月面基地での組立て用機材も同時に運ぶ為、かなり大きい。
過去には、軌道エレベーターも幾つか建造された。だが維持が難しくて、核廃棄物をあらかた処理した後は破棄された。気付けばどれも朽ち果て崩れ落ち、今はもう無くなっている。
今回の資材も、あくまで全体計画の一部分である。恒星間飛行の船を建造する為には、今後何度も行き来して月へと運ばれる予定だと聞いた。二年間の内だから、ハルもそれまでには月に来るのだろう。
「跳べるだけ良いっしょ」
カトリーヌは相変わらず楽観的だ。それが必要な要素だと他の二人も分かっていた。
「そろそろよ、準備して」
キリシアが、みんなを呼びに来た。
いつの間にか、NAG宇宙基地の管理者になって働いている。
犯罪歴は残ってないのかと質問したら、「そんなの、ハッキングしたら一発消去よ」と事も無げに答えた。何故来たのか聞くと、「サイトーが助けてって。困った時はお互い様ね」と言い、ウインクした。ノイエはどうするの?と尋ねたら、「私無しでも大丈夫。上手く回ってるわ」と、平然としていた。
実際、彼女のおかげで効率が良くなり、準備が早く進んだ。
適材適所なのだろう。
クリスタルディスクで観た内容を言うと、「そうなんだ。あの後も素子体とフォルトナが融合した経緯とか、帰還中の出来事とか、面白い内容も入ってたのに」と残念そうだった。「後で、送信しておくよ。月で見ておいて」と言ってくれた。
メンバー全員、中央広場に集まった。
宇宙軍のナブラコワ将軍から、ありがたい式辞を頂く。
”諸君は、百年ぶりの惑星探索隊となる。これまで九八人の尊い犠牲と七人の帰還者、それに沢山の人達の尽力の下に、この計画はある。先人達の経験を生かし、再び新たな地球型惑星へ旅立ち人類を発展させる為に、力を貸して欲しい。健闘を祈る”
あまり聞いてなかったが、概ねこんな話だ。
その後、タラップを上がり、乗り込んで行く。
無数のフラッシュが焚かれ、目を開けられないほど眩しかった。
「中継されているわよ。わざわざこのロケットを使うのも、そのせいかもね。笑顔、笑顔」
タラップ脇で控えていた、キリシアの最後の言葉だった。
ロケット内部は昔より広いらしいが、それで最小限のスペースだ。月に行くだけなら、これで良いのだろう。全員着席し、出発のカウントが始まる。窓から外を見ると、地中海まで見晴らせた。ノアやヤンシャ達は、あの海で眠っているのだろうか。
シュンは持ってきたハルのスケッチを見て、天を仰いだ。
空は高く、遥か彼方へと広がっていた。




