第79話 ユキ
まだシュンの送別会は、続いていた。
だがもう皆は主役のシュンをすっかり忘れ、思い思いに飲み放題・歌い放題の大騒ぎだ。こういう機会でも無ければ話せないこともある。好きにさせるのが良いだろう。
大人達との会話に気疲れしたシュンは、何とはなしに、誰もいない家の裏側に回る。ふと昔を思い出し、お風呂場近くの壁を探した。洪水に巻き込まれたので消えかかっていたが、そこには、ユキとシュンの相合い傘があった。
(懐かしいなあ……)
まだ小学校に入学して直ぐの、ユキしか友達がいなかったころだ。
「わたし、しゅんのおよめさんになる!」
そう言ってユキが描いた相合い傘は、まだ残っていた。
当時シュンはその意味を知らず、ただユキが描くのを見るだけだった。
(あいつ、忘れてるだろうな……)
「シュン?」
急に背後から、声がした。紛れも無くユキ本人だ。
「あ、ああ。どうした?」
昔を思い出していたのを見透かされたようで、シュンは少し声がうわずっていた。こんなのを見ていたのが、バレたら、思いっきり笑われそうだ。
「おめでとう、シュン」
だがユキの言葉は、予想に反していた。
「あ、ありがとう」
「何だか、もう遠い存在になっちゃったね……」
久しぶりにまともに見るユキだが、はっと息を飲むほどに更に大人びて色っぽくなっていた。仕草もしおらしく、以前より出るところも出ていて女らしさを主張している。それに加え、シュンの背がユキを追い越し見下ろす形であるのも、驚きだった。
「シュン」
「な、なに?」
「実は、言いたい事があるの……」
ユキは顔を近づけてきた。昔のユキとは全然違う甘い香りがする。金縛りにあったように、シュンは動けなくなった。相変わらずキスの経験はないが、あと数センチで柔らかく赤い唇を、堪能できそうだ。久しぶりに心臓の拍動が、ドキドキと聞こえる。
「ゆ、ユキ……」
頭の中でハルを想い、まずいだろこれ、と感じつつも、もう会えなくなる可能性も高い訳で、シュンは煩悩で硬直する。まあ流されやすい性格だから、相手が良いなら良いのかもしれない。ハルに告げ口をすることも多分無いだろう。そもそも付き合ってるなんて、一言も言ってない。だから大丈夫。
そんな邪な考えにふけっていた時、何やらユキの背後から、誰かがドタドタ走って来る音がした。
その音はどんどん近づいてきて、
「ゆきーーー!!」
と叫びながらシュンとユキを引き離したのは、井口ケンタだった。
「お前、もしかして言ったのか?」
「ちょうど今からだけど……」
少ししおらしい顔でユキが答える。
「まて、俺から言う!」
久しぶりに会うケンタもすっかり大きくなり、この三人では、ユキが一番小さい。慌てて来たのか、ケンタはしばらくゼーゼーハーハー言って息を整えている。やっと回復した後、ひしっとシュンに向かい合って言った。
「俺たち、結婚するんだ!」
そう言いながら、ケンタはユキの肩を抱きかかえていた。
ユキは少し恥ずかしそうにしながらも、幸せで顔を赤らめている。
「そうなの。シュンにもう会えないから、今日は絶対言わなきゃと思ってて」
照れた顔も、可愛い。そう言う事か。シュンから見ても、二人はお似合いだ。
さっきまでの妄想が、恥ずかしくなった。
「おめでとう」
シュンは、心から祝福した。




